Neetel Inside ニートノベル
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プロジェクト・リビルド!
第1話 会議でリビルド!

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-1-

 村雲天音という女は、現代美術の造形家という人種を非常に嫌っていた。
 もちろん現代美術の中にも評価すべき点、人物は存在するだろう。しかしそれを差し引いても現代美術には価値がないと断じる。それは現代美術に根源的・致命的な欠陥があるからに他ならない。
 理由がない。
 根拠は他人を説得する上で無くてはならない重要な事象の一つである。奇抜でも造形的な美しさがあったり、シンプルでも直線や曲線に美しさを見いだせる。
 だが、人を不快にさせるような見てくれを何十にも重ねて言い訳という調味料をふりかける昨今の「理由なき」現代美術に一体どんな価値があるというのだろうか。現代の「現代美術」だけは、後世で評価されるようなことがあってはならないのだ。
 そんなことを、遠隔地出張明けの朝、通勤経路で見かけた公園に鎮座する無粋なオブジェをみて、村雲天音は思った。
 同時に、ちょっといい感じになった人と行った喫茶店で似たようなことを語ったら、翌日からあからさまに距離を取られたことを思い出して、さらに嫌な気分になった。
(それ以上いけない)
 後ろ向きな思考は気分を阻害するだけでプラスにはならない。考えるならいいところを探すべき。あのオブジェだって市から美術家に何百万円と支払われて美術家は大変懐が温まっただろうし、離れていった男の子だってわたしみたいな雌豚から解放されて自由になり気分よく毎日を過ごしていると考えれば、やがては仕事で大成功して会社ももりもり成長し、自分の給料もなぜか上がったりするだろう。
 何故か余計に落ち込んだ気分になり、前かがみで会社のあるビルへ向かっていると、タッタッタッという足音が後ろから近づいてきた。右肩を叩かれたので右向きから後ろを振り向くが、誰もいない。訝しんで前を見ると、茶髪を肩まで伸ばし、白いTシャツにパステルカラーのカーディガンを羽織って、薄汚れたジーンズを履いている女がにやつきながらこちらを見ている。彼女は天音の左側を通りつつ、右肩に触れたのだ。
「おっはよ!ひさしぶり。またあとでね~」
 彼女が走り去るのを見て、「片手にゼリー飲料を握っていたから、寝坊でもしたのだろうか」と思いながら腕時計を見ると、始業開始時刻丁度を針が示している。
 それでも村雲天音は慌てない。この会社の時刻管理のアバウトさを知っているから。
 自分がこの会社を去るときは、タイムカードが導入された時だろうと、天音は本気で考えている。

     


-2-

 沈黙する社員。沈滞する雰囲気。沈殿する淀んだ空気。
 株式会社FSDNでは営業部全員と部長職全員が、第1会議室に招集されていた。社長号令の緊急会議だというのだから、なにか良くないことが起こるに違いないと呼ばれたものは皆予想はしていたが、この手の予想があたっても大していいことはない。
 会議はまず、総務部による予算と実績の発表から始まったことで、このあと何が起こるのかを8割方の人間が理解した。売上が芳しくないのだ。
「このように、上期は当初目標をはるかに下回る業績で現状推移しており、また今後の見通しも立っていません。予断を許さない状況です」
 事実だけを淡々と説明し、総務部の部長が発表を終えた。目標に対して貧弱な実績の棒グラフは映しだしたままにされ、続いて社長が立ち上がる。
「ノースピークでもアンダスタンだとは思うが、現状我が社は創業以来のクリティカルフェーズを迎えている。君等に集まってもらったのはほかでもない。常にクライシスのイメージを持って業務に当たるのは当然として、現状のイシューに対するソリューションをプロバイドしてもらおうというのが今回の会議のゴールである」
 参加者のほとんどが社長の電波を聞いてクラっとする。「こいつはアホ」という最終結論を居酒屋で導き出した昨日が懐かしい。
 ひと通りの社長の演説が終わり、続いて何が行われるのかとおもいきや、社長が自席に妙な紙を貼り付けた。そこにはこう書かれていた。

議長。

 議長となった社長は、「君のソリューションをきこう」と言いながら営業部の人間を次々と指名していくが、がんばりますなどのふんわりとした決意表明しかなかった。
 社長はわざとらしいため息を10秒以上にわたって吐いたあと、冷徹で無情な言葉を、営業部部長に対して投げつける。
「会社は君たちの努力に対価を支払っているのではない。必要なのは結果だ」
 よく理解するように、と締めくくって、社長の糾弾は終わった。当の営業部長は憮然としている。このくらいの肝がなければ営業部長などできまい。
 続いて矛先がSE部に向けられる。営業部のやり方で方針を変えたのか、社長はSE部の部長一人ひとりを指名するということはせず、だがやはり現状打開策の提案を要求した。
 社長のいい加減さ、気まぐれ度は全社を上げて認識が終わっていたので、誰一人として社長が起こしたがっているビッグウェーブに乗るものなどいないと思われたが、軽口を叩くことで有名な第1SE部の部長が口を開いてしまった。
「やはりここは、パラダイム・シフトしか現状打開の方法はないでしょうねえ~」
 その言葉を聞いた瞬間、社長の顔が絶壁の岩盤からシュークリームの生地のように一変した。提案の元になる発言が出たこともさることながら、社長はこれまでの弁舌からも分かる通り、横文字が大好きだった。
「よく言った。やはりこれからの時代はクリエイティブなイノベーションがベストプラクティスのオポチュニティなんだよね」
 第1SE部部長が「しまった」という顔をするが後の祭り。社長が横文字を連呼したあと具体案を問い詰める。
「なにしろ緊急招集でしたからね。すぐには思いつきませんよ。少し時間をください」
 この(少し時間をください)が、後に社長以外の参加者全員に糾弾されることになるが、もう今となっては手遅れだった。
 次週、同テーマで再度会議を行うこととなり、第3SE部部長の武田は頭を抱えた。


     


-3-

 社長の緊急招集会議から一週間後、再び予定された「緊急」会議が開催される。
 先週再会議の発端となる発言をした第一SE部部長からではなく、今回も営業部から社長がヒアリングを行う。やはり案などでないかと思われたが、新入社員の安田塔子が「実は案を持ってきた」と言い出したので、急遽安田のプレゼンテーションが行われた。
 しかし結果は惨憺たるもので、見通しの甘さややたらと化石臭のする概念のオンパレードで構成されていたプレゼンテーションは社長の「古い」から始まり、SE部の「これどうやって実現すんの」「似たようなこと前大手がやって失敗したの知ってる?この前裁判で大々的にニュースになったけど」「できないし、できても売れない」という口撃を受け、半泣きでノートパソコンをしまい自分の席へと戻った。事前に誰かのレビューを受けていればこんな事にはならなかっただろう。営業部の人間も発表するとなった際に驚いていた。こういう連携不足もこの会社の弱点だ。
 まともな案が営業部から出ることはなく、やはり社長の冷酷な指摘が胸を抉る。
「来年は営業部の編成を一から考えなおさんといかんな」
 これには営業部だけでなく、場にいる全員が青ざめた。

 つづいてSE部に発表のお鉢が回ってきた。SE部は事前に発表者がある場合は申告するようにという取りまとめがあったので誰がなにをするかは事前にわかっている。ただし、発表内容も事前にファイルが添付されて送られてきていたので、その完成度についても事前に判明していた。
(これを衆目に晒すというのか)
 第3SE部部長の武田は、初めてそのプレゼン用ファイルを見た時、ガクリと肩を落とした。まるで内容がない。
 それを今からこの場で発表しようというのだから、その胆力のみには頭がさがると武田は思う。とはいったものの、武田自身はなにも用意していなかった。
(やらない善よりやる偽善とは言うが、やらないのが善ならやらないでいいだろ)
 大したことは思いつかなかったので、検討中ということで茶を濁している。これまでもそうやってきたし、これからもそうでいいと、武田は思っている。
 資料を用意していた第一SE部部長のプレゼンテーション内容はなんとクラウドを利用した社内インフラのランニングコスト削減案という勘違い甚だしい内容だった。商材を探そうという会議で「まずは無駄を減らそう」と言いながら結局新設備への投資をしなければならないという内容の発表には呆然とせざるを得ない。
 発表がおわり誰も質問しないことに自身の発表の完璧さを感じたのか鼻を鳴らしている第一SE部部長だったが、社長の一言が止めとなった。
「高橋くん、今年購入したサーバーの用途は何だったかね」
 第一SE部部長高橋は一瞬で顔が青ざめ、下を向きながらたどたどしく答えた。
「し、社内インフラ用のサーバです」
「なにか言いたいことはあるかね?」
「いえ」
「座りたまえ」
 あのしょうもない提案で図に乗っていた高橋の鼻を、社長は一瞬にしてバキバキにした。
 下を向いたまま自席へついた高橋を確認すると、社長は落胆の色を隠さずため息を付いた。
「なかなか面白い冗談だったよ。オチまでつけてくるとは一本取られた」
 皮肉めいた笑みを浮かべた社長は、続けてこう言った。
「ただもしここがコメディ番組のオーディションだったら、キミは審査員に千の言葉で罵倒されていたことだろう。命拾いしたな」
 誰も笑わなかった。
 その後、資料をなにも用意していなかった武田が指名され、適当に茶を濁す様に社長はついに激怒する。
「どういうことだねキミらは。こんなことではソリューション・プロバイダの名が泣くぞ。もっと日頃からカスタマーにアタックしてアジェンダをフォローアップしていないからこんなこ」
「失礼します!鮫島さんいらっしゃいますか!」
 社長の激昂横文字を遮るように、総務部の女の子がすごい勢いでドアを開けて飛び込んできた。
「なんだね!会議中だよ!」
 ステレオタイプの営業部部長が案の定、総務の女の子を叱り飛ばし、「カセットレコーダ」の二つ名をほしいままにするが、当の総務の女の子は意に介していないようで、営業部部長の方を振り向きもしない。そのまま、第2SE部部長鮫島のところまで歩いて行くと、耳打ちを始めた。
 SE部部長の紅一点、鮫島は静かな面持ちだったが、総務の女の子から話を聞いた瞬間、眉根を寄せて苦い表情をあらわにした。良くないことが起こったのだろう、武田はそう思った。
 鮫島は総務の女の子を退席させると、なにも言わず、アゴに親指を当てて考えこんでしまったので、たまらず社長が訊ねた。
「どうしたの鮫島くん。プリティなフェイスが台無しだよ」
 ちなみに鮫島の顔は可愛らしさとは程遠い。どちらかと言うと冷徹な淑女と呼ぶほうがふさわしい思える切れ長の目と鼻筋の通った端正な顔立ちだ。不適当な言葉を意図的に無視して、鮫島は事実と要望を告げた。

「アンフェルツ案件でトラブルがあったようです。増員を要請していますので、各部協力をおねがいします。詳細は私の方でもまだ把握しておりませんので後ほどご報告します」

     


-4-

 本当であれば今日は、遠隔地出張明けで有休も消化できていなかったため休みを取る予定だったが、上司がそれを許さなかった。天音の所属する部は部以下の細分化された部署が存在しないため、天音自身の上長は部長である。その部長に直接休暇を取る旨を連絡したら、打ち合わせがあるという理由で却下されたというのが、今日の朝の出来事だった。
 会社の近くにあるコンビニで買ったカレーパンを温めた後頬張るという非常識(においがすごい)な朝食を取りながら、天音はメールチェックをしていた。CCで飛んできているメールがあるだけで、特に自分宛てのメールはない。
(なんという平和。夢にまで見た理想郷)
 正直言って先週までの状況には辟易していた。リリース前の追い込み時期に顧客から気まぐれ仕様変更を要求され一悶着あったり、それでもなんとか要求仕様を実装してテストも終え、久しぶりに定時に帰れるし今日はラーメンでも食べに行こうかしらと仕度をしていたら、SIerから至急の調査依頼があって結局23時まで自社作業。しかも結論が「SIerが勝手に変えたパラメータによる不具合」ときたので天音の怒りは頂点に達した。この件は後に「第五次知らんがな事件」として後世に語り継がれることになる。
 カレーパンを食べ終え、紙パックのカフェオレもストローから上がってこなくなった。そろそろ昨日の報告書でも仕上げるかとエクセルのテンプレートを立ち上げたところで、隣に座っていた女が声をかけてきた。
「あまねちゃん、これよくわからないから教えて欲しいんだけど、いいかな」
 いいですよ、なんですかと席を立ち、彼女の席の横に立つ。
「あ、立たなくてもいいよお、座って座って」
「いや、この方が見やすいので。どこですか?」
 デスクの上を見ると、飲みかけのゼリー飲料が置いてあった。まだ全部飲んでなかったのか。
 話を聞くと、どうやらエクセルで特定条件の項目を集計したいということらしい。
「それなら、SUMIF関数を使えば出来ますよ。ここをちょちょいーと」
「わあ、ほんとだ!ありがとうあまねちゃん!」
 両手を合わせて喜ぶ彼女に、天音は少し苛立ちを覚えた。このくらいなら自分で検索サイトを使用して調べて欲しいのだ。
「エクセルの便利な関数が色々載ってるサイトがあるので、メッセでURL送りますね。ブックマークしておいてください」
「ええ、そんなのいらないよ!あまねちゃんに教えてもらうからね!」
 悪びれる素振りもなく言う彼女に、これ以上このことについて言及しても無駄だと思った。
「あの、前も言ったと思うんですけど、会社にいるときに名前で呼ぶのやめてもらえませんか」
 天音がそう言うと、彼女はひどく心外そうな顔をした。
「ええっ、なんで。あまねちゃんはあまねちゃんじゃない」
 その言い訳の仕方、漫画以外で初めて聞いたわ。クネクネする彼女を見ていると頭痛がする。
「とにかく、瑠璃垣さんのところにURL送りますから、メッセたちあげてください」
「えーなにそれー、わたしのことはこずえって呼んで!」
 モニタを見ると、瑠璃垣の名前がメッセンジャーの一覧に表示された。面倒だが、やることはやる人だ。
 瑠璃垣へのサポートを終え一息ついて、自席に戻ってすでに空のカフェオレをストローでズズズとすすったところで、自分がなにをやろうとしていたか忘れていることに気づき、デスクトップのメモを見る。
(そうそう、報告書を作るんだった)
 開きっぱなしのエクセルテンプレートに一旦名前をつけ、内容を記述していく。作業内容は現地でメモにしてあるので、これを転記していくだけの作業である。転記も半分を終えたところで、自席の後ろをドタドタと走る音が聞こえる。顔だけ振り返ると、総務部の山岸が会議室に駆け込んでいく姿が見えた。
(あれ、ノックしなかったな今。怒られるぞアレは)

 会議が終わったのか、部長の武田が憔悴しきった顔で会議室から戻ってきた。関わらないのが一番と、報告書への記入を続けていた天音だが、よく考えたら今日は打ち合わせがあるので関わらないというわけにはいかなかった。
(嫌な予感がするなあ)
「いやなよかんがするなあ」
 何故か瑠璃垣は思ったことを口に出していた。
「ん、どうしたんですか?」
「いや、武田さんが三分後に手首切りそうな顔して戻ってきたから、なんかの前兆ではないかと」
「うっわー本人の前でそれ言いますか。ついてけないから来期配置転換してもらお」
「え、あまねちゃんいなくなったらこの部崩壊するよ!だめだよ!」
「おい」
「そんなことありませんよ。私が入社する前からこの部は存在したんですから。ドキュメントも揃ってますから、すぐに破綻するなんてことはありませんな!」
「言っちゃ悪いけど、あまねちゃん以外にまともなドキュメント作れる人間この部にいないからね!」
「お前ら」
「うっわーなにその崩壊の序曲。ギリギリまで待ってたら忍者と犬がやってきそう」
「そもそもドキュメントがどこにあるかしらないしね!まずドキュメントを探す方法から調べないとダメだもの」
「SVNの位置は週一くらいで周知しとるだろうが!というか社内サイトのポータルに全部わかりやすく目次作った私の労力全部無駄なの!?水泡に帰したの!?」
「十三時に第三会議室に集合な。打ち合わせだ」
「わかりました」
「はーい」
 聞いてたのかよ、という武田のうめき声にも似た言葉をかき消すように、天音と瑠璃垣は飽きることなく言葉の応酬を続けていた。

「嫌です」
 会議室に入って、天音がはじめに発した言葉がそれだった。
「いや、まだなにも言っとらんが」
 武田は黒のマーカーを握りながら振り返る。ホワイトボードには「ア」としか書かれていない。
「いや、もうわかりましたよ。憔悴した武田部長、休めない私、緊急打ち合わせ、ホワイトボードの『ア』。これらが示す結論は一つ!」
「すごい!コナン君みたい!」
 瑠璃垣が手を叩いて天音を称賛している。武田は顔をしかめた。
「なんだ、結論言ってみろ」
「私が死にます」
「ええっ、あまねちゃん死んじゃうの!?」
「ちがうぞ」
「なんでですか!アンフェルツのことでしょ!イコール死」
「やっぱり死んじゃうんだ」
「もういいよ!少し黙れ」
 人形のように感情をなくした表情で急に静かになった二人を見て、武田はこいつらまだふざけているなと思ったが、静かになったことには変わりないので話を先に進めることにした。
「アンフェルツ案件で増員の要請が来た。各部数名増員候補をリストアップするように言われているが、いまんところ自由に動けるのは全体見てもお前らしかいない。あとお前らに拒否権はなく、許されているのはこれからアンフェルツビルに行ったあとの昼食をなににするか決めることだけだ」
「誰がお前らですか!私には瑠璃垣梢枝っていう名前がちゃんと」
「ああそういうのはいらんから座れ」
「はい」
 瑠璃垣の茶番を天音は冷たい視線でみていたが、瑠璃垣は「これいっぺん言ってみたかったんだよねー」などと言っている。だめだこいつ。
「それにしても唐突過ぎますよ。せめて現場の状況説明くらいはしてくれるんでしょうね」
「当然現場で全部聞いてくれ。あとこれ以上増員は物理的にできないからそのつもりでヨロシク。ちなみにリーダーは瑠璃垣な。わかったか?」
「え、うん、おっけ~」
 どこぞの外人タレント並の軽さで承諾してしまう瑠璃垣を見て、ああ私は本当に死ぬのかもしれないなーと思ったところで意識を失い、自分の鞄にノートパソコンとメントスを詰め込もうとしているところで意識を取り戻した。

 かくして村雲天音は、なにもわからぬまま、なにも知らぬまま、一昨年から炎上を続けているデスマーチ案件に投入される運びとなった。

       

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Neetsha