Neetel Inside 文芸新都
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父の心
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「これは俺が高校生やった頃の話や。」

自衛隊の仲間になんか暇潰しに話せぇ言われたから
話す。まあ、すべらない話みたいな大層なもんやないけど
聞いてくれや。

【ねぇ シュウちゃん。今度、カジノ・ロワイヤル
 やるらしいから一緒に観に行こうよ】

『うるさい!ボケ! あっち行けや!』

勇太っていう映画好きの根暗野郎がおってな。
病気かなんかで ちょくちょく休んでは来ぃーのを繰り返しとった。
俺はこいつと友達になった覚えもさらさら無いのに
俺におもろい映画のDVD一緒に見よとか言ってくるきっしょい奴やった。
あまりにうっとしぃーてムカついてたんで、
よくそいつからは逃げとったわ。

『ぅおらぁああ!!!』

「85メーター!!」

「おぉ~ すっごい!さすがシュウ君!!」

「やっぱシュウ君にはかなわねぇや!」

あんま自慢とかしたないが
野球小学校ん時にちょっと齧ってたお陰か運動だけはよー出来てなぁー
結構 すげーすげー言う奴らとか結構集まってくるんよ

「俺もシュウ君みたいになれたらなぁー・・・」

「うらやましいぜ」

そのせいか そういう類の連中の殆どが
心にも無いこと抜かしやがる奴らやってことも
嗅ぎ分けられるようになってしもた

コイツらは俺のことを本気で尊敬とかしたりなんかしてない。

なんでそれが分かるか言うたろか?
こいつらは俺の苦労を見てて平気でそういうこと言い寄るからや。

俺の家は貧しいし、アルバイトして出席日数ギリギリで
学校に通うだけでも精一杯なんやぞ。
お前ら 俺のそういう所知らん筈ないやろ?

どこをどう見たら、俺みたいになりたいとかそういう
軽々しい台詞が出てくんねん。
そりゃそうやもんな 一度やって俺に大丈夫か?とか
手ぇ差し伸べてくれた奴なんか・・・
あ・・・待てよ

――――――――――――――――――――――

【シュウちゃん・・・?顔色悪いよ?】

『あ? 当たり前やろが 夜遅くまで昨日も
 コンビニでバイトしとったんじゃ しんどいっちゅーねん』

【そりゃ・・・気の毒に・・・】

『そういうお前も 大概顔色悪いやないか。
 米みたいな色しとるぞ。 大丈夫か?』

【・・・うん ちょっと暑いからさ】

――――――――――――――――――――――――――――
・・・・・・勇太ぐらいか
まあ、あいつぐらいやな。

あ~ あ~
ぶっちゃけこんなアホみたいな体力とかなんか要らんから
お前らみたいに余裕ある生活送りたいわ。
俺からしたらお前らの方が羨ましいわ。

お前らは家に帰れば オフクロがおってなぁー
なんもせんでも飯が食えて 
オヤジに小遣いせびったりして
弟とか妹居る奴は 一緒に
ゲームしたり 勉強したり 話したりしてなぁー

お前らの方が
俺の持ってるモノの何百倍もええモノ持っとるわ

俺の家なんか終わっとるで

オフクロは 俺を産んで他の男んところに走りよった
救いようのないメスブタや!
どうせ そこら辺のソープ嬢か デリヘル嬢やろ。
今頃 どうせ どっかのアホのナニでもしゃぶってんのやろ 
アイスバーでも舐めるかのように 

オヤジは 土方で
全然 家帰ってこーへん!
どうせ 職場の奴らと酒でも飲んでんのやろ!
授業参観も来てくれたこと今まで一回もあらへんし
家庭訪問もあまりに恥ずかしいからって隣のおばちゃんに
頼んで親代わりしてもろたぐらいや!

どいつも こいつもクズクズクズ
まともな人間は勇太ぐらいや!

世の中 こんな広いのに
まともな人間 どうしてこんなに少ないんや!?
なぁ!? 神様!
教えてくれや!



ある日 オヤジが死んだ。
仕事中、突然足場から転落して頭から落ちたらしい。
頭がスイカを叩き割ったみたいに粉々に割れて
脳味噌が飛び散ってたらしく、
あまりにも息子の俺に見せるには惨たらしい死体やったから
職場のおっさん達が気ぃ遣こて火葬してくれたらしい。

もう10年ぶりぐらいオヤジの顔を見てへんかったなぁ・・・
10年ぶりに帰ってきた姿が
納骨箱って 何の冗談やねん

俺は真っ黒な納骨箱をしばらく見つめていたが、
突然ムカついて オヤジの納骨箱を思いっきり蹴り飛ばした 

「突然帰ってきたと思ったら なんやこの姿は!!」

蹴り飛ばした納骨箱が麩にあたり、天地が逆になった
俺はそれを手にとり、今度は台所のシンクのところに投げつけた

「家に帰るぐらいやったら こんな姿になった方がマシってか!!
 舐めとんのか ゴラァ!!」

シンクに置いてあった洗った鍋の蓋とか、鍋とかが
ぶつかり合って 辺りに飛び散り
それが戸棚にあたってガラスが割れた。

ガラスの飛び散った床の上をそのまま裸足で歩き、
横になった納骨箱を手にとり、今度は今の押し入れの麩目掛けて
投げつけた

「そんなにここに居るんが嫌なんやったら
 今すぐ追い出したるわ!!」

そう言って俺は納骨箱を持ち上げると、
トイレへと駆け込み、蓋をこじ開けると、
そのままオヤジの骨を便器一面にぶちまけた
骨の粉がバサッと便器と水を灰色に染めるのを
俺は怒りの眼差しで見つめながら、排水レバーに右手を添えて言った。

「お前にお似合いの墓場じゃ!死ね!」

俺は排水レバーが引きちぎれるんとちゃうかってぐらい
思いっきりレバーを大の方に回した

灰色で染まっていた便器の水が、
流れる水のせいでぐしゃぐしゃになって流れていく様は
まるで屠殺場のブタが粉砕機にかけられてミンチにされていく様を
見ているようであまりにも滑稽で愉快だった

「ははははははははははははははははははははは!!
 ざまあみろ! そのまま ドブに流れてまえ!」

ごぼごぼと流れていくオヤジの骨を爆笑しながら
眺めていた俺やったが、やがてそれが終わり、
元の水に戻った瞬間 静寂が流れた。

そして、ふと我に返ったのか
俺の目から一筋の涙が流れていた

「・・・くそ・・・なんやねん これ・・・」


しばらくして 俺は学校に復帰したが その時には勇太はおらんかった
なんでも 持病の心臓病が悪化して これから移植手術を受けるために
しばらく入院するんやそうや。

俺のオヤジが死んだことを本気で気の毒に思ってくれたんは
先公ぐらいやった。あの時、もし勇太が居てくれたんやったら
きっと勇太もそう思っててくれたと思う

俺は内心、勇太の帰りを待ち侘びながら卒業までの日々を過ごした
就職活動やらでホンマ忙しかった。

頭の悪い俺につきっきりで先公が勉強と面接を教えてくれたお陰か、
俺は卒業後 自衛隊に入ることになった。アホみたいな体力だけには
自信があったから、採用してもらえたんかもな・・・
少しだけ先公には感謝やな。

そして卒業日、証書を受け取り桜の木の下で桜吹雪に吹かれながら
黄昏とったら勇太がやってきた。

【シュウちゃん!!久しぶり!!】

『ゆ・・・勇太?』

久々に見る勇太はどこか痩せてはいたものの、
前よりも生き生きとした顔で俺に向かって手を振っていた
その瞬間 思った

やっぱり 俺が心の底から待っていたのは
勇太だけやったんやなって

俺はまるで
三千里を死に物狂いで歩いてようやく
母に出会えた時の子供が思わず嬉しさのあまり笑みをこぼしてしまうかのように
微笑みながら勇太の元へと走っていった
そして、思わず勇太を抱きしめた

【いててててて!!シュウちゃん!!シュウちゃん!痛いって!】

『・・・会いたかったわ 勇太』

俺は勇太と話した
勇太がおらん間に俺が頑張ってたこと、
自衛隊に就職が決まったこと
そして オヤジが亡くなったことも


その話をした瞬間 勇太の顔が沈んだ
それもまるで 申し訳なさそうに

【実は シュウちゃんに謝らないといけないことがあって・・・】

『なんやねん?』

勇太は勇気を持って一つ一つ言葉を編んでいくかのように言った

【実はこの心臓・・・君のお父さんのものなんだ】

『・・・・・・え?』

俺はワケが分からずそのまま次の言葉を待つしかなかった。

【実は・・・本当はドナーのこと聞いちゃいけないことに
 なってるんだけど、どうしても教えてほしいって
 無理言って頼んだんだ そしたら、その人の家族の家に
 連れてってやるって言われて そしたら
 君の家の前に連れてこられたんだ・・・・】

『・・・はは・・・・んなアホな あの飲んだくれの
 ろくでなし野郎のオヤジが・・・』

【シュウちゃん・・・君のお父さんがどうして
 臓器提供なんかに登録してたと思う?
 もし、君が怪我をした時とかに 自分の臓器で
 使えるところがあればいいって思って登録したらしいんだ
 これ・・・職場の人が言ってたから間違いないよ】

俺の中で 今まで築き上げてきた親父への復讐心が徐々に崩れていくのか
分かった

『・・・職場の人って言ってたけど 会いに行ったん?』

【・・・うん 君にお礼を言おうと思ったんだけど
 言い出しにくくて なら せめて職場の人にって思ってさ
 それで会いに行ったんだ・・・そしたら 他にも
 色んなこと聞けたよ】

「あいつはなぁ~ すんげぇ働き者だったよ
 休憩中も ギリギリまで仕事やってなぁ~
 お陰で仕事が早く終わるもんだから
 仕事がバンバン来て助かったよ」

「息子を大学に行かすんだって
 めちゃくちゃ張り切ってたもんなぁ~」

「あいつ、夜も働いてたよなぁ 
 確か 警備員のバイトだっけ?」

「そうそう。んで、休みの日は派遣で工場行ったり
 皿洗いとか 弁当作りに行ったりとかしてたよ」

「仕事中毒ってレベルじゃないよ なんせ
 蜂窩織炎(ほうかしきへん)患いながらなんだから 」

「あ~・・・足切断決定って言われても
 足に添え木括りつけてギプス替わりにして
 働き続けてたもんなぁ・・・それであの事故だもんな」

「俺もなったことあるけど、高熱と激痛が
 やべぇんだ アレ。歩くだけでもすんげぇってのに
 よく薬も打たずに仕事してたもんだ」


【君のお父さんは君をなんとしても大学に
 入れさせるために・・・自分の病気を治すのも・・・
 我慢して・・・・・激痛と高熱で
 朦朧とした意識の中・・・・ひたすら仕事して・・・・
 それであんな・・・・】

勇太の目からは涙がこぼれ、声は震えていたが
勇太の口から聞かされる真実に、俺の心は動揺していた
今まで俺が思っていたオヤジの姿が 全くの嘘で
本当は何から何まで俺のためを思って 俺の知らんところで
必死に頑張ってくれてた

それを俺は全く知りもせずに 俺はただオヤジを
こき下ろし 侮辱していたのか
俺はその事実を認めたくなかった

『う・・・嘘やろ?そんなん・・・オヤジは・・・
 そんな奴やない・・・っ・・・・俺の中のオヤジは
 家にも・・・・全然帰ってこーへん・・・くそで・・・・』

その瞬間、俺は勇太に胸ぐらを掴まれていた

【いい加減にしろ!この分からず屋!!
 いつまで君は お父さんを侮辱すれば気が済むんだ!!
 これ以上 お父さんを侮辱してみろ!!
 僕は君を 一生許さない!!!】

勇太の顔はくしゃくしゃに歪んでいた 本心から俺に怒ってくれているんだなぁって
思った その顔を見て 俺は受け入れた・・・・
ろくでなしのオヤジが死んだのではなく・・・
大切なお父さんを失ってしまったってことを・・・
そして、自分は取り返しのつかないことをしてしまったことを

『オヤジ・・・・オヤジが・・・・そんなええ奴やったら・・・
 俺・・・どうしたらええの・・・・?』

俺はオヤジの遺灰を便器にぶちまけて流した・・・
クソ野郎なんはオヤジやない・・・俺こそが最低のクソ野郎や・・・

【シュウちゃん 本当にお父さんに悪いって思ってるんなら
 生きるしかないよ 君のお父さんの望みは
 君に苦労せず生きてもらうことだったんだ】

もはや俺は、溢れ出す涙とどうしようもない罪悪感から
目をつぶるしかなかった。もう自分の全てが恥ずかしくて
でも、死ぬことも出来ずどうすればいいか分からなかった
生まれて初めて俺は嗚咽して泣いた・・・・

『そんなん・・・言っで・・・ぐれんと分からんっで・・・・っ!
 なんで・・・・一度でええから・・・・会って
 話してくれんかったんや・・・・っ?!』

次の瞬間だった・・・・嗚咽して泣きじゃくる俺を勇太が胸の中に抱きしめてくれた

『・・・勇太?』

ただ、その感触は勇太に抱きしめてもらった感触ではなく、
まるで小さい頃 父親に抱きしめてもらった時の
あの 不器用ながらも 大きくて 優しくて 気持ちよくて 安堵してしまう
あの お父さんの感触だった。

【「ごめんなぁ・・・・シュウ。お前の性格やし 
 なんぼ 強がっとってもなぁ・・・・
 正直に言ってもうたら凹むって思って言えへんかったんや」】

『オヤジ!?』

【「・・・・分かってやれんでホンマに・・・・ゴメンなぁ」】

『オヤジ・・・俺こそホンマに・・・・ごめん
 オヤジのこと・・・・分かってやれんでごめん・・・・』

次の瞬間、お父さんの感触が勇太の身体から消えていくのが
少しだけ分かった

【シュウちゃん? あれ?】

多分、勇太の身体に宿ったオヤジの心臓(たましい)が
この分からず屋のバカ息子を少しでも慰めようと天国から降りてきてくれたのかも
しれない

『勇太・・・・すまん もう少しだけこうさせてもらえん?』

【・・・・え?】

『オヤジの心臓の音を 忘れないでいたいんだ・・・・』

【・・・うん・・・・いいよ・・・・】

目を閉じ、勇太の胸の中で
俺はただオヤジの心臓の鼓動を聴き続けていた

それは本当に心地よく、体の芯まで安堵で満たされていくのが分かった
オヤジと過ごせなかった こう過ごしたかっただろう 光景が
閉じる瞼の中で再生される中、オヤジの心臓の鼓動が
俺の中で いつまでも鳴り続けていた





       

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Neetsha