Neetel Inside ニートノベル
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 それから数日。コウは例の宗教団体について調べ始めていた。その結果として、教団についていくつかわかったことがあった。
 まず、教団の名前は『聖贖教団』という。その主な活動は〝生前〟犯した罪を償うというものだ。
 正確な教団員数は把握できていない。というのも、彼らは普段は教団に所属していることを隠し、一般人として日々を過ごしているからだ。
 先日爆発事件を起こした犯人も、これまで周囲の人からの人望もあり決してこのような行動をとるような人間ではなかったという。人の心の内は当人にしかわからないものだが、それでも計算してこれまで周囲の人間に本当の己を偽っていたとも考えづらい。
 となると、考えられるのは二つ。
 一つ、例の犯人は本当は理知的であり全てを偽りこれまでの人生を過ごしてきたか。
 もう一つは、教団に加入したことにより、その人間性が変わってしまったか。
 この二つのどちらかが答えだとするのなら、有力なのは言うまでもなく後者だろう。そもそも、理知的な人間が今回のようなうかつな行動を取るはずもない。
 だとすれば、教団には善人である人間にこのような罪を犯させるほどのカリスマ性を持つものがいるということになる。
 そして、それは『聖贖教団』を率いているという教祖の存在だろう。
 その一切が謎に包まれる『聖贖教団』の教祖。わかっていることといえば教祖は女性であり、この団体が設立したのがおよそ十年前ということ。
 そして、コウが教団について数日調べた末に出た最も有力な情報は、
「……『七つの大罪』か」
 情報整理のため開いていたデバイスの画面を消し、座っている椅子の背にもたれかかるコウ。予期せぬところで名を知ることになった強大な敵の存在に彼は思わず溜め息を吐いた。
 『七つの大罪』。この天獄において、畏怖される存在である『断罪人』と同じ程人々から恐れられるもう一つの存在。
 それは組織などではなく、一人一人に与えられた忌名。遡ること数百年前、天獄を揺るがす大事件を起こした七人の大罪人たちになぞらえて付けられたものだ。
 傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、色欲、暴食。
 かつて天獄を震撼させた事件から数百年。それがここ数十年の間に、まるでかつての大罪人の後を引き継ぐように新たな大罪を持つ者たちが現れ始めていた。
 現段階で正確にその正体がわかっているのは傲慢と憤怒の二名。そして今、そこに新たに一名が加わることになった。
 ここ数日、コウが正体を追っている『聖贖教団』の教祖こそが、先日の一件とこれまで秘密裏に処理された事件を含め、『天命機関』により新たに色欲の大罪の名を冠することになった人物だ。
 かつて一度、同じ『断罪人』と共に憤怒の大罪を持つ男と戦ったことをコウは思い出す。
 苦い、苦い敗北の記憶。身動きを取ることも許されず、無様に地に這いつくばったあの時の戦いを。
 知らず、拳に力が入る。緊張で強ばる身体。意識は鋭く、冷徹になり普段隠している裏の顔が静かに影から姿を表そうとする。
「兄さん~もう準備できましたか?」
 そんな彼の意識を元の柔らかい表の顔へと戻したのは別室で彼を待っていたツバキの声だった。
「あ、ああ。悪い、少し時間をかけ過ぎた。今行くよ」
 そう返事をし、コウはデバイスを上着のポケットに仕舞い、部屋を後にした。今日は先日ツバキと交わした約束を果たす日だった。
 ツバキと共に家を後にし、地下鉄に乗り二人はコウの住む第三地区から第一地区にあるとある店に向かっていた。
「こうして兄さんと一緒に出かけるのも前の休日以来ですね」
 地下鉄の一席に座りながら目の前で吊り輪に手をかけて立つコウに向かってツバキは嬉しそうに呟いた。
「それもそうだな。職場じゃ毎日のように顔を合わせてるから、あまり気にならないけどな」
「仕事と遊びじゃ全然話が違いますよ! 兄さんはそのところの違いがわかっていませんね」
「そ、そうか? でもお前休日の度に俺と出かけてるけど他の友達とかと一緒に遊びに行ったりしなくてもいいのか?」
 昔から自分の後ろをついてばかりで交友関係の狭かった妹分を心配したコウは思わずそう問いかけた。
「もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私だって成長してるんですから。
 職場でできた同僚の人たちや同期の子とは仕事帰りに一緒にご飯を食べに行ったりしてますし、休日だっていつも兄さんといるわけじゃないんですよ?」
「そうなのか。いや、俺はてっきり……」
「てっきり……なんですか? 相変わらず心配性ですね。だいたい、私の心配をするより自分はどうなんですか?
 私のほうこそ兄さんが休日に誰かと出かけたりしてるところを見たことありませんよ?」
「いや、それは……」
「もしかして……兄さん。人のこと心配していますけれど、今友達少ないんじゃありませんか?」
 ツバキの一言にコウの思わずコウは視線を逸らした。
「そ、そんなことはないぞ? 俺にだって友人の一人や二人……」
「そんなこと言って、どうせいつも日高さんの手伝いをさせられたり、人助けをしたりして休日を潰しているんじゃないでしょうね?
 そういえばこの間施設に顔を出した時に聞きましたけれど、兄さん結構あっちにも足を運んでいるみたいですね。それで、子供達の相手をしてるとか。
 『人のことばかり構ってばかりで、あの子は自分の時間をちゃんと持てているのか?』って先生が心配していましたよ?」
「……うっ。そうか、先生に心配をかけちゃってたか。まいったな、そんなつもりはなかったんだけど」
「思い返せば私が施設にまだいた時にも兄さんはよく顔を出してくれてましたよね?
 当時は休みの度に兄さんが顔を出してくれてとても嬉しかったですけれど、もしかしてあれって他に行くところがなかったからとかじゃないですよね?」
「失礼な! さすがにそこまで酷くなかったぞ。そりゃ、ちょっと周りからの僻みとかが面倒だったとかはあったけれどさ……」
 三年前、それまで親に捨てられ施設に預けられていたコウはその素質を見出されて日高によって『天警』にスカウトされた。
 『天警』に入隊する最低年齢が成人を迎える十五を過ぎていればよかったため、コウが『天警』に入隊したこと自体はそう珍しい出来事ではなかった。
 だが、『天警』の特捜が自ら引き抜きに足を運んだという事実。そして彼自身が周りから寄せられる期待に応え、二年にも満たない年月で上級捜査官にまで地位を上り詰めたということが周りとの壁を作ってしまった。
 嫉妬や羨望、それが同年代だけならまだしも年上の同僚たちからもそのような目を向けられてしまえばとてもではないが軽々と友人が作れるはずがない。
 社交的で面倒見のいいコウではあったが、仕事は真面目で実直。上官である日高からも度々硬いと言われる始末。
 今でこそ妹分であるツバキが同じ『天警』に入隊したことで多少はその態度が和らいだが、それまではより輪を掛けて酷かった。
 そんなことだから、周りの人間は更に自分とは違う人間だと彼を決め付けてしまい、一歩引いた位置で彼と接することが多かった。コウにしてみれば仕事上は非常にやりやすい関係ではあったが、友人を作るには非常に難しい立ち位置であったのだ。
 困った表情を浮かべるコウを見て、それまで心配そうに彼を見つめていたツバキが思わず吹き出した。
「あははっ。兄さんでもうまくいかないことってあるんですね。施設の時はたくさんの友達がいたのに今じゃ昔と立場が逆転してますね」
 自分のことも含め、そう告げるツバキにムッとした様子でコウは言い返す。
「こら、いい気になるなよツバキ。別に一人も友人がいないわけじゃないんだからな!
 だいたい、別に友人の数が多くなくったって少ない友人を大事にすればだな……」
 ぶつくさと文句を垂れるコウの話を話半分に聞き流すツバキ。そんな彼女の態度に益々言い訳がましい反論を口にするコウ。
 いつものように仲のよい二人はそんなやり取りを続けながら目的地までの時間を楽しく過ごすのだった。



 地下鉄を降り、歩くことしばらく。二人は第一地区にあるとあるカフェに辿りついた。見れば、お店の前には長蛇の列ができており、すぐに入ることはできないことがわかる。
「もう! 兄さんが準備するのが遅いからこんなに人が並んじゃったじゃないですか!」
 デバイスで時刻を確認するとちょうど昼食をとるのにいい時間帯。昼休憩に職場から食事のために街に出た大勢の人々がそこかしこでごった返している。そして、それはコウたちの目的地であるカフェ『Restart』も例外ではなかった。
 ツバキに列の最後尾へと並ぶよう言い、コウは店内で忙しなく動き回る店員の一人に待ち時間どれほどかと問いかけた。少なくとも、店内に入りメニューを眺めることができるまで一時間はかかるとのことだった。
「……どうするんです?」
 ツバキの元に戻ったコウは彼を恨めしげに眺める妹分に頭が上がらない思いだった。
「悪かった。お詫びに何か軽食でも買ってくるよ。ほら、この間ツバキが食べたいって言ってたジェラートだ。この近くに新しくオープンした店があったって言ってたろ?」
「その間私はここで一人待っているんですか?」
「勘弁してくれ。俺だって可愛い妹分を一人この場に置いておくのは心苦しい。
 もし俺がジェラートを買いにいっている間に見知らぬ男がお前に声をかけていたらその光景を見るだけで正気ではいられないからな」
 少しおどけた様子でツバキに語りかけるコウに彼女は思わずクスリと微笑んだ。
「それだけ反省しているなら許します。それに、例え誰かに声をかけられても、私は丁重にお断りします。だから兄さんは心配せずにお詫びを買ってきてください」
「わかった、ちょっとだけ待ってろよ」
 そう言ってコウはツバキと別れ、彼女の機嫌を直す小道具を取りに出た。女の子に甘い食べ物は、手っ取り早くその人の笑顔を見られる魔法の一つだ。
 様々な飲食店が立ち並ぶ第一地区のメインストリート。そこから少しだけ離れ、ひっそりと隠れるように営業している店がコウが探していたジェラート店だった。
 見れば、年若い女性たちが次々と商品を受け取り、メインストリートへと歩いていく。見つけにくいような隠れ家も人々のクチコミにより、もはや隠れることすらできないでいるほど繁盛していた。
 そして、コウもまた目的のジェラートを買いに行こうと店に向けて一歩を踏み出す。そんな時、彼の視界の端に一人の少女の姿が写った。
 透き通るような美しい金の髪をなびかせ、キョロキョロと挙動不審そうに周りを見渡す少女。年齢はおそらく十代半。おそらく、成人直前か既にしたかと思われるくらいだ。
 大人の女性というよりはまだ可憐な少女という方が似合うような体系だが、それでいて少女には人を惹きつけるような何かがあった。
 体系はまだ未完成だが、容姿は既に完成系。美術画に閉じ込められた妖精がそのまま飛び出してきたかのような美しさだった。
 見れば、コウと同じように彼女の近くを通り過ぎる人々は、その誰もが彼女に視線を奪われている。だが、神々しさすら感じられる彼女の容姿に躊躇っているのか、困った様子の彼女に声をかけるものは誰もいない。
(……仕方ない)
 人々を守る『天警』の捜査官の一人として困った人を見つけておいて無視することなどできないコウは覚悟を決めて、ジェラート店から少女の方へと進みだす足の向きを変えた。
 もっとも、今の彼は仕事など関係のない休暇を過ごす一人の人間であるため、少女に声をかけるのは彼が単にお人好しであるだけでもあるが……。
「……どうかしたのかな?」
 警戒心を与えないようにコウは少女に優しく問いかけた。
「えっ!? あの、いえ……」
 そんな少女といえば、コウが声をかけたことに驚きながらもどう反応したらいいのかわからないようであった。
「ああいや、急にごめんね。なんだか困ったように見えたから声をかけさせてもらったんだ。迷惑だったらすぐにいなくなるから気にしないで」
 そんなコウの反応に少女は少しだけ複雑そうな表情を浮かべながらも、
「そんなことありません。ご親切にわざわざありがとうございます」
 少しだけ不安が取り除かれたのか、笑顔を見せてコウに返事をした。
「それで、一体何を困っていたのかな? もしよければ力になるよ」
「あ、その。実は私、買い物がしたくて……」
「買い物?」
「はい。あそこのお店にある商品を買いたくて。でも、恥ずかしながら私自分で商品を買ったことがなくて。すみません、おかしいですよね?」
 恥ずかしそうに告白する少女にコウはクスリと微笑んだ。
(もしかして、どこかの富豪の子かな? この様子だと親には内緒で買い物に出かけたけれど、今までは周りに任せっきりでいざ行動に移そうとしたらどうしていいかわからなくなったってところか)
 少女の身なりや容姿、それから今しがた交わした会話からそのような推測を立てるコウ。見れば、少女の服装は一般の人間では軽々しく手が出せないようなブランド品で固められていた。
「あ、あの~」
 コウの反応がないことが心配になったのか、少女が再び声を上げる。
「ああ、ごめんごめん。いや、別におかしくないよ。一応聞くけれどお金は持ってる?」
「はい。ちゃんと財布に入れて持ってきました」
 そう言って少女は財布に入った多くの札束を躊躇いもなくコウに見せた。そんな彼女の対応にコウは驚くと同時に苦笑した。
「見知らぬ他人相手にそんなに軽々しく大金を見せちゃいけないよ。もしかしたら、中にはその大金を目当てに近づいてくる人もいるんだから」
 コウの忠告を聞いた少女は慌てた様子で財布を背中に隠し、それでいてお礼の言葉を述べた。
「すみません、世間知らずで。でも、こんな風にきちんと注意してくださるなんてあなたはいい人ですね」
「どうかな? もしかしたらいい人のフリをしているだけかもしれないよ」
「いいえ、私にはわかります。あなたはいい人です!」
 深い青色をした瞳でジッとコウを見つめる少女。そんな少女の真っ直ぐさに押されたコウはたじろいだ。
「う、うん。まあ、そういうことにしておこう。それで、実は俺もちょうどあの店にようがあったんだけどよかったら一緒にジェラートを買いに行かないか?
 乗りかかった船だし、もしよければ買い物の仕方を教えるよ」
 今時子供でもできるようなことをわざわざ教えるなんて口にすることがなんだかとてもおかしかったが、そんなコウの心中とは裏腹に少女は心底嬉しそうな様子で、
「はい! よろしくお願いします」
 とコウにお願いをするのだった。
 そうして二人は一緒にジェラート店に入り、それぞれ商品を注文した。コウが商品を注文している間、少女は目をキラキラと輝かせ店に置かれたジェラートに目を奪われている姿を見て、コウはこっそりと微笑むのだった。
「ありがとうございます。おかげで初めて自分で買い物をすることができました」
 ジェラートを片手に持ちながら満面の笑みを浮かべてコウにお礼を述べる少女。大したことをしたつもりがないのにここまで喜ばれるとは思わなかったコウは少しだけ困っていた。
「いやいや、これくらい別に普通だよ」
「あなたがそう思っても、私にとってはそうじゃないんです。今日は私が初めて自分の意思で決めて、自分の手で買い物をしたんです」
 それまでとは違い、少しだけ悲しそうな表情を浮かべる少女。そんな彼女になんて声をかけていいかコウが迷っていると、何かを確認するように少女は再びコウを見つめて、彼に向かって問いかけた。
「あの、もしよかったらあなたのお名前を教えていただけませんか?」
「俺? 俺はコウっていうんだ」
「コウさん……。すみません、コウさん。今から一つあることを確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、それほど時間を取ることじゃなければ構わないけれど」
 既に結構長い時間一緒にここまで来たツバキを待たせていることを思い出したコウはなるべく手短に済むように少女にお願いした。
「わかりました。それじゃあ……」
 そう言って少女はコウの瞳を覗き込むように見つめ、
「コウさん、〝あなたは私の言うことならばなんでも聞いてくれますか?〟」
 と、呟いた。
「……」
 しばしの沈黙。コウは一瞬少女が何を言っているのか理解できずに言葉を失う。だが、少女の方は真剣なのか黙って彼の答えを待っていた。
「……いや、言うことを聞くもなにも俺たち初対面だし、何よりまず君の名前を俺は知らないよ。
 もし、困ったことがあるのならよければ相談に乗るけれど?」
 悩んだ末にそう返事をしたコウ。そんな彼の答えに少女は酷く動揺し、同時に感極まった様子で涙をポロポロと流し始めた。
「なっ!?」
 あまりにも予想外な状況にコウは狼狽した。一体どうしてこんなことになっているのか彼にはまるで理解できない。どうするべきかと考えているとそんな二人の元に一人の男性が近づき、声をかけた。
「失礼だが、君は一体どこの誰かね」
 声をした方を見れば、筋骨隆々とした中年の男性が鋭い表情でコウを睨みつけていた。その雰囲気は今にも彼の首を絞めてしまいそうなほど鬼気迫るものだった。
 そんな彼の姿を一拍遅れて認識した少女は、コウと男との間に割って入った。
「やめて! この人は何も関係ないの。ただ、困っていた私を助けてくれただけなの!」
「ですが、ジャンヌ様は涙を流されていた様子。それはこの男が原因なのでは?」
「違うわ! ちょっと目にゴミが入っちゃっただけよ」
「……あなた様がそうおっしゃるのならば、そうなのでしょう。それと、そちらの手に持ったものは?」
「これは……私が自分で買ったものよ」
 男の問いかけに僅かに躊躇いながらジャンヌと呼ばれた少女が答える。男は少女の発言を聞くと、まるで重大な失態を犯しでもしたかのように嘆いた。
「オ、オオ……。なんということだ、一言おっしゃってくださればこのようなもの我々が用意したものを」
「必要ないわ。これは私が欲しくて、自分自身の手で買いたかったの!」
「そのようなお考えを抱かずともよいのです。必要なものがあれば、我々が全て手配いたします。ジャンヌ様、あなたはただ我々に命令をくださればよろしいのです。
 我々は皆、ジャンヌ様にお仕えできることを心より望んでおります。ですが、あなた様がこのように自ら動いてしまえば我々は何をすればいいのかわからなくなってしまいます。
 そうなると、この間のように我々の知らないところで〝身勝手な行動を取る〟輩も現れてしまいますよ?」
 男の言葉を聞いたジャンヌは一瞬ビクリと肩を震わせた。その様子は酷く怯えたように見えた。
「やめて! わかった、これ以上もう我が儘はいいません。一人で勝手に出歩いたりもしません」
「そうですか。それは安心しました。さあ、帰りましょうか。皆あなたの帰りを心配して待っていますよ」
 そう言って男はジャンヌを連れ帰ろうとする。だが、彼女は男と共に帰ろうとする前、完全に蚊帳の外にいるコウに向かって再度お礼を告げた。
「すみません、コウさん。私、もう帰らないといけません」
「そうか。あの人はボディーガードかなにか?」
 ジャンヌから少し離れた位置で彼らの会話を眺める男をチラリと見てコウは尋ねる。
「はい、そのようなものです。先ほどの彼の態度がご気分を害したのなら申し訳ありません。そもそもの原因は全て私にあります。文句があれば私に言ってくださって構いません」
「あの程度のことじゃ別に怒るも何もないさ。俺だって見知らぬ他人が自分の大事な人に声をかけていたら口調くらいキツくなるさ。気にしていない、本当だ」
「そうですか。ああ、そうだ私まだ名前を名乗っていませんでしたね」
「ジャンヌ、だろ? さっき彼が口にしていたよ」
「あっ……そうでしたね。それが私の名前です。コウさん、今日は本当にありがとうございました。あなたは本当に親切な人でした」
「これくらいのことでそこまで感謝されるのは正直ちょっと居心地悪いな。それに、さっきも言ったけれどこれくらい普通だよ。あまり気にしないでくれ」
「わかりました。では、そのようにします。
 コウさん、もしよろしければまたお会いできますか?」
「ん? 別に構わないけれど……。彼が許してくれるかな?」
「〝お願い〟すれば大丈夫です、きっと。それよりも、私はもう一度あなたに会ったら確かめたいことが……」
 と、大事な何かをジャンヌが言いかけたところでいつの間にか彼女の後ろで二人の様子を伺っていた男が彼女の肩に手を置き、
「ジャンヌ様、そろそろ……」
 二人の会話に終止符を打った。
「……はい、わかりました。それじゃあまた」
「ああ。またね、ジャンヌ」
 そうしてジャンヌは男に連れられてどこかへと姿を消した。そして、コウもまた待っているツバキのもとへと向かおうとしたところでふとあることに気がつく。
「……また会おうって言ったけれど連作先の交換もしていなかったな、そういえば」
 最後まで間の抜けた少女に、コウは思わず苦笑いを浮かべるのだった。

       

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Neetsha