Neetel Inside 文芸新都
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【 とある絵描きと夏の少女 】





千夏と出会ったその夜。俺はベッドの中でなかなか寝付けずにいた。

『 あなたはとても美しい絵を描くのですね 』

千夏の言葉が何度も頭に響く。

人に絵を褒められるなんて、本当に何年ぶりだったろう。

しかもあそこまでまっすぐに言われたのは。

俺は眠れずにただ横になっていた体を、ゆっくりと起こした。

月明かりだけが射しこむ夜の病室は、昼間に比べてとても居やすかった。

俺はじっと、窓の近くに置いた青い鉛筆を見つめた。

「…なぁ。俺はどうすればまた、昔のように楽しく絵を描けると思う?」

そんな気持ちに反応するかのように、包帯を巻かれた左腕が一度だけ大きくずきんと痛んだ。




翌朝、俺は昨日よりも少し早い時間に屋上へと向かった。

そこには、ひまわりの花を抱える千夏としゃがみ込みながら談笑している加藤の姿があった。入ってきた俺に先に気づいたのは加藤の方だった。

「なんだ、藤崎。今日も来たのか」

「悪いか。あとその馴れ馴れしい呼び方、やめろ」

「なんで。あんたの名前、藤崎だろ?あ、下の名前の方がいいか?」

「そういうことじゃねーよ!なんでお前は俺の事呼び捨てにするんだよ。
 こっちは患者様だぞ」

「何を言う。それを看病してやってるのはこの看護師様だぞ。そっちこそ敬え」

その言葉に何も言い返せずに頭をかく俺に対して、今度は千夏が話しかけてきた。

「こんにちは、藤崎さん。今日は昨日よりも少し早いんですね。
 ...そうだ、これ。藤崎さんに」

そう言うと千夏は手に持っていた数本のひまわりの中から一輪を、俺の前に差し出した。

その花は、俺の目の前にあるからか海の向こうに咲くひまわりの花々よりも
とても鮮やかに見えた。

「昨日の絵のお礼です。よかったらどうぞ」

「あ、あー...どうも」

俺がそのひまわりを受け取ろうとすると、隣にいた加藤が不満の声を漏らした。

「えー!?千夏ちゃん、そのひまわり藤崎にあげるためだったのー!?
 なら、とってこなきゃよかったー...」

「そんなこと言っちゃだめですよ、加藤さん。
 それに他の花はちゃんと私の病室の花瓶にさしますから」

「ならいいんだけど。藤崎、その花死ぬまで枯らすなよ。」

「死ぬまでとか無茶言うなよ」

「このあたしがあの丘まで行って取って来たんだ。枯らしたら殺す」

「看護師が患者に向かって、なんという発言してんだ!」

千夏は俺と加藤のやり取りを止めようとはせず、それを見て静かに笑っていた。




それからしばらく俺と千夏、加藤の三人で他愛もない話をしているうちに、
千夏の検診の時間になった。

「そういやいつもこの時間は加藤が付き添ってるのか?」

俺はふと疑問に思ったことを加藤に質問した。

「いや、今日はたまたまだよ。いつもは行きと帰りだけ迎えに来てる」

「いつも...すみません。私のわがままに突き合わせてしまって...」

千夏はそう加藤に対して作り笑いをしながら、言い終わる前に下を向いてしまった。

「かまわないって!千夏ちゃんのためだもの。
 ...あ、そうだ!藤崎、お前どうせ入院中暇だろ?
 よかったらこの時間帯に千夏ちゃんと一緒にいてやってくれないか?」

「え...ええぇ!?」

加藤のその質問に、俺よりも先に声をあげたのは千夏の方だった。

「あー...まぁ、別にかまわないけど」

「ええええぇぇ!?!?」

俺のその回答に、加藤よりも先に手をバタつかせながら声をあげたのはまた千夏だった。

「そんな、無理しなくていいんですよ!?私ずっとこの時間一人でしたし!!
 な、なな慣れてるんで!」

「自分の病室にいるよりこっちにいた方が断然マシなんだよ。
 あと何かあった時、ここから下の階まで一人じゃ降りられないだろ。
 いつでも加藤が来てくれる訳じゃないんだから」

「それは...そう、ですけど...」

そう言うと、加藤は千夏の明確な返事を待たずして小さくぽんと手を叩いた。

「よし、じゃあ決まりだね。行きはいつも通り私がつれてくから。
 検診の時間は毎日この時間帯だから千夏ちゃん連れてくるのもお願いね」

「わかった。千夏はそれで構わないか?」

「よ...ろしく...おねがいします...ぅ...」

千夏は波の音にかき消されそうな小さな声で、そう下を向きながら返事をした。



こうして俺は療養生活の間、屋上で千夏と一緒に過ごすことになったのであった。






...続く

       

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