Neetel Inside 文芸新都
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   壱

 こつこつと、
 窓を叩いたのは鳥だった。

「開いているわよ」
 嬉しくて、嫌味を言った。
「呼んでいるんだよ」
 鳥は笑って、窓枠に止まった。

「何か、用かしら」
「うん、そう、そうなんだ」
「あなたは、渡り鳥ね」
「そうだよ」
「私に用って言うけれど、私はあなたみたいに動く事は出来ないし、きっとずうっとものを知らないわよ」
「うん、そうだね。そうかも知れない」
「何も、否定しないのね」
「ああ、うん、ごめん」
 鳥は、小さく羽ばたくと、
 私の隣へ舞い降りた。
「あなた……片眼が無いのね」
「うん、そうなんだ」
 つぶらな、木の実の様な瞳は、
 私から見て左側だけが輝いている。
「怪我を、したの?」
「うん、一昨日の嵐で」
「仲間とは? はぐれてしまったの?」
「うん、一昨日の、嵐で……」
「それで、私に何を?」
「君の眼を、くれないかな」
 鳥は頭を下げ、申し訳なさそうに言った。
「良いわよ」
 私が即答すると、
 鳥は、驚いて顔を上げた。
「良いの?」
「良いわよ。その代わり……」
「その代わり……?」
 鳥は、少し不安そうに後ずさりをした。
「左目にしてちょうだい」
「左目?」
「そうよ」
「なぜ?」
「時が止まっているのなら良いのだけれど……」
 私は荒れた部屋を見ていた。
「手の届かないところで、無慈悲に過ぎゆく時間なんて、いらないわよね」

   ○

「それで、どうやって私はこの眼をあなたにあげれば良いのかしら」
 私の問いに、
 鳥は困った様に一声鳴いた。
「わからないのね?」
「うん。君も?」
「わからないわね」
 二人はため息をついた。

   ○

「あなた、名前はあるの?」
 私たちは、少しだけ話をした。
「くつくつ、と呼ばれているよ」
「くつくつ?」
「君は?」
「私は……砂糖菓子と呼ばれていたわ」
「砂糖菓子か……美味しそうだね」
「あら。それなら、少し食べてみる?」
 私が冗談めかして言うと、
 くつくつは真剣な顔で頷いた。
「それなら、その、左目を」

   ○

「どうかしら」
 私の左目をつつく彼に問いかける。
「美味しいよ」
「美味しいの?」
「うん」
「なら、良かったわね」
「うん。甘くて……ほんとうに砂糖菓子みたいだ」
 私は、少しだけ照れくさくて、
 黙っていた。

   ○

「……終わった?」
「うん」
「どう?」
「……見える。見えるよ」
「ほんとう?」
「ほんとう」
 鳥は、
 私の右目に、
 自分の両目を映して見せた。
 濡れた夜の様な双眸が、
 吸い込まれそうな程、きれいだ。
「……行くのね」
「うん」
「そう……」
「ありがとう」
「どういたしまして」

   ○

 羽ばたく音が、遠ざかる。

 私は、
 良い事をしたのだ。
 枷になっては矛盾してしまう。

 だけど、
 寂しかった。

 だから、
 強がって、
 一言、

「良い旅を」

       

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