弐
こつこつと、
窓を叩く音がした。
北風の仕業だろうかと、
閉じることの出来ない瞳に、
意識を通わせた。
ひとりの時間が長すぎたからか、
なかなかうまくいかない。
心が錆び付いたのか、
凍り付いたのか。
しばらくしてから、
光は私に再び世界を与えた。
窓を叩いていたのは、
一羽の美しい鳥だった。
白い翼が雪の様だ。
薄紅の嘴は花弁を思わせ、
冷え切ったこの景色を、
ほんの少しだけ暖めている。
「何か、ご用かしら?」
冷たい、
冷たい、
私の声だ。
ずいぶん長いこと口を閉ざしていたせいで、
どうやら声までが凍り付いてしまったらしい。
「用……いや、用は無いんだ……でも、困っていて……」
「それはつまり、用があるって事ではないかしら?」
「うん、そうだね……でも……」
「否定が多いのね」
「いや、うん、そうだね……」
久しぶりの生ある会話だというのに、
私は少し苛立っていた。
「用が無いのなら、何かお話でもして下さらない? 私、とても退屈なのよ」
「ごめん、だめなんだ。僕は、急がないといけないから……」
「なら、早く用件をおっしゃって下さいな」
「うん……」
鳥は、
おずおずとこちらへ近付いて来た。
僅かに、
片足を引きずっているようだ。
「怪我でもなさったの?」
「ああ、いや……うん、そうなんだ」
「はっきりしないのね。お空の雲よりも曖昧だわ」
私の言葉に、
鳥は寂しそうに笑った。
「どうかして?」
「ううん……あ、いや、僕の名前がね」
「名前?」
「うん、もくもくっていうんだ」
○
「──それでね、くつくつに聞いたんだ」
「まあ、懐かしい名前ね。彼はお元気?」
「うん、元気だよ。今頃は空の上さ」
「あら、あなたは行かなくてもいいの?」
「それがね……」
もくもくは、
小さな嘴から、
小さなため息をこぼした。
「足を怪我してしまったから……」
○
「ねえ、砂糖菓子」
「いきなり呼び捨てなんて失礼だこと」
「ああ、ごめん……」
「冗談よ。それで、私に何を?」
「君の足を、食べさせておくれ」
○
「いかが?」
「美味しいよ」
「急に素直になったわね。おかしいわ」
「おかしくなんてないよ」
「そうかしら」
「そうだよ」
○
「どう?」
「うん、前よりも、ずっと、良いよ」
もくもくは、
私の前でぴょんと跳ねて見せた。
夕焼けに照らされた羽が、
ガーネットの様に眼に刺さる。
「それじゃあ、ほら、お行きなさいな」
「うん……」
「どうかしたの?」
「君は、お別れは苦手じゃないの?」
「私は……」
○
私は、
また独りぼっちになって夕日を見ていた。
何かが足りないのだけれど、
それがわからなかった。
ただ、
血を求めるバンパネラの様に、
乾いている気がした。
だから、
そんな気持ちを振り切るように、
私は言った。
「良い旅を」