Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

「…これを承認しろ、と?」
 姫城が刑部守から預かった書類を受け取ると、大和はその表題に眉を歪ませた。
「“承認”ではない、“実行”しろと言っているんだ」
[守護鎧装量産化計画]と書かれた書類を渡した刑部は、大和の部屋の応接ソファに深々と座り煙草に火を着けると細身の体型には似合わない低い声で大和を威嚇するかの如く言葉を滑らせた。
「委員会設立に伴う制定書には『如何ナル事態デアッテモ鎧装ノ複製及ビ軍事目的ニヨル利用ヲ禁ズ』とあるんだがね」
「だからといって、いつ迄もあの三体のみで戦い続けるのは無理があるだろ」
 確かに、エソラムや『天人』を相手に三体のGMで戦い続けるのは負担が大きいのは事実だ。だが、刑部は守護者の三人を労ってそんな事を言っている訳じゃないのが手に取る様に判る。自分の軍事目的の為に引き合いに出して、飽く迄も「成功報酬に何体かそっちに渡してやる」って魂胆なのが見え見えじゃないか。
「この事は、総理の意思なのか?」
 総理大臣である武島剛は、どちらかと言えば軍備強化反対派の筈だ。彼がまだ官房長官だった頃に、コインデック設立の立案に面白くない顔をしたのをよく覚えている。そんな彼が量産化計画に乗るとは到底考えられない。
「いや、防衛省判断での計画書だ。武島は制定書の事よりも軍事予算で釘を刺してきている」
 思った通りだ、と大和は軽く舌打ちをした。ここで素直にこの話を呑むのは危険としか言い様がない。
「だったら、この話は終わりだ。強引に話を進めようとするのであれば、国家反逆罪を適応させてもらう事になるがな」
「ほぉ…それでは、この計画は僕がテロ目的の為に行うとでも?」
 刑部は誰よりもこの国を愛し、国の現状を憂いているのは知っている。恐らく、この計画も純粋に国の将来を想っての独断だろうという事も。だが、それだからこそ尚更この話に乗る事は出来ない。
「コインデックの全権は、私ではなく皇族が持っているのは君も重々承知しているのではないかね? 皇族から総理、そこから初めて私に権限が下るのに、武島君をすっ飛ばして私が事を動かせば私的運用と見なされても反論は出来んよ」
「国の未来の為には、多少のルール違反も致し方ないと思うが」
「私は、君と大富豪を遊ぶつもりはないよ。そもそも、革命なんて変則ルールは好きではないしね」
 大和の例えに、刑部は鼻で笑うと煙草を灰皿に押し付けた。同時に、これ以上この場で議論するだけの意味がないと判断したのか、ソファから腰を上げスーツの皺を直すと大和に挨拶をする事なく踵を返して扉へと向かった。いきなりの動作に、刑部の背後に立っていたSPが慌てて扉を開ける。
「そういえば、三宿で戦闘中だそうだな」
 刑部は大和の横で会釈する姫城を左手で制すると、思い出したかの様に大和の方を向いた。
「『駐屯地内清掃中に部隊の者が新種の鉱物と思われし物体を発見、防衛省預かりで管理を行う』…言いたい事は判るな?」
 無表情に近い顔で大和を見据える。しかし、大和は全く動じずに静に笑みを浮かべると、
「私から現場には何も言わんよ。直接交渉しに行った方がいいんじゃないかね?」
 その言葉を聞いた刑部は、再び無言のまま部屋を後にした。それに続きSPも部屋を後にすると、その場に静寂が訪れる。SPがきちんと閉め損ねた扉を姫城が静に閉じると、煙草に火を着けた大和のライターの音が部屋に響いた。
「あー、姫城君。この書類は破棄しちゃってくれたまえ」
 大和は、刑部の残していった計画書を頭上でひらひらとさせながら煙草の煙を吐いた。その姿は、煙草の煙を団扇で払っている様にも見えるが、彼にとっては刑部の計画書は団扇と同じ程度の扱いでしかなかった。 
「司令、よろしかったのですか?」
 大和から書類を受け取ると、姫城は彼のデスクにあるもうひとつの書類をじっと見詰めた。
「“ガーゴイル”の件が刑部長官に知れたら、恐らく大変な事になりそうですが」
 デスクに置かれた書類には[ガーゴイル計画]と書かれている。それは、大和が独自に立案しようとしているGM量産化計画の書類だった。
「刑部の計画は“防衛省新造の軍備強化スーツ”、我々が計画しているのは“対『天人』用サポート鎧装”。全く目的が違うのに、一緒くたにされたら堪らんよ」
 姫城の不安めいた口調に、大和はニヤリとほくそ笑む。鎧装量産化は既に考えてあった話で、刑部から計画を出される以前に武島に話を持っていくつもりだった。だが、それは飽く迄もコインデック内での運用限定の話であって軍事利用に加担するつもりは一切なかった。
「ですが、刑部長官のおっしゃっていた言葉も綺麗に当てはまりましたけど」
「『国の未来の為には、多少のルール違反も致し方ない』だっけ? 私は、人間同士の戦争なんか全く興味がないからどうでもいい事だよ」
 ガーゴイルは『守護スル者』の定めた規定から違反する行為なのは理解している。だが、これは“国の未来”じゃなくて“守護者の負担軽減”の為のルール違反だ。
 唯でさえ草薙正義の様な民間人を巻き込んでしまった以上、全てを束ねる者としてはそれくらいのペナルティを背負う必要がある。例え統括司令官の座を退く羽目になっても、彼らの生命を守る為のルール違反だったら喜んでやってやろうではないか。
「若者の未来の為に無職になる、というのも悪くない話だと思わないか?」
「女はドライですから、自分のキャリアを優先させますね」
 ニヤリと笑う姫城に、してやられたと大和は煙草の煙を吹き出しながら大声で笑った。

       

表紙
Tweet

Neetsha