Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 刃と刃がぶつかり合い、火花と共に金属音が響き渡る。
 その大剣の重さと威力は正義の体勢を崩すくらい訳ないものであったが、力押しで負けるのが判りきっていた彼はすかさず剣撃を受け流すと体勢を立て直すのに一度距離を取った。
「ふぅ…やっぱり、強ぇや…」
 正義の前には、禍々しい気を放ちながら雷神、タケミカヅチが立っている。二メートルを超えるだろう大剣を右手だけで軽々と振り回す力強さ、一歩踏み出す毎に軽い地響きが起こる巨躯、その全てが前回の戦いと変わらず恐怖心を煽ってくる。少しの時間でも動かずに黙って立っていると、本能が恐れを抱いているのか体から嫌な汗が流れてくるのが判った。
 だが、正義は笑っていた。
 前回は、戦い方を理解していなかったからとはいえ全く歯が立たなかった雷神が目の前にいる。多分、以前の自分だったら迷わず逃げるという一択しかなかっただろう。でも、あれから自分なりに戦闘方法を学びミツルギの武装も増えている。対等かどうかは抜きにしても、刃を交えられるだけ以前から進歩しているのは事実だ。
 タケミカヅチの持つ四基の念動宝玉は、少し離れた位置で茜が囮となって全てのテレジェムを使って相手にしている。背後では、新たに出現した六体のエソラムを加賀が軽々と退治している。そう、何の気兼ねもなく雷神と一対一の勝負が出来るのだ。
 勝てる勝てないは最後迄判らなくとも、自分の攻撃を当てる事の出来る喜びが心を躍らせる。こんな嬉しい気持ちになるなんて想像もしていなかった。
「っしゃぁッ!」
 力強く地面を蹴ると、一気に距離を縮めブレードを叩き込む。それは大剣で簡単に弾き返されるが、怯む事なく次々と拳を奮いタケミカヅチの隙を覗った。何度か突撃して発見したが、タケミカヅチは大剣を横薙ぎで払う際一度左足を踏み込んで重心をかける癖の様なものがある。それだから、上半身が軽く起き上がり左足が動き出す瞬間に距離を取りさえすれば剣撃によるダメージは防ぐ事が出来た。問題は、如何に大剣を掻い潜って本体に攻撃を叩き込めるかだった。
 メカニックルームの実験室ではイメージトレーニングで伸ばしたブレードを雷神に当てたが、実物に通用するのは難しいだろう。仮に、ブレードの伸縮性を活かして大剣をすり抜ける様に這わした所で、威力の落ちた攻撃でダメージを与えるとは到底思い難い。
「やっぱ…肉弾戦しかないよな!」
 タケミカヅチの横薙ぎ攻撃を回避すると、再び距離を縮めて拳を次々と叩き込む。
「草薙ぃ! お前はいつ迄遊んでんだよっ!」
 全てのエソラムを倒し終えたのか、加賀が正義の元にくる。千葉からイレディミラーの射出許可がまだ下りない為に、手首のEガンを雷神に見舞おうと右腕を突き出していた。
「加賀さん、こっちよりもまず曲木さんのフォローを頼みます!」
 だが、正義は優先事項をタケミカヅチ討伐ではなく宝玉破壊に選んだ。その回答に、加賀は呆れた口調で、
「手前ぇは何を言ってるんだ? 本体倒さないでどうするってんだよ!」
「あの宝玉が厄介なのは、前回の戦闘で加賀さんも知ってますよね? あれを破壊して、そこから全員で本体を囲んだ方が楽に倒せる筈です」
 加賀は、自身ありげな正義の言い回しに一瞬躊躇してしまう。確かに、あの宝玉から繰り出される稲妻は非常に厄介なものだった。今は曲木が本体から引き離しているお陰で射出が出来ないのだろうが、ここでタケミカヅチが宝玉を引き戻すなりして体勢を整えれば前回以上の落雷による被害も考えられる。
「チッ…了解しましたよ、リーダーさん」
 たかが一般市民如きに、こうも指示されるのは非常に腹立たしい。先日のアメノウズメ戦で格の違いを見せ付けてやった筈なのに、こいつは全く懲りてない。それ以上に、より前向きに戦いを見据えようとしていやがる。
「おら、曲木ぃッ! とっととその玩具片付けるぞッ!!」
 加賀は勢いを付けて走り出すと地面を蹴って飛び上がり、空中でタケミカヅチの宝玉を一基掴まえるとそのまま地面に思い切り叩き付けた。
「え? 加賀君!?」
「そんな玉っころでチマチマやってねぇで、鞭で叩き割るなり突き刺すなりしてぶち壊せ!」
 こんな所で油を売っている場合じゃないんだ。俺にはやらなきゃならない事があるというのに──
「草薙ぃっ! これを壊し終わる迄、ソイツを仕留めるんじゃねーぞ!!」
 悔し紛れに近しい言い方で加賀が叫ぶ。その言葉に、正義はクスッと笑うとタケミカヅチを見ながら「どうしようか?」と、まるで問い質すかの様な口調で呟いた。
 三人で倒した方が明らかに楽なのは判っている。でも、ここ迄一対一の戦いを繰り広げたのに、今更誰にも邪魔はされたくないとも思えてしまう。
「…ま、取り合えず今はサシの勝負をやりましょうか…ね!」
 それ迄の沈黙が嘘の様に、激しい音のぶつかり合いが再開される。
 特攻をかけては振り払われ、再び特攻をかけては振り払われ、一進一退の攻防が繰り広げられるが、
「──!?」
 一瞬、大剣に亀裂の入った様な鈍い音が聞こえた。外見的には何ら異常は見当たらないし、それを操る雷神も慌てる素振りが全くないので気のせいかと思った。だが、再び拳を叩き付けた際にそれ迄とは明らかに違う音の歪みを確かに聞いた。
「これって…耐久劣化か?」
 偶然か否かは不明だが、タケミカヅチが大剣で攻撃を防ぐ位置が大体似た様な場所だった。そこに何度も衝撃が与えられた事で、大剣自体の耐久精度が落ちてしまっている可能性がある。
「…だったら、攻撃目標変更だな」
 大剣を何とか交わして本体を狙おうとしてもことごとく防がれるのであれば、むしろ劣化し始めた大剣を破壊する方向に変更すればいい。念動宝玉は二人が破壊し、自分が大剣を破壊すれば、雷神には自己防衛の手段がなくなるだろう。それに、力を誇示するタケミカヅチであればアメノウズメの様な隠し玉等持っている筈がない。
 正義は一旦距離を置くと、集中的に拳撃を叩き付けるポイントを目視で探す。戦闘が始まってからの打撃防御箇所を思い浮かべ、特に攻撃が当たっていたであろう樋と鍔元の二ヶ所を見出した。
 タケミカヅチの左足が前に動くのを確認し、横薙ぎを軽く交わすと腰を落として地面を蹴る。反撃を防ごうと雷神は大剣を前に構えるが、それこそ正義が狙っていた姿だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
 始めは鍔元を徹底的に叩き、一度着地すると瞬時に地面を蹴って今度は樋を徹底的に叩く。正義を払おうとタケミカヅチは大剣を軽く振るうが、それをわずかな位置で交わすと再び鍔元から拳を叩き込んでいく。
 二度三度と同じ攻撃を続ける内に、鍔元より樋の方がより亀裂音を鳴らしたのを聞き逃さなかった正義は、横薙ぎの体勢に入るタケミカヅチをあえて避けずにそのまま前進して拳を振りかざした。自分の考えが間違っていなければ、耐久力のなくなりかけた大剣が斬撃を繰り出す瞬間に外側からも衝撃を与えれば、力の均衡に耐えられなくなった大剣はその場で折れる筈だ。
 予想が外れてしまえば、斬撃の威力に吹き飛ばされるかあるいはその場で真っ二つだろう。だが、自己修復機能が働く前に破壊するには一か八かのチャンスに賭けるしかない。
「ぅらああああぁぁぁぁぁッ!!」
 タケミカヅチが左足を踏み込ませ、右腕に力を込めて横薙ぎの体勢に入る。それと同時に、正義は力の限り叫びながら地面を蹴って右拳を突き出した。
 刃と刃のぶつかり合う鈍い音が周囲に響き、次の瞬間にはパキンと刃の折れる音が響いた。
「何、今の音っ──うひゃぁっ!」
 破壊音が気になった茜が正義の方を向こうとした瞬間、自分の顔面すれすれを巨大な塊が通り過ぎていった。背後で地面に突き刺さる音が聞こえ恐る恐る振り返ると、それは正義が真っ二つに折った大剣の刃先だった。
「加賀君…これって…」
「…あの野郎、やりやがったのか!」
 加賀の目の前には、雷神の念動宝玉の残骸と大剣の刃先が転がっている──これで、武器は全て失われた。後は、如何に本体からタマハガネを引き抜いて倒すかの一点となった。 
「曲木! 奴の動きを何としてでも抑え込め!」
「あ、うん、了解!」
 指示を出しながら駆け出す加賀に茜は一瞬躊躇してしまったが、瞬時に状況を理解すると右手首の連珠鞭を力一杯伸ばしタケミカヅチの上半身を拘束する。しかし、このまま綱引き状態の力押し合戦にもつれ込むと簡単に振り解かれると感じた茜は、左手首の連珠鞭を地面に突き刺し自分を支柱とする事でタケミカヅチの動きを封じた。
 その様子を確認した加賀は、正義の元に辿り着くと肩部の照射口に意識を集中させる。
「いいか草薙! 奴の左肩を集中照射で溶かすから、タイミングを見て斬り落とせ!」
「でも、発砲許可が──」
「殺るか殺られるかの状態で、上層部のちんたらに付き合ってられるかよ!」
 イレディミラーの照射を限界迄絞込み、その分の熱量を上げ一気に雷神の鎧装を抉り溶かす。溶けたタマハガネであれば、ミツルギのブレードで飴細工の様に簡単に切り裂かれてしまう筈だ。
 目的は、タケミカヅチの体内からタマハガネの核を取り出す事。その為には、最短効率で行動するしかない。
「行くぞ!」
 加賀が右足を一歩前に出し腰を落とすと、限界迄細めた光弾がレーザー光となって一気に雷神の左肩を焼いた。鎧装は、炉に入れられたガラスの様にドロドロに溶け落ちていく。
「行きます!」
 光弾が途切れた頃合を見計らって正義は踏み込むと、右手甲のブレードを振り上げそのまま一気に雷神の左肩を真っ二つに切り裂いた。
「もう一丁!!」
 そのままの状態で左手甲のブレードを溶解口に突き刺すと、今度は勢いを付けて雷神の胸元を真一文字に切り裂く。その切り口が中央に差し掛かるにつれ、体内から核となるタマハガネの紅い輝きが見えてきた。その光を確認すると、正義は全身に力を入れミツルギの上半身のブレードを全て雷神に突き刺し、そのまま胸板外装をなます切りにした。
「後は、タマハガネさえ引っこ抜けば──」
 突如、正義の左横を滑る様にミカガミの腕が伸びてきた。
 正義が掴むよりもわずかに早く、加賀の右手がタケミカヅチの核を握り締める。そのまま引き抜く反動を利用して加賀が振り返ると、肩部照射口が煌々と輝き今にも射出しそうな勢いだった。
「加賀さ──」
「ご苦労さん」
 空が薄紫色に明けてきた三宿駐屯地に、激しい閃光と轟音が響き渡った。

       

表紙
Tweet

Neetsha