Neetel Inside 文芸新都
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 東京都中央防波堤外側埋立地──早朝。
 北西に台場の灯かりが見える淋しげな埋立地で、正義は最後のエソラムを真っ二つに斬り裂いた。
「おーし、それで最後だな。お疲れさん」
 正義と茜の耳元に、千葉の間延びした声がマスクを通じて聞こえてくる。千葉にとっては、東京ゲートブリッジのわずかな区間だけ規制をかける以外に大した作業も苦労もなく、敵もエソラムが四体と気負う必要がなかったせいで完全にだらけていた。
「石川ぁー、せっかく早く片付いたんだし帰る前にどこかで飯食って行こうぜー」
「馬鹿な事言わないで下さいよ。帰ったら報告書作成とか色々あるでしょうに」
 千葉と石川の漫才の様なやり取りに、正義は思わずクスッと笑ってしまう。
「千葉さん、この時間じゃ環七に出てもコンビニくらいしか開いてませんよ」
 エソラムと対峙した後にコンビニでおにぎりとお茶を買う自分達の姿を想像すると、その緊張感のない間抜けっぷりに笑うしかなくなってしまう。どうやら、千葉達も同じ姿を想像したのだろう、笑いを噛み殺しながら「それは嫌だな」という返しがスピーカー越しに聞こえた。
「さて、俺等は帰ったらシャワーでも浴びてスッキリしますか」
 GMを解除させバンに向かいながら大きく背伸びをすると、正義はとぼとぼと歩き始めた茜に向かって笑顔を見せた。だが、茜はそんな正義の姿に普段の様に返答は出来ず、思わず「あ…うん」と言葉を詰らせてしまった。
 何故、彼はいつも通りの姿を見せていられるのだろうか?
 療養の効果か、正義は一週間もかからずに無事に回復した。そんな中で大和の決定を報告したが、彼は「そうですか」とだけ呟いて反論も拒否もしなかった。かと思えば、今みたいにみんなと和気藹々としている。
 決して緊張感に欠けている訳ではない。でも、以前みたいな警戒心や加賀に対しての怒りといった感情が全く見受けられない。むしろ、そういった感情を流している様にも見える。
 一体、彼は何を考えているのだろう?
 いや、彼だけじゃない。千葉さんにしても石川さんにしても、会議の後から何が変わったかといえばいつも通りで何も変わっていない。石川さんに関しては、あれからデータ報告が続いたのか走り回る姿を何度か目撃はした──目撃はしたがそれだけだ。
 今だって、移動中のバンの中では三人が談笑している。
 千葉さんが競馬に負けて大損したとこぼし、それに対して石川さんが「下手なのは周知の事実でしょうが」と突っ込み、草薙君は「ギャンブルなんて最低だ」と笑う。
 勿論、戦闘後に神妙な空気にする必要もないだろうし、嫌な事を忘れて楽しくするのは何ら問題はないと思う。
 でも。
 加賀君の一件があるんだから今迄の様に「エソラムを倒しました、おしまい」になんてならない筈なのに、何故彼等は笑っていられるんだろう…
 茜の疑問は誰が解決する訳でもなく、その違和感に近い感覚はバンが組織の専用駐車場に到着しても拭われる事はなかった。  
「お疲れさん。俺はこれから姫城んトコに報告しに行くから、お前等はゆっくり疲れを取ってくれや」
「了解しました、上官殿」
 千葉の言葉に、正義は意味もなく敬礼の姿勢を取り笑う。千葉も石川も彼につられて笑うと、同じ様に無意味に敬礼して管制室へと足を進めた。二人の背中をしばらく眺めていた正義は、ため息に近い感じの一息を吐くと茜の方を向いて「んじゃ、俺等も行きましょうか」と目を細めて笑った。
「あ…草薙君、あのね──」
「草薙君、ちょっといいかしら?」
 シャワールームに向かう途中で、正義は背後から古澤に声をかけられた。瞬時に「待ってました」と言わんばかりの表情で古澤の方を向いて歩き出す正義を見て、茜は何となく気になって一緒について行ってしまう。一瞬迷惑かと思ったが、正義も古澤も茜がいる事に何の疑問も持っていない様子で、というより“茜もこの場にいるのが当たり前”といった面持ちでファイルを眺めていた。
「あれから計算してみたけど、ラボで保管しているタマハガネは全部で三十七個ね」
 アーキアラジーの保管庫には、正義達が戦闘後に回収したタマハガネが保管されていた。それは几帳面な古澤の手によって日付毎にファイリングされ、いつでも情報を提供出来る様になっていた。
「ミカガミが吸収したのが何個くらいかの判明は?」
 正義の質問に、古澤は一覧を改めて眺め自分の計算が間違っていないと再確認した上で、
「千葉大学の戦闘からタマハガネ回収を始めて、それ以降のエソラム討伐数が七十二体だから不足分は三十五個だけど…それを全て取り込んだとは考え難いでしょうね」
 実際には、鎧装ごと吹き飛んでタマハガネの回収が不可能だったエソラムの方が多かった筈だ。もし、加賀が皆に知られずに回収しミカガミの体内に取り込んでも精々十五から二十といった所ではないだろうか、というのが古澤の見解だった。
「解析部統括の立場としては実験が楽しみではあるけど、私個人としては反対だわ」
「だけど、加賀さんは実際に成功しています」
「確かに、目の前に成功例はあるけど」
 古澤は大袈裟にファイルを閉じると、睨む様な目付きで正義を見る。
 草薙正義という男の、武器であり欠点である部分が“実直”だろう。
 素直な気持ちのまま真っ直ぐ突き進むから、いつもなら「ま、いっか」で済ませられてしまうが、
「それが確実なものであるとは言い難い状況で、貴方を実験台にするのは素直に賛同出来かねるわね」
 恐らく、津久井だったら彼の覚悟を賞賛して実験に協力しただろうが、自分は危険の方が明らかに強い事項に協力は出来ない。
「こちらでも何か有用な情報を掴む様努力はするから、貴方も焦らないで」
 古澤に痛い所を突かれ何も言えなくなってしまった正義に、彼女は軽く肩を叩くとファイルを閉じてそのまま研究室の方へと去って行った。
「草薙君、今の話は…」
 突如の事に茜は話についていけず、古澤が去った後でようやく口を開くのが精一杯だった。
「ミツルギのパワーアップにタマハガネを取り込もうと思ってるんですが、古澤教授は反対の方向って…困ったなぁ」
 そんな茜の心境を理解しないまま、正義は苦笑いをしながらけろっとした顔で自分の考えを明かした。それは茜にとっては初耳の事であると同時に、 
「困るも何も、無茶に決まってるじゃない!」
 一度でも実験をしているのであれば、そのデータを元に早急に対策を取る事は出来たのだろうが、まっさらな状態から急激に人体実験をして問題が起こらない訳がない。
 いくら何でも、彼のやる気に「よし、やろう!」と手を差し出す人物なんている方がおかしいというものだ。
「でも、実際にミカガミはパワーアップしてます。勝つ為には、こっちもやれる事をやらなきゃいけないと思いませんか?」
 それでも、正義は自分の言い分に間違いはないといった感じの表情で茜を真正面から見た。
「…本気、なの?」
「このまま黙って指を咥えていたって殺されるのがオチだ。だったら、悪足掻きをしなきゃ活路は見出せないっすからね」
 何て事だ。
 彼は緊張感に欠けていた訳でも、警戒心や怒りの感情を流していた訳でもなく、自分の置かれた最悪の状況下からの脱却を誰よりも考えていたんだ。
ただ、常にその事ばかりに頭を一杯にしても何ら解決出来る訳ではないから、普段は自分の立ち位置をしっかり把握して行動していただけだったんだ。それに気付かずに、独りで勝手に不安を最優先させてしまった私は、一体何をしていたんだろう──
「草薙君、シャワーを浴びるのは後回しにしましょう」
 それならば。
「悪足掻きだったら…取り合えず、GM同士の模擬戦で少しでも特性を掴むってのはどうかな?」
 自分の力量がどれだけのものかなんて判らない。それでも、パートナーである彼が前向きに物事を捉えようとするなら、それにとことん付き合うのが先輩守護者としての自分の置かれた立場だろう。
「模擬戦か…そういう方法もあったんだよな。流石は曲木さんだ、俺の考え付かなかった事を瞬時に思いつくなんて感心するなぁ」
 いや、そんな大それた事じゃない。
 彼は、もしかしたら自分や加賀君をすでに越えて先に進んでいるのかもしれない。だったら、先に守護者になった者として彼には負ける訳にはいかないんだ。
 いつ迄も、誰かの背後で守られてばかりの自分に嫌気が差していた。今、その事に気付かなかったらこれからだって自分は草薙正義というイレギュラーにずっと守られてばかりの駄目なままだっただろう。
「言っておくけど、そう簡単には負けないからね」
「OKですよ、先輩。俺も守護者として、徹底的にやりますからね」
 草薙君、加賀君。
 私は、貴方達に…自分に打ち勝ってみせる。
「…徹底的、にね」

       

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