Neetel Inside 文芸新都
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「“石像”…ですか」
 大和から“ガーゴイル計画”の書類を渡され、暫く無言で計画内容を読んでいた千葉はおもむろに名称に対する不快感を顕にした。
「何か不満かね?」
「いえ、別に」
 ガーディアン・メイルにせよ新造される予定のガーゴイル・プロテクターにせよ“守護する”という意味合いでは同等の筈だが、守護者の資格を持たない者でも装着出来る装甲だからとはいえ“格下”の名称にするなんざ、皮肉と言うより嫌味じゃないか。
「それで、GPを装着させるに値する隊員は千葉君から見て何人いそうかね?」
 特殊な装備品を身につけて前線に立つのだから、立場的には特戦部隊と突撃部隊の中間辺りに位置を置く事になる。そうなると、突撃部隊の中でも選りすぐりの人材にその立場を担ってもらわなければならないだろう。
 戦闘特化の人材を取るべきか、総合的ポテンシャルを取るべきかで悩まされる。前者なら、突撃部隊の方の影響もそんなに大きくはないが、守備の点で問題が生じてしまう。後者であれば、前線に立たせるのは非常に簡単だが、それだけの人材が突撃部隊から抜けるのは部隊の能力低下に繋がるデメリットもある。
「長野、富山、山口、福井、香川、宮崎の六人が妥当な範囲かと」
 悩んだ末、千葉は戦闘特化の人材に的を当てた。“守護者のサポート”に重点を置けば、短期決戦で場を片付ける方が妥当だと判断しての事だった。六名という数字も、アタッカー、サポーター、フォロワーに二名ずつ充てれば場合によって二班体制を取れるからだ。
「では、早速その六名に辞令を出すとしよう」
「司令、お言葉ですがその案には賛同致しかねます」
 しかし、千葉は人材を選んで置きながら大和の考えに反対の姿勢を見せた。
「加賀の件に関しては管理官である自分の失態でありますが、それ以外の現時点での体制による不具合はありません」
 ガーゴイル計画が本格的に軌道に乗った場合は長野達六名が妥当なのは事実だ。だが、果たして今すぐにでも計画を実行する必要があるのかはなはだ疑問でもあったし、何より加賀の一件に対する大和の処遇に納得出来ていない部分で素直に賛同出来かねていた。
「では、君は草薙正義と曲木茜の両名に今迄通り負担を抱えていろと?」
 大和の口から厭らしい言葉が投げ付けられた。
 確かに、加賀が抜けた現状では二人の守護者に対する負担は決して少なくなかった。両者とも非戦闘員で経験も少ない分、実戦での疲弊は並大抵のものではないだろう。
「自分は、隊員を駒として扱いたくはありません」
 それでも、千葉は自分の意見を曲げる気はなかった。
 もし、大和の望むような結果が出せなかった場合、どういう処罰が隊員に下されるか判らない不安。何らかの失態が生じた場合、前回同様簡単にその生命を奪うのではなかろうか。
 そういった疑問や不安が、大和の計画に乗り気になれない大部分だった。
「千葉君、上の人間に必要な要素はなんだと思うかね?」
 突如、大和の口からそれ迄の会話と全く無関係な質問が飛び出した。
余りにも急な質問に千葉は躊躇ったが、すぐに頭を切り替えて、
「部下の体調やメンタルを管理し、常に連携を取れる様に──」
「綺麗事を聞いている訳ではないんだがね」
 そう言うと、大和はデスクの引き出しから煙草を取り出し火を点けた。ゆっくりと煙草を吸い煙を吐く様は、千葉に対して挑発している様にも見え彼の神経を逆撫でした。
「では、司令はどの様なものが必要だと?」
 思わずムッとしてしまった千葉は、二人のやり取りにうろたえている石川や姫城を無視して大和に喰らってかかった。所が、大和はその言葉を待っていたかの如く、
「『下に嫌われる事』が必要なんだよ」
 和気藹々とした環境は、一見互いの信頼関係に大きく関わってきそうだが、実際は上下関係なく和気藹々としてしまうといざという時に相手を頼りすぎて自滅する事の方が多い。
「あの人なら判ってくれる」と己の力量を見誤って自滅する、あるいは「何であの時助けてくれなかったんだ」と己の失態を責任転嫁する様といった亀裂具合を大和は何度も見てきた。
 それよりも、上の強引振りに反発を覚える方が「だったら、俺等で見返してやろうじゃないか」と団結して物事を解決させる率の方が高かった。
 企業、政治経済、戦争…どのジャンルであろうと、それは同じだった。それだから、大和はあえて嫌われ役を買って出る事にした。
 加賀の件も然り。
 本当なら、皆が望んでいるだろう恩赦を考えなければならないのかもしれない。だが、ここで和気藹々と皆の意見に従えば、油断した所で加賀の一手に自滅する可能性の方が大きい。
 これ以上部下を失うくらいなら、自分は鬼になって皆に恨まれる方がいい。 
「私は、保身に走るつもりなど毛頭ない。むしろ、君等が高みを目指す為だったら刺されたって一向に構わないよ」
 大和の真剣な眼差しに、千葉は言葉を失った。
 自分が部下を駒にしたくないだの何だのごねて考えていた間、この男は一手も二手も先を考えていた。常に先を考え、部下の生命を削る真似を避ける為にあえてヒールに徹する姿勢を貫いていたとは…
「言葉が過ぎました…申し訳ありません」
 千葉は、自分の言葉に恥じて深々と頭を下げた。
「では、先程の六名には君から話を通しておいてもらって構わないかね?」
 大和は千葉の謝罪にあえて触れず、話を戻す事で“今迄の暴言なんてなかった”という姿勢を見せた。
「了解しました。早速総務に辞令の発行を請求してきます」
 姿勢を正して従う意志を見せた千葉は、そのまま踵を返して司令室を後にした。それを見た石川も、大和に一礼した後慌てて千葉を追った。
「…ふう」
 二人が退室したのを確認した大和は、肩から力を抜くと大きくため息を吐く。
「鬼軍曹ならぬ鬼司令、お疲れ様です」
 姫城が大和のデスクにコーヒーを置くと、
「その内、コインデックの桃太郎に退治されそうだな」
と皮肉めいた言葉を吐いて淋しげに笑った。

       

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