Neetel Inside 文芸新都
表紙

MITSURUGI
第捌話【力】

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《汝、力ヲ求ム者ナリヤ?》
「いいから力をよこせって言ってんだよ馬鹿野郎!!」

 東京都渋谷区代々木神園町──深夜。
 代々木公園中央広場の一角で、正義は突撃部隊のサポートを受けながら単身でエソラムを相手に力を奮っていた。
それ迄一ヶ所にしか出現しなかった歪界域が代々木公園と上野公園の二ヶ所に同時出現し、正義は代々木、茜は上野へと分断された為の事だった。
 しかも、最初は「どちらか先に戦闘終了した方が残りと合流する」という話だったのが、三宿の時の様に次々とエソラムが出現するせいで悠長な事は言っていられない状態に陥ってしまっていた。
「石川さん、熱源反応はどうなっていますか!?」
 五分おきにType-O・N・Iが現れ、倒せども倒せども沸いてくる敵にその場にいる全員が疲弊していた。
「駄目です、新たな熱源反応…三分後に四体きます!」
 石川も、キーボードを叩く指が休まる暇がない。熱源反応を正義達に報告し、出現時間を割り出し、エソラムのタイプを割り出し、出現を報告して一息吐く間もなく新たな熱源反応を見つける繰り返しに苛立ちさえ感じていた。
「石川ぁ、そっちどうよ?」
 上野公園にいる千葉から連絡が入る。
「駄目です、一向に白旗を揚げる気はないみたいです」
「そっちもか…こっちはKyu-Biが煩いくらい沸いてきやがる」
 上野公園も同様となると、恐らく敵は消耗戦を仕掛けてきているのだろう。そして、その作戦立案者は誰もが知っているあの男。
「ああっ、数が多くて苛々するッ!」
 スピーカー越しに、正義の怒号が響く。まだ若干の余裕はあるといっても、極力突撃部隊の方に敵を進軍させない様に捌いている為いつもより疲労感が体を走るのが速い。
「石川さん、戦闘が終わったら帰りに焼肉行きましょうよ…ねッ!」
 その場にいる全員に安心感を与えようと、正義はわざと軽口を叩きながらブレードを振り回した。
「了解、僕がみんなの分払いますから遠慮なく食べて下さい」
 石川も負けじと軽口を叩きながら、キーボード上の指を走らせる。代々木の陣頭指揮は自分が行うんだから、ここで弱音を吐こうものなら士気低下に繋げてしまう。それだけは絶対に避けなければ──
「か、加賀…?」
 その言葉を一瞬聞き逃しそうになり、石川は慌ててヘッドセットのイヤーカバーを押さえた。
「千葉さん、加賀さんがどうしたんですか?」
 正義もスピーカーから千葉の声を拾ったのだろう、ノイズが走り出して聞き取りにくくなった上野の状況を把握しようと千葉に問いかけた。
「石川さん、今の千葉さんのって」
「僕も応答を求めてますが、雑音のせいか向こうに伝わってないみたいで…千葉さん、応答願います。千葉さん?」
 上野公園側に電波障害が発生しているのか、酷い雑音に遮られ千葉との連絡が取れない状況に陥っていた。
「どう…の…に来る…はない…」
 雑音の中に、千葉とも茜とも違う声が聴こえる。千葉の言葉の通りであれば、恐らく加賀のものなのだろう。だが、いくら耳を凝らしてもノイズにかき消されて加賀であろう人物の声は上手く聞き取れなかった。
 無線の周波数切り替えを手動に変え、左手でイヤーカバーを押さえながらダイヤルチューニングを行う。
「曲木! そんな下種野郎の言う事なんか聞く必要ねーぞ!」
 周波数が噛み合うと同時に千葉の怒号がヘッドセット越しに響き、声の大きさにキーンと耳鳴りを起こしてしまう。
 それでも、上野の状況を知ろうと千葉に打診を送ろうと思った瞬間、今度は爆音の様な響きが石川の左耳を直撃し再び耳鳴りに襲われてしまった。余りの音量に一瞬意識が飛びそうになってしまったが、ノイズすら聴こえなくなった無線が千葉の乗っているバンの異常を伝えてきたのは明らかで、
「千葉さん?…千葉さん! 応答してください!」
 すでに使い物にならなくなっているであろう上野側の無線に、石川は無我夢中で呼びかけていた。
 だが、石川にとっての悪夢はそれだけでは終わらなかった。
「こちら、A班杉本。未確認鎧装を二体発見!」
「えっ? そんな馬鹿な──しまった!」
 石川は、千葉に気を取られている内にモニターから目を離してしまっていた。
 急いでモニターを確認するもすでに『天人』の熱源が二つ突撃部隊とミツルギの中間位置に現れている。
「草薙さん! 急ぎ照合しますので──」
「判ってる! 今、ちょうど見付けた所!」
 正義が睨みをきかせている先には、タケミカヅチ以上に巨体の鎧装と、その横に本の様な物を携えた小柄な鎧装の二体が静かに、且つ禍々しい気を放っていた。
「先に、どっちをやるべきか…」
 出来るだけ『天人』は突撃部隊に相手をさせたくはない。まず、武装そのものからして違うのだから、携帯している小銃の銃弾をありったけ叩き込んだとしてもかなう相手ではない。
 しかし、二体も一気に出すなんて『天人』側は──加賀は何を思っての事なのだろうか、と正義は目の前の敵を見つめながら思考を巡らせた。
「ターゲット、ロック!」
 そんな正義の考えを知らずか、突撃部隊A班隊長である杉本の号令と共に部隊全員の小銃を身構える金属音がその場に響き渡る。
「杉本さん? ここは無理をしないで撤──」
「我が班の任務は、ミツルギの支援及びエソラム討伐です。ここで撤退は考えられません」
 ミツルギの守護者は、自ら犠牲としても我々を護ってくれているのは痛い程理解している。しかし、突撃部隊にも維持というものがある。
「目標は『天人』小型鎧装。フォーメーションγで一斉射撃!」
 杉本の命令の下、突撃部隊独自の隊列になって全員が小柄な方の『天人』を狙い定める。
 そこ迄の意地を見せ付けられては、流石に正義も言い返す言葉がなかった。同時に、自分の与えられた任務は大柄な方を叩く事に専念するのだと瞬時に理解した。
「よし…ミツルギ、これより大型鎧装討伐を開始します!」
 正義は、あえて言葉にする事で自分の戦意を高め、ブレードを展開させながら大柄な方へ駆け出した。
 もし、肉弾戦特化タイプであれば、タケミカヅチの時の様に一点集中による攻撃が有効の筈だ。
「うりゃぁッ!」
 鎧装の特徴として、体躯が大柄になる程関節部位に隙間が広がる。そこを狙って、正義は右拳を叩き込もうとした。だが、大型鎧装は何ら武器を取り出す事なく、一度体をねじるとその反動を利用して右腕を正義目掛けて振り回した。
「うおっと!」
 すかさず前かがみになって巨腕の攻撃を避けると、地面を蹴って一旦距離を取った。
「こいつ、特化型ってより単なる怪力馬鹿って所か?」
 だとすると、正直な所肉弾戦特化タイプよりもタチが悪い。
 力に任せるだけで計算していないのは、逆に攻撃軌道が全くないのと一緒だ。そうなれば、軌道計算による一点集中攻撃は出来ない。タケミカヅチの場合は独特の癖が存在したからそこから隙を突く事が出来たが、この怪力馬鹿には果たして癖は存在するのだろうか。
「…ま、いいさ。やるだけやってみればいいってね!」
 鈍い地響きを立てて接近してくる巨体の動きを見計らって、正義はすかさず大型鎧装の右側面に回った。右足膝関節に集中攻撃を叩き込めば、少しは動きを封じられるだろうと判断しての事だった。
 一定の距離を開けながら体の動きに合わせて隙を覗い、上半身が浮いた隙を見計らって関節に拳を叩き付けた。しかし、鋭い金属音と共に正義の拳はいとも簡単に弾き返された。
「何をッ!」
 隙がある内に正義は何度も拳を叩き込むが、溶鉄を打ち付けるハンマーの様に軽々と跳ね返ってしまう。当然、『天人』もそれを黙って見ている訳ではなく、巨大な拳が正義の頭上に振り下ろされそうになり、慌てて地面を蹴ってその場を離れた。だが、正義が着地しようとした瞬間大降りの拳が地面を這う様にスイングで振りかざされた。
「!!」
 咄嗟の判断で、今度はその拳を蹴って反動を利用し距離を大幅に取った。
安全な所で確認すると、怪力馬鹿は地面に倒れ込んでいた。どうやら、正義に攻撃を当てようと前のめりに倒れながら拳を繰り出していたらしい。
「チッ、厄介な野郎を相手にしてんな…」
 敵の攻撃軌道が掴めず、自分の攻撃は全くと言っていい程効果を出せていない。正義の中に、若干の焦りと不安が色巻いていた。
「うわぁっ! く、くるな! くるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 突如、突撃部隊の方から叫び声が聞こえた。
 正義がその声に気付いて振り返ると、小柄な『天人』は出現した場所から全く動いていなかったが、周囲を取り囲んでいる突撃部隊の何人かが苦悶の表情で蹲ったり、奇声に近い叫び声を上げながら無関係の方向を発砲していた。
「粕田木! 瀬尾! 何をしている!」
 杉本が暴走している部下を制止しようとするが、部隊員は次々と狂ったかの様に悶絶し、それぞれが違う行動を起こしている。
「これは、一体どういう事だ…」
「杉本さん! こっちで波長異常を検出しました!」
『天人』を照合していた石川は、同時に周囲の状況を把握するのに幾つものモニターを瞬時に見渡していた。その内のひとつに異常が検出され、モニター画面には赤く大きな文字で[MIND ATTACK]と表示されていた。
「恐らく、小柄な方の『天人』は精神攻撃で相手を状態異常にするタイプの様です!」
 石川の報告に、杉本は「何だと!?」と驚きの声を上げる。それは正義にとっても同様で、大柄な方が厄介だろうから小柄は素直に任せようと思い込み、状況を把握する前に行動する自分の悪い癖が、まさかこんな形で裏目に出てしまうとは…と自分の浅はかさを恨まずにいられなかった。
「それで、効果範囲は?」
「正確な範囲は現時点で不明。ただ、近距離のミツルギに精神異常が見られない様なので、武装の差異によるものである事は間違いなさそうです」
 石川の言葉に、正義はすかさず大型鎧装から離れターゲットを変更する。怪力馬鹿は今は放っておいて構わない、まずは厄介な方を即座に仕留める事が最優先だ。
「突撃班、下がって! ここからは俺──ガハッ!!」
 十分に距離が取れていたと思っていた正義の背中に、大型鎧装の右拳が直撃した。
激しい痛みに呼吸する事も出来ず、そのまま勢いよく数メートル吹き飛ばされてしまう。何度も地面にバウンドし、勢いが殺せる迄地面に叩きつけられた頃には戦闘区域からかなり離されてしまっていた。
「クソッ、このままじゃまずい…」
 激痛に悲鳴を上げる体に鞭打って無理矢理立ち上がると、苦しいのを堪えながら地面を蹴って一気に現場に戻る。呼吸が出来ずに吐き戻してしまいそうになるが、今は血反吐をぶちまけてでもみんなを守る事が自分に与えられた事だ、と言い聞かせて何とか意識を保っていた。
「うおぉぉぉぉりゃあぁぁぁァァァァァァッ!!」
 突撃部隊を相手に暴れている怪力馬鹿に狙いを定め、再び地面を蹴って加速を付ける。そのまま我武者羅に体当たりをかまし、自分の体ごと大型鎧装を吹き飛ばした。
 これで、多少なりとも距離は稼げた筈だ。だが、今の状態では小柄の方を相手にしている余裕はない。何としてでも、この馬鹿を仕留めないと。
「全員、速やかに撤退して下さい!」
 だが、正義の耳には信じられない言葉が入ってきた。
 石川の声で「撤退」と言っている。まだ、目の前には『天人』がいるのに何を言い出すんだ?
 痛みと疑念で正義の頭がふらつく中、石川は焦りを隠す事無く、
「繰り返します。全員、即時撤退! 我が隊は戦線離脱します!」
 草薙さんの目の前には大型鎧装がいる。まだはっきり照合結果は出ていないが、恐らく草薙さんだったら何とか倒す事は可能だろう。でも、小型鎧装との連戦は不可能だ。いくらミツルギを纏っているからといって、肉体的疲労を軽減出来る訳がない。
「石川さん、何言ってんだよ! 目の前に『天人』がいるのに!」
 やはり、彼は敵を倒す事に意識を集中させている。だが、ここで選択を誤る訳にはいかない。ひとつ間違えれば、彼を失い全てが無意味になってしまう。
 それならば──
「草薙さん、戦闘管理官としての命令です。今すぐ撤退して下さい」
 そう、大和司令が言っていた“部下に嫌われる事”を今ここで自分も行おう。
「なっ…!」
 納得してもらえなくていい。その怒りの矛先を自分に向けてくれていい。
 今は、この場にいる全員の身の安全の方が最優先事項だ。その為には、ここにいる全員に嫌われたって構わない。
「…了解。ミツルギ、撤退します」
 悔しさを押し殺した正義の声が、石川の耳に入ってくる。命令という二文字に従わざるを得ない不本意さが嫌と言う程判るだけに、自分の取った選択肢に石川自身も悔しさが込み上げてくる。
「…くそったれがッ!!」
 行き場のない怒りに、石川はバンの内壁を力一杯殴りつけた。

       

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