Neetel Inside 文芸新都
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 姫城に案内された個室のベッドに身を投げると、正義は天井を眺めながら大きくため息を吐いた。
 会議室から大和が去った後、姫城から仮身分証を渡され組織にある施設の説明を簡単に受けた。だが、普通の生活から一転して“戦闘員にさせられる”という状況を受け入れ難い正義の頭には全く入らず、上の空で生返事をしていた事に気付いた千葉が落ち着かせるべきだと姫城に提案してくれたお陰で一時の休息となった。
「はぁ…」
 一体、これからどうなるのだろう。
 仮身分証では一部の施設しか利用出来ない、と姫城は言っていた。本身分証は三日以内には出来上がるとも。だからといって、今自分が置かれている状態が変わることはなく、本身分証が出来上がるという事は事実上戦闘員になるのを認めてしまう事になる。
 いくら相手が化け物だからといって、敵を倒すというのは“殺す”のと同じ。それに慣れないと、命を落とすのは敵ではなく自分だ。
「ンなの、出来る訳ねーだろ…」
 何度目か判らないため息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。
「曲木だけど、少しいいかな?」
 扉の向こうから、曲木茜の声がくぐもって聞こえる。
 寝た振りでもしてやり過ごそうかと思ったが、今迄のやり取りから考えれば今回だって自分には拒否権がないんだろうな、と半ばヤケになってベッドから身を起こすと扉の前迄進む。
「話って、何ですか?」
 あえて扉を開けずに返答すると「ん…ちょっとね」と、先ほど迄のハキハキした口調ではなく、どちらかと言えばしおらしいトーンで言葉を濁していた。その様子が気になってしまい、思わず扉を開けるとそこには沈んだ表情の彼女が立っていた。
 正直な所、この少女には言いたい事が沢山ある。その中でも、特にこんな所に連れてきた文句は絶対に言わないと気がすまない。
だが、いくら怒りで震えそうになっていても、目の前で落ち込んでいる様な姿を見せる相手に間髪入れずに文句を言える程の図太さは持ち合わせていなかった。
「…えっと…又、会議室か何処かで話し合いですか?」
 正義は、出来る限り冷静を装って茜に声をかけた。
「あ、草薙君がいいんだったらここで構わないけど」
 泣きそうな顔で無理に笑顔を見せられると嫌だとは言えず、どうしていいか判らないまま彼女を部屋に通した。
「いくつか補足も必要かな、と思ったんだけど…その前に謝りたくて」
 信じられない言葉を聞いた気がした。
 茜の表情から、てっきり「連れ帰ってきた一般市民は、素直に従おうとせず文句ばかり口にした。あれは何だ」みたいにあの司令から注意か説教を喰らい、それについて何か文句でも言いたくなったんじゃないか、と勘ぐってしまったのだが、彼女からは全く違った言葉が出てきて面喰ってしまう。
「本当は、公園から戻る時点で今後の環境変化について説明するべきだったんだけど…」
 正義の“資格問題”に関しては、組織の隊員でもないごく普通の市民という事でイレギュラー扱いではあったが、それだからこそ正義の身辺が独自調査によって組織に何ら害をなさないと判明する迄は、拘束に近い形で仮居住区に身を置いてもらう事になる。
 それを茜は知っていたが、GMを解除した時点で明らかに怯え警戒していた正義に説明すると却って不安や警戒心で逃走を図ろうとし、最悪は加賀に身柄確保という形で暴行を受けるのでは…と考えると真実を伝え辛く、取り合えず宥めて警戒心を解いてもらってからと誘導してしまった。それが、結果として組織のトップである大和が正義を脅迫めいた形で拘束し、とてもじゃないが「仲良く協力し合って敵と立ち向かう」といかないのでは、と正義に対する申し訳なさと自分への不甲斐なさで頭がいっぱいになってしまった。
「やっぱり、怒ってるよね…」
彼女の言葉に、正義は思わず「当たり前ですよ」と答えてしまった。
「考えてもみて下さいよ。これって、拉致されたも一緒ですよ? しかも、自分の住んでる国の政府にですよ!」
 会議室でのやり取りを思い出して、つい語尾を荒げてしまう。
大和の物言いに対する怒りは、茜にぶつけるものではないとは判っていた。だが、知り合いも誰もいない空間に独りで追いやられ、どうしようもない不安や苛立ちが正義の口を滑らせていく。
「ごめんなさい」
 興奮して肩を上下に揺らす正義の姿を見て、彼女はただ静かに謝罪の言葉を口にした。
「でも…多分、司令も焦りと期待でごちゃごちゃになってるんだと思う」
 大和の、脅迫に近い強引さは茜にとっても不本意なものに感じた。正義が怒りや不快感を抱いても致し方ないと思う。
 しかし、GMは組織や装着する者の考え等無視するかの如く守護者を好き様にする。それ迄守護者として自分を纏わせていた者を、突如拒否し二度と装着を認めなくなるかと思えば、平々凡々とした者をいきなり守護者として選び本人の意思とは無関係に自分を纏わせる──そう、鶴生や正義の様に。
 それは、大和を始めとするコインデック全員には不安の種であり、又、新たな守護者が生まれる事は皆にとって新たな希望でもあった。それだから、大和は藁にもすがる思いで正義に守護者としての道を強制的に選択させたのだろう。
「だからって、戦闘経験の全くない一般市民に強制的に戦闘員になれっておかしいじゃないですか」
 自分は争いとは無縁の世界に住んでいた。それだから、戦わずに済むのであれば平穏な日常に身を置いておきたい。そう思うのはおかしくはない筈だろう?
「そう、だよね…うん、貴方に戦いはさせないから」
 怒りで体を震わせている正義を見て、茜は彼との共闘は不可能だと悟った。それならば、せめて彼を巻き込もうとしてしまった責任だけは果たさないといけない。
「加賀君と私がメインで戦闘は行う様に提案するつもり。草薙君は、自分の身の安全だけを考えてくれればいいから」
 今は正義がミツルギの守護者である以上、否応なしに前線に投入させられる。ならば、自分が今迄以上の動きでもって彼の分も働くしかない。新たな守護者を見出す迄、自分が彼の盾になって守る。それがせめてもの償いだろう。
「次の守護者が見つかる迄は我慢してもらう事にはなるけど、それもなるべく早く探す様に要求する」
 そう口にすると、最後に「ごめんね」と一言付け加えて茜は部屋を後にした。彼女がいなくなった事で部屋の中に静けさが戻ってくる。
「はぁ…」
 虚しさが体中を駆け巡り、正義は再びベッドに身を投げた。
「戦いはさせない」と彼女は言った。それは、自分が何よりも望んでいる事だから、彼女の提案は至極当たり前のものだ──“戦わずに済む”のであれば。
「そうじゃない…そうじゃないんだよなぁ…」  
 正義の頭の中で、色々な想いが浮かんでは消え浮かんでは消え、まとまりがつかなくなった状態で何度目か判らないため息を吐いた。

       

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