Neetel Inside 文芸新都
表紙

MITSURUGI
第伍話【舞】

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 東京都新宿区新宿三丁目──午後。
 靖国通り沿いのファストフード店で、茜は正義の見てる前で大きな口を開けてフィレサンドにかぶりついた。そんな彼女を見ながら、正義は軽く苦笑いしながらコーラをすする。
 新宿ピカデリーでどうしても観たい映画があるからと、正義は茜に半ば強引に外に連れ出された。突然の事に戸惑ってしまったものの、タケミカヅチ戦で意気消沈気味だった彼にとっていい気分転換にはなった。
「特典付きのパンフがなかったのは残念だったなー」
 目の前で無邪気な笑顔でポテトを頬張る茜を見ていると、その一方で人知れず魍魎を相手に戦う守護者であるという事が信じられなくなってしまう。
 それだけではない。 
 戦闘に明け暮れる毎日に慣れてしまったのか、今迄は普通だった“外をぶらつく”という行為が新鮮に感じてしまう感覚の麻痺──自分達が非日常的な世界に足を踏み込んでしまっている事実は、あからさまに正義の中にあった“当たり前”を全て崩壊させていた。
「…こら、まーた難しい顔してる」
 脳裏をよぎった不安が顔に出ていたのか、テーブルの反対側から茜に額を突かれてしまう。
「今日は久々のオフなんだから、難しい事は全部忘れてリフレッシュしなきゃ!」
 恐らく、彼女なりに気遣ってくれているんだろう。以前、メカニック統括の津久井と話をした際に
「自分の中でイケてると思い込んでる細注に手痛い目に遭うと、大抵のヤツは途端にやる気を失くしちまうんだよな」
と言われた事があった。茜は、それを守護者になる前から何度も見てきているんだろう。それだから、先輩の立場として心配し励まそうと明るく努めているんだろうな…と、正義は茜の気遣いが嬉しくなり思わずフフッと軽く笑ってしまった。
「難しい顔は生まれつきだから仕方ないじゃないですか」
「おうおう、ナマ言ってくれちゃってるじゃないの」
 この日常は束の間の事かもしれない。
 でも、それが周囲の人達の日常を守る為だったら喜んで非日常の世界に身を投じても構わない。ただ、今だけは自分達もみんなと同じ日常にいる事を許してほしい──
 茜の手元に置かれたスマートフォンが小刻みに揺れた。
 マナーモードにしていたからか、着信音はならないもののバイブレーションが鈍い音と共に本体をカタカタと揺らしている。
「まだ、ポテト全部食べ終わってないのになぁ」
 不満の色を思い切り表情に出しながら、茜は大人しく着信に応じる。そのスピーカーから、千葉の声が正義に迄はっきりと伝わってきた。
「曲木、今何処にいる?」
「えー、草薙君と一緒にピカデリーの近くにいますけど?」
 かけてきた相手が千葉と判った途端、茜は再びポテトを口に入れ出した。そのやり取りから、千葉の些細な電話に何度も苦労させられていたのだろう事が正義にも理解出来た。
 だが、そんな彼女に対して千葉は即座に「判った、今から迎えに行く」と、神妙な口調で返答してきた。それは茜にとって思ってもみなかった反応で、
「…何かあったんですか?」
「何か、なんてもんじゃねーよ…とんでもねー事になりやがった」
 その言葉に、二人の頭の中で『天人』という文字が浮かぶ迄そう時間はかからなかった。

     

 東京都港区芝公園──午後。
 東京タワーが天に向かってそびえ立つ姿が間近に見える芝公園の一角、芝東照宮にそれはいた。
 観光客がちらほらといる中、女性の形をした細身の鎧は道行く人の視線を気にも留めず優雅に舞っていた。羽衣を棚引かせ軽い足取りでしなやかに踊る姿は、訪れた観光客にとっては東照宮が用意したイベントのひとつに見えただろう。きっと、正義達以外はそれを微笑ましく眺めていたに違いない。
「照合の結果は、[コードNo.T-0040:アメノウズメ]に間違いなさそうです」
 姫城から送られてきたデータをタブレットで受け取った石川は、どうしていいか判らずに頭を掻く千葉に報告した。
「全くよぉ…こんな場所じゃ規制のかけ様がないだろが」
 芝東照宮の周囲には円山随身稲荷、増上寺、鑑蓮社善長寺といった仏閣に加えて、ザ・プリンスパークタワー東京、東京プリンスホテルといった宿泊施設、果ては東京タワーがある。いくら政府が緊急規制を発令したとして、まだ陽も落ちていない真昼間にこれだけの施設に集う客を捌くのは容易ではない。
千葉大学の“爆弾騒動”にしても、報道規制をかけたとはいえ被害の痕跡がある以上「処理中にひとつが時限発火した」とTVのニュースで簡単に流させるしかなかった。だが、今回は歪界域発生の確認とほぼ同時に『天人』の熱源も確認され、正義達が駈け付けた時には既にその姿は周囲の目に晒されていた。とてもじゃないが、規制をかけている暇等ない。
「東照宮側には連絡ついてるのか?」
「はい、警視庁からそれとなく話はいってるとの事です」
「って事は、観光客がパニックにならない様にどうやって誘導するか…一番難しいじゃねぇか」
『天人』アメノウズメは多数の観光客がいる中すでに動き回っている。そんな中にGMを投入させるのは明らかに困難を要する状態だった。
「取り合えず、刺激を与えない程度の距離から様子を見るしかないでしょうね」
 石川の言葉に五人はアメノウズメに近付いてみるが、それでもアメノウズメは舞を止めようとはしない。エソラムを召喚する訳でもなく、派手に暴れ出す訳でもなく、優雅に舞を披露しているだけのその敵は、何を目的としてその場に現れたのか全く掴み所がなかった。
「おい、どうした?」
 正義達の近くにいた初老の観光客が突然崩れ落ち、同行していたであろう客が心配そうに声をかける。その姿を見て一瞬五人に緊張が走るが、『天人』が攻撃した様子はなかった。それでも警戒の目を休める事なく周囲を確認する中で、茜は観光客の方に歩を進めた。
「お連れの方、大丈夫ですか?」
 同行客の男性に声をかけ、二言三言話を聞くと彼女はうずくまっている客を地面の上で楽な体勢に寝かせ、脈を計りながら顔色を見る。
「脈が少し弱いけどチアノーゼが出てる訳でもないし、軽い貧血でしょう」
 茜の言葉に、同行者がほっとした表情を見せる。ただ、今後の移動の事も考えると不安だろうと考えた茜は、
「近くの病院だと…慈恵会医大付属か。今、簡単な地図と病院の連絡先書きますね」
と、ポケットの中からメモ帳を取り出すと走り書きで付近の病院への案内を書いた。
「曲木さん、凄く手際がいいな」
「そりゃ当たり前だ、あいつは守護者になる前はメディカルスタッフだったからな」
 正義が感心する横で、千葉が茜の過去を語った。
 ミタマの前任が大怪我で搬送されてきた際に受け持ったメディカルスタッフの中に茜がいた。非戦闘雇用だった彼女は守護者としての適性検査は受けていなかったが、前任者の処置中にGMが解除されたかと思うと、何の前触れもなくそれは彼女に覆い被さった。結果として、前任者は怪我の具合も相まって戦闘に参加出来る状況ではなかった為に茜が新たな守護者としてミタマを扱う様になったのだ。
 ただ、未だに医療関係者だった時の血が騒ぐのだろう。守護者であっても病人は放っておけないのが彼女らしい、と千葉は言葉を纏めた。 
「何か変」
 観光客と別れ、戻ってきた茜は顎に手を当てながら難しそうな顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
「それがね、ぱっと見ただけで三人は軽い立ちくらみで足を止めてたの」
 観光名所で、移動疲れによる立ちくらみを起こす事は何ら不思議ではない。だが、それが何人も立て続けに起こるのは普通では考えにくい。
「…もしかしたら、『天人』が何かしてるのかも」
 茜の言葉に、石川は一旦バンへと戻りキーボードを叩く。モニターに『天人』を中心とした映像を出し、そこからサーモグラフィーやモーションキャプチャー等幾つもの検証映像を流す。
「これ…もしかしたら、生体エネルギーを吸い取ってるのか?」
 検証映像の内のひとつが、観光客からアメノウズメへと小さな光が移動し吸収されるデータを掴んだ。それを管制室に転送させ、姫城に更なる検証をさせる。
「現場で直接検証した訳じゃないから正確には言えないけど、恐らく人体の中に入ったマナを取り出してるじゃないかしら」
 天宇受賣命もしくは天鈿女命と記されるアメノウズメノミコトは、天照大神が天岩戸に隠れて世界を闇に変えた際に派手な舞を披露し岩戸を開かせるきっかけになった日本最古の踊り子であり芸能の女神だが、その舞の儀礼はマナ(外来魂)を集め神に附ける行為であり、踊り子であると同時に巫女(シャーマニズム)要素を兼ね備えているともされた。
 今回の所作の理由は不明だが、恐らく『天人』アメノウズメは人体からマナを吸収する事を目的としてこの場所に現れたのではないか、というのが管制室側の見解だった。
「それじゃ、一刻も早く──」
 正義は、GMを展開させようと勾玉を力一杯握る。所が、それに対し加賀は「動くな」と正義を制した。
「石川、客足が途絶える迄後どれくらいか時間調べろ」
 加賀の命令に近い要求に、石川は渋々作業を行う。付近の定点カメラにアクセスし、大雑把ではあるが数日間の平均を調べると現在の時刻と比較する。
「後二時間って所、ですかね」
「二時間か…だったら、このまま様子見だな」
 正義は、加賀の言葉に耳を疑った。目の前で観光客が倒れ、その原因が『天人』にあるというのに、加賀はすぐに対処をしない方向で話を進めている。そんなの有り得ない事じゃないのか?
「加賀さん、何を呑気な事言ってるんですか! 今だって、そのマナとかってのが奪われて──」
 興奮し声を荒げている正義の胸倉を加賀が掴んだ。
「お前は、状況を見るって事が出来ねーのか?」
 加賀の睨む目付きに、正義は思わず言葉を飲み込んでしまう。
「客が立ちくらみや軽度の貧血程度だったら、焦らずに人払いが済む迄待機してその後一気に叩けばいいだけの話だろが」
「そんな」
「だったら、お前はこの場で戦いをおっ始めて周囲を混乱させた方がいいって言うのかよ」
 確かに、加賀の発言は正論だった。納得し辛い部分もあるが、無闇に戦って周囲に余計な混乱を与えるくらいであれば、マナ吸収による軽度の人体被害の方が遥かに被害は少ない。悔しいが、状況を見れば加賀の意見に従うしかない。
「…すみません」
 完全に納得出来なかったせいでむすっとした言い方で謝罪をする正義を見て、加賀は鼻を鳴らすとそのまま彼を突き放した。
「ここじゃイレディミラーも使えないから、お前と曲木の二人で対処してみろよ」
 そう冷たくあしらうと、加賀は踵を返して歩き出した。
「加賀君? ちょっと、何処行くつもり?」
「俺は車に戻る。接近戦はお前等向きだろうが、ミカガミは違うからな」
 茜の方を向く事無く手をひらひらと振ると、加賀はそのまま日比谷通りに止めてある車に向かって去って行った。

     

「関係者以外の人影ありません」
「よし、各通用口に工事用バリケードで偽装。突撃部隊四班と五班は警備制服に着替えて付近の巡回に回せ」
 石川の計測通り、観光客が完全に姿を消すのに二時間が経過した。その間、アメノウズメは延々と踊り続け、正義達は付近の木にもたれかかりながらその姿を眺めていた。
 今迄の敵と違い、目の前にいる『天人』は敵意を全く見せずに唯踊っているだけだった。それだけに、討伐対象として捉える事に一瞬躊躇してしまう。
「草薙君、最初は私に任せてもらってもいいかな?」
 少し離れた所で様子を伺っていた茜は、正義の元へ近寄るとアメノウズメを一瞥しながら呟いた。
「どんな敵か判らないから、貴方は少し様子を見ていてほしいんだけど」
「だったら、アタッカーの俺が先陣切って曲木さんが様子見の方が──」
 正義の反論に首を横に振ると、彼女は静かに笑いながら、
「元医療関係者として、あの『天人』が個人的に気に入らないってだけ」
そう答えると、正義の返答を聞く事なくアメノウズメの元へと歩いていく。
 右手に握り締められていたミタマのタマハガネは、茜の怒りに同調してか炎の様に輝いている。その輝きは「神鎧装纏」の声と共に、右手から激しい渦となって彼女を包み込んだ。
 一瞬にしてミタマを纏った茜が『天人』に向けて右手を静かに伸ばすと、ミタマの右の手元から紫色に鈍く輝く勾玉の連珠が無尽蔵に伸び、アメノウズメの左腕に絡み付いてその動きを拘束する。左腕の動きを封じられたアメノウズメはそれを振り解こうとするが、茜が右腕を力一杯外に振り払うと連珠に左腕を引っ張られ膝を崩してしまった。その隙をついて、茜は続け様に左腕の勾玉連珠をアメノウズメの顔めがけ勢いよく放出した。
 それは、後わずかという所で『天人』の右手に握られていた羽衣に阻止され弾き返されるが、今度は右腕を内側に力一杯払う事でアメノウズメの膝を地に付け、その勢いに乗って左の逆回し蹴りを背中に叩き付けた。
『天人』は勢い余って顔面を地面にめり込ませた。だが、瞬時に上体を起こすと羽衣を振り回してミタマの左足首に巻き付け、自分がされたと同じ様に右腕を内側に力一杯払ってミタマを地面に叩き付ける。
 互いに、敵に巻き付けた武器を解くと即座に距離を取り身構える。そして、ほぼ同時に鞭の様にしならせた武器は相手の武器と宙で激しくぶつかり合い鋭い金属音を立て続けた。
「拘束出来ないなら」
 茜は、勾玉連珠をしまうと同時にテレジェムを一気に放出させ、十六の閃光は瞬時に『天人』に襲い掛かる。空中で独楽の如く激しい回転を見せながら、宝玉は次々と『天人』にダメージを与えていく。
「これなら…曲木がやってくれるんじゃねぇか?」
 ミタマの激しい動きに、千葉は思わず勝利の笑みをこぼす。しかし、正義は千葉とは違い、以前『天人』と相対した者だからこそ感じる違和感に体を支配されていた。
 女性型だからパワー不足なのか、タケミカヅチが強かったのか、それとも、何か他に隠し玉を持ち合わせているのか──
「曲木さん、一旦下がって下さい!」
 石川の声がスピーカーに響いた。その声で緊張の糸が解けたかの様に、突如茜が地面に膝を付けた。
「あれ? 何で?」
「遅かったか…草薙さん! 急いで彼女をそいつから引き離して下さい!」
 石川の声が焦りに満ちていると気付いた正義は、その場で変身すると地面を蹴って茜の元に駆け寄り彼女を抱え上げると再び地面を蹴って後退した。その動きに『天人』は攻撃の手を休めるが、正義には「何だ、つまらない」と言っている様に見えてしまう。
「石川、一体何があった?」
「言い方は悪いんですが…曲木さんは『天人』に弄ばれていただけです」
 石川の目の前で、モニターがミタマと『天人』の戦闘映像をループさせている。そこには、ミタマが攻撃を当てる毎にマナを吸収されているデータが映し出され、次々と吸収される毎に画面左上のアラートサインが危険信号を発していく。
「『天人』の割に弱いから、何となく気になって検証したんですが…僕が調べた時にはすでにアラートイエローで」
「チッ、何てこった…おい、そいつの弱点っぽい場所は特定出来ないのか?」
「今調べていますが、パワータイプではないといったくらいしか」
 スピーカー越しに、千葉と石川の会話が続く。それを聞いた正義は、茜を静かに横たわらせるとアメノウズメを見ながら戦い方を計算する。
 今の所、武器らしい武器といえば羽衣くらいで他は見当たらない。恐らく、羽衣を巻きつけられれば膨大なマナを吸い取られるだろう。だからといって、小刻みにダメージを当てるとしても同時にそこからもマナを吸い取られる。それを避けるには、一転集中で一気に仕留めなければいけない。
「くそぉ…いい感じだと思ったのになぁ…」
 何とか上体を起こそうとしながら茜が呟く。
「ごめんね、役立たずになっちゃった」
「何言ってるんすか。曲木さんの活躍で『天人』の特性が判ったんですから有難い事ですよ」
 お世辞でも何でもなく、彼女はきっちり仕事をやってくれた。次は、自分がきっちり仕事をこなす番だ。
 正義は深く一息吐くと、腰を落として両手甲のブレードを展開させた。そのまま摺り足で左に移動しながら、アメノウズメの出方を覗う。
「さぁ、どうくる?」
『天人』は、首だけをゆっくりと動かし正義の動きを追うものの羽衣を握っている右腕は微動だにしない。羽衣を動かそうとする瞬間を狙うか、羽衣を突き出した際の隙を突いて突撃するか、どちらを選ぶにしても勝負は一瞬で決めなければ。
 アメノウズメの右肩がわずかに揺れ、手首が持ち上がる。
「よし、このまま──」
『天人』の背中から、左右三対の羽衣が突如現れたかと思うと勢いよく正義に襲い掛かる。予想しなかった攻撃法に一瞬固まってしまうが、間一髪羽衣が地面を抉る直前に左に回避する事が出来た。
「チッ、やっぱり隠し玉を持ってやがったか!」
 アメノウズメが左足を一歩前に出し身構えると、背中の羽衣は更に意思を持った生物の様に縦横無尽に正義を襲う。その容赦のなさはミタマと違いミツルギが戦闘特化型と判断した為なのか、それ迄の優雅さが全く感じられなかった。
 マナを吸収されない様に羽衣を避けるだけで攻撃に転ずる事が出来ず、正義の動きは後手後手になってしまう。それでも隙を覗うが、攻防一体となっている羽衣は彼を本体に近付けさせる事なく距離を開けさせていく。
「だったら!」
 マナ吸収の犠牲覚悟で、正義は羽衣をブレードで次々弾くとそのまま一気に距離を縮めた。次に羽衣が自分を攻撃する場合、一旦膨らまないと焦点が定まらない筈だ。その隙を突いて一気にダメージを与える事が出来れば勝てると見込んだ。
「──!」
 だが、正義は三対の羽衣に気を取られすぎて右手に握られていた羽衣の存在を忘れていた。そのわずか一反が彼の首に巻き付き、アメノウズメの右手に力が込められるとギリギリと彼の首を締め付けていく。慌ててブレードで斬り付けるが、急激に硬くなった羽衣はいとも簡単に刃を弾き返してしまう。
「クッ…」
 意識が遠くなってきているのは、羽衣で首を絞められているからなのかマナを吸い取られているからなのか。もがけばもがく程、徐々に力が入らなくなっていく。
 スピーカーから千葉や石川の声が聞こえているが、意識が朦朧として何を言っているのか聴き取る事も出来なくなってくる。ああ、これが津久井さんの言っていた事なのかもな…中途半端に力に過信して、そこから油断が生じてこのザマだ…
 呼吸が出来ず、激しい耳鳴りが正義を襲う。腕を振る力もなくなり、そのままだらんと垂れ下げてしまう。
 ああ、これが死というものなのかな。
 失いかけた意識の中静かに目を閉じると、大きな爆音が耳に聴こえた。

     

 地面に叩き付けられると、急激に血が全身を通っていくのが判り体中が熱くなる。同時に、空気が一気に喉に入り込み急な呼吸のせいで激しくむせ返ってしまう。
「カハッ…グッ、グホッ…」
 爆発音は自分の魂の糸が切れた音だと錯覚していたが、意識が徐々にはっきりしてくるとそれは射撃物によるものだという事が判った。苦痛に目を細めながらアメノウズメを見ると、顔の左半分から煙が上がっていてそこに着弾したのが目に見えて明らかだった。
 千葉は銃の携帯を認められているが、ハンドガン如きではこんな爆煙は上がらない。という事は──
「いやに遅いと思ったら、二人揃って何やられてんだよ」
 背後から加賀の声が聞こえてくる。ふらつく頭を無理矢理向けると、ミカガミを纏った状態で肩を回しながら近付いてくるのが見えた。
「加賀ぁッ! お前、今頃きてよくそんな事──」
「ハイハイ、お叱りはアレを倒してからゆうぅぅぅっくり聞きますよ」
 相手を小馬鹿にした様な加賀の物言いに、千葉は軽く舌打ちする。とはいえ、ミツルギもミタマも戦闘不能に追い込まれた現状では、最早頼みの綱はミカガミしかいなかった。
「あ、そうだ」
 そんな千葉の気持ちも知らず、加賀は更に彼を追い詰める様に、
「千葉さんさぁ、周囲の損害無視してやるからそのつもりでヨロシク」
「おいおい、勘弁してくれよ…」
 加賀は、真っ直ぐ『天人』に向かって歩みを進めると目の前で立ち上がろうと膝を起こす正義に向かって「邪魔だ」と力一杯蹴りを入れる。突然の事に力の入っていない正義は、そのまま一度バウンドしながら勢いよく吹き飛んだ。
「か…がさん、何…を…」
「素人はそこで寝転がってろ。そして、テメェが倒せなかった『天人』を俺が倒す様をしっかり焼き付けておけ」
 蔑んだ口調で正義に言葉を投げ付けると、加賀はそのままアメノウズメを見る。背中でひらひらと揺れる六反の羽衣が、まるで挑発しているかの様に見え思わずニヤリとほくそ笑んでしまう。
「乗ってやるから、こいよ」
 加賀も負けじと、右手の人差し指で「おいで」と挑発する。それに触発されたのか、『天人』の背中で揺れていた羽衣は一気に加賀に向かって襲い掛かってきた。
 加賀はミカガミの手首に装備された光弾発射口からエネルギーを放出させ、それを掌に纏わせると素早い動きで羽衣を次々と弾き返し、隙が出来てがら空きになった本体に向かってイレディミラーを容赦なく発射させた。
「着弾確認するも損傷軽微、か」
 ならば、と『天人』を軸に時計回りに走り出すと肩の光弾をマシンガンの様に小出しに発射させる。着弾の度にアメノウズメは小刻みに揺れ、反撃するタイミングを逃していた。
「お次は、火力アップで蜂の巣だ」
 加賀の攻撃の隙を狙ってアメノウズメは羽衣を勢いよく突き出すが、寸での所で交わすと熱量を上げた光弾をお見舞いする。慌てて羽衣を引き寄せて光弾を弾き返そうとするが、熱量の違いで焼け落ちてしまう。
「火力調整完了~…死にな」
 走り回らなくても『天人』の攻撃に意味がなくなったと判断した加賀は、わざとらしくアメノウズメの正面に立ち再びイレディミラーの連弾を浴びせる。アメノウズメは続け様に発射される光弾を防ごうと羽衣を重ね合わせて盾にするもそれは最早脅威ではなく、次々と穴が開けられると高熱源の弾が何発も本体を貫いた。
「何だよ…加賀のヤツ、その気になったら『天人』も余裕で倒せるんじゃねえか」
 蜂の巣にされていく天神を見て、千葉は呆れながらも笑ってしまう。正義も、自分達が太刀打ち出来なかった天神がいとも簡単に倒されていくのを見て思わず「凄ぇ…」と言葉を漏らした。
「おっと、これじゃ曲木の時と一緒だ…加賀ぁっ! 気ぃ抜いて襲われる可能性を考慮しておけ!」
 千葉が言うのとほぼ同時に、崩れ落ちた『天人』の欠片から新たな羽衣が放出されミカガミに巻き付いた。それは、正義に対して行ったのと同様に加賀の体をぎりぎりと締め付けていく。
「ハッ…これで反撃したつもりなのかよ!」
 しかし、ミカガミの右手首が輝き出すと瞬時にエネルギー光がバーナーの炎の様に羽衣を焼き払う。
 加賀にとって、すでにアメノウズメは敵ではなかった。欠片から次々と伸びる羽衣は手首のバーナーで焼き尽くし、まだかろうじて残っている本体に容赦なく光弾を発射する。
「ほらほら、とっととタマハガネを差し出しなよ」
 アメノウズメの至近距離でイレディミラーを連射させながら、加賀は原型を留めていない踊り子の顔を眺めた。やがて、頭部の奥で鈍い輝きを見付けると握り拳を叩き込み、顔面を崩しながらタマハガネを掴み取る。
「じゃぁな、か・み・さ・ま」
 手首からのエネルギー弾が炎と化して、『天人』の鎧装内部を走っていく。それは至る所に開いた穴から噴出し、やがて全体を覆う頃には人の形をした炎の柱となっていた。加賀は、火柱をしばらく眺めると踵を返して千葉の元に戻ってきた。
「討伐完了だ。これで、さっきのサボりは帳消しだろ」
「全く…これじゃ、説教も出来ねーだろが」
 千葉はミカガミを解いた加賀の肩を叩くと、そのまま肩を抱いて大笑いした。そんな千葉には目もくれず、加賀は正義を見下ろすと、
「これが“格の違い”だ。覚えておくんだな」
 その冷徹な笑みに、正義は小馬鹿にされた怒りよりも何となくではあるが恐怖を感じ自分の胸を握り締めてしまった。

     

「何か、違う気がするんだよな…」
 カタカタと素早い音を立ててキーボードが揺れる。
 四台あるモニターの画面は、ここ数ヶ月の間に行われた戦闘の映像が流れている。そのどれもが、ミカガミがイレディミラーを射出してから敵に着弾する迄の映像をループしていた。光弾の熱量やミカガミ本体の動きに合わせてデータはA、B、Cと分類され、それぞれのタイプにファイル付けされていく。
 やがて、データは『天人』タケミカヅチ戦の映像を捉え、総合的運動量からAタイプと計測結果を叩き出す。そこから先に小刻みに発生した対エソラム戦のデータは、そのほとんどがBタイプのファイルに纏められていくが、
「エソラム如きにBって…戦闘経験から運動量が飛躍したとは考え難い」
 モニターに目を走らせながらも、キーボードを叩く手を休めない。同時に、頭の中でミカガミ=加賀未来の戦闘能力に対する疑問を整理させていく。
「こっちのType-O・N・Iに対する運動量…通常の二・一六倍だって?」
 確かに、加賀は突撃部隊時代から好んで戦闘する側の人間である事は重々理解していた。しかし、言ってしまえば雑魚相手にこれ程の能力を発揮する様な男ではない。それなのに、タケミカヅチ戦を境に急激に戦闘能力が向上し、雑魚相手にも手を抜いていない。
「…イレディミラーの熱量、三・二五倍…チャージなしでこの数字って…」
 目の前のモニターに、アメノウズメ戦でのミカガミが派手に動き回っている。その尋常ではない数値は、それ迄ファイリングされた物には当てはまらず震える手で新たにSタイプのファイルを作成する。
「嫌な予感がする…気のせいならいいけど」
 頭の中で整理しきれない情報が、違和感から警戒に変わりつつあった。ただ、こんな邪推を誰に報告出来ると言うんだ? 戦闘能力の向上は、コインデックにしてみれば非常に有難い事でむしろ喜ぶべき話だ。だが、胸の中につかえているこのモヤモヤが警鐘を鳴らしている様に思えてならない。
「気のせい…で、片付けられればいいけどね…」
 キーボードから手を離し、石川は深いため息を吐いた。

       

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