Neetel Inside 文芸新都
表紙

MITSURUGI
第弐話【悩】

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 曲木茜と名乗る少女に指示されたまま付き従い、環八通りに停められていた黒いバンに乗り外を眺める事なく建物の地下駐車場らしき場所に運ばれたのは、正義の腕時計で八時を回った頃だった。
 道中、少女はバンの中にいた男性二人と何やら話していたが正義にはその中身がさっぱり判らず、時折質問された事に「ええ」か「はあ」としか答えられずにいた。だが、この時点で何となく判ったのは“GM”と呼ばれる石ころの様な物体は“守護者”と呼ばれる存在だけが装着可能で、その“守護者”という存在になるのには何らかの条件があるらしく、どうやら自分はその条件をクリアしたっぽいという事だけだった。
「あの、ここって一体何処なんですか?」
 バンから降りて建物内に移動をし始めた頃、正義は不安の余り前を歩いていた男性に声をかけた。
「んー…俺が言ってもいいんだけど、一応守秘義務って言うのか? それがあるから簡単に言っちゃいけないんだよな」
“守秘義務”という単語に、正義は不安感と警戒心を同時に抱いた。
 もしかしたら、自分はとんでもなく危険な組織か何かに連れて行かれているんじゃないだろうか?
 身の潔白を証明させる必要もあっただろうし、色々と聞きたい事もあったからつい簡単についてきてしまったが、それは軽薄な行動だったのかもしれない…
「曲木」
 目の前を歩いていた男性が、少女の方を向く事なく声をかける。
「いきなりこんな場所に連れてこられたら不安かもしれんが、それにしてはこの兄さん怯えすぎじゃねぇか?」
 男の投げかけた問いに、少女は「あー」と間延びした返事で返す。
「千葉さん、実は加賀君が彼を睨みつけながら『連行する』とか『殺されたいのか』とか暴言を口にしちゃったんですよ」
 その言葉に千葉は「何だそれ」とため息混じりに呆れた声を上げた。
「それじゃ、警戒しまくっても仕方ないわな…兄さん、悪かったな」
 そう言うと、彼は正義の方を振り返り深々と頭を下げた。
「加賀の代わりに謝る。突然の事態とはいえ、一般市民を脅かせる発言…済まなかった」
「あ…いや、そんな…」
 自分より十は年上だろう男性に頭を下げられ、正義はその場で動揺の余り固まってしまった。確かに、何がどうなっているか判らない状況とはいえ、見ず知らずの男性に頭を下げられても反応に困ってしまう。
「ただ、これだけは言わせてくれ」
 頭を上げて毅然とした姿勢になった千葉がおもむろに言葉を続ける。
「信じてもらえなくてもいいが、俺達は正義の為に戦ってる。だから、決して君に危害を加える様な真似だけは絶対にしない」
「それは…この後、色々と話してもらえるんですよね?」
「ああ。と言っても、俺からじゃなく総司令直々に説明されると思うがな」
“総司令”という単語が、正義の安心感を奪っていく。今からでも遅くはない、ここから逃げ出した方が懸命なんじゃないか?
 だが、前には千葉ともう一人の男が、後ろには少女がいる。ましてや、前の二人は兎も角後ろにいるのはさっき迄鎧に身を包んでいた少女だ。どう考えても、隙を突いて逃げ出せる様な状態ではなさそうだ。
 不安に駆られる正義の目の前で千葉はもう一人の男と談笑していたが、まさか自分の放った単語が正義を怯えさせてしまったとは知る由もなかった。

     

 無機質な会議室、といった感じの部屋に通され「少しここで待っていてくれ」と言われて独りにされてから有に一時間が経とうとしていた。
 最初は『総司令』なる人物がどんな風貌か想像したり、どういう事を話せばいいのか頭の中でシミュレートしたりと色々と時間を潰していたものの、いい加減限界と苛立ちとが体を支配していくのが判った。
 例え、自分の心象が悪くなろうが知った事か。こんだけ待たされたんだから、文句のひとつ言ったっておかしくないだろ。
 さて、どんな文句を並べ立ててやろう…と再び頭の中でシミュレートを始めた時、部屋の自動扉が音を立てて開いた。
「いやー、大変遅くなって申し訳ない!」
 部屋に響き渡るのではないかというくらいの声量で謝罪の言葉を口にされ、正義は頭の中に並べていた文句の羅列を一気に失ってしまった。そのまま、ぽかんと間の抜けた顔で振り返ると、そこには黒いマオカラーの服を着た白髪の男性が立っていた。
 ロマンスグレーという言葉が似合う白髪は後ろで縛っているのか、男性の息遣いに合わせてその先端が腰元で揺れている。
 彼の後ろには、曲木茜と千葉、それ以外に見知らぬ顔の女性がいた。
「草薙正義君、でよろしいかな?」
「あ…はい」
「本当に、こんな長い事待たせて申し訳ない。私は、ここの統括司令官を務める大和健造だ、よろしく頼むよ」
 そう言うと、大和はすっと右手を正義に差し伸べる。恐らく握手を求めているのだろうが、突然現れた見ず知らずの人間と握手する気にはなれなかった。
 その警戒心がすぐに理解出来たのか、大和は右手を胸ポケットに忍ばせると今度は四角いケースから一枚の紙を取り出し正義に差し出した。
「突然握手しようとした私が馬鹿だった。改めて、コインデック統括司令官の大和健造と申します」
 差し出された紙は彼の名刺だった。
 今度は受け取らない訳にはいかず、正義は両手でそれを受け取ると穴が空くかの勢いでそこに書かれている文字を読んだ。そこには、大和の名前の上に『内閣府独立防衛対策委員会』と太字で印字されており、
「内閣府…って、俺の勘違いじゃなかったら、政治とか国会とかの内閣府…ですか?」
 見慣れない単語に、思わず大学生らしかぬ質問を投げかけてしまう。それが千葉には妙に受けてしまったのか、周囲に気付かれない様に口元を手で隠して笑いを堪えていたが、肩を震わせているのを茜に気付かれ軽い肘鉄を喰らってしまう。
「勿論、君の勘違いでも何でもなく、政治とか国会の内閣府だよ。ここにいる者は、全員内閣府管轄職員になる」
 大和の言葉に、正義の頭の中は現実離れした現状を理解出来ず混乱の渦が急加速していた。
 砧公園で寝てしまったかと思えば化け物に襲われ、怪我人から石を託されて呪文を唱えたらヒーローみたいな姿になって、その上化け物と戦う羽目になって、それが終わったかと思えばいきなり連れてこられた場所が内閣府のひとつ…
「済みません、少し頭の整理をしてからでいいですか…」
 混乱が収まらず、誰に断る訳でもなく手身近な椅子に腰を下ろしてしまう。だが、誰もそれに文句を言う訳でもなく各々近くにある椅子に腰掛け正義が落ち着くのを待とうといった姿勢になった。
「私は今日は何も予定が入らない筈だから、草薙君が落ち着く迄ゆっくり付き合おう。もし、急用がはいったら…あ、そうだ。姫城君」
 大和は、入り口付近で座っていた女性を呼び付ける。その言葉に、女性は静かに立ち上がるとヒールの音を静かに立てながら彼の横に立った。
「彼女は姫城弥生君。私の秘書で、ここのオペレート全権を管理している。もし、私が急用で出なきゃいけなくなったら彼女に色々聞いてもらいたい」
「姫城です、よろしくお願いします」
 年の頃はそんなに変わらない顔つきだったが、全権管理という事はかなりのキャリアを持つ女性なんだろうか、と混乱している頭を落ち着かせながら正義は彼女の顔を見た。
 そういえば、あの曲木って子もそんなに変わらないんじゃないか? ここにはいないけど、加賀とかって奴も大して変わらない感じだった気がする。もしかして、自分が大学で適当にしている間、世界は知らない間にどんどんと変わっていってるのだろうか…?
 現実離れの状況が、正義の思考を狂わせ余計に混乱させてしまう。
 首を思い切り横に振り、頬を両手ではたいて気持ちを切り替える。
「済みません、もう大丈夫です」
 本当は混乱は収まっていない。だが、いつ迄経とうが更なる混乱が続きそうな予感がして、だったら質問なり議論なり始めて喋っている方がまだマシだと判断しての事だった。
「本当に大丈夫かい?」
 大和が心配そうに正義に声をかける。
「ええ、問題はないんですが…」
「問題はないが?」
「まず、一体何が起こってるのか教えてもらえませんか?」

     

 古い時代から、幽霊や妖怪、怪物といった類の話は後を絶たない。
 しかし、そのどれもが書物だったりTVや映画の作り物でしか見た事のない人々は、いつしかそれを“非現実=存在しない物体”と思う様になっていた。
 確かに、普段の生活では見る事は有り得ないか、あったとしても稀な話でしかない。ただ、それは『見ない』のではなく組織が意図的に『見せない』様にしていただけの事であった。
 その組織の名はコインデック。
 内閣府独立防衛対策委員会(Cabinet Office Independent Defense Committee)という一般市民には全く知られていない隠されたその組織は、遥か古の世より皇族を始めとした全ての民を魔の手から救っていた。
 古き頃は『守護スル者』と呼ばれ、人知れず魔の者達と戦っていたのが時代の流れと共に組織化され、大和が司令官として就任する頃には古の武器と現代テクノロジーを融合させ強大な敵に立ち向かえる様に発展されていった。
『守護スル者』が纏っていた鎧装備は、現代科学で微調整を繰り返した後ガーディアン・メイルと呼ばれる戦闘用特殊スーツへと変貌を遂げ、又、敵の出現位置も“歪界域”という特殊波長を掴み取れるレーダーの開発により、その周辺に規制をかけ一般市民を遠ざける事により被害を最小限に抑えられる様になった。
 コインデックの指令は大和だが彼は代理権力者であり、その権限は彼ではなく内閣総理大臣、果ては天皇陛下その方であり、情報や交通の規制といった所から人員管理に至る迄の全てが国の最高権力者の下にある以上いかなる権力者にも拒否権はない。
 何故なら、コインデックが相手をする敵は『天人』と呼ばれる者達──いわゆる神とされる者達だからであった。
『天人』が魑魅魍魎を操り人々の生命を脅かそうとするのに対し、『天子』いわゆる皇族は『守護スル者』の力を借りてそれを撃退させていった。その二千年近くもの間繰り広げられる戦いは、『守護スル者』が組織化されコインデックへと変化するにつれて徐々に人間側が優位に立つ様になった。
「ただ、未だ『天人』が何の為に戦いを続けるのかは謎ではあるがね」
 大和の説明に、正義はただ唖然とするばかりだった。
 実際に目にしたとはいえ、化け物が実在してそれを倒す組織があるなんて考えてもみなかったし、ましてやそれが国が管理する組織だとはにわかには受け入れ難い。
しかし、目の前にいる男性は堂々とした姿でそれを語り、周りにいる人達も笑う事なく黙って話を聞いているのだから、これが盛大なドッキリとかそういったものではないんだろうな…と、正義は力の抜けた状態で大和の話を聞いていた。
「あ、あの、さっきの化け物って、あれが『天人』とかいう神なんですか?」
「いや、君が見た…というより戦ったと言った方が正しいか。あれはエソラムだ」
「エソ…?」
 コインデックでは『天人』が作り出す雑兵や敵対者を、魑魅魍魎(Evil spirits of rivers and mountains)の略称を用いてエソラムとした。そのほとんどは、『守護スル者』や協力者達が残した記述を元に“Es”という記号表記で分類され、そのデータは組織のマザーコンピューターに保管されている。
 エソラムは歪界域を利用して出現はするが、『天人』を始めとした全てのエソラムの拠点は掴めておらず、又、出現場所も特定されている訳ではなくそのほとんどが謎に包まれている状態だ、と大和は口にした。
「謎、といえばGMにも謎はあるんだが」
「GMって、ガーディアン何とか…っていう、俺が着たアレですか?」
 正確な名前が出ずに頭を悩ませる正義の姿に、大和は笑みを浮かべながら「うむ」と答えた。
「GMは我々が管理しているといっても、元は『守護スル者』の所有物でね。解明されていない部分が色々とあるのだよ」
 その言葉に、正義は加賀の言っていた事を思い出した。 
「守護者の資格、とかですか?」
 彼の一言に、大和の眉が動く。GMの正式名称も言えない様な青年が、まさかそこをピンポイントに攻めてくるとは驚きだ。
「加賀という人が言っていました。彼は、どうも守護者でもない俺がGMを着たのが気に入らなかったみたいなので」
 なる程、加賀君がね…彼は潔癖な部分があるから、草薙君みたいな部外者が資格を得るのは気に入らないか。
 大和は、苦笑いしながら肩をすくめると正義の疑問に答えた。
「GMは特殊な金属で出来ているんだが、まるで意思があるみたいに資格者を選ぶ──君を選んだ様にね」
「君を選んだ様にね」という言葉が、正義の体に電撃を走らせる。
 加賀や曲木の時同様、まるで遠回しにそうさせるといった感がひしひしと伝わってくるのが判る。 
「それって、もしかして今後俺に守護者として戦えって事じゃないでしょうね?」
 内心、返ってくる言葉を予想しつつも大和に問い質すと、案の定彼は「その通り」と正義に返した。
「俺は単なる一般市民ですよ? いきなり戦うなんて、そんなの嫌ですよ!」
「だが、君は実際にミツルギを着て戦った。違うかね?」
 まるで正義がGMを着たのが悪い、と言わんばかりに大和が釘を刺した。そこには、先程の温和そうな表情はなく、笑みを浮かべてはいるが鋭い眼光が威嚇している“組織の権力者”の姿があった。
「拒否権…は、なさそうですね」
 正義は、うなだれた状態で椅子に腰を落とした。
 恐らく、バンに乗った時点で運命は決まってしまっていたのだろう。それに気付かなかった時点で逃げ場はなかったんだ…
「申し訳ないが、組織の守秘義務がある以上、君には我々に従ってもらう」
「で、でも、大学とかバイトとか…」
「それについては、こちらで操作しよう。然るべき機関から正式な通達ともなれば、誰も君に文句を言えまい」
 八方塞がりという言葉が、正義の脳裏に浮かんだ。

       

表紙

島田祥介 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha