Neetel Inside 文芸新都
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野となれ球となれ。
練習を休むということ

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 私は小さい頃から色恋沙汰にも勉学にもうつつを抜かさず、吹けば飛ぶようなショボい学校とはいえ、野球とソフトボールに青春のほとんどを費やしてきた。その私が野球漫画を読んでいて、いつも思うことがある。いや、何も野球に限ったことではない。サッカーでもバスケでも題材は何でも良いが、仮にも運動部に身を置いてきた私に言わせてみれば、こいつらみんな練習好きすぎである。ちょっと、“頑張れすぎ”なのである。
 スポーツを題材にした漫画、特に少年漫画であればその傾向はことさら顕著だが、いわゆる主人公チームの登場人物は全員練習が大好きである。鬼のような練習に汗を流し時には血を滲ませながら、申し訳程度の練習脱走エピソードを時折挟んだりしつつも、大抵は週休0日とかで文句も言わずに練習をしている。狂気の沙汰だ。
 そりゃあ、大抵スポーツ漫画の主人公チームというものは全国制覇や全国大会出場を目標にしている。現実でも全国を志すようなチームの練習量はたしかに熾烈を極めるのだろうが、高校時代「サボリのマツ」と呼ばれた松坂大輔、落合博満に「あんなに練習しない選手は初めて見た」とまで言わしめた元木大介、練習嫌いで有名な現中日の平田良介など、高校時代は強豪校で甲子園に出場しその後プロにまでなった選手達を見ても分かるように、その練習量やモチベーションは必ずしも周囲の環境に比例しない。
 高校球児なんて今や「誠実」と「無我夢中」の化身みたいにメディア等では取り扱われているが、当事者はもっともっと、姑息で芯の弱い人間なのである。
 私のいた学校でもそうだった。そういう部分で特に印象に残っているのは中学時代のチームだが、当時の私達には「練習に出ること」が全てであって、「真面目に練習すること」はさほど重要視されていなかったように思う。どういうことかと言うと、部員全員練習なんて大嫌いなくせして、お互いの欠席は絶対に許さないのである。そこに私は「私が練習出てるんだからあいつだけ休むなんて許さない」という、人間の弱い部分を見た。が、休まずに練習に出さえすればその質の良し悪しはさして重要でなく、とにかくその日一日を無難に問題なくこなしさえすれば許された。(言い訳になるが、練習の質になど気を遣ってはいられないほど、なかなかに過酷な練習を監督に課せられていた)
 毎日の練習の終わりに必ず行っていたサーキットトレーニングがたまたま休みになっただけで、涙を流す勢いで喜んだキャプテンの満面の笑みがいまだに私の目には焼き付いている。
 そんなチームで唯一、堂々と練習を休むことができた最大最強の免罪符が怪我と病気である。当時の私達にはその魅力といったらなかった。たまーに、練習に出られないほどの怪我をした部員が出れば、「大丈夫?」「ゆっくり治しなよ」なんてまるで心配しているかのような声をかけつつも、内心ではひたすらに羨んでいた。チームの不真面目グループの間では、雪の降る真冬に部屋の窓を開けて薄着で寝るなんていう力技が流行したこともあった。言うまでもなく、私もやった。
 幸いにも、どうやら私は生まれつき身体が怪我に弱かったようで、かなり恵まれていた。ひたすらトレーニングをさせられていた冬に、練習のしすぎが原因で股関節を剥離骨折しかけた時などは、本当に大喜びした。実際、この時はまともに歩くことすらままならない状態だったのだが、そんなことよりも、トレーニングをしなくても良いということの方が私には大きかったのだ。賭けても良いが、当時のチームメイトも絶対そう言うね。
 ところで……皆がより重い怪我や病気を競う逆に、「どれほど軽い症状で練習を休めるか」という、不思議なチキンレースもそこにはあった。足の指の皮が向けたから見学してて良いですかと監督に言って怒られた丸岡や、37.3℃がボーダーラインだと豪語する東。部員対監督の名勝負がいくつも繰り広げられてきたが、今も、同窓会で集まる度に私達の間では必ず語られる伝説のチキンレーサーがいた。

 先輩「あれ? 今日栗嶋は? 休み?」
 友達「栗嶋は、なんか口内炎ができたとかで休みです」

 口内炎て。
 口内炎て、おまえ。

 この事件は、さすがに私達の背筋をも凍らせた。普通言えないだろう、口内炎で休むって。
 が、何をどう言いくるめたのかは知らないが、監督が特に問題にしなかったということは、相当上手いことやったのだろう。その手腕には、尊敬の拍手を贈るしかない。
 ――メディアが創り上げた高校球児のイメージに、当事者たちはきっと苦しんでいることであろうと心中お察しする。これからは、まあちょっとした不祥事くらいなら、たまには目を瞑ってあげても良いのではないかと思う今日この頃であった。

       

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