Neetel Inside 文芸新都
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アルバイター
10.地下駐車場の対決

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10.
 小林達一行が、駐車場に着くと社用車は混雑に巻き込まれていた。小林が近づくと後方扉が開いたのでそのまま小林は乗り込んだ。SPは別の車に乗り込み、小林と同じ車に乗り込むつもりであった児島は首を宣告された為、所在なさげに立ちつくしている。
「まったくけしからん。」小林が車に乗り込んでそう言うと、前方の車が動き出した。
 しかし社用車はそのまま車列を追う事をせずに、進路をそれて走り出した。
「おいどこへ行く!」そう小林が問いただすも運転手は無言のまま、駐車場の隅まで移動した。車が止まると、運転手は被っていた帽子を取り小林の方へ振り向いた。そこにいたのは正規の運転手ではなく、野上修司であった。
 「こんばんは、会長さん。」
「誰だ貴様!」
 「嫌だな会長さん、私です。千川3丁目店の野上ですよ。」
「千川3丁目店?」
「一度、一度だけお会いしました。そう…。私がオーナー加盟式に出席した時に…。」
「そ、そうか!ウチの加盟店!そ、それで貴様一体何の用だ!」
「いやーなに、すごく簡単なお願いなんです。」
「何だ!私は急いでいるんだ!」そう言った瞬間。
修司の取りだした刃渡り30センチの柳刃包丁が小林に向けられた。
「死んでくださいませんか?」
車外では、異変を察知したSP達が車を囲い始めた。
「おら!何してる降りてこい!」とSPの一人が怒鳴る。
柳刃包丁は小林の喉に食い込んで、小林は身動きのとれない状態になっていた。
「とりあえず黙らせて、もらってもいいですか?」
「あ・・・ああ。お、お前達、いいから静かにしろ!いいから、いいから、少し下がれ!」そう小林が言っている最中、懐に手を忍ばせるSPを小林が見とめると「いいから!いいから!下がれ!」と続けて叫んだ。
修司の方に小林は向き直った。
「こ、これでいいんだろう?そ、それで、ど、どうしたんだ君、お、落ちつけ!何があったというんだい?」
「俺は!俺の妻は!」
「そ、そうか!奥さんに何かあったんだね!わ、私に言ってみなさい!」
「お前の作ったルールにボロ雑巾のように使われて死んだ!」
「わ、わた、私のルール?な、な、何を言っているんだ。私は常にオーナーの最大幸福を目指して…」
 包丁が喉に食い込む。
 「嘘を吐け!」
 「う、嘘じゃない!す、少し私の話を聞いてくれ!わ、私は君の味方だ…そうだ!君の店の担当PACは、だ、だ、誰だね?」
 「言ってどうなる!」
 「そ、その担当はとんでもない奴だ、君をこんなに追い込んで!…私がそいつを責任持って、処分する!さあ、教えて…」
 「嘘だ!」
「本当だ!信じてくれ!」
 ううー。と唸り声をあげて涙をこぼす修司。
「さ、さあ言ってごらん。だ、誰だね?」
「さ…。」こぼれてしまいそうになる修司。
「さ?さとう?さいとう?…ささき?」
「さ、さきたに…。」
「さきたにか!わかった!そいつを!処分する!そいつが君を追い込んだ!全部そいつが悪い!私は絶対に!神に誓って!そう、そしてあなたの奥さんに誓って状況を改善するよ!」
「もう帰って来ない!妻は死んだんだ!」
「なーに馬鹿な事を!死んでないさ!彼女は!君と共に生きているよ!そう断言できる!共に生きた日々を思い出して!手と手を取り合ったかけがいのない日々を!」
「あ~あ~。」と叫びながら嗚咽する修司の片手には、コンビニ経営の前祝いとして、家族旅行でオーストラリアへ行った際に撮影したコアラと一緒に写った家族写真が握られていた。写真のフチはボロボロに擦り減っている。
小林はその写真を見逃さなかった。
「む、娘さんかい?」
無言でうなずく修司。
「悲しむぞー。娘さんに今の姿見せられるのかい?」
首を横に振る修司。
「でも、もう遅い!」修司はそう言って惑わされる心に自ら楔を打った。
「何が遅い!何も遅くない!人生に遅いなんてことはない!」
「…こ、こんなことをして?」
「こんなこと?会長の私の首に包丁を突きつける事?」
うなずく修司。
「わかった。今回の事は全部なしにしよう。全部チャラだ!わかるね?私はね君の様な熱い男が大好きだ!私も若い頃は学生運動をやっていたんだ!死を恐れず!どうにか、世の中を良くしようと必死で頑張って来たんだ。だから君の気持ちは痛い程良く分かる。だから、貸してほら。明日からは手を取り合って生きて行こうじゃないか~。…それにそうだ!一つ願い事を聞き入れようじゃないか!何が望みだい?」
泣きながら黙っている修司。
「ほら、遠慮せずに!言ってみたまえ!」
「眠りたい…。いっぱい眠りたい…。」
「…そんなこと?あ~結構!この悪ふざけが終わったらじっくり休める!時間を気にせず眠るといい!…さあさ、私にその包丁を渡して!」小林はそうっと、包丁を手で掴むと、ゆっくり修司の手から包丁を引き抜く。修司の手には握り続ける意思がもう残っていなかった。
小林はそのまま一人、車を降りると周りのSPに「おい引き出せ!」と指示をした。
「はい。」と命令に従うと、「おいお前出てこんかい!」とSP達は怒鳴りつけた。
「おい!おい!おい!手荒なマネはよし給え!彼は!私の同志だぞ!そうだろ?」
「は、はい。」小林の前にSP達に両脇を抱られて連れて来られると、自力で立てず膝から崩れ落ちながら答える修司。
「そうそう…。さっきの話の続きをしようじゃないか。私は…私はね、学生運動を経て企業に就職してね。そこでも労働条件の改善を目指して仲間と団結して経営陣と戦ったんだよ。身を粉にして!滅私の気持ちでね!碌に休まず眠らず血の小便を流して戦い続けた。…幸い私たちの交渉はうまくいき大幅な労働条件の見直しがなされたんだ。休みは増え、労働時間は減った。…私はこう思ったよ!よし次は他の会社でも同じ条件を勝ち取ろう!さあ!とね。だが、周りを見渡せば、かつて共に戦った仲間たちは誰一人としていなくなった。何をしている?他の職場では同胞が劣悪な環境に置かれて苦しんでいるというのに!仲間たちは何をしていたと思う?皆、給料が増え、休みが増えた途端!自分たちの余暇を最大限楽しむ様になっていたんだよ。そう正に、この世の春を謳歌していた!…同胞が!今もなお苦しみ続けているというのに!私は必死に懇願したよ。一人では無理だ。戦おう、一緒に戦ってくれとね。だがそれも全部、無駄に終わってしまった。…そして私はその時悟った!なに簡単なことだ!それを受け入れさえすれば、私の身の回りで起こった事、すべてがすんなり理解出来る!何を受け入れたと思う?世界には2種類の人間がいるという真理だよ!その2種類の人間とは?自分の状況がどうであれ他人の事を絶えず考え続けられる利他心を保ちつづけられる人間と!自分の要求さえ満たされれば、他はどうでもいいと思い始め豚化する人間の2種類だよ!」
身震いを始める修司。それを見て小林は目の力が入ったままで笑顔を作ると、そのまま語り続ける。
「そこで私は決意した!豚化した人間を殺そうと!…罠は何がいい?そうだ!奴らは豚だ!餌を用意すれば自ずと近づいてくる!そいつらを始末すれば俺の様に他人を思いやり続けられる人間の理想郷が作れる!そう考えた。…そこで話を君に戻そう。君はなぜファイブマートに加盟しようと思ったのだ?」
「わ、私はただ、家族を守れる暮らしを続けられればいいと思って!」
「そう!それだよ!そんな自分の周りの小さな世間の幸せだけで満足しようとする豚の様な人間を殺す為に作ったんだよ!この仕組みを!巧妙に!細心の注意を払ってな!」
「そそ、そんな…。」
「私の話は終わりだ。…ああ、そうだ。君の願いを最後に叶えてあげないといけないな。」
掌をSPの一人に差し出すと、SPは懐に忍ばせた拳銃を小林に手渡した。
拳銃を受け取ると修司に構える小林。
「ひい。」と恐怖で声がうわずる修司。
小林は引き金に指を掛けながら、辺りを見回し「少し響くかな?」と言った。
ちょうどその時小林は片手に修司から奪い取った包丁がある事を思い出した。
「ああ、そうだこれをお返しするよ。」と言うと、SPに合図を送り修司の両脇を抱えさせた。
「やめてくれ、やめてください!」と命乞いをする修司。
何も意に介さない様子で小林は包丁を修司の胸に向かって突き立てた。
「ぎゃあー」と場内に叫び声が響く。
「なんだ、結局響くな。」と言うと続けて「おやすみなさい。」と言う小林。
「まっ…」と修司は最期の言葉を言い終えられないまま。引き金はひかれ、銃弾は修司の脳天を貫通した。
「ふー。」と小林が一息つくと、SPはあたり前の行為を行った後のように「お疲れ様です。」とねぎらいの言葉を贈った。
杉村はその様子を柱に隠れて見ていた。途中から恐ろしくなり見ることを止めて音だけを聞いていた。発射音が聞こえた後、覗き込むと蛍光灯の光の反射で黄金色に輝いて見える絶命した修司の瞳と目があった。
「ひい!」と叫び後ずさりする杉村。
「なんだ、もう一匹いたか。会長どうします?殺りますか?」SPは杉村に近づく。
「いや、いい。見るからに豚だ。どうせ自分じゃ何も出来ないだろう。追い払え。」小林はそう言うと、身なりを整え始めた。
杉村はSP2人に両脇を抱えられ、生ごみを放り投げられるように、地上の茂みに捨てられた。
駐車場では「会長、本社へお戻りになられますか?」と近づいてきた児島が小林にたずねた。
「いやいい…どうせこの男が、ホームレスを雇ってやらせたんだろう。」と死体に目をやる小林。
「店舗担当者はどう致しますか?」
「崎谷とか言っていたか…。」
「はい。」
「どうするとは?」
「崎谷の処分です。」
「ははは、馬鹿いっちゃいかんよ!優秀な男じゃないか彼は!ここまで、ここまで豚を追い込むことができるだなんて!一流じゃないか!…まあ復讐心を芽生えさせるあたり詰めは甘いが…。今はどんな仕事をさせているんだ?」
ノートパソコンで現在の人事を調べる児島。
「はい、現在PAC期間を終了し、本部購買部に配属されています。」
「そうか…。そうだ!彼に今回の、あのオーナーモニター募集の企画の責任者を務めてもらおう!あれはウチの肝入りだ!」
「で、ですがそれは!」
「なんだ?」
「そ、それは私の仕事では…」
「言っただろう。君の居場所はもうここにないと。」
「そんな!」
「帰りたまえ。」
「えっ?」
「ここから徒歩で帰りたまえ。」
「わかりました!」反抗的な態度で、小林に背を向け歩きだす児島。
「ああ…そうだ。」
小林が思い出したかの様に児島に語りかけると、児島は振り向いた。その瞬間に銃弾が児島の脳天に直撃して、児島は絶命した。
「こいつの処分のついでだ、面倒は少ない方がいい。まとめて頼む。」
「はい。」SPは返事をして小林から銃を受け取る。
小林は足早にオーナー懇親会の会場へと戻って行った。

       

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