Neetel Inside 文芸新都
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アルバイター
4.バイトをはじめるきっかけ

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4.
 2013年9月某日
 ネイルアートのサロンに勤める中尾今日子は、繰り返される変化のない日常に嫌気がさし、刺激や孤独を埋める為にチャットサイトで、異性との出会いを求めた。色々な男と遊んでいる内に、稼ぎもあり金払いも良く、一回り二回り年上が多いチャットサイトで珍しく年齢も近い杉村裕と知り合い、同棲を始めた。
 一緒に住み始めてから程なくして、杉村は仕事を辞めた。仕事はインターネットのセキュリティを中小企業向けに設定するという自営業であった。休みなしに5年間を過ごしてその反動で休みたくなり、貯金もあったので、3年間は働かずに、ネットをしたり、本を読んだりして過ごしている。杉村は30歳になり、中尾は25歳になっていた。怠けた生活を長く続けたおかげで、出会ったころの様なスラリとした容姿はなくなり、杉村は白い豚そのものになっていた。
 平日の昼間、今日子は仕事が休みなので、久しぶりに料理を作っている。
 杉村は本を読みながら過ごしている。
「ご飯出来たよ。」
「うん。」
 料理を受け取ると、杉村は自分の部屋へと戻ろうとした。
「一緒に食べないの?」
「食べるよ。」そう言うと二人で居間に料理を展開した。
「いただきます。」
「どうおいしい?」
「まだわからん。」杉村はまだ料理に箸をつけていない。
「何の本、読んでたの?」
「ああ、中沢旧一のジャングルブック。」
「ふーん。どんな内容の本?」
 「なんかかつて熊は人でしたって本。」
「ふーん。で仕事は?捜した?」
「…あのさあ、このほうれん草のお浸し。ちゃんとお湯でゆがいた?」
「ん?うん。」
「で、茹でるのに使ったお湯捨てた?」
「いや、だってお湯にくぐらせればいいんでしょ?」
「捨てなきゃやべーし。ほうれん草のシュウ酸って尿路結石になるって言ったじゃん。」
「でもお湯にくぐらせたよ?」
「だから!ちゃんと、お湯は捨てないとダメなんだって!」
「はいはい。いやなら食べなくていいし。」
険悪な雰囲気になった時に、つけているテレビから今夜はスタジオジプリ特集第二弾というナレーションが聞こえてきた。
「まじで?何かな?トロロだったら見るわ。」そう杉村が言うと、
「でさ、不動産屋の資格取るって言ってたけど、あれはどうなったの?」今日子は不機嫌な様子で尋ねる。
「あー、止めた。孤独死増えてるし、死体見たりとか部屋の処理とか、ストレスやばそう。」
「また?じゃあ、なんかビルメンテするって言ってたけどあれは?」
「うーん。あれもさ、結局感電死するリスクあるし、怖えーわ。」
「じゃあどうすんの!?いつまで、ゴロゴロしてんのよ。」
テレビでは、ナレーションが今日は千と千明の神隠しと紹介した。
「うわ…千と千明か。俺最初見たときよくわかんなかったけどさ、これ、最近俺なりの解釈が出来てきたんだけど聞く?」
「いい」
「まずさ、神隠しにあって最初にさ…」
「いいってば!」
「あそ。」杉村が会話を止め、食べることに集中しようとテーブルを少し自分の方へ寄せた時、コップの水がこぼれた。
「もう!」
「やべえタオルタオル!」
洗面所から持ってきたタオルで水を拭く杉村。近くに置いていたプリントに水がかかったので、自室の机に置いて戻ってきた今日子がテーブルを拭く杉村をみて声を張り上げた。
「もう!それフェイスタオルじゃん!」
「えっ?うん。タオルだよ。」
「ハンドタオルで拭いてよ!汚くてもう使えないじゃん。」
「えっ?洗えばよくね?」
「もう!何度も言ってるじゃん。フェイスタオル使うなって!馬鹿!もうそれで拭いてもいいよ捨てるし!」
反論することをせず黙って拭く杉村。杉村は、形状は同じだが柄の違うタオルを、フェイスタオルとハンドタオルの名称に分け、顔を拭くこと専門に使うタオルとその他の用途に使うタオルとを今日子が明確に区別して使うことに理解出来ず、よく喧嘩になっていた。
ある程度拭き終わると、また食べるのを2人は再開した。
「あ、そういえばドレッシング買ってくるの忘れた。」と今日子は思い出したかの様に言う。
「まじで?」
「ねえ。買ってきて。」
「ええ?もういいじゃん。食べようよ。」
「だってないと食べれないし、買ってこいよ!」今日子が強く要求するも、無視して食べ続ける杉村。曜子は「もう、早く!」といって、テーブルにあった猫の置物を杉村に向かって投げつけた。
杉村はさすがに物を投げつけられた事に対して怒りを抑える事が出来ず、食べるのを中断すると残っていたおかずをゴミ箱に捨てて自らの食器を片づけ自分の部屋に戻った。
杉村は「俺が悪いのか。いや俺は悪くない。」と自問自答を繰り返したが答えは出ず、ただ激しい怒りだけが込み上げてきて、「くそ!ちくしょう!」と周囲の迷惑を考えずに叫んだ。
今日子が様子の異変を感じて杉村の部屋にやってきて、「どうしたの?」と尋ねて来たが、怒りの収まらない杉村は「うるせー!閉めろよ!」と大声をあげた。
部屋のドアを強く閉めて居間に戻る今日子。杉村は頭を冷やす為に外に出ることにした。
近所のファイブマートでは、最近コーヒー豆をその場で挽くドリップマシンが導入されて杉村はそのコーヒーを愛飲している。空のカップをレジで受け取り、自分でマシンを操作してコーヒーを入れる。その一連の動作を行いながら、杉村は以前にあった今日子とのやり取りを思い出していた。
「ていうか、このまますぐ社会復帰とか難しいし、コンビニでバイトでもして感覚取り戻したら?」
「うーん。そういえば深夜、人足りてないみたい。いつも、オーナーっぽい人がいるもん。あの人365日働いてるよ。」
「いいんじゃない?」
「いやキツイでしょ。」
杉村はコーヒーが注ぎ終わると同時に回想を中断すると、店内にある履歴書を探し出して購入した。そのまま家に帰ってくると、居間まで近づいて閉ざされたドアを開けることはせず、「あのさー。俺コンビニでバイトすることにするわ。」と言った。
少しの間、今日子の反応を待ったが、返事はなかった。諦めて、部屋に戻ろうとするとドア越しに声が聞こえてきた。
「ねえ、ドレッシングはー?」
「あっ!」思い出せば買ってきていたが、杉村の頭からは抜け落ちていた。
「もう病気かよ。」呆れた今日子の声が返ってきた。

       

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