Neetel Inside ニートノベル
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 「?」
 マルカが廊下を歩いていると、トラックが何台か敷地内へと入っていくのが窓から見えた。
 「何だろ、あれ」
 一階へと降りると、何やら業者らしき人物にハルと満月が話している。
 見取り図のような紙を指さしながら、配置がどうこうと指示をしているようだった。
 「ご主人様?」
 「うお、マルカか。……ちょっと部屋の工事があるから、俺がいいって言うまで一階の向こう側は立入禁止な」
 呼ばれた瞬間、図面を見えないように隠すハル。
 向こう側、と指差す方は寝室とは反対側の、主に使っていない部屋が多い区域である。
 「工事って、どうしてですか?」
 「どーしてもこーしてもねーよ。いいから入んな」
 「いい子だから、向こう側へ行ってはいけませんよマルカ」
 「はぁ……」
 理由を言わない二人に疑問は残るが、とりあえずマルカは頷いた。
 それから二、三日の間、業者は出たり入ったりを繰り返し、館の中は少しだけ騒がしくなった。
 搬入と改装が終わったらしく、すっかり撤収した後でもカラーコーンとポールは置いたままで、マルカの侵入を拒んでいる。
 「……何なんだろう?」
 二人に聞いても、答えてはくれなかった。
 気になりはしたが、ハルと満月の行うこと。
 どうせまた自分には見せられないような倒錯的かつ難解な性交でもするのだろう。
 そう思ってマルカは納得し、気にしないことに決めた。



 そして、誕生日の当日。
 「うー、朝………………!?」
 マルカが目を覚ますと、ベッドの横に奇妙な人物が四つん這いで待機していた。それも、二人。
 悪趣味な全身真っ黒のラバースーツに身を包み、口だけ露出させた男女。
 首元には犬に付けるような首輪からリードが伸び、マルカの手元へと繋がっている。
 「…………ご主人様? 満月さん? ……何やってるんですか、それ?」
 こんなことをするのは――いやそもそも、この館には自分の他に二人しかいない。
 「おはようございます女王様、ご機嫌麗しゅう」
 「我らマゾ豚糞奴隷、誠心誠意真心を持って女王様のお誕生日をお祝いいたします」
 「さあ、なんなりとご命令を!」
 「まずは豚同士の醜い交尾をご覧にいれましょうか!?」

 マルカは黙って二人の脳天にチョップを振り下ろした。


 「お祝いありがとうございます。こういう冗談は二度としないで下さいね」
 「ごめんなさい。くそ、やはりハズレ選択肢だったか……女王様扱い」
 「このラバースーツは別の機会に使うとしましょう」
 ラバースーツを剥ぎ取り服を着せ正座させた二人に一応の礼を言うマルカ。
 二人の奇行じみた性的趣向の数々を知らなければトラウマものの光景であった。
 「改めてお誕生日おめでとうございます、マルカ」
 「誕生日プレゼントはちゃんとしたもん用意してあるから心配すんな」
 「……本当ですか?」
 疑いの眼差しを向けるマルカ。
 この二人の事だ。ピンクローターか何かを笑顔で差し出してきてもおかしくはない。
 そう思っていたが。
 「はい、これ」
 と言って満月が差し出す、ラッピングされた目覚まし時計ほどの箱。
 嫌な予感をひしひしと感じながら開封してみると……
 「これ……携帯電話ですか?」
 着せ替えができる、最新型のスマートフォンだった。
 想像よりあまりにまともすぎるプレゼントに、マルカは面食らう。
 「俺からはちょっと色々あるけど、まあメインはこれだな」
 と言って商品箱のまま電子辞書を差し出す。
 続いて、紙袋の中からノート、シャープペンシル、消しゴム、二色ペン……そして最後に、可愛らしいキャラクターものの筆箱を机に並べた。
 「そろそろお前も学校入る事考えないとな。とりあえずしばらくは俺と満月で教えてやる。外に出るとなると携帯も必要だろ」
 「外に、出る……」
 マルカは館から外出する必要性についてはあまり考えていなかった。
 たまに、満月やハルと買い物や遊びに行ったりできればいいくらいの思考。
 ここにいるだけで幸せだから。二人がずっとそばにいてくれるなら、館から出なくても構わないとすら思えるほどだ。
 「大丈夫ですよマルカ。不安なら私も学校までついていって差し上げます。いつでもどこでも半径5m以内に隠れてますから安心ですよ」
 「あ、俺も行く俺も。マルカを虐めるような糞ガキがいたら男子だろうが女子だろうが物陰に連れ込んで俺のちんこで屈服させたる」
 「来ないで下さい!」
 自分の不安感より、二人の過保護っぷりの方がどう見ても大きい。
 (……本当に学校行っても大丈夫かな、この人たち……)
 
 ハルに加えて、今日は普段ほとんど仕事をしている満月も、料理の時以外付きっきりでマルカの面倒を見てくれた。
 コントローラーを繋いで三人でテレビゲームの対戦をしたり。
 シアタールームで満月の膝に座りながらディズニー映画を鑑賞したり。
 ケーキの余った材料を身体に塗ったくり「私がケーキです、マルカ。たっぷりお食べなさい」といつもの調子の満月を、なんだかんだ言いつつも舐めたり。
 暖色系のロリータドレスを着せられて撮影会になり、興奮したハルに体中弄られたり。
 楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
 気が付けばすっかり日は沈んでいた。外は雪が降りしきり、窓から見渡す一面が青白く染まっている。
 「……お誕生日って、凄かったんだな……」
 明らかに作り過ぎた豪勢な夕食。満月の気合が入った料理の数々はすっかりマルカの腹の中に収まっている。
 今日はこれまでの中で、間違いなく一番充実した誕生日だった。
 こんなのが毎年あるなんて、今までどれだけ自分は損をしてたのだろうとすら思うくらいだった。
 「マルカ」
 片付けが終わったのか、満月が歩いてきた。
 「どうでしたか、今日は。楽しんで頂けましたか?」
 「はい! とっても楽しかったです!」
 満面の笑みを浮かべる妹が愛おしくて、満月も思わず笑みを漏らす。
 「そうですか、それは何よりです。ところで、もう一つプレゼントがあるのですが」
 「え、まだあるんですか……? 嬉しいですけど、そんなに貰うわけにも……」
 遠慮するマルカに、満月は先ほどとは違う含みのある顔で笑う。
 「そんな事気にしてはいけませんよ。とってもとっても素敵なプレゼントなんですから。きっと一生ものの体験になりますよ」
 そう言って薬瓶から取り出したのは、一粒の錠剤。
 アルファベットで何やら小さな文字が刻印してある、風邪薬にも似た薬であった。
 「お薬がプレゼントなんですか?」
 怪訝な顔をするマルカ。
 「はい、とっても幸せな気分になれるお薬ですよ。口をお開けなさい」
 「待って下さい! それまずいやつじゃないんですか!? 嫌ですよ麻薬なんて!!」
 「マルカ」
 満月は屈んで、マルカと目線を合わせた。
 「私がマルカに危険な薬を飲ませると思いますか?」
 とは言うもののその顔は悪戯っぽく微笑んでいた。
 「……それは絶対にないですけど、多分えっちなものではあると思います」
 「それは飲んでからのお楽しみです。大丈夫ですよマルカ。絶対に後悔はさせませんから」
 そう言って満月は自分の舌に錠剤を乗せ、マルカに顔を近づける。
 「んっ……」
 そして、口移しで薬を流し込む。
 マルカは戸惑いながらも、拒否することはなかった。
 満月の暖かくほんのり甘い唾液で、錠剤を嚥下する。
 「……飲みましたよ」
 口を離し、頬を染めながら言うマルカ。
 満月は優しく、彼女の口を撫でる。
 「飲みましたね。大丈夫ですよ、ネタばらししてしまうとただの睡眠薬ですから」
 「え、睡眠薬? なんでそんなものを飲ませたんですか? まだ寝るには早い時間ですけど……」
 「後でわかりますよ。効き目が出るまで少し時間がありますから、一緒にベッドへ行きましょうね」
 「はぁ……?」
 何だかわからないまま、満月に連れられて自室へ戻るマルカ。
 満月の膝枕を堪能している内に睡魔がやってきたので、仕方なく身を任せる。
 「眠くなってきましたか? おやすみなさい、マルカ。

 ……どうか、いい夢を」
 なにか含みのある言い方で囁く満月の声と共に、マルカの意識は溶けていく。










 お姫様は眠りについている。
 綿のように柔らかい、絹の肌さわりの天蓋つきベッドで。
 ずっと、ずっと、眠り続けている。
 いつか王子様がキスで起こしてくれる、その日まで――

 
 「………………夢、か」
 先ほど見た映画の影響か、おとぎ話のような夢に浸ってしまったようだった。
 意識がはっきりしないが、何か身体に違和感を覚えて目を開ける。と――
 「――――え」
 そこは知らない部屋だった。
 自分の物より大きく、豪奢で、身体が沈むほど柔らかい……夢に出ていたような天蓋つきベッド。
 その周りには館にあるものより遥かに大きく、月光で深みのある光沢が出ている、見るからに高そうな家具が並んでいた。
 部屋だけではない。自分の格好も、寝る前とは明らかに違っていた。
 それこそお姫様が着るような、雪のように真っ白いドレス。手袋は肘まで伸び、スカートは足先よりも長く、ボリュームがあるものだった。
 「えっと……? 何、これ……??」
 何がどうなっているのかわからない。
 目が覚めたら、お姫様へと変身していた。
 そうとしか、言いようが無かった。
 ひょっとして、まだ夢を見ているのだろうか。
 (そうだ、これはきっと夢……私がお姫様になんて、なれるわけ……)
 寝てしまおうと考えた所で、扉がゆっくりと開いた。
 そこから現れたのは――

 「ご主人……様……?」
 
 「お迎えに上がりましたよ――マルカ姫」

 少し軍服にも似た、肩当てとマントのついた正装。
 纏うは慈愛に満ちた微笑みを浮かべる、長身の美青年。
 映画で見たような。
 夢で見たような。
 王子様が、そこに立っていた。  

       

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