「恐らく、マイエの村は魔族に占領されている。それも、そこそこ頭の回る奴にだ」
木々の間を進みながら、グロウは現状を想定する。
「頭の回る……ですか」
……ところで、グロウ様隠密行動すっげー不向きですね。
巨大な馬上槍(ランス)を担いでいる背中を見ながら、ティティはそう呟いた。
その割には木の枝や幹に槍が当たって音を立てることは無く、足音も極力抑えているようだった。
「マイエの警備は所詮、森の中の魔物を想定していた。まさか真西から川を渡り山を越え、魔族の軍勢が攻めてくるなど思いもしなかっただろう。
魔族はそれを軽く蹴散らして、村を改造し拠点として後続が続くまで確保し続ければいい……食料はそこら中にあるからな。
アークザインとユーザワラの行き来は途絶え、連携は崩される。狙いは多分、南側だ」
「騎士団は?」
「恐らく、壊滅だ。本気でマイエを基地にしたら、落とすのはかなり困難になる。
堀で囲まれ、出入口は軍隊が通るには細すぎる。当然罠も仕掛けられているだろうし、見せしめに死体の山だ。
戦意は挫かれ、疲弊した所に待つのは魔族の群れと軍団長……本気でかかれば潰せるが、戦力を小出しにしたら飲み込まれる一方だろうな」
投入した兵がそのまま魔族の兵糧になる、と言うのが一番厄介な点だろう。
兵士の士気はガタ落ち、敵は補給無しでも継戦が可能。その上森全体まで魔族が闊歩するとなると村に辿り着く事さえ危うい。
最悪、森そのものを焼き払う羽目になり得る。
マイエの高台が、木々の上から頭を出しているのが見えた。
もうすぐ到着する。そう二人が思った、瞬間。
「グロウ様、魔物です!」
前方にいたのは、見回りの豚鬼だった。
距離はあるが、はっきりとこちらを見据えている。
手には騎士団から強奪したと思われる、魔物にしては上等な槍を構えていた。
「見つかってしまいました! しかも何か角生えてますよ、角! あんなの見たことない、きっと強い個体――」
――どさり。
ゆっくりと身体を反らした豚鬼は、そのまま後方に倒れて動かなくなった。
「へ?」
「…………」
グロウは何事も無かったかのように歩を進め、豚鬼の横を通り過ぎようとする。
ティティは何が起こったのかわからないながらもそれに続き、豚鬼の不審な死を確認しようとした瞬間、グロウがすれ違いざまに……生えていた『角』を、引っこ抜いた。
「へ?」
ぴっ、と袈裟に振り、豚鬼の脳症を払う。
それは、豚鬼に生えていた角などではない。
グロウの七本槍の六番。
投擲槍(ジャベリン)の、『アステロペ』。
「…………へ?」
ティティには、理解が追いつかなかった。
「なんで、槍が……刺さって………投げ、た……? いつ……?」
「行くぞ。マイエはもう目の前だ」
森を抜ける。
出た先は、村の入口より東側。幅は十メートル以上に、深さは底が闇になっているほどの堀が、村を外敵――今はグロウ達がそれに当たる――から守っていた。
その堀に向かって。
グロウは少しも躊躇すること無く、助走を付けて……跳ぶ。
「え、ちょ、ええええええええええええええええ!?」
「はぁ……はぁ……お願いします……もう……んぁっ……」
豚鬼達に代わる代わる犯され続け、既に腹は精液で満たされている。
口も膣も肛門も、既に二桁を超える数のペニスが出入りを繰り返し、ティエラの精神は限界に達していた。
破瓜によって腿を伝っていた出血は、既に精液で上書きされている。
同じく、その痛みも。陵辱の果てに、既に身を焦がす快楽へと変わっていた。
先ほどまで物など入れたことも無い尻穴も、すっかり開き切って、魔物のそれを歓迎している。
裂けるような激痛が和らぐ事になり、排泄器官から快感を得る性器の一つとなったのは、彼女にとって幸運だったのか、それとも不幸だったのか。
興奮が昂ぶるにつれ、臭くて、苦くて、汚らしいだけだった精液すら、口の中に流し込まれる事に嫌悪感を覚えなくなった。
いや、むしろ。今の彼女は、自分からそれを求めているようにも見える。
「やめて……ああっ! そ、そこは……!」
後ろから肛門に突っ込み、奥まで入った所で上の肉壁を削るようにごりごりと動かすと、ティエラの身体はびくんと跳ねる。
「………あ……」
そこで、動きを止めてやると。彼女は切なそうな声を上げるのだ。
口には、出さない。だが、彼女の顔は、それを懇願するかのように後ろをちらりと見るのだった。
ティエラは震えているフリをして、自らの腰を動かす。
「……んっ……んっ……」
豚鬼には、それが面白くて仕方ない。
ずん、と急に突き上げると。
「! ぁあ、ああああああああああっ!!!」
ティエラは何十回目かになる絶頂を迎え、淫靡な悲鳴を上げる。
「くはっ、見たかお前ら。隊長様は魔物のチンポが欲しくて仕方ないみたいだ」
人喰鬼の、成人男性の腿程にも太い巨大は陰茎。
ティエラの親衛隊……全員女性で構成された四人……元、五人の騎士は、今やそれを舐めさせられるだけの奴隷へと成り下がっていた。
「ああ、ティエラ様……おいたわしや……」
彼女等に、抵抗することなどできない。
先程隙を見て人喰鬼に斬りかかろうとした一人は、手足を食い千切られた上に人喰鬼の凶器とも呼べるそれに貫かれ、耳をつんざくような悲鳴を上げていた。
今は隅に転がって、ぴくりとも動かない。
残された四人は、魔物の命令に従って奉仕するしかなかった。
「おい、お前……気合が足りないなあ。言ったはずだぞ、一番下手な奴は喰う、と」
左端、最年少で気弱な騎士は人喰鬼に睨まれて、さっと青ざめた。
「ご、ごめんなさい!!」
必死で陰茎に舌を這わせる、まだ少女とも言える年齢の彼女。
「仕方ない、許してやるか……全部飲み干せたら、な」
人喰鬼は彼女の頭を掴んで引き寄せる。口に亀頭を密着させ、尋常ではない量の精を放った。
「ぐぼっ!?」
突然大量のザーメンを流し込まれ、彼女の身体は大きく震える。
ぐるんと白目を向いて、ばたりと倒れこんでしまった。口からは精液が止めどなく流れだす。
「残念だ。それじゃ」
「ま、待ってくれ!」
親衛隊の一人、一番先輩の赤毛の女騎士が人喰鬼の手を止めた。
「『待ってくれ』?」
「ま、待って……下さい……どうか、そいつをお許し下さい……お願いします……」
悔しさに身を震わせながらも、土下座の姿勢で嘆願する。
「お、お願いします!」
他の騎士達も、それに習って彼女の命乞いを始めた。
「なんて仲間思いな騎士達だ。仕方ない、許してやろう……
その代わり、お前ら全員でザーメンを飲み干すんだ。ほら急げ」
慌てて彼女等は、あちらこちらに飛び散った白濁液を拾い集めるように舌を這わせた。
床に、気絶した少女の口に、人喰鬼の亀頭に。
「ほらほら、まだ出るぞ!」
そう言って二回目の射精を、今度は四つん這いになって床を舐める騎士の身体にぶち撒けた。
「ひあっ!!」
「そら、新鮮な俺様の精液だぞ。早く舐めるんだ」
白く染まった女騎士の身体を、残る二人が舐めまわしにかかった。
もはや、躊躇している場合ではない。
「ああっ、そ、そこは……!!」
仲間に身体を啜られ、身をよじらせて悶える女騎士。
そんな光景を眺めて、人喰鬼は心底楽しそうに嗤うのだった。
槍。
納屋の壁をぶち抜いて、それは突然侵入……いや、乱入してきた。
大きく空けられた穴からは光が漏れ、一人のシルエットが浮かび上がる。
「邪魔をする」
便所と化していたそこに現れたのは、鎧も着込んでいない、しかし巨大な馬上槍を右に構えた男。
「む……無茶しますね……!!」
それと、その脇に小さな妖精。
「何だ、お前等……どうやってここに……!?」
「この村で宿を取るつもりだったが、あまりに臭くてな……魔物のいる所でなぞ、寝られん」
人喰鬼の質問に、グロウは答えない。
グロウは堀に槍を突き刺し、器用に腕の力でよじ登ってきたのだ。高い塀も、同じ要領で登る。
高台の見張りが見るのは、入り口と出口、その付近の林道のみ。
まさか、横から敵がやってくるなど予想だにしていなかった。
マイエの住人たちが、そうであったように。
「かかれぇッ!!」
人喰鬼の怒声で、ティエラを輪姦していた豚鬼が一斉にグロウに殺到してきた。
「ティティ。折角だから腕慣らしをしておいたらどうだ」
「えっ、こ、このタイミングで私にふるんですか!? 自分で喧嘩売っといて!?!?」
全く動じる様子もなく、グロウはティティの方を向く。まるで、戦闘が始まっている事など知らないかのように。
迫り来る豚鬼とグロウを交互に見て、ティティは仕方なしに魔力を練り始めた。
「グロウ様自由すぎやしません!? ええい……『空間振動』《ショックウェイブ》ッ!」
練る、と言っても即席魔法(インスタント・マジック)のそれは、詠唱も集中も必要としない。
ただ魔力を不可視の圧力として放出する。それだけの魔法だ。
全盛ならいざ知らず、大幅に弱体化したティティのそれは豚鬼達に有効打を与えるには至らなかった。ただ、突進を押し返して軽く吹っ飛ばすだけ。
それで十分だった。
「『控えよ』《エリミネイト》」
豚肉が焼ける匂いが、納屋を満たした。
「……!」
人喰鬼の形相が険しくなる。
「貴様……ただの妖精ではないな」
ふふん、とティティは得意気に笑う。
空間振動《ショックウェイブ》は時間稼ぎと同時に、魔力のマーキング……照準の効果も果たす。
そして、妖精姫の十八番、排除の呪文《エリミネイト》。魔力に耐性を持たないものを一瞬で焼き尽くす、王族のみ使うことができる禁術の一。
約十秒の詠唱に加えてロックは五体。
今のティティにはそれが限界。そして、豚鬼にとってそれは十分過ぎる脅威だった。
「どうです、グロウ様! 今の私すごいカッコ良かったでしょ……うぉい、見てないよこの人!? ……って」
グロウはティティに背を預け、外を向いていた。
彼の視線の先には、納屋の中より遥かに多くの豚鬼の姿があった。
もっともそれらは……既に屍ではあったが。
「ご苦労、ティティ。さて、そろそろ動いて貰おうか」
そう言って目線を向ける。人喰鬼が、ようやく重い腰を上げた所だった。
「全く、使えない奴らだ……しかし面白い。騎士団の連中が手も足も出なかった魔族を、たった二人で壊滅させようってか」
ここで注釈を入れておくと、騎士団は決して弱かったわけではない。
ロクな情報も無しに派遣され、村付近の林道には多数のトラップ、細い入り口には弓兵、ようやく村に入れば散々弄ばれた死体の山……。
騎士として退けないと言うプライドと、大人数である優越感。それらを逆手に取られた事もあっての敗北である。
平地で戦えば、結果は変わったかもしれない。
もっとも。
「お前の肉はまずそうだが、妖精はツマミにゃなりそうだ」
魔族の軍勢を率いる、大型の人喰鬼を倒すことができたら……の話だが。
「下半身丸出しの奴が何を言っても格好はつかん」
「楽しんでいる所を土足で入ってきたのはそっちだぜ、槍使い。折角騎士様達もその気になってたって言うのによ」
言われてグロウ達は彼女等の方を眺める。
裸になり魔物の精液に塗れた彼女達は、グロウに助けを求めるような視線を投げていた。
(……無様だ。騎士の誇りもあったもんではないな)
「表でやろうか。俺がここで暴れまわったら、この家畜共もただじゃあ済まねぇ。それじゃ困るだろ?」
(困らないな)
「困らないですね」
困らなかった。
と言うか正直な話、二人にとっては騎士達の事などどうでも良かった。
二人は人間の味方ではない。ただ、道の先に邪魔者がいただけだ。
(……まあ、いい)
グロウは人喰鬼に背を向けて、すたすたと外に歩き出した。
一応、ティティはそれを守るように視界に捉えながら後退する。
「……舐められたものだな」
人喰鬼は立てかけてあった自慢の斧……とても人間には扱えないような大斧を片手に、その後に続いた。
外。
村人と、騎士と、魔物の死体がそこらに転がる地獄のような風景。
その中に約五メートルの距離を以って対峙する、大斧の魔族と大槍の人間。
敗者が、この地獄の一部となる。
風が死臭を運ぶ。相対する二人は、ただ黙って敵の姿だけを見ていた。
先に動いたのは、人喰鬼の方だった。
明らかなアウトレンジから一歩も動くこと無しに、力任せに大斧を地面に振り下ろす。
すると。
強い衝撃を加えられた地面は爆ぜ、土塊が、そばにあった死体が、衝撃そのものが。
前方のグロウへと襲い来る。
「グロウ様!」
遠巻きに見ていたティティが叫ぶ。
立ち上った土煙が薄れて消えると、その中にグロウはいなかった。
「!」
人喰鬼が、斧を左に薙ぐ。
きぃん、と音がして、投擲槍が弾かれ宙を舞った。
ティティから見て反対側から槍を投げたのは、傷一つないグロウその人だった。
「良かった、無事だった……あれ?」
彼の一番の得物。馬上槍はその手には無く、グロウのそばに立っていた。
何故かは知らないが、穂先を天に向けて、柄は深々と地面に突き刺さっている。
彼の左手には三又槍(トライデント)と方天槍(ハルバード)。二対一組のそれは合体し、両刃の薙刀のような形になっていた。
右手には、投擲槍。先程豚鬼を刺し殺した物とは微妙に違うデザインだ。わかりやすい所で言えば、尻の部分からワイヤーが伸びている。
「???」
ティティには状況がよくわからない。
わからないながらも、今は下手に手出しをするのは返って邪魔だと判断し、見に徹する。
右手の投擲槍から伸びたワイヤーは、どうやら弾かれた投擲槍へと繋がっているらしい。
そのワイヤーは今まさに、人喰鬼の斧に絡まった所だった。
「おい、槍使い……貴様まさか、俺と力比べをするつもりか?」
「……」
得物を絡めとられて尚、人喰鬼は余裕を崩すことはなかった。
当然だ。身長は1,5倍程、体重は恐らく何倍も違う。
まともに綱引きをやって、普通の人間が勝てる道理はどこにも無かった。
力の差は歴然だった。
根を張ったように重心を下げ、ぐい、と力を入れて引っ張るだけで。
あっけなく、宙を舞う。
「馬鹿……な……!?」
――人喰鬼、が。
そして落ちる先にあるのは……聳え立つ、七本槍が一番。
馬上槍(ランス)の、『マイア』。
重力に引かれ。
グロウの膂力に引かれ。
人喰鬼の腹を、背を。
馬上槍が、一撃に貫いた。
「ぐ、ぎゃあああああああああああああああああ!!」
人喰鬼が、吠える。
グロウは投擲槍を手放し、三又槍と方天槍を分離して両手に持った。
淡々とした態度で、未だ手足をバタつかせて苦しみ、動く毎にズブズブと沈む人喰鬼の頭へと歩み寄る。
「き……貴様、何者……だ……」
「畜生に名乗る名はない」
鋏の様に交差した二本の槍が、ゆっくりと首元へと迫る。
そして。
しぱん、と言う軽い音と共に、頭が空を飛んだ。
くるくるとゆるやかに回転し……見事に馬上槍の先に収まった。
「っ…………………!?」
目の前の光景が、ティティには信じられなかった。
圧倒的。
ここまで完全に、人間が上級の人喰鬼に勝ってしまうものなのか。
「…………グロウ様って、人間なんですか?」
「妖精に見えるか?」
変な事を言う奴だ、とグロウは槍と死骸を片付け始めた。
「…………化け物に見えたんですよ」
ドン引きですわー、と呟くその言葉とは裏腹に、ティティの表情はどこか嬉しそうだった。