「……さて」
「さーてさてさて」
頭を失った魔族の群れは撤退。マイエの村に残ったのは、死体の山と、僅かな生き残り……
とは言っても、魔族は食料の『保存』のため、それなりに軍が持つ程度には生かされてあった。
騎士は2,3割。村人は半数弱程は生かして閉じ込められていたのだ。
無事と呼べるかは別として、だが。
死体を放っておけば伝染病も流行るだろう。マイエの住人に、嘆いている暇など無かった。
「……どうします? せっかく助かった所で気の毒なんですけど、全員ぶっ殺しちゃいましょうか? 中途半端に残っても逆に悲惨だし。
一応ここ拠点だし、潰しておけば後で楽かもしれませんよ。今ならおまけに騎士団も一つ消せます」
「いや、いい。今最優先するのは妖精の集落へ向かう事だ。一人でも逃して賞金首にでもなったら面倒な事になる。
どうせマイエがすぐに復興するのは無理だ。諦めて放置されるより、中途半端に残した方が国力は削がれるだろう。
それに、あの情けない騎士共にも借りを作っておけば後々役に立ってくれるかもしれない。簡単に王宮に上がり込めるかもな」
「お、いいですねそれ! じゃ、たかれるだけたかっちゃいましょうか! 英雄ですもんね、私達!」
魔族が逃げ出すや否や、救出活動など知らぬとばかりに宿に上がり込み勝手に部屋で休みながら外を眺める、グロウとティティ。
会話の内容はともかく、魔族から村を救ったのは紛れもない事実。無銭宿泊如きで咎められる言われは無いだろう。
窓の外では、生き残った騎士達が死体を移動し、壊れた家屋を片付けているのが見える。
「魔族に輪姦されて放心状態の所を助けて、目に光が戻った所を突然殴りつけてセカンドレイプ! 絶望女騎士!
……とか、面白そうだったんですけどねー」
「……趣味が悪いな」
「やだなぁ、グロウ様にゃ負けますよ」
「…………」
からからと笑うティティと、呆れながらもどこか楽しそうなグロウ。
悪巧みと言うのは、盛り上がる共犯者がいるからこそ面白いのだ。
と、そこにドアを誰かがノックした。
「失礼。先程の槍使い殿はこちらにおられますか」
「ああ。誰だ?」
「アークザイン第三騎士団長のティエラ=バニエットと申します」
無言で目配せする、二人。
「……入れ」
「失礼します」
所々に傷のあり、使い込まれながらも輝きを失っていない板金鎧(プレートメイル)。
露出してるのは、首から上……長い銀髪を結った、凛々しい顔付きの、しかしまだ若い女騎士。
一見すればカリスマ性溢れる美人騎士だが、グロウとティティは既に彼女の痴態を目撃していたために、そのようには思えなかった。
魔物の精液で膨らんだ腹はすっかり元通りだな、と言うのが率直な感想である。
後ろには、彼女の親衛隊が控えているのが見える。似たような鎧を着た、五人の女騎士達だった。
……五人? 確か、あの時いたのは……
ティティは自分の記憶との食い違いに疑問を覚える。
「先程は危ない所を助けて頂き、真にありがとうございました」
直角近く頭を下げるティエラ。それに対しティティは皮肉を飛ばした。
「いやいや、こっちももっとタイミング見て助けるべきでしたね。折角お楽しみの最中だった所を邪魔しちゃって」
「きさっ……」
赤毛の親衛隊員が文句を言いかけるが、他の隊員が口を塞いで止める。
「ティティ」
「おっと失礼」
グロウは申し訳程度に諌め、ティティは尚も微笑んだままだった。
「いえ、いいのです。一重に私の未熟さが招いた失態。どう言われようとも受け止める次第です」
「村人が人質に取られなければ、人喰鬼などにティエラ様が遅れを取ったりなど……」
こちらに聞こえるような声で呟く、親衛隊の一人。一番若い騎士だった。
どうだか、とティティは鼻を鳴らす。
(……実力云々より、人質を取られておとなしく捕まる方が問題だろう)
グロウはドライな意見を心の内で呟いた。
部隊を率いる長として、その判断は最悪だ。自分はおろか、従う部下まで売り渡すような真似など許されるはずもない。
尤も、彼女に心酔している騎士団員にとっては、そんな優しさと高貴さが魅力……らしいが。
「アンナ、もしもの話をしても仕方ありません。それより槍使い殿」
「グロウだ」
「……本名名乗っちゃっていいんですか?」
ティティが肘で小突きながら小声で尋ねる。
「構わん。わざわざ考えるのも面倒だ」
「失礼しました、グロウ殿。どこかお怪我などはなさってませんでしょうか」
「いや」
グロウは先程の戦闘において、全くの無傷だった。
騎士団達が納屋の中にいる間に戦闘は終わり、その戦いの一部始終は彼女等は遠巻きにしか見ていなかったのだ。
「……そうですか。素晴らしき辣腕、感服致します。お怪我なさっていたら治療させていただこうと思いましたが、杞憂だったようですね。
妖精……さんは?」
一瞬敬称を付けるのに躊躇ったような空白に、ティティは舌打ちしてぶっきらぼうに答える。
「私も全っ然大丈夫です。身体に傷一つありません。綺麗な身体ですよ、誰かさん達と違って」
騎士団員達が歯軋りするのを見て、ティティは鼻で嘲笑った。
「……返す言葉もございません」
業を煮やしたのか、制止を振りきって赤毛の隊員が部屋に入って来た。
「おい、貴様! 妖精の分際で無礼だぞ!」
「お、何です? 助けて貰っておいてその口の聞きようは。喧嘩なら買いますよ?」
「私達が感謝しているのはグロウ殿に対してだ! 我らはともかく、ティエラ様を侮辱するなら許さぬぞ!」
「ハッ、魔族に犯されて悦んでた女騎士様が何ですって? 斧にやられる前にチンポにやられてちゃ世話ないっすわ」
「い、言わせておけば……ティエラ様は王より魔法の力を授かった高貴なる騎士! 一対一なら、敗北は――」
瞬間、ティティの眼の色が変わる。
ティティは半ば無意識に、しかししっかりした殺意を秘めた口上を奔らせる。
グロウにしか聞こえないような小声で。
妖精姫の最速を以て、詠唱を――
「ティティ、いい加減にしろ」
止められる。
今度のグロウの口調は、本気だった。
「ミレーヌ、黙りなさい」
ほとんど同時に、ティエラも部下を睨みつけた。
ミレーヌと呼ばれた騎士は、その眼光に一歩後ずさった。
「……ごめんなさい」
「……失礼致しました」
「…………やれやれ」
グロウが溜息を吐く。
「すまないが、用が無ければ帰ってくれ。今日は虫の居所が悪いらしい」
「いえ……こちらこそ度々の無礼をお許し下さい。アークザインにお越しの際は是非声をお掛け下さい、改めてお礼をさせて頂きます。それでは」
一礼して、ティエラは退出していった。
部屋に、小さな打撃音が響いた。
壁を殴った音。それは人間からするとちっぽけなものだった。だが、彼女の手は砕けそうな程に固く握られていて。
擦り剥けた手の甲からは血が滲み、壁を少しだけ汚した。
グロウは無言で、ティティの顔を見る。
彼女の表情は、今までに見たことのないそれだった。
その泣き顔は、自分に見せたものとは全然違っていた。
無念の涙。怒りの涙。恨みの涙。
荒い呼吸と同時に、彼女の頬を熱い雫が滴り落ちる。
「そりゃあ、てめぇの力じゃねぇだろうッ……!!!!」
それは人間の都合で殺された妖精の、嘆きの涙だった。