Neetel Inside ニートノベル
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 「ここが、私の部屋……」
 案内された部屋の電気を付ける。
 ベッドの華柄といい、キャラクターものの学習用デスクといい、元の部屋主が女の子である事を伺わせる部屋だった。
 クローゼットを開けると、嗅いだことのない、それでいてどこか懐かしいような香りを漂わせ、色彩豊かな服飾が整列されていた。
 「このお屋敷、ご主人様が誰かから買ったのかな」
 屋敷にいるのはマルカを含めて三人。
 用がある時以外、満月は常にハルと共に過ごすようにしている(させている)ので、部屋は有り余っていた。
 三人……マルカが来るまでは二人。いくらお金を持っているとは言え、流石に人数に対して広すぎる。
 そしてこの、掃除が行き届いているが生活感がある部屋。新築ではない事は明らかだ。
 16畳の、豪華絢爛とはとても呼べないが、可愛らしくおしゃれな部屋。
 「……広いな」
 マルカにとっては、きらびやかな自室だった。
 そもそもマルカは自分の部屋を持ったことが無かった。
 両親の元にいた時も売春宿に売られた後も、雑魚寝の日々。
 プライバシーなんて概念は存在しなかったし、ゆったりと寝られる環境も存在しなかった。
 「マルカ」
 「は、はい」
 ベッドの柔らかさに衝撃を受けていた所、満月に呼ばれて振り返る。
 「お腹が空いているでしょう。夕飯です」
 焼けた肉の臭いが漂ってきて、ようやくマルカは空腹を思い出した。
 サービスワゴンに乗っていたのは、満月手作りの合挽ハンバーグ。
 フライドポテトに、コンソメスープ。それと、ボウル一杯の生野菜に白米。
 「まともなもん食ってない感じだったからな。とにかく野菜をたらふく食え。肉も食え。飯も食え。
 んなガリガリの身体じゃ狼さん達には相手にしてもらえないぜ」
 さっき勃起した事など棚において、ハルはにぃと笑う。
 「ご主人様の言うとおりです。いきなりものを食べ過ぎるとお腹を悪くしますが、よく噛んでなるべくたくさん食べなさい」
 「で、でも私、食事の作法が……」
 ナイフとフォークを出されても、食べ物を突き刺してそのまま口に入れる事くらいしかできない。
 申し訳無さそうに言うマルカにハルが呆れた口調で言った。
 「いーんだよ作法なんか。そんなん全部満月に任せろ。腹減ってんだろ、食いたいように食え。ガキがんなこまけー事気にすんな」
 「これからゆっくり覚えましょう。今日は私が食べさせてあげます」
 満月は丁寧に、マルカから見れば優雅に、ハルから見れば仰々しく、ハンバーグに切れ目を入れていく。
 「ありがとうございます、満月さん……いただきます!」
 「よく出来ました。はい、あーん」
 あーんと口を開けるマルカの口に、肉汁滴るハンバーグをそっと入れた。
 もぐもぐ、と言われた通りよく咀嚼し。
 ごっくん、と飲み込んで。
 ぱぁ、とマルカの顔は明るくなった。
 「こ、これ……すっごいおいしいですっ!」
 
 「ハァァァラショォォォゥ!!!」
 とびっきりの笑顔を見せられたハルは何者かに殴られたかのように後方に吹っ飛んでいき、派手に表舞台から退出した。
 「ご主人様!?……満月さん!?」
 見れば満月も、表情こそ変わりないものの、唇を噛み締めて必死に何かに耐えるようにプルプルと震えている。
 「中々やってくれますね、マルカ……私とご主人様を同時に殺しにかかるとは……」 
 「してません! してませんよ!?」
 戻ってきたハルは廊下をどれほど転げたのか、髪に服にと埃が付着していた。
 「満月……お前のガードが無かったら今ので俺は殺られてたな……まーた助けられちまった……」
 「お止め下さいご主人様……全て受け止めきれなかったのは私の失態です」
 「してませんってば!! いつガードしてたんですか!?」
 冗談とも本気ともつかない二人の会話に慌てるマルカ。
 「馬鹿な事をやってる場合じゃない、マルカはまだ腹を空かしている……ボテ腹になるまで突っ込め、満月……!!」
 「直ちにッ……!」
 二人のリアクションで食事に集中できない、とマルカは言い出すことが出来なかった。
 それでも尚、満月の料理は温かく、優しく、芳しく、美味い。
 一口食べるごとに、マルカは幸せを噛みしめる。
 美味しい食事そのものもあるが、自分がご飯を食べる事をこんなに喜ぶ人がいると言う事に、マルカは深い幸福感を得ていた。
 沢山あった料理は全て、気がつけばマルカの腹に収まっていた。
 「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」
 と、マルカが両手を合わせる。二人はと言えば、

 「貧乏薄幸奴隷美少女にたらふく美味い飯を食べさせて笑顔を眺める……。これ以上の幸せは、どこにもない……! ここだ! ここだったんだよ!! 俺はここにいたんだ!!! ずっと前から!!!」
 「私の役目はご主人様に仕える事私の存在意義はご主人様を満足させる事私の全てはご主人様のためだけに存在し他の如何なるものにも惑わされてはならない私は機械私は機械私は」
 壊れていた。




 「いやーしかし、とんでもねーもん拾っちまったな。兵器だありゃ」
 「ご主人様の慧眼に感服するのみです」
 闇の中。同じベッドの上で、主人とメイドが全裸で寝ていた。
 セックスもせずにお互い裸になっているのは、もはや習慣であった。
 今度こそ本当にペニスは勃たないだろう。自分の体力を考えるに、明日は久々のセックスレスになりそうだ。
 「流石に出しすぎた。悪いが明日はちんこ立たないから我慢してくれ」
 「承知致しました」
 好きな時に好きなように犯す。ハルが愉しんでいるのは当然ながら、それを求めているのは満月も同じだった。
 そもそも今の冷淡で従順な態度になった事さえ、ハルの指示ではない。
 彼女がハルの手足となるために自らを『改造』した結果であった。
 満月は、ハルを愛するあまりに、ハルを愛する恋人となるよりも、主人の命令で動く機械になる選択をした。
 「満月」
 「何でしょう」
 「マルカが仕事できるようになったら、それやめてもいいぞ」
 冗談では出てくる「結婚しよう」の言葉は、言えなかった。命令になってしまうのだ。
 「お気遣い感謝いたします。ですが、これは好きでやっているので」
 嘘と言えば嘘だし、本当と言えば本当だった。
 有能なメイドと言う仮面。半ば洗脳染みたそれを被らないと、ハルを支える事はできない。
 満月は、そう考えていた。
 「そっか。……ありがとな」
 「いえ」
 ごめんな、の言葉が出てこないのは彼女のため。
 そう心の中で言い訳する自分が、ハルは嫌いだった。

 そんな事を考えていると、小さくノックの音が響く。
 「ご主人様……」
 「マルカか? どうした」
 扉が開き、少女の影が映る。
 「……! し、失礼致しました!」
 廊下から差し込む僅かな光で見えたのは、裸で寄り添うハルと満月。
 情事の最中だと勘違いしたマルカは慌ててドアを閉めかけ、ハルに止められる。
 「いらん気を遣うな。幽霊でも出たのか?」
 「ゆ、幽霊?」
 マルカの顔が青く染まる。
 「そうだ幽霊だ。実はこの屋敷は、一家心中の末に空き家になった所を俺に買い取られたんだ」
 「そ……そうだったんですか!?」
 「嘘だ」
 「や、やめて下さいよぉ……」
 「ま、そんな所にいないでこっち来いよ。どうした?」
 「はい……」
 マルカはすっかり泣きそうな顔で歩み寄って来た。
 二人とは違い、ちゃんとパジャマを着ている。
 「広い部屋に一人で寝るのは初めてで……落ち着かないんです」
 「寂しん坊め。じゃ一緒に寝るか」
 「い、いいんですか?」
 「そのつもりで来たんだろ?」
 確かにその通りではあったが、マルカは躊躇する。
 二人の邪魔をしていいのかどうか、と。
 そんなマルカを無視して二人は同衾を薦めた。
 「ほれ、こっち来いと言うに」
 「間に入りなさい、マルカ」
 裸の男女の間に入るのはいかがなものか、と思ったがこのまま帰るわけにもいかない。
 「し、失礼します……」
 マルカは頬を仄かに染めつつ、二人の間に入れてもらった。
 「……あったかい……」
 「俺たちゃ裸がユニホームだからな。暖房消すか?」
 「あ、大丈夫です……」
 「そっか。暑かったら言えよ」
 はい、と返事をし、しばらくの間静寂が続いた。
 再び、マルカが口を開く。
 「……なんか、こうやって一緒に寝てると、私達本当の家族みたいですね」
 えへへ、とマルカが微笑む。
 「言ったろ、もうお前は家族だって」
 「ありがとうございます。とっても嬉しいです。
 ……私、お父さんとお母さんに嫌われてたんです。望まれない子、だったらしくて。
 あまり仲のよくない二人が結婚したのも、私が生まれたせいだってよく言われました。
 お前さえ生まれなければ、って。生まなければよかった、って。
 でも、私はお父さんもお母さんも大好きでした。ずっと一緒にいたかったんです。
 ……二人はそうじゃなかった。ドジでのろまな私は、あそこに預けられました。
 あそこで頑張ってれば、その内迎えに来る。私はそう、信じていました。でも……迎えは、いつまで経っても来ませんでした。
 私は預けられたのではなく、売られた……捨てられたのです」
 マルカの目が、涙に滲む。
 「……」
 「……マルカ……」
 「だから、私、自分を引き取る人がいるって事が信じられませんでした。
 てっきり、あそこより酷い扱いを受けるのかと勘違いしたくらいです。
 でも、ご主人様も、満月さんも、優しくて……
 ……私は、ここにいていいんだって、やっと思えたんです。
 ありがとうございます、ご主人様、満月さん」
 「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 と、突然叫びだしたハルに二人は驚く。
 マルカは勿論のこと、満月までたじろいだ。それほど急だった。
 「俺は……俺はこんないたいけな少女をうまくだまくらかして懐いた所を美味しくいただこうなんて……!!!」
 性欲が底を尽きた今、マルカに持つ感情は庇護欲のみ。
 そこでこんなことを言われては、ハルが自己嫌悪で発狂するのも当然といえば当然だった。
 「だ、大丈夫ですかご主人様!?」
 「ご主人様、落ち着いて下さい! 大丈夫です! いいんです両取りしても! マルカに欲情するのは至極当然です! むしろ欲情しない方が異常です!!」
 本人は冷静に宥めているつもりだが、傍から見た満月はどう見ても狼狽えていた。
 「俺はあああああああああ!!!!」
 「マルカ、貴方からも言ってあげて下さい!! ご主人様が死んでしまいます!!!」
 「えっ!? あっ、はい! えっと、ご主人様! マルカは大丈夫です! ご主人様も満月さんも優しいので、エッチな事も全然嫌じゃないですから!!」
 「ほ……本当か……?」
 「はい。むしろ少しでも恩返しになるのなら、私は嬉しいです」
 その言葉に、ハルは涙をぼろぼろと流し始めた。
 「天使だ……」
 満月も涙腺が緩くなるのをどうにか堪えながら、マルカを抱きしめていた。
 「俺マルカのメイドになるわ……何でも命令なさって下さいご主人様……」
 「では私はマルカのメイドのメイドと言うことになりますね……なんなりとご命令を、ご主人様……」
 「な、何言ってるんですか二人とも……寝ましょうよ……」
 「はい」
 「はい」
 夜は更けていく。
 こんな気持ちで朝を待つのは、マルカにとって初めての経験だった。

       

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