「俺はてっきりすぐにでも魔王の首取ってこいとか言われるのかと思ったらさ、各国への挨拶回りが先だとよ。笑えるよな。
まあ、それぞれの戦に参加したり軍隊に指南して、実力を見せつけて牽制するって意図らしいんだけどさ。
それほど俺の事を切り札として見てるんだろうな、皇国は。おかげでこちとら歩きづめで大変だぜ。馬車くらい用意しろって話だよな。
……で、お前は何やってるんだ、こんなとこで」
「……ただの修行だ。お前を殺すためのな」
「おお、怖い怖い」
三又槍と方天槍による刺突。
薙ぎ払い。石突。袈裟斬り。時間差の逆袈裟。
合体させて間合いを取り、敵の射程外からの五連突。頭上からの唐竹割り。
踏み込むと同時に再分離、左右からの挟撃。をフェイントにしての、騎乗槍から落とした投擲槍を蹴りあげての不意打ち。
有無を言わさぬ……はずのグロウの猛撃。だが、アルベリヒは喋りながら全て細剣一本でいなす。
「『エレクトラ』に『タユゲテー』か。何本目だっけ? 二十本くらいか?」
「……エレクトラは二十三本目、タユゲテーは二十八本だ」
「あ、そうだっけ? 悪い悪い」
二人の表情は対照的だった。余裕の笑みを浮かべるアルベリヒと、静かながらも殺意を秘めた睨みを飛ばすグロウ。
「久しぶりに会ったんだぜ。もっと楽しくお話しようや。笑顔笑顔」
「お前の腹を貫いたらそうさせてもらおう」
「全く、相変わらず暗い奴だな」
渾身の力で騎乗槍を打ち込むと同時にワイヤーを引き、前後から攻撃を仕掛ける。
「おっと」
も、すんでの所で宙返りして回避。間合いを取って着地する、アルベリヒ。
「『マイア』に……えっと、ワイヤーは『アルキュオネ』か『ケライノー』のどっちかだな。覚えちまったよ、ぶっ壊してくうちにな」
「マイアとアルキュオネだ。マイアはこいつで十四本目、アルキュオネは三十一本目……」
「ハッ……ったく、いちいち数えんなってんな事。忘れろよ」
遠巻きに眺めていたアルベリヒの仲間達は、そこでようやく我に帰り、彼等に駆け寄ろうとした。
「何だお前、いきなり……」
「大丈夫、アルベリヒ!?」
こちらに来ようとする女戦士と女魔術師。アルベリヒは片手で制する。
「あー、大丈夫大丈夫。こいつ知り合いだから。会ったらこうやって遊ぶのが決まりなんだよ」
そう言ってあははと笑うアルベリヒ。相手の表情はそう言ってはいないが、本人に言われたら仕方がない。
渋々その様子を見守る事に決める、二人。
最後の一人は、ずっとそこから動かずに固唾を飲んで、よく知っている二人の剣戟を見つめていた。
「グロウ……!」
「……」
気付いていた。が、グロウは彼女に視線を投げたりはしなかった。
かつての恋人、ユミルナ。彼女は仲間達の傷を癒やす聖職者として、アルベリヒの度に同行していた。
「呼んでるぜ?」
「……お前を殺したら、次は奴だ」
その発言に、アルベリヒは顔をしかめる。
「おいおい冗談だろ。流石にちょっとこじらせすぎだぜお前。怒るのはまあわかるが、んな熱くなんなって」
「お前等が死んだら、熱も冷める」
グロウは言うやいなや頭上に次々と投擲槍を放る。
《アルキュオネ》と《ケライノー》、二本のワイヤーは既に外されていた。
「……来たな」
アルベリヒはにぃと口端を吊り上げた。
彼の武器は細剣が一本。
頼りなく見える武装だが、彼にとってそれが一番使いやすく、速く、強いスタイルだった。
グロウの騎乗槍、巨大な『マイア』を相手にしても、それは揺るがない。
質量が段違いの『マイア』。重さだけではなく速さも一線を画するグロウの連突を、アルベリヒは細剣の狭い面で受ける。
一瞬の内に、十数合の剣戟。
幾度と無く得物がぶつかり合い、火花を散らす。
『マイア』の陰にできた死角から迫る、方天槍『エレクトラ』。
アルベリヒは踊るように二本の槍を躱す。右へ。
「危な――」
女戦士が叫ぶより速く、アルベリヒは頭上を払っていた。
きぃん、と音がして投擲槍が再び宙を舞う。
すかさずグロウは『マイア』を横に向け、ラリアットの形でアルベリヒを襲う。
しゃがんで避ける。そして迫り来る投擲槍の落下を、転がって回避した。
一本、二本、三本。
アルベリヒが立ち上がると同時に、先程弾いた四本目が地面に突き立つ。
「やれやれ……鎧が汚れちまったじゃねぇか」
余裕を持って土を払うアルベリヒに、グロウは歯軋りした。
「な、なんだよ、あの槍野郎は……!!」
「アルベリヒって、あんなに強かったの……!?」
既に人間の動きからかけ離れていた二人の『遊び』を、勇者の仲間達は呆然と眺めるしかなかった。
アルベリヒは、彼女達と旅する間は格段に手を抜いていた。
理由は主に二つ。
彼女等と自分の力量の差が激しすぎるので、少しでも彼女等を育てようと思ったのが一つ。
もう一つは単純に、力を抜いても勝てる相手としか出会わなかったからだ。
彼等の攻防は、かつて何度か立ち合いを見ていたユミルナにすら動揺をさせた。
彼女にはわかった。
少なくとも、グロウは……アルベリヒを、本気で殺すつもりだと。
「グロウ様ー……いた! って、あれは……!?」
そこでようやく、置いてけぼりを食らったティティが追いついた。
いつもと雰囲気が違う。今まで見たことのない憤怒の表情をしているのを見て、ティティが察しをつける。
「あいつが……?」
目が合う。美青年だ。道を歩くだけで、女はおろか男すら振り向くような麗しい戦士だ。
が、奴は敵。
主人の、恋人の、共犯者の、憎むべき相手にして、人類の希望でもある勇者。
ティティは魔法の詠唱を始める。
詠唱時間は実に三十秒。
今現在ティティが行使できる、最速にして最鋭の弓矢……狙撃用の、暗殺魔法だった。
目の前で戦う二人にとって、三十秒は長い時間である。
グロウとアルベリヒは三十秒あれば大抵の相手とは決着がつく。
数秒とかからずに伏せられる相手の方が、世界には多いくらいだ。
だが二人は拮抗していた。
これまで幾度と無く模擬戦を繰り返した二人の、初めての殺し合いだった。
二人の会話内容は、絶えず続く金属音で他人には聞こえない。
「……お前はさ、頭はいいけど馬鹿なんだよな。模擬戦……はまあいいにしても、試練の時だって、あの夜ユミルナを抱いた時だって。お前は俺に譲ろうとはしなかった。
普通、明らかに期待を寄せられてる貴族の嫡男に渡すもんだろ。名誉とか、戦果とか、そう言うのはさ。
お前が俺を立ててさえいれば、孤児の身でも出世できた。少なくとも、俺が推薦してやったよ。英雄として尊敬を受ける未来だってあったんだ。
それを、お前はフイにした」
「……」
アルベリヒとは、競い合う仲間だと思っていた。親友だと信じていた。
だからグロウは譲らなかった。共に高め合い、二人で英雄となる未来を夢見ていた。
二人の認識は、見事にずれていたのだ。
「いっつもそうだった。お前は身分をわきまえずに強くなり、ユミルナの心を奪い、成績すら俺を上回った。
何をやっても、俺より少しだけ上を行っていたんだ。模擬戦の成績、覚えてるか?」
アルベリヒが、少しづつ攻勢に転じる。
速度は、グロウより上だ。間合いと質量で勝る『マイア』で、どうにか瞬撃の波を受け流す。
「……さあな。百二十回ほどやって……俺の、七十勝くらいだったか」
「百二十五戦だよ! てめぇの七十一勝! 俺の五十四勝だッ!!」
少しだけ余裕を崩した叫びと共に、アルベリヒの一閃が『マイア』の先端を僅かに斬り落とした。その直後。
「――『珠玉の魔弾』《ショットブレイク》」
一筋の閃光。
音速を遥かに超えた濃橙色の矢が、最短距離を最速で疾走り、アルベリヒの脳天を貫く――はずだった。
完全に、直感だった。
アルベリヒは背筋のざわつきを信じ、身を反らしてそれを間一髪で回避した。
「嘘っ!?」
魔力の上乗せに上乗せを重ねた、全盛期と肉薄する速度の一撃。
照準さえ正確なら、人間どころか魔族にだって避けられる者など一握りの一握りだ。
「ティティッ!!!」
グロウの怒号が飛ぶ。
「は、はい……!」
「邪魔を、するな」
次は殺す。
そう、目が言っていた。
仲間に向ける、表情ではなかった。
「…………っぶ、ねー……! なんだあの妖精? お前の連れか?」
「……そんなところだ」
「そんじょそこらの魔物よりよっぽど恐ろしいぜ……しかしアレだな、落ちこぼれの人間と下等生物のコンビか。お似合いじゃねぇか」
……確かにお似合いだ。
そう思ったが、グロウは口にはしなかった。アルベリヒに同意したくなかったからだ。
「ま、魔法なら俺にだって使えるぜ。なんせ俺は、勇者だからな」
そう言ってアルベリヒはゆっくりグロウから距離を取る。
近くに突き刺さっていた投擲槍……『ケライノー』に、細剣を向けて呟いた。
「『消えろ』《デリート》」
命令された投擲槍が、一瞬の内に雲散霧消した。
「…………!?」
ティティはそれに違和感を覚えた。
(そんな魔法は知らない。自分で作った……? あり得る。が、今のは……魔力が出てなかったように見えたけど……)
「……何が魔法だ」
グロウは吐き捨てるように言う。
「ま、お前以外はみんな魔法と信じてるよ。見えないもんな」
「無尽剣、か……」
「昔はそうだったが、今は違うね。無塵剣、だ。塵一つ残さない」
そう、それは技術(わざ)だった。
細剣で何回も斬りつけて削り消すと言う、至って単純な魔技(わざ)。
訓練生時代から、アルベリヒが魔法を使えると言う話は有名だった。
それが嘘であると知っているのは……
「俺とお前と、マークスの先公と、……ワダツミくらいか」
それが見えたのは、極少数の者のみ。
だが、その技は昔のアルベリヒとは段違いだった。
以前なら削るように先端から徐々に消えていったそれは、音もなく、正に魔法で消失したかのように失せた。
「思い出すなぁグロウ。戦う度に武器ぶっ壊して二人して叱られたっけ。何度も何度も注意されて、ようやくお前は聖合金(ミスリル)製の『マイア』を支給されたんだよな。一人だけずりーぜ」
「……壊したのはお前だ」
「ま、今は俺もいいもん貰ったからな。見ろよこいつ、聖白銀(オリハルコン)だぜ」
そう言ってこれ見よがしに見せつける、細剣。
柄には赤の宝石が埋め込まれ、芸術品のような彫刻が施された美しいレイピアだった。
「馬鹿みたいに頑丈で、阿呆みたいに斬れる。しなれと念じたら竹のようにしなるし、逆にお前の槍を受け止める事も容易い。
なにせ聖剣だからな。勇者に送られた聖剣『カーラ・ネミ』……俺にピッタリの最高の武器だ。やっぱり勇者は俺がなるべきだったってことだな。
そして、魔法も普通に使える。なんせ俺は――勇者だからな」
そう言って、アルベリヒは左手をそっちへ向ける。
「『来いよ』《マグネティックフォース》」
向けられたのは、ティティ。引っ張られるように、アルベリヒの方へ向かってゆく。
「えっ、ちょ……マジで……!?」
万全ではない事に加え、渾身の一撃を回避されて魔力の抵抗力も落ちていた。
「俺は追いかけるのが嫌いでね。向こうから来てもらうためにこうやって引き寄せるんだ」
「……ッ!!」
右手一本でグロウの槍をいなすアルベリヒ。
そうする内にも、ティティはどんどんアルベリヒに引き寄せられていく。
「嘘、いや、離して……ッ」
「お前のものは俺のもの、ってんで、妖精ちゃんにも俺の名前を刻んでやるか」
「貴……………様ァ!!」
ティティに向けられる細剣。それと、悪意。
射程内に入った、瞬間。
「――!」
一閃。
傍から見れば、それは一撃にしか見えなかった。
しかし、彼女の肌にはアルベリヒの名前が……深々と刻まれていた。
「グロウ、様……」
「無事か、ティティ」
『マイア』の表面に、流麗な文字。
すんでの所で、グロウがティティを庇ったのだ。
「冗談冗談、仲間達が見てる前でそんな事するわけないだろ」
笑って手を振る、アルベリヒ。
「おっと、自分の名前間違えちゃったぜ。恥ずかしいから消ーそうっと」
――ぶわっ。
聖合金(ミスリル)製の『マイア』が。
霧となって、風にさらわれた。
「……!」
「――そんな……!」
アルベリヒは細剣を納刀する。
愕然とするグロウに背を向け、肩越しに笑って言い放った。
「もうお前は俺に勝てない。何故なら俺は勇者だからだ。
今度会ったら書き直してやるから、いいの買っておけよ」
彼は仲間達と合流し、旅を再開した。
ユミルナは憐れみと罪悪感の混じった視線を向けるが、やがてアルベリヒに連れられていく。
槍を失った槍使いと魔力を失った妖精が。
その場に、残された。