Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 「てっきり、こないだの女騎士みたいなのを予想してたのに……見るからにアナルが弱そうなのを……」
 ペラペラになった妖精のか細い呟きは二人の耳には届かない。
 ワダツミは身を乗り出してグロウに迫る。
 「ようやく見つけた……探しておりました、グロウ殿!」
 「探してた……俺を、か?」
 急に近づかれて警戒しながらも、グロウの頭に疑問符が浮かぶ。
 (……何故だ?)
 今や自分は追放された身。
 わざわざ追手を差し向けて殺しにかかるなら、あの時処刑しておけば良かったのだ。
 ……いや、アルベリヒは処刑する程でもないと思っていても、他の有力者はそうは思わなかったかもしれない。
 なにせ、アルベリヒと競うような傑物……いや、彼等からすれば怪物だ。冤罪を着せられた事を恨み、国に仇なすかもしれない……と。実際、そうするつもりである。
 恨むことが無いとしても、他の国に実力を見出され徴用でもされたら後々の戦争において厄介な事になりかねない。
 そうなる前に殺してしまえ。皇国の考えそうな事である。
 「騎乗槍が無いので、すぐにはわかりませんでしたが」
 ワダツミの呟きに、グロウが内心で舌打ちをする。
 そう、今この場には、『マイア』が無い。
 『エレクトラ』『タユゲテー』の二番三番があるだけマシではあるが、刺客――ワダツミほどの手練を相手取るには、流石に手痛いハンデだ。
 実力差はある。が、一番の穴は大きい。
 グロウはワダツミの抜刀に神経を尖らせ、手の動きを凝視しながらも、今しがた自らの手で潰した妖精に命令する。
 「……ティティ、下がってろ。援護は任せる。もう邪魔するななどとは言わん」
 「…………!!」
 妖精が跳ね起きる。
 ソースやらドレッシングやらで汚れた紙エプロン(自作、量産済)を投げ捨てて、空色の着物ドレスがはためく。
 それを纏うは澄み切ったエメラルドの瞳に怨敵を映す、一匹の妖精。
 「……了解致しました」
 私の名はティティ。
 復讐者グロウの下僕にして、妖精国ゼラの第一皇女――

 ――『黄昏の燈姫』。
 ティターニア・ヴェルコット・ゼラ・フェアリーである。
 



 「さあ、無実を証明するために共に国へ帰りましょうぞ!」

 
 「…………ん?」
 「…………はい?」
 臨戦態勢に入った二人に対し、全く敵意を向けずに笑ってガッツポーズする幼い武士。
 「ですから、グロウ殿が着せられた濡れ衣を晴らしに皇国へと戻りましょう。私が見事に弁護してみせます!」
 キラキラと光る眼差しで私にお任せあれ、と無い胸を叩く。
 何言ってんだこいつ、と言うのが正直な二人の感想だった。
 「……とりあえず、敵対するつもりは無いようだな」
 「……折角カッコいい異名まで考えたのに、私の活躍シーンはまたもお預けですか」
 一応の警戒を解く、二人。
 だがしかし、このまま連れられて帰る選択肢など存在しない。
 「……残念だが、俺は国に戻るつもりはない」
 「どうしてですか!? 話は聞きましたが、グロウ殿がそのようなことをなさるはずがありませぬ!
 どうせあの軟弱男が余計な事を仕出かしたのでしょう! とっ捕まえて吐かせてご覧に入れます!!」
 (……当たってる)
 (軟弱男……)
 グロウを信じ、真実を見抜いたワダツミ。
 だが彼女は、賢いわけではない。むしろ、愚かですらあった。
 賢い判断をしたのは……アルベリヒの嘘に見事に騙された、国の連中だ。
 「あの軟弱男とはついこの間この国でバッタリ出会ったのですが、私の顔を見るたび回れ右をして全速力で逃げてしまいました……申し訳御座いませぬ」
 「どんだけ避けられてるんだこの人……」
 ぐぬぬと口惜しそうに報告するワダツミに、ティティは全力で引く。
 あの魔王すら笑って対峙しかねないアルベリヒが顔を見ただけで尻尾を巻いて逃げだすような事とは、どんなことをしたのだろうか。
 (……俺達と遭遇する前に会ってたのか)
 あの後アルベリヒが向かった方向は東だった。しばらくは相見える機会は無いだろう。
 それを幸運と捉えてしまう自分を、グロウは歯がゆく思った。
 「ところでグロウ殿、そちらのかわいらしいお方は……」
 かわいらしい、と言われてティティの顔が少しだけ(と本人は思ってる)綻ぶ。
 少女として可愛いと言うよりは人形みたいで可愛い、と言うニュアンスだったが、それには気づかなかった。
 「ああ、こいつは……」
 「ごきげんよう、グロウ様のフィアンセのティティと申します」
 両手でスカートの裾を持ち上げ、優雅に礼をするティティ。
 確かにこの大きさでドレスを着ていると、精巧な操り人形のようにも見える。
 「ふぃ……!?」
 その言葉にショックを受けるワダツミ。しかしティティはグロウに突っ込まれ、それに気付かなかった。
 「……誤解を招く表現はやめろ」
 「え!? ここでその台詞言っちゃいます!? 私とグロウ様は既にただならぬ関係じゃないですか!」
 「ただならぬ……関係……!?」
 多大なショックを受けるワダツミ。その顔はどんどん青白く、生気の抜けたものへと変わりゆく。
 「こんな飯屋で言おうもんなら出禁どころか通報されかねないプレイをしまくった間柄じゃないですか! 私達は!!」
 「ティティ、俺を社会的に抹殺したいんで無ければ今すぐに冗談だと言う事にしろ」
 小声で囁くグロウにティティは叫ぶ。
 「冗談じゃ――」
 「冗談、だよな?」
 グロウが方天槍を手にする。
 その顔は優しく微笑んでいたが、目は少しも笑っていなかった。
 奥の席に座る豚鬼の親戚みたいな男が啜っているスープの出汁になりたくなければ――
 そう、暗に言っていた。
 「てへっ、なーんちゃって☆ 冗談でーすっ」
 周りの席から、「なんだ……」「冗談か……」と言う呟きが漏れる。
 厨房の方からもニ、三名の声が聞こえてきた。
 (……危ない所だった)
 笑顔は引き攣ってはいたものの、ティティの演技は完璧だった。
 そばで話を聞いてさえいなければの話、だが。
 「……グロウ殿は……ティティ殿と付き合っておられる、のでしょうか……」
 下を向いてポツリと呟くワダツミ。その表情には陰が差している。
 「……まあ、一応嘘では無い、な。健全な付き合いだが」
 嘘である。
 スカプレイまでした仲なのに! お互いの体液の味を知り尽くしてるのに!!
 ティティは必死で口をつぐみ、叫び出したいのを我慢する。
 と。
 「……ぐすっ」
 「ワダツミ……」
 「えっ」
 泣いていた。裾を皺になるほどに握りしめながら、静かに彼女は涙を零していた。
 「懇意にしていたユミルナ殿とお別れになって……ようやく……ようやくグロウ殿の心に、私が入れると思ったのに……」
 つい、グロウは彼女の頭を撫でようと手を伸ばして……思いとどまった。
 今の彼女に、慰めや憐れみは逆効果だ。
 いや、それ以前に、彼女は自分らの敵だ。彼女はそう思っていなくとも、いずれ敵対する未来が待ち受けている。
 公共の場でさえ無ければ。無防備を晒している隙に、槍で刺し殺していたかもしれない。
 彼女が死に気付くことなく、一瞬で。
 それが一番、情のある別れ方にも思えた。
 「……」
 (俺は……)
 唯一自分を信じてくれた。唯一自分を支えると言ってくれた友に情を捨てきれる程、狂ってはいなかった。
 そしてきっと、これからどんなに狂っても……全部捨てることは、できないだろう。
 それが自己満足であると知りながら、彼女の傷を広げるだけだと理解しながら。
 「……すまん。信じてくれて、感謝する」
 グロウはワダツミの頭に、手を置く。
 「グロウ、殿……」
 それでも、ワダツミは。
 その手の温もりに、ほんの少しだけ……報われた気がした。


 

 
 (超やべぇ)
 一方で顔を青くしているのはティティだった。
 まさかS級危険人物の一人がグロウに惚れてるとは思いもしなかった。
 ワダツミにとってティティは、グロウを横取りした恋仇とも呼べる存在である。
 あのアルベリヒに恐れられるような輩に恨まれたら、妖精とは言え五体満足で過ごせるとはとても思えない。
 グロウに知られないように、事故と偽って秘密裏に処理される可能性すらあり得る。
 「ぐ!!」
 ティティが叫ぶ。
 二人の注目が集まると同時に、言葉を続ける。
 「グロウ様には、手伝って貰いたい事があるんですよ! だから、その、一時的に同行して貰ってるー、みたいな!!」
 (……これ以上、こいつの傷口に塩を塗るつもりか?)
 (しゃーないじゃないですか!! 私だって命は惜しいんですよ!!)
 グロウとティティのアイコンタクト。
 ティティはあくまで、まだ介入の余地がある関係だと言う事をアピールする。
 「私は実は、妖精の皇女なのです。妖精は人間にこき使われて絶滅寸前の一族。その血を絶やすまいと、再建国と同胞集めに協力して頂いているのです」
 「そうだったのですか……」
 ワダツミが顔を上げ、ティティの方を見る。
 その表情に憎しみの色は微塵も無かった。
 「……」
 グロウの好感度がガタ落ちしたのを感じるが、背に腹は変えられない。
 「無論、人間と妖精では子は成せません(ここ重要です)。ですが、グロウ様の実力の程はご存知の通り。このひ弱な妖精が世界を渡り歩くのには、どうしても彼の力が必要なのです!」
 「なるほど……」
 ワダツミの顔に生気が増す。
 実のところワダツミはティティの事をほとんど恨んではいなかったのだが、ティティにそれを知る由は無かった。
 そしてもう一つ、人間と妖精の間に子を成せないと言うのは……正確ではない。
 「わかりました!」
 勢い良く立ち上がる、ワダツミ。
 その顔には決意の色が見える。

 「このワダツミ……一振りの刀と成りて、お二人の力となるべく力をお貸し致しましょうぞ!!」

 胸中は揺れていた。
 (上手くだまくらかして危機を回避したつもりがとんだ厄介を巻き込んでしまったでござるの巻)
 グロウの恋人であるティティがしまった、と零すと同時に。人間を鏖殺すべく奔走する妖精の皇女が、しめた、と呟いた。
 (こいつはひょっとして……とんでもない拾い物をしたんじゃないのかなぁ……?)
 
 ティターニアは、笑う。
 取り戻しつつある、魔法の力。その中に、これ以上無く楽しい事になりそうなものが、愉快な事をできそうなものが、一つあるのだ。

 誘惑《テンプテーション》。
 術者の瞳に心が吸い込まれたものは、その傀儡となる。
 望むのなら、発情させて性による隷属を科することも容易い。
 グロウの突き刺さるような視線を後頭部に浴びながら。ティターニアは、笑う。

 「陵辱要員、ゲットだぜ」

       

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