「いやー、ナイス目覚めです。生まれ変わった気分!」
「おはようございますグロウ殿……うう……なんかお腹が変に軽い……」
「そうか」
肌がつやつやになっているティティと、顔色が優れないワダツミ。
対照的な目覚めを見せる二人を大して気に留めることなく、グロウはそっけない返事を返した。
「それでワダツミ、槍の話だが……」
「はい……拙者の行きつけの鍛冶屋が、知る限り一番腕の良い所でございまする。値段も良心的かと」
「ふむ」
彼女の打刀『満月』の切れ味はグロウも良く知っている。あの業物を修繕できる所など、この地方にはそうそう無いだろう。
それに、他にあてもない。
「とりあえず、そこだな」
「じゃあとっとと行きましょう! れっつごー!」
「ごー……」
右手を挙げる二人のテンションは、真逆のものだった。
「……ワダツミ、休んでてもいいぞ」
火と鉄の国、と形容されるのも納得の様相だった。
なにせ、王宮に続く大通りを歩いているだけであちらこちらから槌を打つ音が響いてくる。
街の至る所からは煙が立ち上り、飼い犬だって立派な鎧を着込んでいる始末だ。
「ひえー、軍事国家と言うだけありますね。どこもかしこもカンカンカンカンと……」
キョロキョロと見回す、甲冑を着込んだ自称戦女神(ヴァルキリー)のティティ。に、結局付いてきたワダツミが解説を始めた。
「魔族との戦争で生産が追いつかないのでござる。この国だけではなく、他国へ輸出する分もあります故。
ほとんどの鍛冶屋は今、武具防具の部品の一つだけ製造しているはずです」
「部品の一つ? 全部作ればいいんじゃないの?」
ワダツミはふるふると首を振る。
「ブランド、と言うものがございまする。ひとくちに鎧と言っても、軽量化を目的とした鎧、装甲を重視した鎧、装飾を施した儀礼用の鎧、など……。
ユーザワラはそれらを大量生産して売るために、国の方針で効率化を重要しました。工匠を一つの歯車として、完全分業させて作るのです。
技術力については他国の及ばぬ所、組み合わせて接合が取れなくなる事もそうございませぬ」
「ほへー」
興味があるようなないような返事を返すが、話はしっかり聞いているようだ。
「元々、一つの物を作るのに長けた人達にござる。剣なら剣、槍なら槍、斧なら斧。鎧なら鎧。適性を見れば、政策としては間違ってはいないのでしょうな」
「ふーん……ん? そうなると、グロウ様の槍を頼むなら、槍専門の所に行った方がいいんじゃないの?」
今の話を聞いて、グロウも同じ事を思った。
普通の槍ならともかく、聖合金の騎乗槍だ。刀匠に作れそうな代物ではない。
「いえ、拙者の行きつけの所はちょっと特殊なのです。国の認定を受けていない、小さな工房でござる」
「認定が必要なんだ? じゃ、モグリってこと?」
「違法と言うわけではございませんが、国からの支援は一切ありませぬ。どんな小さな工房でも一応の認定を受けているのが普通ですが、そこは頑なに申請を拒んでいる模様で……」
「わけあり、ってやつか。いかにも腕利きって感じだねー」
(……)
グロウは二人の会話を聞き理解しながらも、別のことを考えていた。
(……この二人、いつの間に仲良くなったんだ)
「どうでもいいけどグロウ様三人になると途端に喋らなくなりますね」
「あ、申し訳ございませぬグロウ殿。私一人でべらべらと喋ってしまって」
「いや……」
別に構わない。元々あまり、喋る方ではないのだから。
王宮まで真っ直ぐ進み、塀に添って半周して裏側へ。そして西門通りをしばらく歩いた所で道を外れ、雑居街の方へと赴く。
(……同じか、どこも)
華々しい王宮やそこの付近と比べるのも酷なほど、そこの生活水準は劣悪だった。
それも、乱雑に積まれた廃材に溝を走る排水など、工業の煽りを受けている分アークザインより質が悪く見える。
それらを動きにくいであろう和服でひょいひょいと華麗に避け、奥へ奥へと進むワダツミ。
「こちらです」
見れば確かに、そこには小規模ながらもそれなりに立派な工房があった。
煙突からは細い煙が立ち上り、開きっぱなしの戸の奥からは刃物を研磨しているような摩擦音が漏れている。
中は薄暗く、奥行きがあって外から見た印象以上に広い。工場に、一人無骨な大剣(クレイモア)を研いでいる老人が座っていた。
「オーランド殿! 槍の製作を依頼に参りました!」
「誰かと思えば、侍っ子か……」
オーランドと呼ばれた老人を見て、グロウとティティは同時に別の事を感じ取った。
(この人……多分、貴族だ)
と、ティティ。
(この老人……恐らく、武人だ)
と、グロウ。
ほとんど総白髪の、齢六十は過ぎているであろう熟練の職人。
誰が見ても、それ以上でもそれ以下でもない平民の、一般人だ。
だが二人は彼に、自分と同じ雰囲気を見出した。只者ではない、と。
「シルフィ殿はいらっしゃらないのですか?」
「あいつなら買い出し行ってるよ。そっちは?」
「ご紹介致します、こちらがグロウ殿、拙者の同級生でございます。こちらの妖精さんがティティ殿、妖精族の復興に奔走しておられます」
「……どうも」
「お初にお目にかかります、ティターニアと申します。よろしくお願いします、オーランド様」
兜までわざわざ外して一礼するティティにグロウが驚く。彼女が自分以外に(真面目に)礼節を尽くすなど、初めての事であった。
もっとも、人間を本気で敬っているわけではない。儀礼に従ってるだけである。
「あ? ティターニア……? どっかで聞いたような……そこな妖精っ子、この国のもんじゃないみたいだが……俺の事を知っているのか?」
相手方も、ティティに対し何かを感じ取ったらしい。
「いえ。ただ、玉座に座り私腹を肥やすしか能のない愚昧より、よほど気品が漂っていらっしゃったので」
ぶっ、と吹き出す老人。
「この姿を見て、か。面白い嬢ちゃんだな。まあ……昔の話だ。今は一介の鍛冶屋よ。要件は何だって? 槍?」
「聖合金の、騎乗槍を作って貰いたい」
ずいと前に出るグロウをしばし眺める。
「面白い二人組だ」
ぼそりと言った後、
「そいつはまた大層な注文だな。出来ないことは無いが、高く付くぜ」
パチパチと片手で算盤を弾く。提示された額は確かに良心的だった。他に比べれば、の話だが。
「うーん……」
「……」
「それでもやはり、相当でござるな……」
顔を見合わせて考え込む三者。
そこに後ろから、別の足音が近づいてきた。
「失礼致します、オーランド様。剣を受け取りに参りました」
筋骨隆々で髭面の貫禄ある男が、丁寧な口調で工房に足を踏み入れる。
これまた、平の騎士と言った風貌ではなかった。
「おう、ガイウスか。できてるぞ」
無造作に放り投げる剣を、片手で受け取る騎士。その刃を様々な角度から眺め、感服したように言う。
「流石オーランド殿、素晴らしい出来栄えです。お代です、お受け取り下さい」
彼は明らかに研磨代と釣り合っていない、多額の金貨が入った袋を台に置いた。
「まーたお前は……生活なら問題無いと言ってるだろうが。同情も大概にしろ」
「同情ではありません! 私にできる、せめてもの……む」
ガイウスはグロウ達を見て、咳払いを一回決める。
「いらっしゃってたのですか、ワダツミ殿……と、こちらの方々は?」
「客だ。なんでも、聖合金の騎乗槍が欲しいんだとよ」
「ほう……中々の手練とお見受けする。自己紹介が遅れました。ユーザワラ騎士団中隊長、ガイウスと申します」
「グロウだ」
「ティティでーす」
それを聞いていたオーランドが、炉の火で煙草を付けて笑う。
「な~にが中隊長だ馬鹿。ちゃんと名乗れ、騎士団総長にして大将軍様だ控えろ控えろって」
「お止め下さい。今の私はそのような地位にありません」
「……なーんか、わけありにも程があるって感じですね、グロウ様」
耳元で囁くティティに、グロウが無言の肯定をする。
「ま、そんで金が足りなくて困ってるらしい。何かねぇのか、適当な仕事は」
「適当な仕事、ですか……」
ガイウスはしばし考え込んだ後、あることはありますが、と切り出した。
「西の山脈にある山の一つに、盗賊がアジトを作っているのですよ」
「……それを旅人に退治して欲しい、と?」
それなら軍事国家の騎士団の方がよっぽど適任だろう、とグロウが暗に言う。
「本来なら我々の仕事なのですが、奴等は山一つを丸々要塞のようにしてしまい、多数の罠を仕掛けています。
被害が出て困っているのですが、王は騎士団を温存しておきたいご様子で出動の許可も出ません」
ため息混じりに答えるガイウス。
今の王朝に不満があるのは明白だった。
「……なるほど。大体わかった」
「危険な仕事ですが、報酬は弾みます。いかがでしょうか」
「どうします?」
と、一応ティティが尋ねた。
(……実の所、全く危険ではないが)
ワダツミを一瞥して、グロウは答える。
「その話、受けよう」
三人が出発し、鍛冶屋にはオーランドとガイウスが残される。
「いいのかよ、勝手に潰しちまって。国と癒着してるんだろ?」
紫煙を吐き出してオーランドが尋ねる。
「本来は許される話ではありません。王と盗賊が、繋がっているなどと……」
それに対し、苦々しい表情でガイウスが吐き捨てた。
彼等にできるだろうか、と言う問答は無かった。腐敗した騎士団より、よほど活躍するだろう。
「あの様な者に一国の主は務まりません。やはり……!」
「その話はやめろ」
最後まで言わせずに、オーランドは煙草を灰皿に押し付けて消した。
「民衆が選んだ王だ。これも民意ってやつだろうよ」
「…………」
何も言えなかった。
自分とて、前王を裏切った者達の一人。
今になって、やれ悪政だのとのたまうのは、卑怯を通り越して滑稽だ。
「……ただいま帰りました、オーランド様」
沈黙を破って、女性の声が工房に響いた。
「遅かったな、シルフィ」
「シルフィ殿、ご機嫌麗しゅう」
「こんにちは、ガイウス。いえ、変な妖精を見かけたと言う話を聞いていたので」
ふよふよと近づき作業台に腰掛ける、緑がかった髪をしている薄着の女性。
彼女もまた、ティティと同じ妖精族であった。
「ああ、それならここに来たぜ。妖精の癖に鎧なんか着込んだ、金髪のちっこいのが」
「へぇ、珍しいですね。金髪と言うとゼラの出身でしょうか」
「さあ、そこら辺はわからん。確か名前は、ティターニアって……」
ばさり、と彼女の買い物袋が地面に落ちた。
「ティターニア…………!?」
シルフィのこんな表情を、オーランドは初めて見た。
長年付き合っているつもりだが、数年前に王が変わって、それまで許されていた妖精の権利が剥奪された時だって、こんな顔は見せなかった。
「おい……どうした?」
「シルフィ殿……?」
目を見開き、歯の根は合わず、冷や汗が滝のように流れている。
いつだって冷静なパートナーが、自らの身体を抱きしめて慄いていた。
たった一人の、妖精(どうぞく)に対して。