当たった? なんで? 手加減さナメられた?
 そりゃ本気など出すわけもなかろうが、だからと言って当たってくれる道理があるだろうか。
 イグアナの赤ん坊が、ティラノサウルスの親玉に立ち向かえる、わけ――
 そこで、僕は思い出した。

 
 ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
 僕の攻撃は、瑙乃に当たったことがある。



 こんな、方法が。
 いや、だが、しかし。
 こんな無茶苦茶極まりない理屈でも、試してみる価値はある。
 たとえそれがどんなに惨めで、滑稽で、馬鹿馬鹿しくても。
 光姫さんとカリンちゃんさんを泣かせて……
 そして今まさに、彼女らを不幸にしようとしている奴を殴るためならば。
 
 僕は。
 何だって、する。


 


「くそッ、気持ちわりィこと言いながら殴って来やがって……ホモかてめェはよォ。
 いくら俺が美少年だからッて……」
「そうだよ?」
「そうなのかよッ!? ……ッ!!!」
 口で軽く肯定しながらも、僕は左足でミドルキックを見舞う。
 それに伴い、僕を包む山狗のオーラ。その後ろ脚も彼を襲った。
 驚愕の隙を見事に突いた一撃……のように思えたが、防御されてしまう。辛くも。
 そう、辛くも。
 問題にならないはずの僕の攻撃に、光時は確かに反応が遅れた。
「一目見た時から思ってたんですよぉ……
 ……初代様って、可愛い顔して美味しそうだなー、ってぇ」
 舌をれろりんちょと出して思いっきり気持ち悪さを前面に推しつつねっとりと言うと、光時は明らかに動揺した。
「てめぇ、ふざけんッ……!!」
 その瞬間を、爪は逃さない。牙は見過ごさない。
 踏み込んだ獄門双爪と獄門狗牙は、見事に彼の両胸と額を穿つ。
 のけ反る光時に、追撃せんと前傾した瞬間……彼の足がぱこんと僕の顎をスマッシュした。
「ッ…………!!!!」
 屋敷から庭に半歩踏み出していた僕は簡単に数m飛び、見事軒先に頭がぶっ刺さる。
 ふごふご言いながら外して着地すると、光時は額から一筋血を流していた。
「ガキが、舐めやがッて……あんまりおいたが過ぎると、しまいにゃマジでぶん殴るぞ……ッ!!」
 中々にイラついてらっしゃる。当然だ。
 僕はふざけてるし、完全に光時を舐めてるからな。



 僕がおっさんと出会った翌日。
 光姫さんにケンカをふっかけ、ビーフジャーキーにされて、おっさんと光姫さんのマジキチ瑙乃パワー大合戦を観戦して、カリンちゃんさんに危うく存在を抹消されかけたあの日。
 僕はおっさんを、獄門狗爪でぶん殴った。
 僕が100人集まっても1000人集まっても、恐らく60憶人集まっても汚い花火にされるだけの実力差があったと言うのに、僕はおっさんを殴ることができた。
 何故か。


     ・・・・・・・・・・・・ 
 完全に、雰囲気がギャグだったからだ。


 
 真面目に戦っていたら、勝ちの目などあるわけがない。
 だから、僕は。


「ごめんなさい。脱ぎます」

「前後の文の繋がりを大事にしろォッ!!!!!!!!!!」

「はらり……っ」

「聞けよ人の話をよォッ!!!!!!!!??????」 



 不真面目に戦う。
 僕はギャグキャラになる。
 大真面目に、不真面目でこの場を制してみせる。


 この戦法は、多大なリスクを背負う事になる。
 あまりにおちょくって光時がマジギレしたらぶっ殺されかねないと言う事がひとつ。
 それは、いい。
 いやあまり良くはないけど、敵とは言え人を子馬鹿にも大馬鹿にもするのだ。
 そのくらいの覚悟は背負っている……つもりではある。


 そして、もう一つ。
 こっちは、相当のリスクだ。

「…………。
 みーの、く……ん……?」

 振り向くわけにはいかない。
 振り向きたくはないが、気になって仕方ない。
 彼女が、ズボンを手にかけている僕に対しどんなツラを向けているがが。

「……あんまり彼女の前でアホこいてっと、百年の恋だッて覚めるぜ。
 ラブコメの主人公でいたいンなら、奇策キチガイはほどほどにしときな」

 正論である。
 このまま光姫さんの前でキチガイ行為を続ければ、僕の好感度はみるみる内に自由落下し……地面に激突。
 その後も元気に地中を掘り進んでいくだろう。
 こんなかっこ悪い姿、見せたくなんてない。
 見せたいはずがない。
 じゃあ。
 止めるか?
 
 答えは決まっていた。

「アホはお前だし、ふざけてんのも舐めてんのもキチガイもお前だ、ばーーーーっか。

 光年くんには申し訳ないが……僕の童貞を押し付けてやるよッ!!!!! 

 ――脱衣クロス・アウッ!!!!!」



 嫌われてもいい。
 汚物を見る目で見られてもいい。
 無視されるようになってもいい。


 彼女の幸せのためなら。
 僕はどこまでだって、かっこ悪くなれる。

 そんなわけで、僕は今全裸だ。
 山狗のオーラを纏っているので絵面的にはマシと言えばマシだが、エフェクトがかっこいいだけに尚悲惨と呼べるかもしれない。

「やり、やがッた……!!!」
「……あ、あわわわわ……」
「……………。…………」

 流石に驚愕を隠せない光時。
 可哀想に、ちょっといい仲だった男友達のケツを見せられている光姫さん。
 恐らく、ひたすらに冷めた目で僕を見ているであろうカリンちゃんさん。

 三者の視線が、突き刺さるように僕に注がれていた。
 
 泣きそう。


「お前の……お前のせいだ……!
 お前のせいで、光姫さんルートが、完全に潰えてしまった……ッ!!!」
「俺かよ!? 俺悪くねェだろ!! この件に関しては完全に関係も責任もねェだろ!!!」
「責任取って……お嫁さんにしてちょうだいッ!!!!」
「なに、やめ、ばッ……来ンなッ!!!!!???」

 自分でも支離滅裂な事を言いながら、全裸で突進する僕。口をタコみたいにすぼめて。
 最強の祓魔師、瑙乃光時が僕に恐怖しているのがわかる。
 こんなん誰でも恐怖するわ。
 僕だってちょっと自分が怖いよ。

「チェンジ! ビーストモード!!」
「トランスホーモーやめろやッ!!!」

 山狗の力を最大限発揮すると同時に、相手に深いトラウマを与えるであろう全裸四足歩行と言うスタイルに切り替える僕。
 微妙に返しが上手い光時の周囲をシャカシャカ言いながらぐるぐると回り、奇襲の転札で背後を取る。



「……獄、門ッ……爪ッ、葬…………ッッッ!!!!!」


 右腕、頭、両脚、左腕。
 そして両腕に宿る山狗の魂が、唸りを上げて殺意の奔流と化した。
 尊厳も恋慕も、誇りすらかなぐり捨てたその五連撃は。
 確かに、手応えがあった。

「ガ、ハ……ッ!!!」

 クリーンヒット。
 だが……致命打になど、なるはずがない。
 事実、彼は僕の卑劣にして悲惨な攻撃の数々を受けて。
 今なお、一度たりともダウンをしていない。


「……なるほど、なるほど。
 みーの君よォ……だいたい掴めてきたぜェ。
 気持ち悪ィ妖怪やおちょくってくる怪魔、発狂を促してくる邪神なンてのもいたが……
 人間が一番怖いって事を、今理解したよォな気がするわ」

 
 振り向いた光年は、口端から僅かに血を流していたが……ここに来て、笑った。
 やばい。
 こんな奇策、数度続いただけでも僥倖なのだ。
 当たったのはもちろん、僅かながらダメージを与えられたことは実力を鑑みれば奇跡にも程がある。
 奇跡を通り越してもはや主人公補正とまで言える。
 だが、このままじゃ、ダメだ……!!
 行動パターンが読まれたら、打つ手はどこにもない!
 奇跡でも、主人公補正でも、ご都合展開でもなんでもいい!
 
 僕に――

 ――力をッ!!!!!!!!!



 奇跡か、主人公補正か、ご都合展開か。




『力、か』




 それは、起こった。
 



『望むか、力を』

 スローになる、世界。
 白黒になる、視界。
 その中で、知らない声が頭に響いていた。落ち着いた女性の声だ。
 なんだ、これは。この声は誰だ……?
 いや……誰でもいい。
 神でも悪魔でも。 
 どんな力でも。
 構わない。

『……いい気迫だが、時間がないわけでもない。
 少しくらい我が誰なのかに構ってもいいだろう』

 ……あんたは?

『山狗だ。貴様が使う、牙札の。
 獄門大兇狗――名を、笛吏と言う』

 山狗!?
 え、意識とかあったんだ……。

『呼ばれたら手助けしてやって……と光海に頼まれたものでな。
 我を子守りに使うとは、ふざけた男よ。もっとも、貴様ほどではないがな』

 返す言葉もございません。
 
『ちなみに、我は人間の姿だと犬耳スポーティー灰髪ショート女子大生だ』

 は!?
 何それ!?!?
 嘘でしょ!?!?!?
 嘘だと言ってよ!?!?!?!?!? 
 僕今全裸だよ!?!?!?!?!?!?
『僕自身が山狗になるんや!!』
 とか言って四足歩行でダバダバしてたんだよ!?!?!?!?!?
 別にハーレムとか光姫さんの脈がなくなったから新しい娘をとかそういう事考えてたわけじゃないけどそれにしてもフラグバッキバキじゃない!??!?!?!

『ふ、それを知っていたら貴様は白痴にならなかったのか?』

 ……そういうわけじゃないですけどー……。
 はくちて。

『男としてはもはや滑稽を通り越して哀れとしか言いようがない程の矮小な存在となり果てたが……
 ……馬鹿として見れば、なかなかの根性。我がこれまで見た馬鹿の中でも、群を抜いている大馬鹿だ』

 へー。
 どーも。
 超うれしい。

『褒めている。
 瑙乃光時……我も初めて見るが……あれは、確かに、光海すら上回る実力であろうな……。
 我とて元瑙乃の使い魔。それ相応の妖怪ではあった。
 が……流石に濡尾花凛に並ぶとまでは吹けん』

 あの人らおかしいからね。主に頭とか。
 でもまぁたぶん僕から見たら笛吏さんも差がわからないレベルで強いと思うよ。

『それで構わぬのなら、我が力を授けよう』

 欲しい欲しい超欲しい!!
 お願いします! 何でもしますから!!

『貴様のなりふり構わなさは存分に見せてもらったからもはや疑いはない。で……
 どれだけ、欲しい? 
 お前の何を、差し出す?』


 その質問には、落とし穴があるのは明白だった。
 僕は思い出す。おっさんの台詞を。
『イグアナの卵には劇薬だから本ッッ当に下手をすれば最悪の事態も考えられなくもない程度には危険だからオススメはしないけど……』
 ここだ。
 ここで下手に答えると、命に関わる。
 僕は。





 全部。
 



 そう答えた。


『……命を差し出す、か。お前にとって、そこまであの娘が重要か?
 もはや元の関係に戻る事も叶わない、この戦いが終われば赤の他人となる娘だぞ』

 笛吏さん……そもそもの話なんだけど。
 僕今現在めっちゃくちゃ最低最悪なことしてるんだよね。ノリで。
 
『……ほう?』

 瑙乃は日本を守る一族。中で見た事がいくら非道に感じたって、彼らの敷地を一歩出れば、それは僕らを含むこの国の全てを救う行為に他ならない。
 光時……初代様がやっていることを非難できるやつなんて、少なくとも部外者にはいるはずもないんだ。それを、ちょっと内部事情を知って怒った一人のバカが、力もないから不真面目に引っ掻き回す。ギャグだよギャグ。僕は国家転覆罪に近い事を全裸の四足歩行でちんこ振り回しながらやってるんだよ。
 バカとしてもキチガイとしてもレベルが高すぎやしないか。
 ぶっちゃけ命一つでも重いか軽いかで言うと軽すぎるくらいじゃないのこれ。

『うむ。わかっているではないか』

 ……でも。
 でもさ。
 光姫さんは、たとえもう好かれてなくても僕の方はすっごい好きになっちゃったしさ。
 カリンちゃんさんは、可哀想すぎて見ちゃいられないんだよ。
 彼女らにとっては他人だとしても……僕にとって、瑙乃はもう。
 他人じゃないんだ。
 不幸になって欲しくないんだよ。
 
『なるほど……光海が目をかけるのも、頷ける気がしてきた。
 奴もな……無関係なはずの妖怪が虐げられるのを、黙って見ていられんような性質だった』

 楽しそうに、懐かしそうに、彼女は言った。

『いいだろう。生憎我は、面白い馬鹿を眺めるのが好きだ……貴様らみたいな、な。
 その命、我が預かった。存分に楽しませてくれ』

 じゃあ……!! 

『ああ。兇狗、笛吏。
 児童性愛にかまけて我を放置する光海から鞍替えして、貴様の牙となり……
 遥か遠く果てない瑙乃の領域に、一歩だけ近づく支えとなろう』

 よっしゃぁっ!!!!
 
『それとな。さっきはああ言ったが……
 瑙乃の娘は、言う程貴様を軽蔑してはおらぬようだぞ』

 え。
 意識だけで、僕は後ろを振り向く。
 そこには両手で目を覆いながらも、わかりやすく指の間から僕を見ている愛しい少女の姿があった。

『好色一族の女が、奇行に驚き呆れはすれど……
 気がある異性の裸に、興味がないわけあるまい』

 嬉しい。僕はまだ、彼女の彼ピッピ……じゃなかった、友達でいいんだ。
 それはそれとして、チラ見どころじゃなくガン見されているのは恥ずかしすぎて顔から火が噴き出しそうだ。
 恐怖で失禁したのもそう言えば見られてたしなぁ。彼女えっちだけど懐広いよね。

『行ってこい、紙矢の末裔よ。人の想いを届けるのは、いつだって貴様らの仕事だった』

 その声が終わると同時に、世界が開いた。
 色がついていく視界の中で、最初に聞こえたのは光時の声だった。

「お前がそういう手段に出るンなら、俺にだって考えがある……」

 そう言ってぬぎぬぎと着流しから腕を外していく。
「!!」
 そっちを気にしている場合じゃないので見てはいないが、女性二人が過剰な反応を見せたような気がした。
「いなせで危険な美少年、瑙乃光時! 例え相手が俺のケツを狙うホモだろうとよォ……傾き勝負で負けるわけには……ぶふぉッ?!」
 彼が着物を脱ぎ棄てた瞬間、先程より数段速い僕のトーキックが鳩尾を抉り込んでいた。
「てめッ……! …………!?」

 彼が驚いたのも無理はない。
 僕は既に、素っ裸ではなかったからだ。
 その上。顔には半面を付けており、左の半分が隠されていた。
 真顔の道化師。
 顔の右半分は、笑う僕の素顔。

「何突然全裸になっちゃってんの? バカなの?」
「おま……えが……ッ!!!!」

 拳を震わせる光時に、僕は面をスライドさせた。
 左面は一瞬にして右面へと形状を変え、同時にその真顔は満面の笑顔に変わる。
 そして僕の素顔は、これ以上なく真剣そのもの。

「なんだ人肌寂しいのか?
 ほら来いよ、ふたなりっ子に掘られるのが大好きの女装オナニスト。
 かわいそーだから、僕がたっぷり可愛がってやる。









 変化――気狂いの演目トゥー・レイト・ショウ