Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 光時には、見えているだろう。看破しているだろう。
 先程までとはまるで異なる、跳ね上がった僕の妖力量が……当然ながら、まるで瑙乃の脅威にはならないものであると。
 僕の非力さ故に、笛吏さんの力は数割どころか数%すら引き出せない。小数点を何桁か下回って、ようやく値が出るくらいの数字だ。
 何度も言うが、勝ち目など皆無に等しい。
 それでも仮面は、不敵に笑う。
「残念だったな光時。こうなった以上は、僕の勝ちだ」
「……おふざけが終わったと思ッたら、今度はハッタリかよ。よくもまァ、ネタが尽きねェもんだ」
 全裸の光時は、僕から目を切って奥へと歩き……例の銀槌を手に取った。
 光時の……いや、光年くんの握ったその手が、じゅっと灼ける。
「その山狗……そりゃ、元々は名のある祓魔でも手を焼くよォなレベルの妖怪だろう。
 それが、瑙乃のドーピングで原型がわからねェくらいに魔改造され、神罰に精製された……神砕きの兇狗だ。
 お前如きが使いこなせるもンじゃねぇ。ひよっこが力を得たつもりになッて悦に浸ったところで、はァそうですかって感想しか出てこないぜ」
 全く持ってその通り。
 それでも素顔は、不敵に笑う。

「口数が増えたな、男女。怖いのか?
 ……御託はいいから、とっととかかって来いよ」

 くい、くい、と。
 僕は圧倒的強者に対し、手招きで挑発した。

「そうかい」
 光時が、足に力を込める。
 彼の脚力なら、一歩の間合いだ。
 妖も魔も、一打にして必滅する銀槌が僕を襲う――直前に。







「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 僕は唐突に、横隔膜を酷使して力の限り絶叫した。
 音より速く突進してくる光時の耳に入り、反射的にその体は僕の目の前で止められる――
 ――そんな、絶妙極まりないタイミングで。
「ッ!?」
 直立の姿勢から上半身をぶるんぶるんと揺らし、仮面を能力で左右に高速で動かしながら。
 目まぐるしく変わる、真顔と笑顔。
 トドメとばかりに眼前50㎝でノーモーション脱衣をキメた時の光時の顔と言ったら、そりゃぁもう壮絶なものじゃった……。

 なんだこいつは。知らねェぞこんなのは。
 これまで幾千幾万の人外を屠ッてきたが、こいつはそのどれとも違う。
 目の前にいるこれは……一体なンなんだ……!?

 とでも言いたげな光時は、しかし言葉を発することができなかった。
 僕に濃厚なディープキスを食らっていたからだ。

「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ンンッッッッ?!?!?!!?」

 初めてのキスは僅かにオレンジの味がしました。さっき飲んでたジュースだ。
 たっぷり五秒の絶望を与えた後、反射的にリミッター解除した状態で殴られたりしないよう僕はすたこらさっさと離れた。

「み、みーのくん、が……光年と、じゃなかった……初代様と、裸同士で……
 ばらいろのうこうべーぜ、を……!!」
「む゛ーーーーーーーーーー!!!!!!!」
 もはや裸くらい見慣れたかもしれない女性二人の反応が気にかかるが、例によって例の如くリアクションを返している暇はない。
 

 光時はあまりのショックで白目を剥いていた。涙もちょちょ切れている。
 発狂を促す邪神には勝てても、たった一人のホモには勝てなかったようだな。
 僕? 泣いてるよ。聞くなよ。

「瑙ゥーーーーー乃光時ィィーーーーー!!!!
 貴様にはァ……決定ィィィーーーーー……
 ……ィィィイイイイイな弱点があるゥーーーーーーーーーゥゥゥウ!!!!!!」

 マイクパフォーマンスでもしてるかのような強弱をつけて、僕はビシィと指をさす。
 ちなみに僕は既に服を着ている。
 これこそが笛吏さんの力を得て覚醒した僕の能力、気狂いの演目トゥー・レイト・ショウの力だ。
 いつどんなタイミング、どのような状況においても……
 ……例え両手足を完全に拘束されていても、瞬時に服を着脱することができる。
 いやぁ、我ながら控えめに言ってクソみたいな能力だ。
 こんな下らないことに使われる笛吏さんに申し訳ないと言うか後で殺されそう。

『……』

 無言なのホント怖いよぉ……。
 なんだかんだリアクションしてくれる瑙乃女子組やさしいよぉ……。
 ちなみに意味ありげな仮面だけど、意味ありげなだけで特に意味はないです。自動で動かせるよ。すごいね。
 ハッタリハッタリ。ぜーんぶハッタリ。
 気を取り直して、僕はパフォーマンスを続ける。

「……お前は、いや瑙乃は。幾多の霊を、魔を、鬼を、神を倒してきたけど……
 人間を相手にした経験は、それらより遥かに少なかったはずだ」
「……!」
 光時が、ぴくりと反応を見せた。
「日本の守り手。人間の味方である瑙乃は、悪意を持つ人間や祓魔師などほとんど相手にしなかった。
 何せ瑙乃は、日ノ本の懐刀。そんな些末事は、他の暇な祓魔師にやらせればいい。
 そして……恐らく瑙乃には、縛りがある。
 一族の根本であるような、大きな縛りが」


『まずないと思うが拷問でもされたら知らぬ存ぜぬで通せ。喋ったらお主の家族はこうなる』
『すいません、うちの人たちちょっと全体的に……おかしいところあるので……』
 
 常識人にして良識人の光年くんは、あの時……僕がカリンちゃんさんに脅された時に助け舟を出してくれなかった。
 優しいとは言えぽんこつの光姫さんですら、フォローしてくれたと言うのに。
 あの時は、単にカリンちゃんさんの鬼ババアっぷりを恐れていたのだと思っていたが……果たして本当にそうだろうか。
 ちょっと考えれば想像ができることだ。
 瑙乃は。


「転札パンチ!」
「あぶねッ!!」

 チッ、避けられたか。
 聞き入っていた今は良い感じの隙だと思っていたんだけどな。
 相手が臨戦態勢に入るより前にててててーっと逃げながら続きを口にした。 




「『純粋な』人間を、殺してはならない……
 たとえそれが、瑙乃に害を成す者であろうと」

「……っ」

 光時の表情が、苦々しいものに変わった。
 彼の存在……人間の守り神に対するカウンターが、守られる人間と言うのは。なんとも皮肉な話だ。
 もうちょいシリアスめな話だったら、彼が人間に迫害される悲劇とかそういうのが生まれそうなものだが……
 気狂いの前では、喜劇にしかならない。


「『わけのわからないものは、わけのわからないままに滅せよ』……
 瑙乃の家訓は、神よりももっと恐ろしい、なにか……言葉にできない程の脅威すら視野に収めている。
 その想定の広さと判断力は、瑙乃を最強たらしめる要素の一つだ。

 だが……もしもよォ。
『わけがわからないけど間違いなく人間としか言いようのない奴』
 なァンてのが出てきちまッたとしたら……
 滅するわけには、いかねェよなァ?」

 嘲笑するその顔は、誰かさんの真似。
 真似された誰かさんが、舌打ちをかます。

「……そうだなァ。人間に化けるやつは一発でわかる。どんなに強く、巧妙でもだ。
 仮に俺が見抜けなかったとしたら、そりゃもう正体が何であろうと人間としか呼べねェ。
 人間は殺せねェから、勝てねェ……もしかしたら、お前もそういう類なのかもなァ」

 よし、良い感じに語ってくれそうなチャンスだ。
 適当なとこで奇襲をかけてやろう。
 バカめ。この僕が設定語りに大真面目に付き合ってやると思ったか。

 そう考えていた。






「……なァんて、この俺が言うとでも思ッたかよ」






 僕の仮面が、何の前触れもなく消失する。
「え」
 見れば、光時は親指と人差し指でUの字を作り、僕の顔面へと向けていた。
「な、にを……」
 剥がされたのでもなければ、砕かれたのでもない。
 
 ・・・・・・・・・・
 なかったことにされた。

「お前が知ってるかどうかはわからンが……太極手甲、ッてのが瑙乃にはあッてな」
 その言葉を聞いて、僕の全身から冷や汗が滝の如く噴き出た。
「陰陽パワーで一発対消滅、これで『なんでも』ぶッ殺せるって言う道具なんだが……
 俺にはそんなもん、必要ねェ。
 なぜなら。
 太極手甲は、俺が生涯で極めた力を、後世が使えるようにしたもンだからだ」


『来るぞ』
 まず――

 笛吏さんの言葉で、僕が纏っていた牙札を咄嗟に墓地に捨てパージした直後。
 怖気のするような『何か』が、雷光の如き速さで……それがあった場所を通り抜けていった。

「いい判断だ。もッとも、山狗の指示だろうがな」
 
 やばい。
 やばいやばい。
 機動力あしが殺された。
 今までだって勝ち目なんてあってないようなもんだったけど。
 正真正銘の一般人じゃ勝負の土俵に上がるどころか……見物だってままならないぞ……!!
 何か、手を……
 
「手はもうねェ」

 足が、凍り付いた。
 見れば、紫色の氷……または、水晶みたいな何かが僕の膝下までに纏わりついていた。
 光時が何かやったのが、見えない。
 動体視力すら、もはや全く追い付いていなかった。

 光時は、ゆっくりと僕に歩み寄ってくる。
 さっきまで馬鹿にしてたその裸……天衣無縫と呼ばざるを得ないその姿が、途端に神々しく見えてきたのは。
 元々どうしようもなかったけど、尚更どうしようもなくなった……力の差、なのだろう。

「よく漫画とかで敵のボスに負けるも『面白い奴だ、生かしておいてやる』って見逃されるパターンがあるけどよォ。
 ここまでマジで面白い奴はそうそう見ねェぜ」
 
 考えろ。
 考えろ。
 頭を動かせ。
 そうだ、口を動かせ。
 なんでもいい、この場をどうにか――

「させねェよ」

 封札。
 妖怪を捕縛する霊力を秘めたそれは、人間にはガムテープ程の効力しかない。
 ガムテープ程の効力があれば、無力なガキ一人黙らすには十分だった。

「むっ……!?」

「いや、ムカつくが本当によくやッたよお前は。俺もまさか、死んでからこんなクソやべェ奴と対峙するとは思いもしなかッたぜ。
 努力賞だ。ここ数日……光海に会うまでの記憶を消すので手打ちッてことにしてやる」

 ふざ、けんな……ッ!!! 
 その言葉が、出てこない。

「ハッピーエンドじゃないにしろ、俺に牙を剥いたもンの末路としては上等だろう。
 じゃァな、詩屋実。普通の日常の中で、普通にラブコメしてろ。

 ……祓魔の……瑙乃の事なンざ、忘れてな」

 彼の手が、僕の頭に。
 触れる――





























 ――寸前に。

「……困るなぁ、初代様。
 いくら僕が勘当された身だろうと……
 ……目をかけた弟子に何かするなら、師匠としては黙ってられないよね」


 ポケットナイフを光時の喉元に向ける、人物と。


「……困りますね、初代様。
 たとえ貴方が原初の紫、偉大なる祖、瑙乃光時だったとしても……
 ……現当主の私を差し置いて、勝手に話を進められては立場と言うものがありません」


 野太い縄で光時の手を縛る、人物が。

 同時に、現れた。



 おっさん……!!!
「お父、様……!!!!」

「やぁ詩屋少年。その様子だと、ずいぶん粘ったようだね……見立て通りで嬉しいよ」
「君が光姫のボーイフレンドか……積もる話はまた後だ、ここからは私たちに任せなさい」


 並んで見ると、顔立ちは確かにそっくりだ。
 元・瑙乃の光海。
 現当主の、光空。
 彼らは揃って……光時ではなく、僕の側についていた。

「俺の子種汁の、ひり出した子種汁の、その何代目が……誰に?
 ものを言ッてるのか、ちゃンと理解した上での発言か、てめェら」

 苛立ちを隠そうともしない光時。
 それに対して二人は答える。

「僕もう瑙乃じゃないからぁ、そんなこと言われてもわかんにゃ~い」
 この人はやっぱり僕の師匠だ。

「貴方は偉大だ。我々にとって神にも等しい、崇めるべき存在です。
 ……が。既に死した身。瑙乃のこれからをどうするかは、今を生きる我々が決める事です」
 それに対して当主の光空さんはまともだ。まさしく当主の器と言う風格がある。
 兄弟なのにどうしてここまで差が出たんだろう。

 そして、それらの言葉に呼応するように。
 女性の声が、何か言おうとした光時に割って入ってきた。
「光、時……」
「花、凛……お前、封札は……ッ?」
「二人が来たら、勝手に剥がれたよ。全く、二人に任せっきりは嫌らしい。
 ……昔から、ずっと三人だったもんね、あんたらは。
 ねぇ……光陸」
 三つ子の三人目……僕の知らないその人に、カリンちゃんさんは呼びかけていた。
 どこか、嬉しそうに。
「お前ら……ぐッ……!?」
 包囲網が広がる中、光時が突然、苦しそうに胸を押さえた。
 僅かに俯いたまま、『彼』は言う。
「……初代様。それ以上は……俺が、許しません。
 姉ちゃんを不幸にするんなら、この身体を……あなたに渡し続けるわけには、いかない……!!」
 光年くんの、言葉だった。
「どうやら……勝負あった、ようだねぇ」
 カリンちゃんさんが、光年くんの頭を大丈夫だよ、と撫でた。
 ここから先は、大人に任せろ、と。
 引っ込んだ光年君と、それに代わった光時。
 彼を、瑙乃……今を生きる者たちが、囲んでいた。
「こりゃ……年貢の納め時、ッてやつかね……」
 そう口では言いつつも、まだ余裕を捨てていないと言った光時。
 だが、僕の拘束はその場で全て解かれた。
「みーの、くん……大丈夫……っ?」
「う、うん……なんとか……」
 すぐさま駆け寄ってくる光姫さん。
 僕たちは二人で、目の前の光景……瑙乃の行く末を見届ける。
 中心にいる光時は……この状況で尚、まだ笑っていた。
「ハハハッ……いや、本当に、こんなことになるとは思いもしなかッたぜ……

 クックック……………


 はーっはっはっはっはっはァ!!!!」



 不気味な高笑いをする光時に、その場の全ての人物が飲み込まれていた。
 彼は、この期に及んで尚。

「……ははは……」

 自分の思想を、瑙乃に押し付ける気なのだろうか。

「……はは……」

 その執念は、どこから来るのか。















「……えッと、あのさ……」
 光時が、力なく呟く。

「あの、そのー……」
 先ほどまでの覇気はどこに行ったのか、渋い顔をして。

「あー、なんだ。えー……すっげェ言いづれェんだがよォ……」
 そして、一言。









「……さっきまでの話な、全部悪ふざけなンだなこれが……」





「は?」
「は?」
「は?」
「……?」






 ……。
 

 は?

       

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Neetsha