Neetel Inside ニートノベル
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 担門大学から少し離れた繁華街の更に隅に、飲食店「ハッピービバーク」はある。
 個人経営の店で、店主は音楽を聴きながら酒が飲める場所が欲しいと三十後半で脱サラ、料理経験も無いのに店を開いたという逸話を持つ怪しげな店だが、量が多く値段が安いことが功を奏してか若者、特に担門生に人気のスポットとなっており、意外と繁盛している。酒の味も分からないがとにかく飲めたら最高な大学生には悪くない環境だ。
 大学生御用達のそんなハッピービバークであるが、鳴海も多分にもれずこの店を良く利用しており、入学したての頃は軽音楽サークルの先輩に連れられて吐くほど飲まされた嫌な記憶もある。
 更に言えば沙原と意気投合したのもこの場所であり、思い入れのある場所でもあった。
 鳴海が店の戸を開けると、軽快な音楽が店内から聞こえてくる。カウンターの前で店主は黙々と準備に取り掛かっていて、ちらりと鳴海を見るが気にせずに作業に戻ってしまった。
「いらっしゃい」
 奥からぱたぱたとやってきた女性は鳴海を見るなり懐かしそうに眺めて笑みを浮かべる。仕事を辞めて店を開くなんて無謀な行為に付き合い続けた彼の伴侶であり、この店で一番仕事の出来る通称「女将」だ。泣き黒子とウェーブがかった髪、そして発育の良い身体付きに魅了され、年上好きに目覚めた担門生が増えたというのはよく聞く話だ。それが真か嘘かと言えば、半々くらいだろう。確かに彼女で目覚めた奴を鳴海は二、三人ほど知っている。
「古都原君、久しぶりね。バンドの子とも一緒に飲んでる姿見ないし」
 彼女はそう言って頬に手を当てながら空いた手で身体を抱き、首を傾げるように鳴海を見る。そういう仕草がファンを増やすんだと思いながら、鳴海は下がりかけた視線をぐっと堪えて「奥に居ます?」と尋ねた。誰かは言わなかったが、彼女はそれだけで理解したようで、こくんと一度頷いた。
「ビールで良い?」
「お願いします」
「お通しと一緒に持っていくね」
 そう言って彼女は奥にぱたぱたと消えていった。その後姿を見送ってから、鳴海は店の奥の座敷の間へと向かう。
 奥の座敷の間には、既に客が一人、ビールを飲んで料理をつまんでいる。
「よう、ナルミ。先に始めてるぞ」
「ちょっと待つ事出来ないのか?」
「お預けされるのは嫌いなんだよ。土曜日の昼っつって今いつだと思ってやがる」
「月曜日だけど、それはお前が体調崩したからだろ。三十九度も出しやがって」
「はは、思い通りにさせないのがロックだ」
「なんでもロックで片付けられると思うなよ?」
「思ってねぇよ。冗談くらい冗談で受け取れ」
「分かってるっての!」
「うるせぇなあ、折角酒飲んでいい気分なのによ」
 そう言って沙原は不機嫌そうに顔を歪めるとグラス一杯のビールを飲み干して、瓶を傾けて更に注いでいく。既に空いた一本がテーブルの横には置かれている。
 鳴海は溜息をつくと向かいに座る。丁度そこでお通しとビール瓶を持って女将がやってきて、彼の前に置いた。鳴海は幾つか注文するとビール瓶を手に取り自分でグラスに注いでいく。互い注ぎ合うような事はいつの間にか無くなった。それぞれ飲むペースも許容量も違うからと沙原が面倒だと言い出したのが始まりだ。
「乾杯くらいはするか?」
「何に対してさ」沙原は目を細めて言う。
「そうだな……」
 それから注ぎ終えたグラスを持つと、鳴海は微笑んだ。

「互いの門出を祝って……とかどうだ?」

 鳴海の言葉を聞いて、暫く沙原は動きを止めていた。じっと向かいで笑みを浮かべる彼を見つめ、口を閉ざしたまま何かを考えているようだった。その間鳴海もそれ以上何かを言わないでおいた。ここで何か言うのはなんだかフェアじゃない気がした。
 黙りこんでいた沙原は、やがてグラスを傾けてビールを飲み始める。耳障りの良い音と共に喉を動かして中を乾かしていく。それを見て鳴海もビールを飲み干す。
「戻ってくると少しだけ期待してたんだけどなぁ」
 次を注ぎ始める沙原はそう言って鳴海を見た。鳴海も同じようにグラス一杯に注ぎながら「実は俺もそうなると思ってた」と零す。
「理由は? モチベーションの低下か?」
「いや、というよりなんだろうな。むしろモチベーションは回復してる」
「回復? 切っ掛けは?」
 言おうとして、鳴海はその言葉がのどの奥で止まったのを感じた。言いたいけど言いたくない、そんな不快な言葉の止まり方だった。何度か言ってみせようとしたが、やはりどの言葉も喉元で止まった。
「……沙原は、俺が言った昔の夢、覚えてるか?」
「ああ、あのアニメ見て憧れたんだろう?」
「ずっと夢だった世界だよ。その為にリッケンの偽物買ったくらいだし、今だって時々見直してる。何度も見たせいでたまにディスクに不具合が生じてるけど、多分これからも見続けると思う」
「お前の作ってきた曲、たまにイントロからアウトロまで全部パクったみたいなやつあったもんな。すぐに皆から没喰らって、その後練習中拗ねてたっけか」
 嬉々として語る沙原に鳴海は顔を伏せ、お通しを口に運ぶ。
「偶然似ただけだったのに、あいつら次から次へとこれはどの曲のパクリだとか指摘してくるんだもんなぁ……」
「あの曲名も本気で付けてたのか?」
「当たり前だろ。それなのに影響受けすぎだとか笑いやがってさ……」
「プリーズミスタートワイライト、だっけ?」
「掘り返すなよ、俺も後でやり過ぎたって思ったんだからもう時効にしてくれ」
「嘘つけ、反省してたら次にレジスターなんて曲を持ってくるわけがない」
「没喰らった曲を次々と上げるのはやめろよ!」
 からからと沙原は笑う。気恥ずかしさをどうにかしたくて鳴海はビールで誤魔化す。
「でも、お前が作った曲は、今でも皆好きなんだ」
 茶化して愉快そうにしていた沙原の声のトーンが下がる。鳴海もまたその言葉を聞いて口を閉ざした。
「そんな頻繁に持って来なかったし、没も多かったけど、ライブを盛り上げてくれるのはいつだってお前の曲だった。この間お前はいなかったけど、お前の作った曲も練習したよ。やっぱり良い曲だった」
 鳴海はビールに口を付ける。苦味と炭酸を我慢して強引に飲み干す。頭に響くような冷たさと、心地良い喉越しに鳴海は思わず目を堅く閉じた。
「壮平、前から言いたかった事があるんだ」
「奇遇だな、俺もだよ」
 鳴海の顔を見て、沙原は微笑む。それだけで互いに意思の疎通は出来た気がした。二人は互いにグラスを突き出すと、軽く当てた。
 こつん、と乾いた音と共に、グラスの底の炭酸が浮かび上がり、真っ白い泡の中に消える。
「そのうち、抜けた事後悔させてやるから待ってろ」
 そう言って凄んでみせる沙原を見て鳴海は笑う。酔いが回ってきたのも理由にあるかもしれないが、脱退を示唆しているのに気分が良かった。互いに後ろ暗さも無く、この先もきっと関係は途切れずに続く気がした。

 例え鳴海が道を見つけられなくても。

 例え沙原が夢を叶えられなくても。

「お前はどうなんだ、やりたいこと、ちゃんと決まってるんだよな?」
 尋ねられて、鳴海は頬杖をつく。
「行きたい場所があるんだ。その為に、前を向いて歩いてみようと思うんだ」
「暫くは途方に暮れる必要があるわけだな」
「でも、諦めるつもりは無い」
「いつか夢見た景色の為に?」
「夢を実現させるために」
 あの月に届くまで、どれくらい掛かるだろう。赤いギターを手にしたキャップ帽の先にある目をもう一度見るためには、どんな道を進めば良いのだろう。
「どれだけ道に迷っても、行ってやる」
 鳴海の強い語気に沙原は微笑む。それから瓶を持つと鳴海の空になったグラスに注ぎ入れる。
「お前、お酌するのは嫌いだったんじゃないのかよ」
「いいんだって、俺のお酌なんてレアだぞぉ? 餞別に持っていけぇ」
 そう言って並々と注がれるグラスに溜息を付きながら、鳴海は再び飲み始める。今日は飲み過ぎている。大分視界がグラついている。胃の中が大分酷いことになっている。身体が宙を浮いているように軽くて、上手くコントロールが効かない。
「精一杯迷えよぉ」
 沙原の口調も呂律が回らなくなってきている。けど、別に構わなかった。少し歩けば大学もあるし、別に泥酔して沙原と帰るのは慣れている。入学してからいつだってやってきた事だ。
 ただ、それがこれからあまり出来なくなるかもしれないのが、少しだけ寂しかった。
「なるみぃ」
「何?」
「てめーは今日からロストマンだ」
「ロストマン?」
「そうだ、この迷子やろーが」
 据わった目でそう言って沙原は鳴海を指差す。なんだそりゃ、と鼻で笑うと、沙原は今笑っただろう、と声を大にして叫ぶと、再び鳴海のグラスにビールを注ぐ。半分程消化されていたグラスがまた一杯になる。呑みが足りねぇと叱られ、グラスを無理矢理空にさせられながら、意識が半分飛びながら、鳴海は笑った。
 ロストマン、ね。悪くないかもしれない。

   ・

 ここから先、鳴海が覚えているかどうかは定かでは無い。
 記憶の奥底に眠っているのかもしれないし、もしかしたら、酒の影響で、脳にバグが生じて綺麗に白紙になっているかもしれない。
 ただどちらにせよ、実際に彼の身に起きた出来事だった事に違いは無い。

   ・

 定まらない視界の中で鳴海はふらふらと歩いていた。沙原がどこに行ったのかは分からない。街の何処かで転がっているか、記憶に任せて大学に転がり込み、勝手に作ったスペアキーを使って部室に【帰宅】したかもしれない。なんにせよ彼は翌日にはケロッとした顔で起きて活動を開始するだろう。
 ただ、鳴海は今自分の居場所を完全に失念していた。沙原と同じように部室に向かわなかったのは、脱退という言葉が酔いつぶれた頭の中に残っていたからかもしれない。
 電車に乗ったのか、チャージは足りていたのか、定期より先に行っていたとしたら乗越金額はどうしたのか、それすら分からない。いや、最早そんな思考を持っているかも分からない。
 鳴海は定まらない視線の中で空を見上げている。今日は月が細くて、光もどこか弱い。あの日見た燦然とした月はどこに行ったのだろう。鳴海は手を伸ばしながら首を傾げる。一つ、二つ、三つ……。そのどれもが求めている月とは違っていた。
 やがて歩くのにも疲れたのか、歩いていた途中にあったバス停のベンチにどっかりと座ると、そのまま横になる。
 車道を通る車も少なく、バスも既に終バス時刻を過ぎている。鳴海は仰向けのまま額に右腕を乗せて唸ると、左手をベンチの外に投げ出す。鞄が地面に落ちる音が聞こえたが、既に鳴海には取る気力すら無かった。
「大丈夫ですか?」
 上から聞こえてきた声に鳴海は腕を退ける。
 退けられた腕の奥にあった顔を見て、律花はとても驚いた。
「何してるの……酷い臭い」
 ツンと鼻先を刺激するアルコールの臭いに顔を顰めながら、見覚えのある顔に向けて手を差し伸べる。きょとんとする鳴海を見て、律花は投げ出されていた手を握ると強引に引っ張った。
「酔ってる状態で仰向けは駄目なんでしょう?」
 律花は酒を飲んだことがない。だから見知った程度の知識ではあるが、鳴海を起こすとベンチに座らせ、隣に腰掛けて地面に落ちた鞄を拾い上げる。それから自分のポーチに入れてあったペットボトルを差し出す。
「……?」
「ただの水よ。酷い顔してるからさっさと飲んだほうがいいわ」
 鳴海は指示に従う。小型サイズのミネラルウォーターをごくごくと飲み干すと、空になったボトルを握り締めたままぼうっと前方を見ていた。その間に律花は鞄を開けて、何か身元が確認できるものは無いかと探し、やがて財布を見つけると学生証を確認する。
「住んでるとこ三つも先の駅じゃない! アンタ、なんでこんなところまで歩いて来てんのよ! というか担門大って……こんなのいるの? 今から別の大学の推薦取れないかなぁ……」
 顔を顰めながら学生証を眺めていると、どさ、と律花の膝元に何かが落ちてきた。
 律花が学生証から目を離すと、自分の膝元に鳴海の横顔があった。声にならない悲鳴を上げ、その頭を一発叩くと下に手を滑り込ませて持ち上げようとする。
「……追いつく……から」
 ぼそりと聞こえてきた声に、頭を持ち上げようとしていた手が止まる。目を閉じたまま鳴海は動かない。ただ口だけは何かを言いたそうにもごもごと動いていた。
「……何に、追いつきたいの?」
 それは、単純な好奇心だった。彼の事を一つも知らなかったのもある。あの時、自分をかっこいいと言ってくれた彼がどんな想いを抱いて日々を生きているのか、私が関係を絶った先で何をしているのか、少しだけ気になった。
 呻きながら鳴海は据わった目で真上に目をやる。先にあるのは律花の顔。突然目を開いた彼に律花は少し驚いたが、黙って彼が何を口にするのか待っていた。
「……月」
「月?」
 律花の頬を、鳴海の左手が触れる。
「月に触れたいんだ」
 一瞬だけ触れられた手は、再び投げ出されると、やがて鳴海は目を閉じた。
「俺は……ロストマンだから……」
 それだけ言い終えると、鳴海は心地よさそうに寝息を立て始める。膝の上で眠るその顔を見つめながら、律花は眼鏡を上げると、肩で息をした。
「ほんと、バカじゃないの……」
 そう呟きながら、律花は鳴海の乱れた前髪をそっと撫でて直した。


 律花が帰宅すると、花江がやってきて、おかえりなさい、と微笑んでみせた。律花はただいま、と返すと靴を脱いで、母に頼まれた買い物袋を手渡す。
「お父さんもお兄ちゃんもいないから頼んじゃったけど、なんにも無かった?」
「大丈夫だよ、ちょっと考え事してたから遅くなっちゃったけど」
「それは構わないけど、お父さんがいる時は気を付けなさいね。あの人律花が遅くに出歩くの嫌がるから」
 そんな事はしない。母は簡単に言葉にしているが、そんなことをすれば数日に渡って説教が続くに決まっている。女性としてどうとか、仮にも優等生として通ってる生徒がとか、ありとあらゆる方面から責められるだろう。
 どんなに成績を残しても、あの人に信頼しては貰えない。理解しているのに、そう思えば思う程必死になってしまう。
「頼まれなかったら、するわけないじゃない。私はそういうとこちゃんとしてるよ」
「……そうね」
 律花は着替えてくると一言告げると軽くお辞儀をしてリビングを後にする。その背中に花江が物憂げな視線を投げかけていることを、律花は知っているが、振り返ることはしなかった。

 自室に戻ると、深い溜息を一つ吐き出してからベッドに寝転がる。着替えないと皺になるなあと思いながら、中々動き出す気になれない。
 部屋を照らす円形の照明を眺めながら、律花は自分の膝にそっと手を触れてみる。
 月に触れるんだと彼は言っていた。自分の顔を見つめて、頬に手をやって、そう口にしていた。
「ロストマン、かぁ」
 あれは酔っていたせいだろうか。それとも……。

   ・

 金曜日、午後四時半。
 鳴海が駅前で待っていると、先週と同じ服装のジョニー・ストロボがやってきた。
「ジョニー・ストロボさんは……」
「ジョニーでいいよ。長くて呼びにくいだろう?」
「じゃあ、ジョニー……さんはその服が勝負服とかなんですか?」
 ああ、と指摘されてジョニーはモッズコートに目を向ける。中のシャツも全く同じものだ。
「まあ、気合入れておきたいのと、モッズコートが好きでね、何着か似たようなのを持ってるせいか中の服も似てきちゃってね」
「先週と違うんですか、これ?」
「違うよ、ほら、まずファーが付いてないだろう?」
 言われて気づく違いに呆れる。大漁のオーディエンスを前に圧倒してみせた人とは思えないマイペースさに鳴海は、もしかして騙されているのではないかと疑いたくなる。
「さて、本題だが、本当にいいのかい?」
 尋ねられて、鳴海は頷く。迷いは無かった。袂は分かってきた。この道に踏み込もうと決意をした。
 その想いを汲みとったのか、ジョニーは返答も聞かず頷きを返すと、両手を広げる。
「ようこそ、俺のレーベル【オー・パーツ】へ」
 そう言って微笑むと、ジョニーは広げた手を差し出す。鳴海はその手を取ると、強く握り締めた。
「さて、君が戦う理由を見出す為に何か出来ないかと考えていたんだが……」
「何かわかったんですか?」
「いいや、何も」首を振るジョニーを見て鳴海は残念そうに俯く。
「だが、少なくとも君の為になることは幾つもある。なんだと思う?」
「俺の為、ですか……?」
 ジョニーは鳴海の前に指を一本だけ立てた。
「人助けだ」
「人助け?」
 エンジンの回る音が聞こえる。バイクの唸るような排気音だ。鳴海はジョニーの背後にある車道に目を向けた。
「時間通りに付いたみたいだね」
 ヘルメットにゴーグル、ジャケットに短パン、黄色のタイツにブーツを履いた女性だった。
 ただ、それよりも鳴海の目に写ったのは、その彼女が乗ったバイクだった。
「あれ、ヴェスパ……?」
「彼女は黄色がとても好きでね、偶然見つけて買ったそうだよ。中々洒落てるものを買ったものだ」
 イタリアンイエローのヴェスパはジョニーの横に止まる。ヘルメットとゴーグルで顔の隠れた女性は口に棒付きのキャンディを咥えながら、じろじろと鳴海の事を観察する。
「ジョニー、これが新入り? 使えるの?」
「さあ、僕からは未知数だとしか言えないね」
「また出た未知数。代表ならいい加減傘下のプレイヤーを元気づけられる言葉の一つや二つ言ってもらえない? 私ももう聞き飽きたよ」
 溜息をつきながらヘルメットとゴーグルを外す。ハーフアップに纏められた後ろ髪が姿を現す。若干のつり目を見て少し気が強そうだと鳴海は思う。
 彼女はキャンディを舐めながらヴェスパのハンドルに前屈みに寄りかかり、鳴海を見て目を細めている。
「古都原、鳴海です」
「あら、あなた本名晒しちゃって良い派の人?」
「え?」
「彼まだ呼称も無いみたいなんだ」
「本当に新人なんだ。へえ、初めて見たかも」
 ヴェスパの上でにっこりと笑うと、彼女は目の前で棒になっている鳴海に手を差し出す。
「よろしく古都原くん。私はオーパーツで活動してるオーディエンス専門のプレイヤー。【レモンドロップス】って名前を使ってるからそう呼んで」
「あ、はい、よろしくお願いします」
 差し出された手を握ると、彼女は嬉そうに上下に何度も腕を振る。されるがままになっていると、レモンドロップスと名乗った彼女は鳴海に袋のついたままの飴を一本ポケットから取り出すと、目の前に差し出した。
「飴要る? 生憎私レモン味しか持ってないけど」
 成程、だからレモンドロップスか。
 この世界での呼称で、鳴海が初めてすぐに合点のいった名前だった。

       

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Neetsha