Neetel Inside ニートノベル
表紙

清水、歯医者行くってよ
04.『4年1組 よしおかさくら』

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 やっぱり何か着なくちゃまずいよ紫電ちゃん。
 というわけで、茂田が空き教室のどこかから体操着をかっぱらってきた。少しだけ汗や泥で汚れた白い体操服の布地はなぜかふわふわで、胸のところに「4年1組 よしおかさくら」とマジックで書いてある。すげーいいにおい。
「俺たちの高校って四年制だったのか、知らなかったぜ」
「そんなわけないだろ!!」と紫電ちゃんが頬を朱に染めてツッコミを入れてくる。
「お、お前らどこからそんなものを!?」
「おや、紫電ちゃん」
 俺は顔面に押し当てていた体操服から顔を離し、眉をひそめた。
「その顔はなんだい。失礼な人だね。これはただの体操服だよ? まるで俺たちがわいせつ物を取り扱っているような態度じゃないか」
「どう見てもそうだろ!! この変態紳士め……!!」
「全裸毛布に言われたくないな。何その格好、ふざけてるの? 通報するよ」
「くうっ……」
 紫電ちゃんはガックリとうなだれた。少し硬めの金髪が流れて額を隠した。そしてぷるぷると震える手を伸ばして、笑顔の俺たちから体操服を受け取った。ちなみに、下はブルマだ。
「っ! ご、後藤……パンツは?」
「男に下着をねだるなんてとんだ雌豚だな」と俺。
「悪いな紫電ちゃん、ここにあるパンツは俺たちの使い古ししかないぜ」と茂田。
「俺、新品持ってるけど」
 横井が何気なく紫電ちゃんに未使用のおパンツを手渡していた。
 俺と茂田は裏切り者のくるぶしを蹴り抜いた。
「痛ぁぁぁぁぁ……」
「ぶち殺すぞ横井、なんでお前おパンツなんて持ってんだ」
「おパンチするぞ」茂田の拳が正義に軋んだ。
 廊下に倒れこんだ横井はくるぶしを両手で押さえながらのたうち回った。その間に紫電ちゃんがいそいそとボロ切れの中で生着替えをしているのが横目に見える。
「ちっ、違うんだ! たまたま、たまたま拾ったんだよ!」
「どうせ彼女にプレゼントしようと買ってはみたものの、パンツを贈るということがお前にはただの変態的行為にしか思えなかったんだろう。この何者にもなれない男め!」
「横井おめー金がねえからジャンプ買えねえってのは嘘だったんだな!」
 だいたいおパンツが道端に落ちてる町とか変質者の巣窟じゃねーか。
 横井はよろつきながら立ち上がり、俺たちから距離を取った。
「うるせえな……お前ら彼女いねーからってひがんでんだろ!!」
「あっ、言ったなあ」
「ゆるさないぞう」
 俺は上履きを脱ぎ、茂田も脱ぎ、二人がかりで横井をとっ捕まえた。やめろよう、やめろようと悶える横井の首をロックして俺と茂田のフェロモンをよく吸った上履きを左右一足それぞれ横井の顔面に押し当てる。
「おえええええええええええええええええええええ」
「ひとが きにしてることを いったら どろぼう!」
「いやどろぼうじゃないだろ……可哀想だから離してやれ」
 見ると、すでに体操服姿になった「4年1組 よしおかさくら」の紫電ちゃんが腕を組んで、あきれた顔になっていた。
「……なんで横井はちょっと嬉しそうなんだ?」
「こいつ馬鹿なんだよ」
「……いや、意味わからん……」
 横井が鼻水を噴き出そうと準備し始めたので、俺たちは上履きを履き直した。
「紫電ちゃん、体操服スゲー似合ってるね!」
「……あんまり嬉しくない」
「ええー」
 ちょっとほこりっぽいとことかスゲー小粋だと思うんだけどなあ。
「そんなことより、男鹿のことだ」
 と紫電ちゃんが仕切り直した。
「……正直言って、男鹿がもう能力を使わないというのなら、その方がいい気もする」
「そうなん?」
「ああ。いまは野良ESPたちも沈静化しているし……誰よりも闘っていた沢村も問題なく学校生活を楽しめているくらいだ」
「あいつが廊下通ると黄色い声も一緒にキャピキャピ聞こえてきてスゲー不愉快なんだよね」と茂田がひどいことを言う。全面的に正しい。
 紫電ちゃんが指先に前髪をくるくると巻きつけながら、アンニュイな吐息を漏らした。
「男鹿と佐倉は四月から闘ってくれていた初期メンバーだ……その疲労もあって力が上手く使えていないのかもしれない」
「骨休めが必要ってことか」と俺。
「そーしたら清水の虫歯を抜けるようになるのかな?」と横井。
「わからないが、清水のことを抜きにしても、男鹿には何かしらのフォローが必要だと私は感じていた」
 紫電ちゃんマジホワイト。
「そこで、男鹿を慰安旅行に連れて行ってあげるのはどうだろうか?」
「学校はどうすんの?」と俺。
「サボっていいに決まってんじゃん!」と茂田。
「ダメに決まってるだろ!」
 紫電ちゃんが茂田のことを「ぽこっ」って殴った。「ぽこっ」って。かわいーなにこいつ天使。
「金曜の夕方から出発して、土日にどこかに泊まろう。それなら月曜には戻ってこれる」
「そんなリア充なことしていいの? どこかから怒られない?」
「まかせておけ」
 ふふん、と紫電ちゃんがありもしない胸を張る。
「何があっても、私がお前たちを守ってやる!」
「おぉー」
 俺らは細かいことは気にせずパチパチと拍手をすることにした。紫電ちゃんいま追われてて金もないみたいなんだけど大丈夫かな。
「横井、どこか旅行先の候補はないか?」
 と紫電ちゃんが横井に向かって言った。俺と茂田は顔を見合わせて「ひょっとして紫電ちゃんの中では横井が一番リア充?」という不安を共有し合った。大丈夫かなと思って喰った肉がやっぱダメだった時みたいな、甘酸っぱい微笑みが俺たちの間に伝播する。そりゃあね、彼女もいるしね、横井はね。どうせ俺たちなんてただのモブだよ。
 横井はウーンと考え込み、
「親戚の叔母さんがやってる民宿が電車で二時間くらいのところにあるけど、いく?」
「マジか」
「温泉は?」
「あるよ」
「横井マイフレンド」
「イェー」
 俺と茂田の絶賛を無視して紫電ちゃんが微笑む。
「よさそうだな、横井の縁戚の方なら信頼もできそうだ」
「何そのチョロインが主人公をヨイショするときみてえなセリフ」
「空気読めよでんでん!」
 俺と茂田は0.2秒ほど紫電ちゃんにど突き回されて廊下に長く這った。いてぇ。
 俺たちに足だけを見せて、紫電ちゃんと横井が会話を続ける。なんかサウンドノベルみてえな構図。
「横井とその叔母様は普段から仲がいいのか?」
「毎年正月に会うくらいかなー。よくそこんちの子と遊んだよ」
「ほう、その子たちも民宿の経営を手伝ったり?」
「そりゃあ一緒に住んでるわけだからね、なんの仕事もしてないってことはないと思うよ」
「そうなのか、若いのに殊勝な……」
「いやあ、田舎だから、子供が沢山いくと喜ぶと思うよ。普通に遊んでくると思うし。男鹿さんも癒されるんじゃないかな」
「それはいいな、ありがとう横井。じゃあ決まりだな」
「でも立花さん、旅費は……?」
「ああ、私は走る!」
「職質されると思うよ」
 金髪の美少女がブルマ履いて疾走してたら警官のコスプレしてでも引き留めるよね。俺と茂田はよっこらしょと立ち上がった。筋肉痛だわ明日。
「話は決まったようだな。紫電ちゃんの交通費および宿泊費は俺がこないだてっちゃんたちと無尽やった時の金があるからそこから出そう」
「お前らいったい何をしてるんだ……」
 無尽とは、毎月決まった額をみんなで担保しあって、必要な時に利ざやの競りを行って一番高い金利で借りた奴がプールされた金を使えるシステムのことだ。男子高校生なら常識だぜ! ちなみに言いだしっぺが最初の金を落とせるというローカルルールがある。
「泊まる場所は横井んちとしてだ」
「いや、俺んちではないんだけど」
「誰を誘う? こないだ文化祭で女子が埋蔵金を掘り当ててたから、資金は大丈夫だろう。2組の美鏡さんとか1組の嶋岡さんとか来てくれないかな?」
「おっ、後藤おまえほんと頭いいな!」
「だろ」
 茂田がご両人をお慕い申し上げているのはリサーチ済みだぜ。しかしどう考えても高嶺の花だけどな。美鏡さんは黒髪ロングの令嬢系美少女だし、嶋岡さんは小悪魔系キュートガールだ。あまりにもショートカットが似合いすぎて彼女のストーカーが定期的に伸びかけた襟足を寝ている間に切ってあげているという恐ろしい噂があり、俺はその犯人が芥子島だということをまだ誰にも言えないでいる。友達は裏切れないよね。写メとかくれるし。
 茂田の目にはもうバラ色しか映っていない。俺は紫電ちゃんと横井に向き直った。
「どうせなら大勢でいこうぜ」
 紫電ちゃんが「でも……」と体操服の袖をちょっと手にかぶせながら、口元にそれをあてがった。
「あんまり大人数で急に押しかけてはご迷惑では……」
「いやいや、逆々」と横井が手を振った。
「経営的には臨時ボーナスみたいな感じで超助かると思うよ。その代り、あんま値引きとかしてあげられないと思うけど……」
「そう? そうか? じゃあ……みんなを誘ってみようか。あ、清水も連れていってはどうだろう。虫歯も治るかもしれない」
「押してダメなら引いてみろってやつだな?」
「いや違うんだが」
 まァ湯治という言葉もあるし、身体をあっためて悪いこたねえだろう。
 俺はワクワクしながら携帯電話を取り出した。
「よーし、誰を呼ぶか! 男鹿は確定として、佐倉も連れてってやろう。酒井さんも来るだろうし、それに紫電ちゃん、美鏡さんと嶋岡さん? うわあ、花園だなあ」
「おい後藤」紫電ちゃんが俺をジト目で睨んでくる。
「……みんなで泊まりになるが、無論、不純異性交遊は厳禁だぞ」
「あはは、わかってるわかってる」
「そうか」
「前フリでしょ?」
「ば、ばかっ! そんなんじゃない! 何かあったら私じゃ責任は取れないんだぞっ!」
 真っ赤になって叫ぶ紫電ちゃん。汚された美少女をひっしと抱きしめて「野良犬に噛まれたか……ふびんな……よし、私が責任を取ってやる!」という百合コースもアリだと思います。全然アリ。桜trick。
 まァ、襲っても腕折られるのが関の山だしなー。
 詳しいアクセスの仕方などを話し始めた紫電ちゃんと横井を見ながら、遠い目をして、急に茂田がぽつんと言った。
「後藤、あのさ」
「なんだよ、改まって」
 へへ、と茂田が照れくさそうに鼻をこすり、
「俺さ、お前と友達でよかっ――」
 だが、俺がその言葉の続きを聞くことは永遠になかった。
 背後から忍び寄った何者かが、茂田の後頭部を掴み、まるで何かの冗談のような気軽さで、その小さな顎を撃ち落したからだ。
 鈍い音がした。俺の鼓膜がまだその衝撃に反響している間に、ゆっくりと茂田の身体が流れ……そしてどうっと横倒しになった。俺は全身が震えた。そして恐怖の化身を目の当たりにした。
「あっ、間違えた。後藤じゃなかった」
「茂田あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
 俺はもはや動かぬ友の身体を抱きかかえ、泣き叫んだ。
「どうしてっ、なんでこんな!! 茂田がいったい何をしたっていうんだ!!」
 だって、と悪魔が言う。
「見間違えちゃったんだもーん。後藤にやろうと思ったの」
「馬鹿野郎、人の命をなんだと思ってるんだ!! 死ね!!」
「えー、ひどい言い草だなァ。あ、でんでん!」
 ぼさぼさの長髪を犬の尻尾のように振り立てながら、地柱地方の『鉄拳城塞』こと天ヶ峰美里が、紫電ちゃんの「4年1組 よしおかさくら」のゼッケンにぽふっと飛び込んだ。んー、とその胸に顔を押し当てて気持ちよさそうにしている。これが女子力?
「でんでん、どこ行ってたの? 生徒会をやめちゃってから全然見かけないから、探しちゃったよ!」
 拳に血がついてるんですがそれは。
「……すまなかったな、美里。ちょっといろいろワケありで……」
「ちょっといろいろワケがあって、小学生になってるの?」
 天ヶ峰がじぃっ……と紫電ちゃんの体操服を凝視している。
「いや、これは……その……変装? ってやつだ。な、後藤!」
 紫電ちゃんが作り笑いを向けてきた。着るものがなかったとは白状したくないらしい。俺は笑顔で頷いてやった。俺の腕の中で友が刻一刻と冷たくなってるんだけど紫電ちゃんたすけて。世界の中心はここだよ。
「あ、そうだ後藤!」
 天ヶ峰が紫電ちゃんに抱き着いたまま、俺に歯を剥いて笑いかけてきた。
「話は聞かせてもらったよ!」
「え……?」
「わたしも温泉、いくから!」
 いや。
 いやいやいや。
 いやいやいやいやいや。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」

「落ち着け後藤、もうダメだ」横井は諦めてしまった。
「あははっ、後藤ったら震えちゃってかわいい」
 天ヶ峰が首だけこちらに向けながら、ぎゅっと紫電ちゃんを抱きすくめ、ニタァっと笑った。なにこいつ超怖ぇ! 誰か助けて!
 ふざけんなよ! せっかく、せっかく俺がこの荒廃した大地に楽園を築き上げようとした瞬間に、それを全部ぶち壊しにするなんて……
 俺は腹の底から叫んだ。
「あ、天ヶ峰!!」
「なに?」
「少しはなァ、空気読めよ!!」
「空気にはなんて書いてあるのかな?」
「……何も書いてありません!!!!」
 怖いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!
「じゃ、後藤」
 天ヶ峰は紫電ちゃんの首ったけに抱き着きながら、くるりとその周囲を一周して、天使に頬ずりしながら俺に微笑んだ。
「楽しみにしてるね?」
「いや、その、お金」
「無尽」
 あれ返さなきゃいけないお金なんだけど……
「後藤……」
 跪いた俺を紫電ちゃんが憐れみのこもった視線で見てきた。その眼差しを横井がぐっと腕を伸ばしてさえぎる。
「見ちゃダメだ、心が折れる」
 俺は半年放置したカレーか何かか。

 ○

「おう清水! 歯医者どうだった?」
「ああ後藤……やっぱり駄目だったわ。現代医学では頭蓋ごと破壊するしかないって言われた」
「どんなヤブ医者に通ったんだよ。……まァいいや。それよりお前のことで決まったことが一個あってな!」
「え、なに?」
「お前を温泉に連れていくことになった!」
「なんで?」
 うん、そうだよな清水。
 俺もそう思うもん。

       

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Neetsha