「ねえねえ、これからどこへ行くの? 楽しいところ?」
コンビニで金をおろしていた俺の横で、優子が不思議そうに聞いてきた。
俺は口元に人差し指を当てた。それを見ると優子も同じ動作を繰り返して、にっこりと笑った。好きなお菓子とアイスを買ってやると、優子は両手を振って喜んだ。
コンビニのイートインに入る。
平日の昼間とあって、コンビニはサラリーマンやオフィスレディで混雑している。席はないかと探していたところ、一人で二人分取っていたらしい会社員風貌の男性が席を譲ってくれたので、俺達は会釈しながら腰を下ろした。
俺は買った新聞をめくる。
三面記事に、「親に捨てられた少女、何者かに誘拐される」と報道されていた。どうやら俺の顔は割れていないようで、容疑者は一七〇センチ程度の男性としか書かれていなかった。まあ、黒ずくめにマスク着用で闖入したからバレなくて当然だな。俺は警察の頼りなさに小さく笑った。優子の写真もどこにもない。そのうち見つけられて掲載されるだろうから、この街にも長居はできないだろう。
街の隅のコンビニで、俺はまたひとつ決意を固めた。
【六月十日】
「優子、旅に出よう」
「旅?」優子は首を傾げた。「おとうさんとおかあさんみたいに、旅行するってこと?」
「ああ、そうだ」俺はコーヒーを飲みながら答える。「これまで経験したこともない、楽しいところに行こう。デパートでも、遊園地でも、どこでもいい」
できるだけ長く、優子には夢を見せてやりたい。
もしも見つかったら、優子はあの叔父かどうかもわからない輩に引き取られるのだろうから。
「楽しいところって、人がいっぱいいるんだよね」
「いるだろうな。みんな楽しいところに行きたいから、たくさん人が集まる」
「それじゃ、あそこも楽しいところってことなの?」
優子が、窓の外を指さした。俺はその先を見やる。コンビニの外、高層ビルの下に人だかりができている。誰か有名人でも来ているのだろうか。警察に見つかる心配はあるが、優子が気になるのなら仕方ない。
「何があるんだろうな。行ってみるか」
「うん!」
俺は立ち上がり、優子の手を引きながらコンビニを出た。
そして俺は――――その人だかりがどこか異常であることと、それらが“見上げているもの”に気付いた。
「おい……嘘だろ?」
ビルの屋上、柵を越えた狭いスペースに、スーツ姿の女性が立っていた。
見上げる野次馬は、悲鳴混じりに何と言っているか分からない声をかけ続けていた。
まさかそんなことを、と俺は述懐した。心臓が早鐘を打つ。気付けば俺は、優子の手を離して駆け出していた。
そのまさかは、不意に訪れた。
女性の足が――――ビルから離れる。
三章「ほとんどの悪を吐き終えたら」