更にその翌日、俺は同僚と金池の街を捜索していた。
犯人はまだ、遠くまで逃げてはいないはずだ。だから諸君は金池の捜索に当たってくれ。
それが上の考えだ。俺もそれには同意だった。
誘拐犯はすぐには現場を離れない。警察による捜索が別の場所に移った頃、こっそりと移動を始めるのだ。だからまだ一週間ほどは、この街で逃亡の準備を始める可能性が高い。そこを押さえられなければ、おそらく捕まえることは出来ないだろう。だから最大限の力を以って、捜索に当たらなければならない。
晴れやかだった気分から一転、俺の気分は緊張で張り詰めていた。
誘拐も同じだ。愛すべき人同士を切り離す行為。だから俺はその犯人を捕らえて、然るべき罰を与えなければならない。
俺のその信念を知っていた相棒は、俺の直感を信じて随伴してくれていた。
単に俺の目が殺人鬼的に鋭かったから、黙って付いて来ていただけかもしれないが、俺は気にも留めなかった。
幼い少女の誘拐なんて、許されざる行為だ。そんな蛮行を働く輩を、みすみす逃がす訳にはいかない。
俺は青空広がる金池の街で、狩人のように目を光らせていた。
【六月十日】
「二手に別れよう。そのほうが効率がいい」
俺は相棒にそう提案して、単独で捜査を始めた。最低でも二人以上で捜索するように命じられているので、見つかればどやされるかもしれない。それでも構わない。一人でなければ、どうにも集中できなかった。自責の念があるのかは分からないが、こういう事件の時に複数で捜査していると、どうも効率が悪いような気がしてならないのだ。
一人のほうが不思議と、勘が働く気がする。
俺は自分の感覚だけを頼りに、金池の都市部へ踏み込んだ。
誘拐事件のことなど、知らない人のほうが多いだろう。まだ、大々的に報道はされていない。混乱に乗じて犯人が逃げるのを防ぐためだ。だから街は今日も平常運転だ。
犯人の顔は明らかになっていなかったが、連れ去られた少女の詳細は明らかになっていた。少女の叔父と称する人物が証言したのだ。警察は少女のことが割れていると犯人に知られないように、その事実を秘匿した。そうすれば、犯人も油断して街を離れるのが遅くなるかもしれない。そこをつけば、全て片がつく。
小さい子どもを連れた人に注意を走らせながら、俺はある通りへ出た。
すぐに、そこにできていた人だかりに気が付いた。
「……何か、催しでもあるのか?」
そう呟いた刹那、俺の目はある男と、その男と手をつないだ少女を捉えた。
少女の姿は紛れも無く、誘拐された少女のそれだった。髪型も、履いている靴も一致している。俺の目に間違いはなかった。なかったはずなのに、俺はしばらくその場で立ち尽くした。
すぐにでも飛び出して、犯人の両手に手錠をかけてやりたいところだった。
でも、それが出来なかった。
そう――
「嘘だろ……ヒロト?」
その少女を連れていたのが、一昨日酒を飲み交わしたばかりの親友、橘博人だったのだ。
見間違えるはずがない。目つきや引き結んだ口元も、一昨日会ったばかりの友人と全く同じだった。
自分の目を疑いたかった。画家を目指していたはずのヒロトが、まさか誘拐に手を染めているなんて現実のものとは思えなかった。何か理由があるに違いないと思いたかった。視界が揺らいで、少しだけ気分が悪くなった。
俺は一体、どうすればいいんだ?
すると次の瞬間、ヒロトは少女を置き去りにして、突発的に走りだした。
もしかして、感付かれたか。
俺はぐらついていた頭を振って、ヒロトの後を追って人混みの中に飛び込んだ。
何はともあれ、どうしてこんなことをしたのか問いたださなければならない。
一人の警察官として、俺は誘拐犯を裁く必要がある。
ヒロト自身にあの日誓った言葉を呟きながら、俺は野次馬の間を縫って走った。
ビルの上から落ちてくる人の姿など、俺の目には映っていなかった。
四章「戦いぬくための作法」