Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 人生に必要なのは、運の強さではなく生まれ持った才能。
 俺は今まで、そう信じて生きてきた。
 身長もあるし、顔もそこそこだし、運動神経が悪いわけではない。勉強もそれなりに出来る。過大評価しすぎだと笑われてもいい。自分自身は、客観的に見ればそれなりに良く出来た人間だと思っていた。
 ところがなんだ、このザマは。
 受験に失敗したのを皮切りに、名前も良く知らない大学に入学し、彼女は出来たが別れてしまい、大学もついていけずに中退し、それから始めたアルバイトも三カ月おきに勤務先が変わっている。どう考えても負け組みの旅路をのらりくらりと歩み始めている。ちっぽけな矜持はまだ何とか平静を装っているが、きっと、いつ崩壊してもおかしくはない。ちょっと前までは、そんなことをよく考え、引きこもりがちになることも多かった。
 だけど最近は、そんなことはどうでもいいことだと考えるようになった。
 必要なのは才能ではなく、運の強さなんだと気付いてしまった。
「稀代の才能を持っていたとしても、環境に恵まれなければ宝の持ち腐れだ」
 俺は煙草に火をつけ、吹かしながら呟いた。
 土曜日の街路は老若男女がざわめき、活気で満ちている。着飾った人々、すれ違う雑踏。俺たち二人は行くあてもなく、X字の交差点をのんびり歩く。
「それが俺に該当するのかはさっぱり分からないけどな」
「環境に恵まれないのは、自分から求めようとしないからじゃないの?」
「違うな、天恵みたいなもんだよ。環境、居場所ってのは自分から手に入れるもんじゃなくて、自ずと与えられるものなんだ」
「じゃあ、マリオはこれからどうするの?」
「それが分かれば、苦労はしないな」
 自分に見合う居場所なんて、探そうとして見つかるもんじゃない。
 結局は全て、運任せ。
 無才の人間が、ふとしたきっかけで大富豪に成り上がることがある。
 金持ちの子が、親の倒産でストリートチルドレンに陥落する事だってある。
 善意の行動を取って、何の罪もなく殺される人がいる。
 悪意の行動を以って、飯にありつける人だっている。
 その人の素性なんて、人生には何ら関係ない。
 結局は全て、運任せ。
 そして俺はその運に、いわば神に見捨てられた人間の一個体。
 いつでも俺の隣では、悪魔がカードを引いている。
「神様は俺を選ばなかった。俺は、値踏みされた」
 タバコの煙がいつもと違う。ポケットに入れた箱を確認したが、いつもと変わらないメーカー。
「でも、もしかしたら何とかなるかもしれないじゃない」
「それはお前だから言える言葉だ」
 由紀を一瞥して、反論する。
 由紀は俺とは違う。今までの人生を考察する限り由紀は特に突出すべき点もなく、成績だって平凡だった。入学した大学も並より少し上程度だった。
 しかし彼女はそこで良い教授に恵まれ、良い就職先を紹介してもらい、今では立派な歯車として社会貢献している。言うなれば、由紀は神に選ばれた人間だ。
「成功者には何にも分かりはしない。負け犬の飯の味が、お前には分かるか?」
「分かるよ。生クリームの味がした」
「…………それはさっき食べたカルボナーラだな」
 どや顔で問いかけた俺が馬鹿らしく思えるほど、由紀はあっけらかんに答える。
「私は幼馴染の好として、割と本気でアンタのこと心配してるんだからね」
「そんな、心配するだけ無駄だよ」
 俺は湿った排水溝に煙草を押し込んだ。
 五月の終わりにも拘らず、そこらの街路樹では蝉が産声を上げている。ん、違うか。奴らは死ぬ直前の一週間に鳴き始めるから……産声ではないか。死ぬ間際の叫びみたいなもんか。何かあったな、そんな言葉。
「俺の生き方はもう決まってるんだ。どう足掻こうと、今更無駄さ」
「案外、行動したら変わるもんよ」
 はい無視した。この人無視しましたよ皆さん。俺がこう、決め顔で言うような台詞並べているときに限ってこの人華麗に無視してませんかね。
「あのマリオだって、最初から恵まれているわけじゃないでしょ? 彼は命を捨てて一国の姫を助け出したことによって、名声を得た。彼の生き様に倣うなら、行動することが人生を変える一番の近道じゃないかと思うんだけど、違う?」
「ぬぐ」
 由紀の言葉はいつも筋が通っているので、反証を挙げることは出来ない。
「彼はその気になれば幾つでも命を増やすことは出来るけど、私の横で歩いているマリオの命はたった一つだけ。死んだら終わりハイそこまでよ」
 由紀は前を向いたまま、微笑んで言う。
「人生の失敗は許されない。それを心配することが、何か悪いこと?」
「本当におせっかいだなお前は。お前と俺では生き方のベクトルが違うんだ、いいから放っといてくれ」
 俺は歩みを早める。
「お前は正のベクトル、俺は負のベクトル。交わったらお前まで消えてしまう」
 やがて隣を歩いていた由紀の気配は、雑踏に紛れて消えた。振り向くと、由紀は少し離れたところで笑っていた。気の強そうな瞳で、嘲るのではなく、まるで見守るように笑っていた。
 一体、何がしたいんだろうか。
 俺は背中越しに手を振った。
 空には雲一つなかったが、一雨来そうだな、とぼやいた。

       

表紙
Tweet

Neetsha