Neetel Inside ニートノベル
表紙

ヒーロー・ばーさす
第一話: 正義の味方・変身

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 午後の教室内は気の抜けた空気が充満している。その中に溶け込むように、小浦蒼甫(おうらそうすけ)は机に突っ伏していた。ここ最近全くと言っていいほど活力がない。右手に持ったシャーペンの柄で自分の頭を軽く小突く。
 蒼甫は元来熱血漢であった。やる気に満ち溢れ、何事にもめげない正義感の強い男だった。さらに言えば『正義の味方』だった。ここで言うそれは秘密のベルト等で変身し、社会にのさばる悪党どもを千切っては投げ千切っては投げる、あの正義の味方だ。
 しかしそれも過去の話。齢にして十五の若造が過去の話と言うのも少々気障りだが、引退したのだ。更に言えば引退と聞こえは良いが、その理由は無様や無様。簡潔に言えば契約不履行による懲戒解雇である。
 蒼甫が正義の味方を始めたのは丁度十四歳の時。夏休みも間近に迫った七月の暑い日のことだった。そこから半年、つまり二月頃までは正義の味方だった。だが春休みに入り高校受験が間近に迫った時、蒼甫は受験勉強という至極当然な成り行きに身を任せた。
「正義の味方が受験勉強で活動休止など聞いたことがないわ! 自分の事しか考えていない貴様に正義の味方をやる資格などなし!」
 力を与えてくれた小柄な銀髪の少女は、蒼甫に罵詈雑言を浴びせた後にその力を没収し姿を消した。それが春休み最後の日。
 正義の味方が受験勉強で引退とはどういうことか。そう責め立てられれば、正義の味方にも人権や自分の人生があるのだと返答しよう。それに中学生活という一度しかない期間の半年分を無償で他人を救済する活動に費やしたのだから誰にも文句は言わせない。ただ当時の蒼甫にはそれを少女に伝える程の度胸も気概もなかった。その後念願叶って志望校には合格したものの、そこには達成感は無く、ただただ虚無感が襲うばかりだった。

「うーし、誰も聞いてないようだからもうホームルームは終わりだ。さっさと帰れ」
 担任のやる気のない号令とは正反対に、生徒達は午後の無気力さの反動と言わんばかりに活気を取り戻す。
「小浦、今日はどうすんべ? ゲーセンいくっぺ?」
 隣の席の脇屋(わきや)は今流行りの音ゲーを操作する真似をしながら言った。髪型はスポーツをするでもないのに丸坊主。前歯が少し前に出ていているが、人の好さそうな顔をしている。実際に彼は親切で優しく、その風貌からは想像できないほど紳士である。そんな彼とは入学式以来の仲であり、放課後はよく二人でゲームセンターへと足を運ぶ。
「今日は真っ直ぐ帰るわ。金もないしな」
「わかったべ。じゃあおれっちも今日は帰るわ」
「途中まで一緒に帰るか」
「コンビニ寄ってアイス買うべ。最近暑くなったかんな」
 高校に入学してからはや三ヶ月。なんとか友人もでき、ごく普通の学校生活を送っている。高校生初めての期末テストも終わり、後は夏休みを待つだけとなった。
「グァリちゃんはやっぱりチョコミント味がスタンダードにして至高だろ。他は邪道だ」
「いやいや、新作のグァリちゃんカニクリーム味は深みのある味だったべ!」
 駅前のコンビニ。その駐車場の端で蒼甫と脇屋はアイスを食べながら談笑する。ゲームセンターに行かない時は真っ直ぐ帰るか大抵はここで暇をつぶす。
「おっともうこんな時間か。じゃあな、小浦!」
「おう。また明日!」
 電車通学の脇屋とは駅前で別れ、蒼甫はそのまま帰路に着く。学校は徒歩で通える距離を選んだ。偏差値も割と高く評判も良かったし、何より正義の味方の活動に支障が出ないと思ったからだ。今となっては消したい過去だ。
 学校生活は楽しい。友達も脇屋以外にもいるし、女子とだって数名だが話すくらいはする。
 しかし通学路を辿る時、毎日思う。こんなはずでは無かった。
 正義の味方であったあの頃が恋しい。あの娘と過ごした日々が懐かしい。十五歳という期間の中で一年前が多分絶頂の時だったと思う。それ程充実していた。恋をし、戦いに明け暮れた日々。そこには燃える様な活力と安らぎがあった。
 人気の少ない路地裏に入る。ここからは俺の独壇場。俺の唯一の憂さ晴らし。今日の妄想はいつか戦ったテロリスト集団。襲い掛かる屈強な男共を流水の如き動きで避け一人づつ鳩尾に一撃を食らわしていく。三人倒したところで奴らは尻尾を巻いて逃げ出す。
 逃がさねえぜ。お前らへの恨みはないが、八つ当たりさせてもらう。この手で根絶やしにするまでどこまでも追い続けてやる。あの路地の向うまでも。いや――
「そう、地獄の果てまでも……」
「ななな、なんだってぇ!?」
 差し出した右人差し指がプルプルと震えた。誰も居ないだろうと高を括って言い放った決め台詞は、恥ずかしさのあまり尾に行くほど小さく萎んでいく。そこには禿隠しのスキンヘッド、ビールで育てたのだろうだらしない腹、それを強調するように白いタンクトップを着た典型的中年のおっさんがいた。
「あ、あ、あは……」
 顔を真っ赤にしながら、人差し指を頭の後ろに持っていく。おっさんを直視できずにゆっくりと視線を下げた。
――刹那、蒼甫の横を何かが通り過ぎた。
 条件反射でそれを目で追った。二、三回バウンドしながら突き当りの壁に激突したそれがおっさんであると気づくのには時間はかからなかった。砕けるコンクリートの壁が衝撃の強さをもの語っている。
「サンキュー。助かったぜ、ええと……少年!」
「はぁ? えっ? え??」
 突然のことで思考が停止している蒼甫の目の前に、まるで熊にでも襲われたような格好の青年が現れた。彼の手にはペットボトル大のごてごてした拳銃が握られていた。銃口からは薄らと煙が立ち上がっている。
「え、映画の撮影?」
「だったらいいけどな」
 青年は腰を落とし両手で拳銃を構えると銃口をおっさんに向け、引き金に右人差し指をかけた。
 その姿には既視感があった。何かに立ち向かおうとするその姿は、子供の頃憧れたテレビに映る英雄似ている。
「ああ、痛い。子供が銃器を使用するなんて法律違反。これはもうお仕置きが必要だよ。まったく前の子もそうだけど君も随分常識外れだよね!」
 崩れたコンクリートをどかしながらおっさんは立ち上がった。頭から少し血を流しているが、それでもあれ程の衝撃を受けて平然と動けることに違和感を覚えた。
「この状況で常識語ってるんじゃねえよ」
「いやいや、君達は間違っている。弱いなら弱いなりにルールを守られなければならない。弱い者は弱いから強い者が守ってくれる。弱い者が守られるから、平和が保たれるんだよ。武器なんてもっての外だ。弱い者が一瞬で強者になってしまう。強者が溢れたら、戦いが起こる」
 体の埃を払いつつ、ため息に混じりにおっさんはこちらに歩みを進める。それに対し青年は眼光を更に鋭くし、息を深く吐きながら脇をしめた。
「なあ、これってどういう状況なんだよ?」
 先ほどから素晴らしいご高説を聞くも意味不明で蚊帳の外。あのおっさんは何者で、青年も何者なのか。宗教家とそれを目の敵にする青年という構図を思い浮かべるも、常識的では無いなとその思考を掻き消す。現状が常識的では無い時点で常識を考えるのは皮肉かもしれないが。
「すまん少年。とりあえず逃げとけ」
「まあ、逃がしてもいいんだが。でも非行に走りそうな青少年をここで更生させないまま帰すのも……」
 取り敢えず逃げろと言われても納得できるはずがない。お前は何なんだと、抗議の視線を青年におくる。それにあちらも逃がす気などさらさらないようだし、これは嫌でも真実を話して貰いたい。
 青年は蒼甫の目をちらりと覗くと、少し多めに息を吐いた。「覚悟しとけよ」と小さく呟くと、今度を息を大きく吸った。
「うるせえ怪物! 化け物! 死んじまえ!!」
 まるで小学生のような悪口を青年は大声で叫んだ。思わず「はあ?」と素っ頓狂な声を蒼甫はあげたが、相手に取ってはどうやら辛抱たまらない言葉であったようだ。
「怪物……だと?」
 その迫力に人間誰しも持つ危機回避能力が声を上げる。体中から汗が吹き出し、筋肉が強張る。以前に何度か出会った感覚。正義の味方をしていた頃、命の危険が迫ったときに感じたどうしようもない恐怖。
「人間より優れた私を怪物と呼ぶか。私より人間としての誇りも力も持たない劣等種が私を人間ではないと言うのかああ!!!」
「普通の人間なら怪物って言われてもそこまでキレねえよ。それが図星だからお前はキレるんだ!」
「黙れ青二才があああああああああああ!!!!」
 叫びと共に隆起する胸筋。白いタンクトップは千切れ、顕わになった肌は赤く変色し硬化していく。顔面は鼻などの凹凸が消えていき、まるでバイクのヘルメットを被ったかかのように流線型を描く。だらしなかった体系は水泳選手のように引き締まっていく。
「私は新人類だ。そして哀れな旧人類の求道者!!」
 蒼甫は生唾を飲み込む。首筋を大玉の汗が伝う。信じられなかった。だがその驚きは彼の『変身』自体ではない。
「だから誰もお前なんかに説教される必要ねえんだよ!」
「貴様らはそうやって現実を受け入れようとしない。真実はそこにあるというのに見向きもしない。だから貴様らは滅びる。だから私は貴様らを救ってやるのだ!」
「話にならねえな!」
 人は自分と違うものを恐れる。昔の人も自分達とは違う外国人を恐れ、争った。姿形が異形であったらなおのことだろう。
 蒼甫には彼の姿に対する恐怖心はほとんどなかった。それは彼が自分と同じであったから。
「分からないだろう。『変身』もできない旧人類にはなぁ!」
 その姿は、その力は俺だけのものだった。あの日俺だけが本物だった。それは今までもこれからもずっとそうであると思っていた。それがある意味生きていくことに必要な自信だった。
「どうして、どうしてお前がっ!!!」 
「ふむ。私のこの神々しい姿を知っている殊勝な一般人がいたか。しかし驚くことではない。なにせ――」
 少年が一度は憧れる。テレビの向う側にだけ存在する偶像。あの日、蒼甫がなっていた本物の幻。
「私は正義の味方なのだから!!」

       

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