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SF小説アンソロジー
日ソ軍事境界線/安土理庵

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「皇紀二六三五年九月一四日
 天気:吹雪
 監視所によれば、吹雪のためソヴィエト軍の動向は不明。だが、中野学校出の情報将校である藤原中尉によれば、蘇軍はエカテリンブルクとの通信を何度も繰り返しているという。何かの謀略があるのかもしれない。警戒する必要がある」
 第三三六師団戦車第一連隊第二中隊長の原田道夫少佐はそう日記に書くと、日記を閉じ本棚にしまった。窓から外を見ると、相変わらずの猛吹雪だった。その中で整備兵たちが手をかじかませながら戦車の整備をしている。ご苦労なことだ、後で労ってやらねばならない、と原田は思った。
 原田たち第三六軍第三三六師団がいるのはロシア極東、ヤクーツクの郊外にある基地だ。レナ川に面しており、対岸にはソヴィエト連邦軍の前哨基地が見える。原田はここに着任してから四年になる。
 大日本帝国陸軍がこの地に基地を構えるようになったのはもう三〇年も前のことだ。皇紀二六〇一年、西暦に直すと一九四一年の七月、日本はソ連に対し宣戦布告し、満州国からソ連極東へと攻め入った。同盟国のドイツが六月にソ連と戦端を開いたためである。機甲戦力においてソ連軍に差を開けられていた我が軍であったが、敵軍はスターリンによる大粛清によって高級将校の大多数を失っていたため統率がとれておらず、敵ではなかった。九月までに我が軍はヤクート共和国及びイルクーツク州に侵攻した。更にこの九月、ドイツ軍はモスクワ攻略作戦を発動し、一一月にこれを占領、ソ連指導部はウラル管区まで撤退した。戦局は我々に有利となっていた。
 だが、一二月になって状況が一変する。ソ連に対し協力的だったルーズベルト大統領率いるアメリカが日本に対し宣戦を布告、日米戦争が勃発したのだ。これにより、対ソ戦線は停止を余儀なくされる。幸いなことに海軍が太平洋における決戦でアメリカ軍の出鼻をくじき、更にフィリピンのアメリカ陸軍航空軍基地の強襲に成功したため日米戦線は膠着状態となり、日本本土が攻撃されることはなかった。
 その後、ルーズベルトは心臓病で死亡、跡を継いだトルーマンは前任者に比べ反共的であったため日米戦争は一九四三年に終結を見る。また、長らく混迷を極めた中国との戦争も一九四四年に和平条約が締結され、対ソ戦に全力が傾注されることになった。
 しかし、ソ連は日米戦争の間戦力の拡充を図っていたため戦局は膠着状態となり、結局一九四五年に日独・ソ間での休戦協定が結ばれ対ソ戦争は終結することになった。これにより、日ソはレナ川及びバイカル湖を軍事境界線とすることになった。
 戦争が終わってから三〇年、この間各国での核兵器の開発や軍拡などが行われたため、世界はいわゆる「冷戦」の状態に入っている。しかし、原田はこれをかりそめの平和に過ぎないと感じていた。ソ連はまだ広大な領土を失ったことへの恨みを忘れてはいない。国境地帯における活動も活発になってきている。いつ「冷戦」が「熱戦」になってもおかしくない、と原田は考えていた。
 そんな中、原田の部屋のドアを叩く音がした。
「誰か?」
 ドアの向こうにいる者が答えた。
「伝令であります」
 原田は椅子から立つと、ドアのもとに行き、開けた。まだ二〇代かそこらの若い伝令兵が立っていた。
「岡田連隊長がお呼びであります。至急司令室まで向かってください」
「何事だ」
「それは聞いておりませんが、至急とのことです」
 原田は部屋を出て、司令室へと向かった。

 原田は司令室へと入った。司令室には岡田連隊長をはじめとした連隊の全指揮官が揃っていた。
「よし、全員揃ったな」
 岡田は話し始めた。
「師団本部から先ほど連絡が入った。蘇軍占領地域にいる我々の密偵が、敵軍に大規模な動きがあることを確認したらしい」
 一同がどよめいた。
「どのような動きですか?」
 中隊長の一人が言った。
「うむ、戦車や兵員が大量に前哨基地へと運び込まれていったらしい」
「攻撃してくるつもりでしょうか?」
 そう原田が問うた。
「それについてはまだわからん。だが、可能性は極めて高いだろう。師団長は基地全体に第二戦闘配置を……」
 そう岡田が言っていた時、サイレンが鳴り響いた。スピーカーから電探監視員の声が響く。
『敵機来襲! 種別、戦闘機及び軽爆撃機! 数、二〇~三〇!』

 数分後、基地では激しい対空戦闘が繰り広げられていた。
 高射機関砲の曳光弾が吹雪の空を照らし、対空誘導弾が発射機から空に打ち上げられていた。敵機の投下した爆弾があちこちで炸裂し、炎を上げていた。上空では敵機に対し我が軍のジェット戦闘機が迎撃戦闘を行っていた。
 原田はこの攻撃の中をくぐり抜け、自分の戦車のもとに向かった。幸いなことに、彼の戦車は無事だった。
 原田の中隊が装備する戦車は三三式中戦車という。二年前に制式化されたばかりの最新型だ。ドイツで開発された強力な一〇五ミリ砲、日本だけでなく大陸での走行にも対応した足回り、避弾経始を考慮した車体など、最先端の技術を結集している。
「曹長、すぐに出せ!」
 原田は車内で待機していた部下に対し戦車を出撃させるように命令した。原田は無線機を取り、生き残っている他の戦車に対し指示を出した。
「全車両へ、至急レナ川の河岸へ向かえ! おそらく敵はもう渡河を始めているものと思われる! なんとしても阻止しろ! こちらに上陸させるな!」
 指示を受けた全戦車は爆弾の雨をかいくぐりながら全速力でレナ川へと向かっていった。

 レナ川の河岸に着くと、もうすでに敵軍が渡河を開始していた。一〇~二〇の水陸両用戦車が川をこちら側へ向かって進んでいる。おそらく水陸両用戦車でこちらの岸を制圧してから主力戦車や兵員等を渡河させるつもりだろう。だが、レナ川の川幅は広く、未だにこちら側に到達しているものはない。
「目標、渡河中の敵戦車! 各個に照準!」
 原田が指示を飛ばし、さらに自らも目標の一つに対し照準を合わせる。
「装填完了!」
 装填手が原田に言った。
「撃て!」
 一〇両以上の戦車の一〇五ミリ砲が一斉に火を噴いた。発射された徹甲弾は吸い込まれるように敵戦車へと向かっていき、命中した。一〇両以上の敵戦車の砲塔が一斉に吹き飛ぶ。戦車兵の日頃の鍛錬の賜物だ。
 さらに、対岸で突如として連続した爆発が起こった。砲弾の炸裂だ。
「砲兵隊の砲撃だ!」
 師団基地から出撃した自走砲部隊による砲撃だった。猛烈な砲撃により、敵の侵攻を足止めする。
 さらに、ジェットエンジンの爆音が鳴り響いた。戦闘爆撃機だ。敵に対し爆弾や対地誘導弾による攻撃を浴びせかける。これにより敵は壊滅状態に陥り、撤退を始めた。

 すべてが終わったあと、原田は戦車のハッチから身を乗り出し、タバコを吸いながら思った。
 これはソ連の全面的な攻撃だったのだろうか。だとすれば、他の戦線でも攻撃があったはずだ。彼の同期生たちはたくさんいる。彼らは無事だろうか。全面戦争となった場合、日本はどうなるのか。同盟国のドイツは動いてくれるのか。アメリカはどう動くか。
 今はまだ、なにもわからない。

       

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