Neetel Inside 文芸新都
表紙

SF小説アンソロジー
未来グラフィティ/七瀬楓

見開き   最大化      

 俺が生まれる前は、まだWi-Fiインフラが全然通ってなくて、田舎の方へ行くとWi-Fiでネットが出来ない、なんてことがあったらしい。
 今じゃそんなのは考えられない。ビルが無くても、ネット環境は充実している。ついに蜘蛛の巣が日本中に張り巡らされた日は、とても感動的だった――ってことはないらしいが。
「今からだと、考えられない話だね」
 目に映る半分以上が緑という景色の縁側。蝉の声がうるさいそこは、海と山があり、近くにはジャスコくらいしか無いという生粋の田舎。俺は親戚が住まうそこに、法事で訪れていた。大学もちょうど夏休みだし、予定もないので、法事が終わっても長居しているのだ。
 今俺に話しかけてきたのは、母の妹の娘だから、イトコって事になるのか。イトコの早菜ちゃん。
 長く腰まで落ちた黒髪。夏の日差しがキツイこの地域生まれだというのに、矛盾するような白い肌。そして白のワンピースと、小学生らしい格好をしている。来年中学生とのことで勉強を見てあげたりしているが、結構頭もいい。垢抜けている子だ。
「そうだな。俺もネットが通じない場所っていうのは、ちょっと想像できない」
 今は縁側で勉強――というか、早菜ちゃんの宿題が終わった祝杯として、近くの川で冷やしたというスイカを齧っていた。
 冷蔵庫で冷やすと一瞬だが、こうして時間をかけて冷やすと、なんだか味わいが違ってくるのは何故だろう。冷えているのに温かみがあるというか……。それじゃなんだかまずそうだな。
「昔はネットでリンクを踏んで、ページが完全に表示されるまで何秒か待ったって言うし」
「ふうん……。そんなんで快適にネットなんてできないよね」
「ホントだね」
 そう言いながら、俺はちゃぶ台に乗せてあった自分のノートパソコンに目をやる。USBで繋がれたハードカバー本型デバイスに目をやる。――充電とダウンロードはもう終わったらしい。それを取ると、中を開く。何枚かページをめくり、お目当ての本である事を確認し、目次で入れた本を確認する。
「よし。全部終わった。――そうだ、昔は紙タイプのディスプレイがなかったから、電子書籍の扱いも悪かったらしいね」
「……そうなの? でも早菜はタブレット式のほうが好きだな。これが元祖電子書籍媒体でしょ? なんで電子書籍の扱いが悪かったの?」
「紙のほうがいいって言う人も多かったんだ。今も純正の紙がいいって人もいるけど、紙型ディスプレイが普及すると、やっぱり利便性が勝るこっちを取るよね。ネット回線さえあればどこでも本がダウンロードできる。値段も紙に比べてずいぶん安いし、著作権切れの名作とかも増えたからね」
 紙型ディスプレイなら、紙と同じ質感でダウンロードした文字をそのまま表示できるし、目次で読みたい本を選べばそのまま内容がパッと変わるので、電子書籍と紙媒体のいいとこ取りになったが、紙型ディスプレイが開発される前は、電子書籍反対派の方が多く居たらしい。
「早菜は平成辺りの小説好きだな」
「ああ、そこら辺も著作権が切れて、ずいぶん多くの作品が無料ダウンロードできるからね」
「漫画とかも面白いの多いよね」
「そうだねえ」
 なんとなく会話が途切れたところで、俺達は同時にスイカを噛じった。そんな時、近くの道を軽トラが走って行くのが見えた。俺達二人はなんとなくそれを目で追いながら、仕事をしているのだろう運転手のおじさんと会釈を交わした。畑に収穫へ行くのだろうか。
「……そういえば、昔の曲で『車もしばらく空を走る予定は無さそうさ』って歌詞があるんだけど、知ってる?」
 早菜ちゃんは黙って首を振る。――そりゃ、知らないよな。俺の世代だって、知ってる人間はちょっといない。俺は結構昔の曲が好きでよく聴いているから知っているけど。
「いつ車は空を飛ぶ様になるんだろうね」
「飛ばないと思うな」
「その心は?」
「飛ぶのは飛行機の仕事。車が空を飛ぶ時は、車が絶滅する時だよ」
 確かに。車はタイヤが地面を掴んで走るから車なんだよなあ。空を飛ぶ自家用車って、それもう飛行機だ。
 日差しで温まってきたスイカに塩を振りかけ、一口。先ほどとは違う甘さが口の中にじゅわりと広がった。あんま美味しくないが、夏になると食べたくなるこの味はなんなのか。
「そもそも、車が飛んだとして、今までの道路全部作り変える気なのかな?」
 俺の美味そうな顔を見て安心したのか、早菜ちゃんもスイカに塩を振りかけ、一口噛じってから、そんな事を呟いた。俺は「どういうこと?」と口の周りを赤く汚している彼女の顔を見る。小さな顔と鼻。ふっくらとした唇。改めて見ると、透明感のある顔をしているな。
 額が汗ばんでいるのは、クーラーがこの家に無い所為か。スイカのおかげで辛くはないけど。
「だってさ、絶対事故を起こさないって無理だと思うんだ。ってことは、普及したとしたら道路の仕組み事態が変わらないといけないはずだよね。ほら、ずーっと昔の二一世紀予想図? 歴史の教科書で見たけど、あれのチューブ型道路みたいな。空飛ぶ車の道路としては、あれが一番安全性高いけど、でもあれだと飛べるっていう利点が全然無くなるし……車同士の接触事故は結局無くなりそうにないもん」
「最近は車同士で合図を出し合って接触しなくなるセンサーとかが一般に流通してるけど、安全性とか考えたら、これが車の終着点っぽいね」
「――それ以上となったら、やっぱり車の形を捨てるしかないかなあ。結局飛行機か」
 小さく溜息を吐く早菜ちゃんの横顔がどこかがっかりした風に見えるのは、やっぱり空を飛ぶ車にそれなりの憧れを持っていたのかもしれない。自分で夢を壊した割に、子供っぽいなあ。
「車の形を捨てた移動手段が最後に行き着く所は、やっぱりどこでもドアかな」
「あれ、早菜ちゃんも『ドラえもん』知ってるんだ」
「そりゃあ、アニメやってるからね。こないだ劇場版もやってたし」
 まだやってんだ……。俺が子供の頃でも長すぎるって評判あったくらいなのに。
「一家に一台車って言うように、一家に一台どこでもドアって時代が来るのかな」
「どうかな……。どこでもドアなんてあったら太りそうだし、旅行で一番楽しい向かう過程がなくなるっていうのも嫌だな」
「旅行かあ……行った事ないから、そういう楽しみがあるっていうのもわかんないや」
「俺も語れるほど多く行ったわけじゃないけどね。――でもまあ、会いたい人にすぐ会えるっていうのは、いいかもしれないね」
「テレビ電話でいいんじゃないの?」
「そういうのとはまた違うんだよ。一緒に遊んだりとかさあ」
「ネットゲームあるじゃない?」
「いや、一緒にいないとできない遊びってのもあるさ。――カラオケとか? それに、実際いるっていうのに比べたら、やっぱりテレビ電話は味気ないって」
「……そうだね。こうやって一緒にスイカ食べるのも、テレビ電話じゃできないし」
 ぱくりと一口、スイカを齧る早菜。そろそろ無くなりそうだが、幸いスイカはまだまだある。夏場にこういう水っぽい物ばかり食べて夏バテになるのは、いつの時代も変わらない。
「あ」
 口を開けて、早菜は空を見上げる。俺も釣られて、抜けるような青空を見た。入道雲の横に、一筋の飛行機雲。あれは、シャトルだ。月へ行くシャトル。
「まだ月には住めないんだよね」
「いつか住める日が来るさ」
「別に早菜は、月に住みたいなんて思ってないよ」
 空を裂くように飛んで行くシャトルを羨ましそうに見上げながら、そんな強がりを呟く早菜ちゃん。宇宙旅行は海外へ行くよりちょっと高いくらいで済むようになったけれど、まだまだ一般庶民には高いもんな。
 でもきっと、今後もっと安くなっていって、月に住める日がやってくるんだろう。どこへでも本棚を持ち歩けて、車が事故を起こさない世の中になったのだ。
 月に住める日だって、そう遠くはないだろう。アポロ何号でそうなるかは、わからないけどね。

       

表紙
Tweet

Neetsha