Neetel Inside 文芸新都
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江口眼鏡の奇書「探」読
任意の点

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 任意の点、と聞くと「Pにしようかな」と思う方がほとんどではないだろうか。Pointの頭文字であり、数学でおなじみの点P。見ると頭が痛くなる人たちも多かろう。かくいう私も高校まで悩まされた。
 漢文訓読なんかでも点は使われる。まあこちらは点というよりは記号の類に入っているだろうが、レ点、一・二点、上中下、甲乙丙丁、天地人、乾坤……と、近現代の哲学書でもそこまでややこしい文章は無いだろうに、しっかりと点は準備されている。読んでいる目線は東奔西走といったところか。動体視力の良いトレーニングになること請け合いである。

 この本は古今東西の「点」を集めた本である。エジプト人がピラミッドを設計する際に用いたと思われる設計図中の「点」、江戸時代の和算における「点」、日本や世界の基準「点」・三角「点」等々……(と、六点リーダで締めてみるあたり、私も芸が無い)。
 群馬県の公用語であるところのアラビア語なんかは、基字と識別点で構成されているらしく(p.67参照)、「点」が非常に重要な役割を担っているらしい。

……研究員のひとりが慣れないアラビア語をひと月で何とかおぼえ、ナマの「点」を現地で見るためにアラブ首長国連邦へ飛んだ。空港から一歩外に出ると、そこには点、点、そして点。溢れる点に、思わずこの一ヶ月の訓練の日々を思い出して研究員は涙を流す。「どうかしましたか?」と現地の人。彼は涙を拭き、気丈に答えた。
「砂が目に入っただけですよ」
(p.78)

 私は不覚にも泣いてしまった。「点」だけにここまで熱意を持つことができるのか。アラビアの砂粒すらもひとつの点として、彼の心を強く打ったのではないかと要らぬ推量もしてみたくなる。

感動の瞬間も束の間、研究員の身を慮ってくれていた現地の人が何やら騒ぎはじめた。周囲の人たちも集まって来て、不穏な空気が流れはじめた。そこへ甲高い音を立てて一台の救急車がやって来た。誰か怪我でもしたのだろうか? 確かに、中東と言えば何かと紛争が相次いでいて、政情が不安定なイメージだ。どこで銃撃戦が起きていたっておかしくないなと気を引き締めかけた時、筋骨隆々とした救急隊員に腕を掴まれ、研究員は引きずられるように救急車に乗せられた。
 病院で、何とか誤報で連れて来られたことを説明し、一件落着となったようだが、どうやらこの騒動、研究員が「砂」という単語を間違えておぼえていたため、基字が一緒で基準点が逆側にある「銃」という単語を発していたのが原因だったらしい。
「銃が目に入っただけですよ」
これではアラブ人も救急車を呼ぶに違いない。
(pp.78-79)

素晴らしい。オチがついた「点」のお話である。

 あまり数は出回っていないそうだが、京都あたりの古本屋では二、三回見かけたことがある。根気よく探していたら、出逢うことができるかも知れない。

 余談だが、今回の文中にはカギカッコ付きの「点」という語句を意識的に多用した。前文のものも入れて全部で十回。”Ten times” という訳だ。失敬。

書誌情報
著者:国際点研究会日本分会
出版社:リンギスティック社
出版年:平成十四年(初版のみ増刷無し)
定価:本体九百八十円+税
江口眼鏡の購入価格:八十円

       

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