Neetel Inside ニートノベル
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 昔、俺は人を殺した。
 そしてすべてを失った。
 10年服役して、去年出所。そしてこの新都市という『都市』なのか『都』なのか『市』なのかよくわからない街で暮らし始めた。
 今日も仕事を終えて愛車(自転車)で仕事後の楽しみを満喫するために、とある場所へと向かっていた。
 
 新都市というのは、変わった街だ。
 街自体もそうだが、住んでる奴らも変わってやがる。
 最初は変わり者ばかりで戸惑ったが、根はいい連中だらけで、おもしろくて、そしていい街だ。
 ここに住み始めて1年、俺は毎日のように通っている店がある。そこが俺の仕事後の楽しみっていうわけだ。
 いつものようにガラガラと戸を開ける。
 「おう、坂ちゃん。今日は早いね」
 大将の威勢のいい声が店内に響く。
 「そうか? いつもこれくらいの時間じゃねぇか」
 時間は今午後6時30分。確かにいざ時間を見てみると、いつもより早いかもしれない。
 「で、いつものか?」
 「そうだな、いつもの頼む」
 『いつもの』とは、生ビールと枝豆、そして冷奴のセットの事だ。俺の大好物がそろった最高のメニュー。
 早速注文した品が来ると、真っ先にビールをぐびり、と飲んだ。うまい、やっぱりこのために生きてるようなもんだ。
 枝豆と冷奴をつまみにビールを飲み進めていると、隣の席に誰かが座った。
 初めて見る顔だ、そういやさっき帰るときに駅前でゲリラライブかなにかをやっていたのを思い出した。
 激しいロック系のバンドだが、90年代の香りのする懐かしさのあるバンドだった。
 しかし、隣に座った男を見る限り、それとは無縁の風貌だった。旅行でもなさそうだ。
 「おう、兄ちゃん初めてみるな」
 俺は気が付けば声をかけていた。
 「……え、あぁ、はい」
 すこし肥満気味だが、骸骨のような顔をした男は、意外にも弱そうな声で返事をした。
 「最近新都市に引っ越しでもしたのか?」
 続けて聞いてみる。
 「いや、旅行……自分探しの旅みたいなものですね」
 嘘だ。と、直感で感じ取った。しかし悪そうな奴ではなさそうだ、それは確信できた。
 「そうか、俺はこの街に住み始めて一年経つが。どうだ、この街面白いだろ? 気が向いたらお前も住んでみたらどうだ」
 ガハハと笑いながら俺はこの男の緊張を解いてやろうと思った。嘘であっても、この男にはなにか理由があってこの街に来ている、住人として歓迎するのは当然だと思った。
 この男もビールと枝豆を頼んでいた。男がビールのジョッキを持つのを見計らって
 「せっかくだから乾杯でもしようや」
 少しづつ緊張が解けたのだろうか、男は素直に応じてくれた。
 「今日の出会いに乾杯」
 グラスが打ち合ういい音がする。男はぐびり、とビールを飲んだ。
 「ここの大将はビールを注ぐのが上手いんだ、どうだ美味いだろ?」
 「……おいしいですね、久々においしいと思えるビールを飲みました」
 30代そこそこ……といったところだろうか、初めて男の表情が緩んだ。
 「おいおい、敬語はよせよ、呑みの場なんだから堅苦しいのはなしだ! そういえば名前名乗ってなかったな、俺は坂東、『坂ちゃん』か『坂さん』って呼んでくれ、がはは」
 俺はバンバンと男の肩を叩きながら自己紹介をした。
 「……じゃあ、坂さんで。 僕は……九十九です」
 「そうか、九十九か。 今日はゆっくり呑もうじゃないか」
 俺も調子が出てきた、今日はこの男と話ながら呑んでみるか。

 一時間ほどだろうか、九十九と呑みかわした。仕事の話、政治の話、この街の話。あっという間に時間が過ぎて行った。
 「九十九、今日はこの後どうするんだ?」
 酔いがいい感じにまわってきたところで、俺は男に問いかけた。
 「……特に考えてないですねー……」
 男も少し酔ってきたのだろう、顔が少し赤らんできていている。声の弱弱しさは変わらないが。
 「おう、そうか。どうだ、この後もう一軒いくか? いいスナックがあるんだ、火星人に似てるやつがやってるんだが、いい店だぞ。がっはっは」
 「……えぇ、じゃあお言葉に甘えて……」
 九十九は申し訳なさそうに返事をした。
 
 九十九は遠方から来ていたので、俺と歩きながらスナック『エイリアン』へと向うことにした。
 「自分探しの旅って、お前さんなんか思い悩んでる事でもあったのかよ」
 俺は歩きながら九十九に聞いた。
 「……いや、これといって思い悩んだことはないですよ。ただ旅がしたかったんです」
 九十九は視線を合わせずに言った。が、俺は九十九の目を見逃さなかった。
 「そうかい」
 とあいづちをうって、一呼吸してから言った。
 「俺はな、昔に殺人を犯したことがあるんだ」
 九十九は驚いた顔をした、まじまじと俺の顔を見る
 「借金していてな、途方に暮れてたんだ。 嫁には子供を連れて逃げられ、自暴自棄になった俺は、街へ飛び出し無差別に人を刺した」
 俺は九十九の顔を見ず、まっすぐ前を向いて言った。
 「でも、僕にはそんな人には見えません」
 「誰だっていい奴だ、この世に悪い奴なんかいない」
 九十九はよくわからない、という表情をしていた
 「弱い自分に負けて、その衝動に駆られて罪を犯す。その弱い自分が悪いんだ。お前も弱い自分に負けそうになったから、自分探しの旅とかいうのに出たんだろ。理由は知らないがお前も今苦しい時なんだろう」
 九十九はじっと俺の顔を見ていた
 「弱い自分に負けて、一時の衝動に身を任せて、未来の自分を壊すな。今からでもな、人生やっていける。大事なのは堕ちたあとに這い上がる力だ。堕ち続ける自分を助けれるのは自分だけだ、その時、弱い自分に負けるな」
 俺は再び前へ向き直した。
 九十九は、ただただじっと聞いていた。
 「がはは、なーにエイプリルフールさ」
 「それは明日です」
 九十九は笑いもせず即答した。

 5分ほど歩いて、うっすらと『エイリアン』の看板が見えてきた。
 その時、九十九は突然立ち止まった
 「おい、どうしたんだ。あとちょっとだぞ」
 「……案内していただいて申し訳ないのですが、ちょっと用事ができました」
 九十九は心なしか会ったころよりも、生気を取り戻したような顔をしていた。
 「……そうかい、お前さん今日はすまないな」
 「いえ、僕がお礼をしたいくらいです」
 「なんだよ、そんな堅苦しいの無しだつったろーよ」
 少しの静寂。そして
 「何年も先になるかもしれませんが、このお礼は必ず返します」
 俺は黙って九十九を見ていた。
 「いつかかならず這い上がってみせます。僕はもう堕ちません!!」
 そういって九十九は突然俺から背を向けて走り出した。すこし肥満気味の体を力いっぱい動かして、九十九は走っていた。
 「……」
 俺は黙って九十九の後姿を見ていた。
 「……お前ならやっていけるよ」
 俺は聞こえもしないのに、九十九に向かってそうつぶやいた。
 その瞬間、空が眩しかった。
 星だった、流星群……とてつもない量と速さで星が流れていた。
 「ほう……今日は流星群か」
 俺は無意識に星に向かって手を合わせていた。似合わない事をしている。と、自分でも思った。
 
 スナック『エイリアン』に入り、俺は再び飲みなおそうと思った。
 ウイスキーのロックを頼み、俺は店内にあるテレビを見ていた。
 面白みもないバラエティが突然中断され、ニュースキャスターが映りだした。
 「臨時ニュースです! 渋谷で起きた連続通り魔事件の犯人がたった今自首したというニュースが入りました!」
 そのニュースを見ながら、俺はウイスキーをゆっくり味わっていた。
 俺は気づいていた、九十九のズボンの後ろポケットから黒い布が見えていたのと、首の後ろを奴は絶対に見せなかった。
 「先ほどのニュースですが、自首した人物の首の後ろに蜘蛛のタトゥーがあることから間違いないということです!!」
 ニュースは続いている。
 俺はテレビから目をそらし、ゆっくりとウイスキーを味わう。
 
 罪は消えることはない。だが、これ以上罪を犯す前に、今からなら間に合う。
 
 俺は星に祈ったんだから、エイプリルフールになる前に。

 お前ならやれる。 必ずだ。



 這い上がってこい。

       

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