Neetel Inside ニートノベル
表紙

210 ~シェアワールドアンソロジー~
7.「こんぺいとう宇宙人」

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いらっしゃいませー
らっしゃいませー
っしゃいませー

 今日も俺は、コンビニの中で同じ台詞を吐き続ける。
 ドアが開くとほとんど自動的に出る言葉。夜勤明けで電車に乗った時、地下鉄の扉が開いた時に言ってしまったことがあるぐらいだ。
 このアルバイトを始めた頃は、きちんと客の顔を見て言っていた。「目を見て話しなさい」という小さい頃の教えが染みついていたからだ。しかし、そんな殊勝な習慣は、一ヶ月もしないうちに消え去った。見ても見なくても一緒なのなら、見ないほうが楽だ。自分が客として行ったコンビニで入店した瞬間に店員と目が合い、気まずく感じた経験のせいかもしれない。いやそれは嘘だ。

 自動ドアが開いて、大学生ぐらいの男が入ってきた。理系って感じだ。
 今日は流星群が来るからか、立ち読み客がいつもより少ない。コンビニ前でたむろっている不良たちも、心なしか小規模な気がする。そういえば先程は見たことのない女の子が混ざっていたような気がしたが、今はいなくなっていた。
 大学生は唯一の立ち読み客の後ろを通過して、お菓子を少し籠に入れながら酒の棚に向かっていった。流星を見ながら年上の美女と酒盛りか? ……リア充め! 勝手に想像して勝手にむかついてみる。バイトが暇な時によくやる、意味のわからない遊びだ。精神衛生上全く得がないので、やめたほうがいいかもしれない。
「っしゃいませー」
 ドアが開いたのでいつも通り声を出したが、即座に後悔した。
 そこに跳ねるはツインテールと、ショートパンツからむき出しの生足。来訪を全く歓迎したくない者の登場だ。
「ツ~トムのキンは~勤っ労のキン!」
 わけのわからない歌を歌いながら、彼女……サシャはレジに近付いてくる。
「またお前かよ。あーもうレジに乗るな」
「いいじゃん。誰も見てないんだし」
 そう。今、この世界で動いているのは俺とこの馬鹿女だけ。さきほどの大学生はウィスキーを籠に入れてレジに向かったまま、立ち読み客は同じページを開いたまま止まっている。
 サシャ……本名、サ・シャ・ラウラ。彼女は時を止める能力を持つ、異星人なのである。

「商店街の入り口のとこを毎日拝んでる女子高生いるじゃん。ニー学の」
 サシャの話はいつも唐突だ。ニー学は制服が可愛いことで有名な、ある私立高校だ。
「さっき来る時すれ違ったんだけど、めっちゃ小っちゃい子猫抱いててさ~! チョー可愛いの! あたしも猫飼いたい!ツトム買ってきて!」
「お前に猫の世話なんかできるわけないだろ」
 サシャは良く言えば天真爛漫、悪く言えば破天荒で空気が読めない。もっと悪く言えば、全く全然本当にどうにかしてほしいほど空気が読めない。
 これが彼女の星の特性なのか、それとも彼女自身の特性なのかというのは興味深い問題だが、俺は答えを出せない。答えを出すためには、彼女の星出身の人とたくさん会わなければいけなくて、そんなのはまっぴらごめんだからだ。もし、星の人全員がこの性格だったら……考えただけで恐ろしい。


 初めてサシャと会った時、何かのミスで俺の時間だけが止まらなかった。
 サシャは「むむむ、君には何か隠された能力が」などと言いながら俺を点検し(て、実は俺は少しだけワクワクし)たが、結局のところ俺には何の能力も見られず、向こうのミスということになったようだ。今なら「サシャのミスだ」と0.1秒で判断することができる。
 正体を知られてしまった気安さからか、それ以来サシャは俺に付きまとってくる。具体的には、俺の自宅や学校やバイト先に押し掛けてくるようになった。そして多くの場合、わざと俺の時間だけを止めず、俺の心労と迷惑を増やしながら遊び回る。

 時を止めたコンビニの中で、サシャは自由に振る舞う。時間停止をいつ解除するかは彼女の気分次第だ。何か人体に悪い影響がありそうで、俺は密かに怯えている。
「ねえねえツトム知ってる? 今から流星群が来るんだよ」
「知ってるよ」
 この街の住人で、知らないほうがおかしいだろう。
 数ヶ月前から大騒ぎしている、観測史上最大規模の流星群。この新都市で最も見えやすいとのことで、わざわざ遠くから来る人もいるそうだ。おかげさまで駅前のホテルは満室らしい。景気のいいことだ。
「お前の星でも流星群は珍しいのか」
「うちはスモッグで覆われてるから流星どころじゃないんだよねー」
軽い調子で言う。サシャの星のことや、サシャがなぜ地球に来たかなどは聞いていない。いずれ聞いた方がいいのかもなとぼんやり思った。
「流星群が来たらバシッと時間止めてやろうと思うんだ! そんでその隙に、お願いごとをいーーーっぱいするんだ」
「意味ないだろそれ」
 俺の突っ込みは無視された。いつものことだ。サシャは身軽なステップで、酒の棚の前で止まっている大学生に近付く。
「変なことするなよ」
 サシャは大学生の周りをくるくる周ると、彼の抱えるウィスキーを興味深そうに観察した。
「そうだ」
 ごそごそとポケットを探り小さな袋を取り出すと、
「星、入れといてあげよ」
 と指を軽く鳴らす。同時に、カラン、とガラスに何かがぶつかるかすかな音がした。
「なに今の」
「空間転移だよ?」
 そんなあっさり言われても。時間停止だけじゃなかったのか。宇宙人、恐ろしい子。
「さっき商店街で売ってたから買っちゃった」
 流星金平糖、とポップな書体で書かれた袋をかざす。商才豊かだな。
「このウィスキーの中に入れたんだ。流星群の日に、宇宙人からのプレゼントってね。どうどう、おしゃれでしょ?」
 笑いながら言ったサシャのその言葉は、何故か俺をもやもやさせた。黙っていると、ふいに口の中に甘さが広がる。
「ツトムにもあげるね」
「普通に手渡せよ!」
 俺の口の中に「空間転移」させられたらしい。金平糖はまさに「止まった流星」だ。そう思いながら、得体の知れないもやもやごと一気に噛み砕いた。
 品出しでもするかという気になったが、今働いても時給には反映されないことを思い出してやめる。今はだらだらするに限るのだ。レジ周りには椅子がなく、かといってサシャを放置してバックヤードに帰るわけにもいかないので、俺はレジカウンターに腰かけた。
 それを見てなぜかチャンスと思ったらしいサシャが、目を輝かせてレジに入ってくる。レジの裏側に突っ込んである物をせわしなく引っ張り出したり引っ込めたりし始めた。
「変に触るなよ」
 一応釘を刺すが、サシャは特に行動を改めなかった。そうこうしているうちに、サシャの興味はレジの後ろにある、レジ前フード関連物に移ったようだった。
 このコンビニチェーンでは、ちょうど昨日から新商品として様々な味のフライドポテトが売り出されていた。俺たち店員としては困ったことに、常に10種類の味のフライドポテトを作成しておかなければならない。そのうちの一つが無難とも言えるチーズ味で、俺たちは揚がったポテトに粉チーズを振りかける必要があった。そしてこの粉チーズは、なぜか球に近い楕円型をした入れ物に入ってレジ後ろに置かれていた。
 その少しいびつな球と、近くにあった防犯カラーボールでを見たサシャが「お手玉をしよう」という発想になったのは、彼女の日々の行動から考えるとごく自然なことだった。納得も同意もできないが。
 俺が少し目を離しているすきに、サシャはその二つでお手玉を始めた。ほっ、ほっ、という掛け声で俺が気付き、やめさせようとした瞬間、悲劇は起きた。その二つのお手玉が数秒の差を置いて、俺の頭上に降り注いだのだった。
「おまっ……マジふざけんなよ!」
「あははははフケみたいあはははは」
 防犯カラーボールの青い塗料と、粉チーズ。この組み合わせはマジで最悪すぎる。
 カラーボールはほとんど落ちないと聞いているので焦ったが、ほんの少し髪にかかっただけのようだった。いやそれでも十分に「青い塗料のついた人」になっているだろうが。
 サシャが大丈夫大丈夫、と笑いながら、適当な手つきで俺の髪を払う。絶対残ってるだろ。塗料も、チーズも。
 そして彼女は信じられない言葉を吐いた。
「あたしそろそろ流星群見てくるね。あとで綺麗にしてあげるからゆるして☆」
「お前ふざけんなよ!これじゃー俺どう見ても……」
「だってえ!ピークが来ちゃうんだもん!」
「時間止めてたら問題ねーだろ!」
 その反論はサシャの背中に跳ね返された。サシャはとっくにコンビニの外に駆け出していた。そして時が動き出す。
 サシャを追いたい衝動をこらえて平静を装っていると、大学生がレジに籠を載せた。入ってきた時と俺の姿が違うことに気付きませんように、と祈りながらレジを済ませる。髪のあたりに視線を感じる。そりゃそうだよな。
 サシャは迷惑だ。本当に迷惑でしかない。しかしこの騒々しさが、徐々に当たり前になってきている。事実、サシャが来ない日は物足りなく感じるようになっていた。そのうち、最初の「ミス」を喰らったのが他のやつじゃなくてよかったとか思うようになるのだろうか。いや、俺は既にその片鱗を感じている。恐ろしいことだ。相手は宇宙人だぞ、何を考えているんだ。どうしよう。
 大学生の持つウィスキーの中の「星」がきらめき、俺の未来を暗示しているような気がした。

       

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