Neetel Inside ニートノベル
表紙

RAINY RAINY DAYDREAM
ROGUE

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町外れの小さな公園にある、古い無人の神社。
誰が管理してるかも分からないその建物の裏手にある、雑草に囲われた小さな道。
その先にぽつんと建っている小さな祠の前に置かれた、肩幅大の置き石。
その置き石の上面に、ソフトボールがすっぽり入るくらいの奇妙なくぼみが在る。

この事を誰かに話しても、信じてもらえはしないだろう。俺だって、逆の立場なら信じない。
説明なんて出きっこないし、確証だってなんにも無い。何が原因かも分からない。
けれど俺は知っている。俺だけが知ってる、この置き石の重大な秘密。

今日も俺はこの公園に通って、社の様子を見る。そして置き石のくぼみを覗く。
―――くぼみに水が溜まっている。
俺はなんでか胸を撫で下ろす。別に水が溜まって居ようが溜まって無かろうが大して何かが変わるわけではないのだが、俺自身が何も思いつかないだけで、別の人間が知ったら悪用されてしまうんじゃないか、と勝手に不安がっているのだ。
もしかしたら、俺は心の奥底で『そういう出来事』を望んでいるんじゃあないか、と葛藤することも在る。(実際は今の今まで生きてきたこの16年の間において、そういった事は一度も起きてないのだが。)

(またしょーもない事を考えてしまった)

俺は腰を上げて祠に向かってぱん、ぱん、と手を合わせる。そして目を閉じて一礼。この秘密を知ってからの俺の日課だ。
毎日学校の帰りにこの公園に寄り、置き石の様子を見て、祠にお祈りをする。
霊や神様だとかは全く信じていなかったが、これに限っては信条をねじ曲げざるを得なかった。誰の仕業かは分からないが、ここでは俺の知り得ない何かの力が働いているんだろう。
今日も明日の平穏を祈り、その場を後にする。

―――俺だけの知る、この祠の秘密。
何もしていないのに、立ち寄ると常にくぼみに水が溜まっている不思議な置き石。
その置き石のくぼみに、時折まったく何も入っていないときが在る。奇妙なことに、数日放置するとそのくぼみには再び水が溜まっているのだが―――問題はそこじゃない。

―――このくぼみが空っぽのときに、そのくぼみ一杯に水を注ぐ。


(明日は晴れだな)
天気予報でも明日は晴れと言ってたが、鮮やかな夕日に映える綿雲を見てなんとなくそう思った。



―――俺だけの知る、この祠の秘密。

―――空のくぼみを水で満たした翌日、この町に必ず雨が降る。

     

日記をつける。

俺の名前は『八木坂 銀次』(やぎさか ぎんじ)。しがない郊外のベッドタウンに在る公立高校に通う何の変哲もない一般市民だ。
日記を付け始めたのは3年前。あの祠の置き石に関する奇妙な現象に気付いたのがきっかけだ。
あの祠の存在に気づいた事自体はそれよりもずっと前だった。小学校低学年のとき、確かその日はいつも使ってる遊び場がことごとく工事中だか大人が見張ってたかが何かで、俺達は何処かいい場所は無いかと互いに相談しながら探して歩いていた。その時、仲間内の誰かがその公園の事を話したのが始まりだったと思う。俺達は町外れにあるというその公園に向かった。
敷地があまり広くなく、神社や高い木々があって普段やっていたボール遊びには向いてないということで、隠れオニをすることになった。俺もみんなも夢中になって隠れて遊んだ。祠の存在に気付いたのはその時だ。
初めて祠を目にしたとき、裏道の草木に囲まれた中にひっそりと佇む幻想的な雰囲気も在って、なんだか不思議な気分になった。それから置き石に目がいった。上面に深めのくぼみが在る奇妙なそれを見て、俺は数日前に親に連れられていった先祖の墓参りのとき、墓石や備え付けの金属の花瓶に水をかけたのを思い出し、なんとなくそれに習ってこの置き石にも水をかけてあげようと考えた。(自分で言うのも難だが、あの頃の俺はヘンな奴だったと思う)
そして俺は遊んでいる最中にもかかわらず、わざわざ祠から神社の境内、公園の水飲み場と歩いて行き、近くに捨てられていた空き缶を濯いで柄杓の代わりにして水を注いだ。それからオニに見つからないようにまた祠へと戻っていき、無意識にくぼみの中が水で満ちるように置き石に水をかけ、祠の前で二拍手・一礼をした。(かなりどうでもいいが、この拍手の音が原因で俺はオニに見つかって捕まりそうになった。)
その翌日に雨が降ったかどうかなんて事は気にも留めなかった。と言うか、記憶に残っていない。

置き石のくぼみを水で満たすと翌日に必ず雨が降ると言う事に気付いたのは、それから暫く経ってから、中二の夏だった。検証を記録するためにこの日記も付け始めた。
初めて祠の存在を知ってから、休日や学校の帰りなんかに一人で暇を持て余した時は、なんとなくその祠を訪れるようになった。文化部に入っていた俺には適度な運動にもなり、尚且つ静かで落ち着いていて、個人的に気に入っていたと言うのもある。と言うか今でも見回りを兼ねて毎日様子を見に行っている。
話を元に戻す。置き石の力を初めて意識したのは中二の5月、運動会の練習が行われていた時だった。
俺の通っていた中学校は県の教育委員だかお偉いさんだかの都合で、運動会が6月に設定されていた。新学期が始まってから幾ばくも経たない内から慣れないクラスメイト達と集団競技の練習をさせられ、しかも梅雨のジメジメした時期に行われるのである。参加者のモチベーションは毎年極めて低く、勿論俺もそうだった。
昨年それを痛感していた俺は、神頼みに近い感情で日曜には自主的に祠に通うようになっていた。丁度その時の時間割では月曜日の一時間目が体育で、日曜日の夕方に某国民的アニメがテレビで流れる頃には毎回死んだ魚のような眼をしていた。
そんなある時、いつものように祠に向かうと、置き石のくぼみが空っぽになっていた。くぼみの中が空っぽになっているときはそれまでにも何度か在ったが、そういう時はなんとなく置き石に水をかけることにしていた。勿論その日も水をかけて、祠にお祈りをした。
その日の夜、家族で夕食を囲みながらテレビのニュースを視ていた俺は、天気予報に移り変わって明日の天気が『晴れ』になっているのを目にして憂鬱な気分になった。降水確率はほぼ0%、明日の体育が潰れるのは絶望的だった。―――置き石に水をかけた日の翌日の天気をしっかりと意識したのは、その日が初めてだった。
―――そしてその翌日、前日の予報を大きく覆し、朝から校庭に雨が降った。

俺はその日、窓の外を見た瞬間には、『神に祈りが通じた!』と舞い上がった。久し振りの屋内での体育は気分が良かった。
その日の帰り、俺は脳天気にも奇跡的な雨を降らせてくれた『神様』に礼を言うため、わざわざ公園まで寄り道をして祠へお参りに向かった。すると雨が降っているにもかかわらず、昨日水を注いだはずのくぼみの中に水が一滴も入っていない事に気づいた。祠の屋根は置き石もギリギリ覆っており、雨が真上から垂直に降るとすれば、濡れない位置にはある。が、普通そういう事はない。
俺は少し不自然だと思った。
俺は一瞬逡巡した―――が、気に留めつつもいつものように置き石に水をかけることを選んだ。
その日の夜に見たテレビの天気予報は今でも鮮明に覚えている。

『今日は局地的に雨が降る所が在りましたが、明日は予報通り全国的に晴れとなるでしょう。』

そしてその翌日、校庭にまた雨が降った。



この日を境に、俺は置き石と雨の関係性を疑うようになった。
置き石のくぼみにはまた暫く水が溜まるようになったが、俺の疑念は日に日に増していき、こうして記録を付け始めるに至った。
3年経った今こうして見返してみると、特に大したことでもないのに大げさに考えていたんだなあ・・・と呆れるような懐かしく思えるような。
次の日が雨になった所で、日常が大きく変わる訳でもないのに、やたらと『これは重大な事件だ』、と当時の俺は勝手に思っていた。いや、意図的に屋外での行事を雨を降らせて中止にしたりとか、連続して雨を降らせて水害を起こすとか出来たりするのかもしれないが、なんてったって置き石のくぼみが空になるのは(それから記録を付け始めて分かることだが)まったくの不定期なのだ。(祠に何かの神様が宿っていて、ソイツが置き石に注がれた水を確認して天候を操作しているのだとしたら)まさに神の気まぐれと言った所か。何にせよ、狙った日に降らせる決定権はこちらにはない。水害を意図的に起こすというのも、この時だけ珍しく連続してくぼみが空っぽになったというだけで、くぼみが空になる日はまったくのランダムなのである。(もしかしたらよく検証していないだけで、何らかの規則性を保つ可能性はあるかも知れないが)

兎角、検証を重ねていく内に、俺の疑念は確信に変わっていった。

それからずっと、くぼみが空になっている時には水を注ぐようにしている。水を注いだ翌日は、天気予報に関わらず必ず雨になる。3年経った今も続けているが、今のところ雨が降らなかったことはない。
なんでそうなのかは皆目検討もつかない。一度、この土地の歴史に何かルーツでもあるんじゃないかと思って資料を読み漁ったことも在ったが、その昔雨乞いの儀式が行われたことが在ったという記述は見つけたものの、くぼみのある置き石に関しては見つけられず、結局何も分からなかった。この意志がなんでここにあるのか、水を注ぐとなんで雨が降るのかは未だに謎のままだ。

(この石について、いつか何かが分かる時は来るんだろうか―――)


「よーう八木坂、今日も帰宅部か」
HRが終わった直後の人気がまばらな下駄箱で、背後から声を掛けられた。
振り向くと、白い体操着姿のマッシヴで背の高い男子生徒が立っていた。黒い短髪と精悍な顔つきが爽やかな好印象を与えている。如何にも体育会系の好青年って感じ。
―――『阿来 啓典』。
「おう阿来か。・・・じゃあな!」
「いやいやいやいや。俺の顔見て帰るのはおかしいよなぁ?」
「いや・・・最近すげぇ暑苦しくてさ・・・10秒位前からずっと思ってたんだけど」
「短すぎだろYO! 誰のことを言ってんだYO!」
「お前のことを言ってんだYO!!」
「ハハハハッ」
「ハハハ」
俺の適当なボケにも丁寧に返してくれる。流石だ。
見た目からいい人オーラが放たれているのでもう瞬間的に分かるが、阿来は優等生タイプのとてもいいヤツだ。勿論見た目通り運動ができるし、社交性も在り空気も読める。昨年は同じクラスで、クラスの中心人物になっていろいろと世話になった。と言ってもあまり直接話をしたことはないのだが、別のクラスになった現在もこうして挨拶をしてくれる。同じ年齢ながら尊敬している人物だ。
確か昨年に引き続き今年も体育委員になってるとかで、近くに同じクラスの奴が居ないのを見る辺り、体育の授業の後の片付けの手伝いをやっていたんだろう。
「そう言えば、2組の金城の合コン企画の話、お前知ってるか?」
「ああ―――」
―――『金城 泰知』。この学年じゃかなり有名なプレイボーイだ。直接話したことはないが、外見は同じ男ながらカッコイイと感じたのを覚えている。だが噂を聞く限りだとに三枚目感が抜けない残念な男らしい。しかしながら昨年の文化祭で知り合った他校の女子生徒と一週間も経たない内に合コンの約束を取り付けたという話を聞いて、貪欲な行動力を持っていて侮れない奴だと勝手に俺は思い込んでいる。
「―――そう言えば明日だっけか。よくやるよな」
「なんだ、行かないのか」
「な、なんでそんな意外そうな反応すんだ。俺は出会いを求めている人間に視えてるのか?」
「んー・・・」
(自分から言っておいて悩むのか・・・)
「・・・八木坂ってさあ、なぁんか勿体無いんだよな」
「へ?」
「去年クラス同じでずっと思ってたんだけどさー、普段むすーっと黙ってんのに、こうやって話しかけるとちゃんと答えてくれるじゃん? しかも意外と面白いしさ」
「その台詞が可愛い女の子からだったら卒倒してたんだけどな」
「ハハハハハ」
阿来は真顔で笑っている。
(微妙にこえーよ・・・)
「おっ、それじゃあ俺もホームルームあるから、そろそろ行くわ。じゃあな」
「おう、またな」
そう言うと阿来は軽く右手を立てて、爽やかに階段を駆け上がっていった。
(爽やかだ・・・)

「あれっ、今の阿来先輩じゃない?」
「キャ~! 体操着で走ってる後ろ姿も爽やか~! カッコイイ~!」
「ね~やっぱヤバいよね~!! キャハハハ!!」
(・・・・・・・)



そんな訳で、微妙に爽やかな気分でいつものように町外れの公園にやってきた。
高校に入ってからは自転車が使えるようになったので、距離は遠くなったものの以前よりも帰宅までの時間が短くなった。自由な時間が増えたので嬉しい限りである。
(今日の置き石はどうなっているか―――)
神社の裏手に廻って祠へ続く道を進む。もう何回も続けている作業だ。時々、自分でもよくやるよなあと思う。
「さてさて・・・」
祠の前の置き石を見る。今日はくぼみが空になっている。
「おぉぉ・・・」
俺はそれを確認して、来た道を戻った。それから水飲み場に行き、カバンから空の500ミリペットボトルを取り出し、水を補充して祠に戻る。そして俺は祠の前で一礼してから、ペットボトルの水をすべて石の上からふりかけた。空っぽになっていたくぼみはたちまち水でいっぱいになった。
(明日は雨か・・・)
考えてみたら、明日は土曜日で休み。水をかけてから思ったが、休日に雨を降らすのは気が引ける感じもする。
(・・・けど、放置する気にもなれないんだよな)
くぼみが空っぽの時に、水をかけずにそのままにしようと思ったことは何度か在る。けどなんとなく、最初にこれと出会った時に水をかけてから、何をとはうまく言えないのだが、必ずそうしないと『裏切ってしまう』と思うようになった。
別に今のところ何も問題は起きていないからいいのだが、そのことを考えるとなんとなく不安な気持ちになる。
―――俺はこれからもこの場所に通い続けるのか?
―――俺が消えたらこの石はどうなってしまうんだろう?

(考え過ぎだな・・・)

なんでこの石に執着しているのか、俺自身も分からない。
一度始めたことを終わらせるのが恐いのか、それともなにか悪いことが起きそうで見張ってないと安心できないのか。
祠の扉をじっと見つめていても答えは帰ってこない。
ちなみにこの扉、花の小学生時代に一度開けようと試みたことが在ったが、どんなに力を入れても開かなかった。多分、そういうものなのだろう。
昔は何が入っているのかとても気になっていたが、今はまったくそうは思わない。
俺の勝手な想像だが、この中にはそっとしておくべき何かが入っているのだと思う。それが自ずから出てこようとしない限り、理由もないのにこっちの勝手な都合で引きずり回すのはやってはいけないことだ。
それがなんであれ、尊重すべきだと俺は思う。

結局いつものように、二拍手一礼をしてその場を後にした。


神社の裏手から正面の鳥居をくぐり公園の広場まで戻ると、平日滅多に誰も寄り付かないこの公園に珍しく人が来ていた。よく見るとうちの高校の女子生徒のようだ。ベージュのブレザーに白いワイシャツ、袖に特徴的な朱い二重のラインが施されている。ネクタイを見るに学年は俺と同じ二年生のようだが。背は低め、黒髪のセミロング。メガネに夕陽が反射して顔の方はよく見えない。
(誰・・・誰なの・・・!?)
顔を確認するため進行方向を変えようとした所で自分の所業に気が付き、止めた。
(何やってんだ俺は・・・)
―――帰ろう。
俺は自転車に乗り、目を合わせないようにして公園を出た。
ギルティ。
嗚呼、明日は雨が降る。
「ゆるして・・・」









「6組の八木坂、なんでアイツが・・・」

       

表紙

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Neetsha