Neetel Inside 文芸新都
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アルミニウム
面接室にて

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「なぜ人を殺してはいけないと思いますか?」
 瞬間、体中を電撃が巡る。これは、チャレンジでやったところだ!僕は必死で笑いを噛み殺しながら答えた。
「血は服につくと、なかなか落ちないからです」
 しまった。これはうちのお母さんが言っていたことだ。しかし、時すでに遅し。後悔先に立たず。
「残念。君の人生もこれにて終了」
 気が付くと僕は宙に浮いていた。いきなり重力が無になるはずはないから、恐らく僕は下へ下へと落ちていっているのだろうと予想できた。見上げると、あの異様に白い面接室の蛍光灯の光が、天から降り注いでいた。それでもその光は、あまりに深い穴の底を照らしてはいなかった。
 まただめだった。これで108回目の面接だった。僕は悔しくて悔しくて涙をほろほろ流した。1つ目の質問で即退場なんて、僕は本当に頭が悪いんだ。涙は体よりも遅く落下し、さながら逆ナイアガラの滝といったところだった。ガリレオ・ガリレイがこの光景を見たとすれば涙を流して、一緒に滝をつくる羽目になるだろう。ただし、ガリレオの涙は重いので下に向かい滝をつくる。したがって2人の滝は水源は一つでも上下に水を流すことになるだろう。そうだ。人間みな平等とはいえど、僕とガリレオじゃ涙の重ささえ違うんだ。涙の重さは、人間の重さ。僕の流す涙なんてミジンコほどの重さしかないんだ。そこでふと、面接官の言葉を思い出した。
「人生も終了……?」
 口に出したところで、いまいち掴めなかった。一般的に考えて、人生が終わるイコール死が訪れるという意味と考えて差し支えないだろう。僕は、死ぬのか?面接に落ちたぐらいで?
 それもいい、と今は思えた。もはや僕は生きる意欲をすっかり無くしてしまっていた。度重なる不採用に心はとっくに折れていた。ようやくこれで楽になれるんだ。お父さん、お母さん、今日僕は就活戦士として死にます。そして今、下半身に強い衝撃が。
 うってかわって、体は重力と反対方向に進んでいるようだった。そして訳も分からないまま、面接室のあの光へとみるみる近づいていった。ついに天からの迎えが来たのか?とも思ったが実際に僕は元いた場所へと戻っているようだった。そしてついに数秒前まで見ていた光景、面接室に立っていた。
 そこにはドッキリ大成功、と下手糞な字で書かれた看板をもった面接官が、満面の笑みで立っていた。
「びっくりしたかな。君があまりにもこの世の終りみたいな顔をしていたから、私も同情してね。死ぬかと思ったろう?でも君は生きている」
 どうやらこの人は僕を元気づけるために、このドッキリを行ったようだった。そのあまりの下らなさに思わず笑みがこぼれた。次いで、一旦引っ込んでいた涙が再び、せきを切って流れ出した。生きてて、よかった。死んでもいいなんて気の迷いだった。死んでしまったらもう面接だってできないんだ。今の僕ならそんなことも笑い飛ばせそうだった。そういえば、この部屋に入って椅子に座ったとき足にひもをくくりつけるように言われたのを思い出した。そのときは変わった性癖だな、と深く考えなかったが、今にして思えばそれはバンジージャンプのひもだったのだ。実際僕の両足からはバンジージャンプのゴムがのびていた。僕は心から面接官に礼をいい、部屋を出た。初めて本心で面接官と喋れた気がした。
 面接には落ちた。

       

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