Neetel Inside 文芸新都
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こんな夜更けに三題噺かよ
鍵と半月とセイコーマート

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 ともだちがいない。毎日つるんでくれるひとがいない。「え? じゃあ今度行ってみようぜ」っていう会話もなくて、「いいから行くべ」っていう会話もない。
 たぶん、みんなのイメージとちょっとばかりズレがある。そんな気がする。……つまり、月に一回くらいは誰かとあそぶ。それが、年に何回か野球を観に行く友達だったり、三ヶ月にいっぺんメールをくれる高校時代の同級生だったり、不定期で「来い」と半強制的に呼んでくれるサークルの先輩だったりするのだ。
 それぞれの時間は楽しい。ただただ楽しい。入団初日の外国人がホームランを打つ瞬間、カラオケで「モーニングコーヒー」を歌っちゃう三分間、三次会終わりの午前七時に開店したてのパン屋さんに寄るひととき、僕の暗くて大きな影はすっと引いている。

 でもさみしい。時々たまらなくさみしい。「母さん、俺、もうちょっと時間かかるかも知れないけど、どうにかこうにか就職するからさ」って、今日大通公園を歩きながら電話のシミュレーションをしていたら、ふと涙が浮かんでしまった。
 もう三日、通話ボタンを押そうかと迷っている指。

 「ライブ」に触れていないとさみしい。テレビは前にくらべてつけっぱなしの時間が長くなった。スポーツがいい。収録番組よりもずっといい。
 でもラジオもつける。テレビの画面が、ときどき乾いたまっさらな壁に見えたら、あわててラジオを流し始める。ラジオはしみ渡る。
 それでも、それでも深夜にどうしようもなくなって……。母親もいびきをかいて眠っているし、「こころの電話」も時間外。どうにかしないと、呼吸がどんどん浅くなる。鉛の帽子をかぶったように、刈り手のいない稲穂のように、頭がどんどん垂れてくる。
 かなしい。



 そうして、僕は今日もコンビニまで歩く。一番近いコンビニで二分。書きかけの発表原稿をできるだけ忘れられるように、とぼとぼ大事に歩いていく。六十の眼が僕を刺してくる、あのゼミを忘れられるように、ひとあしひとあし地面を読む。書を捨てよ、町へ出よう。町はことばの海なんだ、きっと。
 何かあたたかいものが食べたい。もしかしたら、少しでも人の手が加わったものを欲していたのかもしれない。僕はコンビニに入って、レジの加温器を見た。……からあげは無い。ポテトも無い。加温器はコンセントが抜かれて暗くなっていた。
 仕方が無く、明日食べるぶんの角食を買ってコンビニを出る。ちょっとだけ通りを北上して、セイコーマートまで行ってみよう。
 そうしてまた宙吊りの時間はのびていく。外気に触れていることができる。日中よりも人は少ないけれど、気温はぐっと低いけれど、僕は今、誰かといる。
 セイコーマートに入って、ホットシェフの棚を見たけれど、やはりもう何も置いていなかった。しかたないけれど、角食のお釣り三九〇円でできる贅沢を探そう。
 スパゲティに塩焼きそばにザンギにきんぴら、みんなパックの中で泣いている。早く買ってあげなくちゃいけない。昼頃に作られたのだろう、だいぶ外気との温度差にやられている。
 僕は塩焼きそばと鳥のからあげを持ってレジへ向かう。なけなしの二百なにがし円を払うと、夜勤の兄ちゃんがか細く「レシートです」と言ってきた。

 帰り道、マンションの合間に半分の月が見えている。雲がどろんとまわりを覆って、なにやらセンチな気分にさせる。
「そうだよなあ」



 時計は一時三十分を示して、僕に早く帰れよと諭す。そうだね、と家までの真っ直ぐな通りをとぼとぼ大事に歩いていく。
 ポケットの中の鍵束をもてあそびながらまた一歩、これから揺り戻される現実に、しかたがなく近づいていくのだ。
 ポケットの中、自宅の鍵を探していると、それよりいくぶん大きな鍵にふと触れた。両方にあるぎざぎざ。
 実家の鍵だった。

 母さん、今度帰るときには、ささやかな内定を手みやげにしようと思う。それで一緒にビールを飲もう。つらいゼミやら就職活動やら、そんな話を忘れさせておくれ。

 そうして僕は、やっぱりさみしくアパートに戻る。
 さみしいから、人にやさしくできるのだろう。

       

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