Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
24 零れたミルク~画材屋の話

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   24 零れたミルク~画材屋の話

 俺は言われたとおり施術局に到着した。揮発性の薬物、鉄、ゴム、柑橘類、腐敗物などの臭いがミックスされて、下水掃除の時並みに気分の悪い場所だ。建物は石造りで、中はだだっ広く、薄暗い。得体の知れない液体で満たされたビーカーとか、数秒後に爆発して四散するんじゃないかってくらい稼動音がうるさい機械、そして水槽に浮かんでいる謎の肉塊など。途中で何人かの狩人が担ぎ込まれて来た。右腕がぐちゃぐちゃになってるやつ、脇腹に穴が空いてるやつなど悲惨な状況だ。職員はその場で謎のドロドロを傷口に塗り込んだり、得体の知れない拷問具じみたトゲだらけの機具を突き刺したり、やりたい放題って感じだ。どうやらどこかで悪魔が暴れたらしい。
「や、待たせたかな? あるいは今来たとこかな?」
 頬杖をついて片隅で待機してた俺のところに、一人の女性が近づいてきてそう言った。血らしき汚れが滲んだ白衣、分厚い眼鏡、でかいマスク、ぼさぼさの頭髪の、ひどい猫背の人物だ。
「ラモン局長ですか?」
「そ、この八番地区施術局局長、ジュリエット・ラモンってのはわたしのことさ。んで何用?」
「衛兵のマリオットがこれを渡して欲しいと」
「ほう」
 局長は封筒の中を開けて覗き込む。何かを察したように俺を見て、
「あーそうだった借金だね、期日どおりに返してくれるなんてパンクチャルな男だぜ。で、君に対する報酬として提案があるんだ。絵を描くことには興味ないかい?」
 絵だって? 妙な雲行きじゃないか……
「どういうことですか?」
「や、わたしはね趣味で絵を描いてるんだ。仮に君が興味あったら同好の士ってことで協力惜しまない気なんだけどね。いい色の絵の具とかが手に入る画材屋を紹介してもいい、露天商でいつ来るか分からないんだけど、その場所を教えるから」
「なるほど。だけど生憎、今のところ別に……」
「あ! でももしも」局長は俺の話を聞かないで続ける、「その商人にめぐり合えたからって、その『絵の具』を口に入れたり、混ぜたりなんかしちゃだめだよ! 予期せぬ効果が生まれることもあるし、場合によっては違法な薬物になっちゃうことがあるから。もっとも」レンズの奥で笑みを作って、「君は善良な若者だろうからその心配はないよね! あくまで画材だよ、画材。わたしが教えるのは……君が興味あればだけど……」
 俺はなんとなく分かった。局長はどうやらブラック・マーケットの薬屋を俺に紹介してもいいと言っているのだ。それどころかその商品は、ラモン局長自身が横流ししたものかもしれない。これだけ回りくどい言い方をするのは、摘発の際じぶんは無関係と言うためだろう。あくまで「画材」を紹介しただけど。俺は今買う気はないが、探りを入れることにした。
「あの、局長」
「おお、なんだい」
「例えばこの都市で、不法に流通している薬物が問題になっていたりしませんか?」
「ああ、今してる話とは無関係だけど、確かに一部ではそういったものが売られてる場所があるかもしれないね!」
「その、例えばの話なんですが、どういった種類のものが存在しているでしょうか?」
「そうだね、あくまでも聞いた話なんだけど!」と前置きしてから話し始めた。「止血剤とか、自白剤とか、あとは寝なくても元気一杯になれるやつとか。それから、教団の狩人には及ばないけど、人間の力を一時的に増大させるものがあるそうだよ。そのあと反動で筋肉痛と吐血とかいろいろ副作用あるけど。
 あと、一時的に死んだようにみせかける薬。仮死状態ってことだね。自分の死を演出して経歴を消したい悪党が使うらしいけどね。ほかにはそうだな、〈教団〉の狩人に施された条件付けを解除する薬とかあるよ。彼らは魔女の体内にある悪魔の鼓動とか、吸血病患者が放つ微弱な臭いとか、そういった引き金で戦闘行動が取れるんだけど、その複数の要素のどれかが満たされたって錯覚させるやつね。もちろん無理やりだから、副作用も危ないんだけど。
 おっと、なにか興味を惹くものでもあったかな? だけどどれも違法だから、絶対に手を出しちゃだめだよ! 当然分かってるよね!」
 俺は「画材屋」が現れるという場所と時間を聞いてその場をあとにした。それにしてもこの都市じゃ、肩書き役職に関わらず黒に近い灰色ばかりだ。

       

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