Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
32 掃除の日~逃亡者アッシュと陽炎の魔女ダイアナ

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   32 掃除の日~逃亡者アッシュと陽炎の魔女ダイアナ

 真っ白い頭髪と赤い両目の狩人たちが、狭い道を突き進んでいく。人ん家だろうと店だろうとおかまいなくドアを蹴破って、中を一通り調べたら次へ。さっそく小競り合いがあちこちで発生している。居住許可証を持っているといってきかない吸血鬼と狩人たちが言い争いになり、どちらが先に発砲したのか分からないが、血しぶきが飛んで、その吸血鬼の胸に〈松明(トーチ)〉が突き刺さる。ピンを引っ張りぬいて、あっという間に燃焼反応が起こり、あとは骨まで灰になる。ころあいを見て消化剤が吹きかけられ、遺体を棺桶状の収納容器に乱雑につっこんで、彼らは撤去する。
 俺はそこらへんを一回りして帰るつもりだったが、途中でアニーとジャズに出くわした。
「ヴァーレイン。暇そうだね。散歩しないかい」アニーが唐突に言う。
「そりゃ構わないけど、何してんの?」
「巡邏団の仕事」ジャズが答えた。「用心棒的な」
「用心棒? ていうかジャズは普通に歩いてていいわけ?」
「話通ってるよ。ギルド経由で金積んでるから。そんで金出してないヤツがヤバいんでってこっちに依頼してきたんだ」
 話によると依頼者は対岸の街、エンゼルストンから逃げてきた吸血鬼の盗賊、ノエル・アッシュという人物だ。向こうでお決まりの内輪もめに巻き込まれ、こっちに逃げてきたはいいが、折悪くこの手入れ、コネも金もない彼は、巡邏団に守護を依頼した。
「で、そいつはこの先の安宿にいるんだ。私たちは今からそこへ行って、三課のやつらが来たらこいつを」と、烏がダガーを掴んでいる紋章入りのペンダントをアニーは見せる。「提示して、ちょいとの小遣いを握らせりゃ終わりさ」
 俺達はだらだらとその場所に向かい、ネズミや害虫がわんさかってかんじのそこにげんなりして、部屋に入る。
 中には誰もいなかったが、クローゼットから吸血鬼の小男が緊張した面持ちで出てきて、「遅ぇぞ」と不満そうに言った。鋭い目つきで、頬に大きな傷跡があり、肥大化した犬歯と金の瞳がジャズよりも凶悪に見える。
「ああ、道が込んでてさあ。ドロウレイス地下巡邏団から来たアニー・スティグマだ、こっちは相棒のジャズ」
 二人は先ほどの、ギルドの紋章を見せる。
「そっちの男は誰だ?」
「彼はそう、警護に雇った魔導師だよ。万一物騒なことになったら火の魔法でもってかく乱してもらう手はずになっている」
「そういうこと」
 どういうことなんだ。
「名前はヴァーレイン」
「どこのヴァーレインだ? フルネームで言ってくれ」
「帝都のウィリアム・ヴァーレインです」
「帝都のやつがなんでこんなところにいる?」
「そいつはお互い様でしょう」俺は汚い地面に腰掛けた。「何をやらかしたんですか、エンゼルストンで」
 呆れたようにアッシュが「無礼な小僧め」と吐き捨てる。
「狭いんだから大人しくしてようじゃないか」アニーはほとんどやる気なさそうに言った。「で、何したんだい?」
「そういうのは聞かないのがこの世界の決まりってもんだろうが? それより、そろそろやつらが来るころなんじゃないか」
「ああ、そうだろうね。直に来るだろうさ……」言いかけてアニーが沈黙し、アッシュを見た。正確にはその後ろだ。
 見知らぬ、長身の女が立っていた。長い髪がほぼ顔を覆い、表情は伺えない。ザザ製であろう装飾つきの三日月刀を女がアッシュに振り下ろすのと、アニーとジャズがそいつに発砲するのがほぼ同時だった。
 瞬間、アッシュが飛びのき、血しぶきが飛んだ。
 肩を切られたらしい。走って出て行きながら罵倒する。「おいおい、悪ぃ冗談じゃねえか、ダイアナ! 俺ごときにお前を派遣するなんて、やつら適材適所って言葉も知らねえとはな!」
 ダイアナと呼ばれた女は既に消えていた。銃弾は命中したのだろうが、手ごたえはない。アニーとジャズも部屋を出て走り出す。
「あの女、魔女だ!」アニーが言った。「エンゼルストンのやつか? とにかくアッシュを追うよ!」
 これはまた、ろくでもねえ厄介ごとじゃないかと俺は思ったが、この都市にいる以上、成り行きにまかせてみようというつもりになってきていた。俺達はれんがの壁の通りを走っていく。さっきの魔女が対岸のギルドの雇った刺客ならば、アッシュはすぐに殺されるだろう。じゃなくても、三課の兵士と鉢合わせすれば拘束、あるいはその場で処刑である。
 アニーとジャズは人外であるから速く、俺はとうてい追いつけそうにない。広めの路地に出て、先に光の塔が見えた――天蓋に開いた大穴から陽光が差し込んでいるのだ。かなりあとになってから作られた明り取りだ。
 ダイアナがアッシュを掴んで掲げ、光を浴びせようとしている。真昼の太陽を浴びれば吸血鬼は無論焼け死ぬ。
「本当に知らないのか?」魔女は尋問している。「〈経典〉を掘り当てたのはお前だろ? 正直に言いなよ……人生嘘は無しというのが一番だ、だよね?」
「既に知ってんだろ、俺は発掘を斡旋しただけだって。悪たれの三文魔女が、やるならやれよ……日光浴させてぇんだろ、逃亡生活の手間はぶけるってもんだな?」アッシュは追い詰められているのにへらへらと喋る。
「おい姉さん」アニーがライフルを向けている。「その男は私らの護衛対象なんだ。手を離してくんないかい」
「ああ」ダイアナはぼんやりとした調子で話す。「きみはここのギルドの人間だろう? あたしに譲ってくれるよな? 当然」
「なんだって?」
「あたしは帝都のギルドマスターじきじきの命令で動いてるんだ。だいじな用だよ。下手すれば帝国全体の運命すら左右するんだ。分かるよね」
「分かりかねるな」
「そうか。まあしかしだ、アッシュはどうやら知らないらしいな……やはり〈経典〉そのものを探すしかないのか。すでにどこかへ流れてしまってるだろうし……超面倒。シンプルが一番だ、だよね? ではさよなら」
 ダイアナの周囲の空気が揺らぎ、光の柱の中に彼女は消えた。

       

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