Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
38 〈始原の人々(アルファ)〉の杖

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   38 〈始原の人々(アルファ)〉の杖

「おや……あんたら」椅子にこしかけて新聞を読んでいた、入り口のところの狩人ノックスは、俺たちを見て意外そうに言った。「生きて帰ってくるなんて、意外だね。死んだかと思って、献花用に白いカーネーションでも買ってこようと思ってたよ。悪魔とやりあって勝ったのか、あるいはただ一回りしてきただけかい?」
「どっちだっていいだろ」ジャズが一蹴する。俺達は昇降機に乗り込んで、もとの第八階層まで上がった。
 ジャズとアニーは傷をちゃんと治療すると言って去って行った。
 俺とキーファーは〈公社〉に入ってドロシーに、クライヴという男が悪魔に憑かれていたこと、彼を始末したことを説明する。亡骸から採取した黒い短剣を渡し、教団へ持っていって少しばかりの報酬と引き換え、帰ってこない借金のたしにするように言った。彼女は額の眼鏡の位置を執拗に微調整しながら渋い顔で、そうするよと言った。
「変な話だ」そこからの帰り、長ったるい石階段を下りているとき、キーファーがつぶやいた。「海賊の財宝が下の階層にあるなんて、誰が言ったんだろうね」
「確かに」俺は答える、「その挙句あの有様だからな」
 これに関しては早々に答えが出ることになる。翌日、いくあてのないキーファーを家に泊めて、ボーっと有線ラジオを聴いていると(音質がすこぶる悪くノイズばかりが入る)、市内における逃走犯のニュースで(毎日何人もの犯罪者が出入りしていることを教えてくれる天気予報じみた情報だ)、悪魔の生息している地域に犠牲者をおびき寄せ、その遺品を強奪するといった犯行が相次いでいることが知らされた。
「悪質だな、しかし犯人も危ないんじゃないのかい」
「いや、これは荒野においては結構ありふれた手口なんだ」キーファーが説明する。「都市の外にも悪魔が群れてる〈巣〉がある。〈向こう側〉との接続が弱いから、そんなに大量に現れるわけじゃないけど、そういう危険地帯に相手をおびき寄せて殺すんだよ。もちろん相手が悪魔に憑かれる可能性も高いけど、そこで倒してしまって、堂々と遺留品を奪うんだ」
「手の込んだことだな」
 ニュースによれば狙われたのは帝国から来たばかりの魔導師で、不審に思い隙を見て逃げようとしていたところ、どんどん暗い方へ入っていくので、杖を抜いたところ犯人が反撃、結果なんとか逃げ仰せたということだ。
 犯人は鳥のようなマスクを被った女で、文法が狂った帝国訛りで話したそうだ。自己の血液を触媒に用いていたので〈化石竜師団〉の屍術師の可能性あり、発見したらただちに衛兵に知らせて欲しいとのこと。
 シャーロットがストームキープで戦ったヘルという男も、不気味な牛骨のマスクと血液媒体による術を使っていた。
 屍術師は本来追放者であり、かつて〈火の学院〉が産み落とした罪人だ。
 魔導師が触媒に使うのは杖や魔導銃、アーティファクト、手の甲に入れた刺青、魔法で付けられた傷口などがあるが、彼ら暗黒の違法な術師たちは己の体の一部を使う。そうすることで高濃度の生体エーテルを活用できるが、暴発の危険が高く公的には使われない方法だ。許可証を持たない彼らは触媒に使われるエーテル反応石(刺青の顔料にもこの粉末が含まれる)を入手し辛く、この方法にいきついたと言われている。
 彼らは魔女と違って常に人類の敵であり続けた。
 竜を復活させるという名目で多くが化石竜師団に雇われているが、彼らは大抵私利私欲のため以外には動かない。屍術師による襲撃はそもそも少なくない。目当てはブラック・マーケットでも手に入りづらい、死にたての人体だ。
「まあしかし、俺達が手出しするのも危ないし、衛兵に任せるべきだろうな」
「そうだよ。ヴァーレインは下で危ない目に合ったばかりなんだから」
「キーファーは連合で戦い方を学んだのかい」
「うん。風雪連合にはあらゆる人々が集まってくる。それは知識も集積されるってことなんだ。脱走狩人、不認可の悪魔退治屋、魔女、魔術師、吸血鬼、灯火騎士、フュル=ガラの武装司祭。ああ、〈夜警隊〉にいたって言ってたやつもいたなあ。ほんとか分かんないけど。そういう人たちから色々教えてもらうわけね。それでときどきこうやって城塞に入って、誰もやらなそうな魔族がらみの仕事をやったりしてるんだ」
 やはり技術があると仕事も探しやすいってわけだ。危険も伴うだろうが、キーファーも結構な手だれなのだろう。
 そう考えていると、だいぶ久々に隣人のウォーターズが入ってきた。顔には生傷があり、衣類に血が付着している。今帰って来たばかりのようだ。
 彼はいきなり俺と抱擁し、友よ命の恩人よ、などと賛美した。わけを聞くと、どうやら城外での仕事の最中、盗賊団に遭遇し、撃ち合いになったそうだ。その際、胸に銃弾を受けたが、俺が渡した時計が懐に入っていて一命を取り留めたのだと。
 まるで俺が目の前に体を投げ出し、身を挺して守護したかのような感謝の仕方だが、こちらとしては何もしていない。とはいえ、彼の命が救われたのは喜ばしいことだ。
 キーファーはウォーターズに見覚えがあると言った。平原のどこかで、共に仕事をしたことがあるらしい。以前にウォーターズから譲り受けたカルムフォルドの果実酒を開け、乾杯した。
 世もふけたころウォーターズが話し始める、「ヴァーレイン、今日は別れヲ言わナケればならない。今回の仕事で旅費が溜まったンだよ。北へ行く。君にこれヲ受け取って欲シい」
 彼が取り出したのは鉛色の装飾杖だ。咆哮する竜が描かれている。キーファーが息を呑んだ。「これって船体の一部の? 話に聞いてたけど」
「そう、かつテ我々の祖先、今よりも耳が尖ってイた〈始原の人々(アルファ)〉が到来した船かラ作られし触媒ダ。大きなちからを秘めテいる」
「こんなのをもらっていいのかい? すごく高いんだろ?」
「ああ、君が使ってくレ。君の冒険に、双子の月の導きガあらンことを」
「あんたにも」俺は杖を手に取った。冷たく重たいそれから輝くようなエーテルの轟きを感じる。
 俺は代わりに今まで使っていた杖を渡した。それと銃弾で壊れた懐中時計を携えて明け方、呪術師は北を目指し旅立った。

       

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