Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
42 ドロウレイスの竜

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   42 ドロウレイスの竜

 そのあとやはり、シャーロットの言語力を持ってしても無理そうだという結論に達し、解散、俺は帰って寝た。キーファーはどこぞで悪魔を退治していたようで〈風雪連合〉制の双刃を投げ出し、体を丸めて熟睡していた。
 翌日、やたらとバタバタ走る足音や遠くからの警報などで目を覚ますと、まだ明け方で、しかし都市の中は蜂の巣をひっくり返したような狂騒。キーファーも唸りながら起きる。
「なんだかすごくうるさいね、お祭り?」
「可能性は高いな、あるいは何かの事件かもしれないな」
「それはないんじゃないかな。あったとしても事件そのものじゃなく、〈先触れ〉だと思うんだ」
 キーファーが言うには、〈銀の教団〉では帝国独立以前から〈白の巫女〉と呼ばれる改造人間集団が、未来予知を行い、大きな事件・災害の前には警告を出してくれるので、致命的なダメージが都市そのものに及ぶ可能性はほぼないのだという。
「長年のデータの積み重ねでだいぶ正確さは増してきてるって教団は言ってる」
「信用できるのかい?」
「うんとね、今の時点でこのまま突き進んだ未来と、なんか大きいできごとで変貌した未来があったとして、その差異が一定以上になると分かるんだって」
 首都ボンファイアには最も正確な巫女の集団がいて、ドロウレイスにも一人いるのだという。加えて、予知の力を持った狩人も何人か各都市にいる。
「ここのマトロック管区長とかもそうだね、あのひといっつも酔っ払ってるからどれだけ信用できるか分かんないけど」
「じゃあ、城塞がぜんぶ吹っ飛ぶとかそのレベルの災害は起きないってことか?」
「少なくとも今は」
 あるいは俺達を残して全員避難したのかもしれない。
 部屋を出るとまばらに人がいて、危惧は外れたとわかったが、誰もが一方向を目指して走っている。その流れに乗って八番地区の外れ、平原を望む巨大なバルコニーにやってくると、そいつが見えた。
 どう見てもそれは竜だった。
 やつらにはいくつかの種類があり、手足のない地竜、両手と翼が一体化した飛竜などがいるが、そこに鎮座していたのはスタンダードな、両腕と翼が独立したものだった。体色は黒に近い茶。大地を四肢で踏みつけ、こちらをにらんで、大口を開いている。体高は五メートルくらいか。災厄の折に跋扈したものに比べればはるかに小さいが、この〈凪の時代〉に現れるとむろん怪物以外のなにものでもない。
 少し離れたところに公社の魔女達とドロシーがいた。いつもにもまして落ち着きがなく、眼鏡を連続的に額に上げたり下ろしたりを繰り返すマシンと化しているこの受付嬢を、カサンドラとポーラがなだめている。狩人や衛兵たちはあちこちに慌しく動いているが、なにをするためにそうしているのかは、彼ら自身にも分かってないように見えた。
「ちょっと! どういうことなの!」ヒステリックな声で老婦人が叫んでいる。相手は三課のブレイド副長だった。
「これは死んだでしょうね」ごく冷酷に告げたので婦人は副長と同じくらい蒼白になった。「恐らくあと数分であの竜は破壊の光を放ち皆殺しであります。祈りましょう、〈銀の女神〉へ。どこにも逃げられないのであります」
 半狂乱になった婦人と周囲の市民が駆けて行く中、俺は副長に話しかける。「なにをしているんですか?」
「人々をいたずらに怯えさせて楽しんでいるのであります」
「なんでそんなことするの。不謹慎だよ」キーファーがいさめるが、
「わたくしは不謹慎な瞬間を楽しむためにこの職業に就いているのでありますゆえ。無力な住人がどたどたと畜生のように駆けて行くのは爽快であります。あとは暴動でも起これば……」
 俺達は副長から離れて、まともそうな当局関係者を探した。

       

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