Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
43 ドロウレイス首脳会談

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   43 ドロウレイス首脳会談

 住民たちは千年前の記憶が蘇ったように恐慌に陥っている人と、大してパニックにもならず物見遊山を決め込んでいる人に二分されているように見えた。後者は、異常事態すぎて逆に冷静になってしまったか、あるいは、あの竜がすぐには攻撃してこないと判断したか、どちらかだろう。
 問題の竜の周囲を教団の狩人たちが取り囲んでいる。壁の銃眼からは衛兵たちが所在なさげにライフルや大砲、魔法が使える者は杖を竜に向けている。
 配られている号外や、街頭の教団関係者の説明によれば、あの竜は城塞内のアーティファクトが誤作動し、生み出したもので、恐らくほんものの竜を倒すための訓練用だろう、つまりダミーということだった。攻撃を試みたものの、竜に与えた損傷はすぐに修復され、生命反応はあるものの、自律した意志などはない、らしい。現在のところ、あれに都市が攻撃される心配はないそうだ。
 城壁の際にはレストランや喫茶店が並んでいて、平原を一望できるようになっている。外へ張り出したバルコニーに陣取って、数人の貴族、金持ちらしい面子が紅茶を飲みながら閑談しているのが見えた。
「あの人たちは? こんな大騒ぎの中優雅なもんだね」
「あれは首脳陣だよ、この都市の」キーファーが一人ひとり説明してくれた。「あの真ん中にいる痩せたお爺さんが、ここの首長のハザレイ公爵。聖チャールズの子孫だって話だよ」老人は飲み物に手をつけず、いかめしい顔をしている。
「隣の太った小父さんは衛兵隊のボス、タウンゼント司令」着ているのは衛兵たちの軍服と同じだが、いろいろ装飾やら勲章がついている。カイゼル髭の、なんとなく胡散臭い人物だ。
「あと隣のがシンクレア将軍。この地区の統率者なんだけど、まあ見ての通り……」その人物は司令と対照的に骨と皮ばかりの、針金細工のような男だ。顔色も酷く悪い。左目が眼帯で覆われ、残った右目は鋭いが、あらぬ方向を向いている。
「煙館と娼館を往復してばかりって話だよ」
「中毒者か。見るからにヤバそうだけど、なんであんな人が」
「さあ。戦えば強いとか、指揮官としては優秀とか、いろいろ話は聞くけどね。一説には子供の頃、左目を魔女に取られて、代わりに魔法の目を埋め込まれたんだとか。それで幻視の力を授かったというけど」
 いうか今も幻覚を見てるような感じだ。
 隣にいるまだ歳若い、白い髪の少女は酒瓶を抱えてラッパ飲みしている。重要な会議中だろうに、平然とだ。
「あの人はここの三課のトップ、マトロック管区長だね。施術のときかなり命が危なかったそうだけど、お酒を飲んだらみるみる改善して、それ以来飲んでばっかりだね。予知の力があるらしいんで頼りにはされてるけど、酒臭いね」
 キーファーより少し年上くらいの少年もいた。薄い金髪の、少女のような顔の狩人で、耳は尖っている。
「この街で一番強いのは誰か、って話題になると定期的に名前が上る、〈稲妻〉のホプキンス総長。二課のトップだね。十年位前に天使が出現したとき、倒したのはあの人らしいよ。それだけじゃなく、六十年くらい前には竜をやっつけたって話だけど」
「六十年? ずいぶん古参なんだな」
「うん、たぶん最古参かな。百年くらいいるらしいけど」
「だけどあの歳じゃ、聖霊埋め込みの手術は受けられないんじゃあないかい」
「普通はね。十八歳からだから。だけどそれも抜け道があって、悪魔に憑かれたあと転用手術を受ければ年齢は関係ないんだよね」
「カルムフォルドの人なのかな」
「どうだろ。総長は謎が多い人だからね」
 最後の一人は、美人だがきつそうな黒髪の女性で、キーファーがここの〈公社〉の支部長、シュガー・マグノリアという人だと教えてくれた。
「何をもたついているのだ」タウンゼント司令が叫ぶのが聞こえた。「とっとと叩き潰せばいいものを。憎き竜め。鱗の生えた木偶の坊、我々の仇敵、不倶戴天の……」
「あの程度のサイズなら、ワシの若いころなら一発で叩き潰したもんじゃ」これはハザレイ公爵だ。
「もちろんそうでしょうとも、ご老公」マグノリア支部長は皮肉げに言うが、相手は気づかないようだ。
「バーネル高司祭はしばらく様子を見るようにとおっしゃいました」ホプキンス総長の声は声変わりをする前のそれだ。
「肝心なときに君たちは役に立たぬものだな。戦女神が泣くぞ」
「まあまあ、司令、ここはいっぱいやんなよ。ウヘヘ」
「マトロック、飲みすぎじゃ、場をわきまえたまえ」
「公爵閣下、飲むのをやめたらあたしは死にます」
「いっそ、東部の伝承にあるように、あの竜に酒を飲ませ、酔ったところで首を刎ねてはいかがでしょう」
「支部長、貴女もまさか酔ってるのではないじゃろうな」
「なんでもいいからさっさと攻撃の指示をだな」
「それより、この機に乗じて火事場泥棒が急増しているようですが、対策がいささかおざなりでは」
「なんだと、総長、それは我が軍を非難しておるのか」
「いえ、ただもう少々都市内の防衛を……」
「それよりさあ、あの竜をやっつけるよりもう観光資源にしちゃったほうがよくない?」
「無茶を言いますね。今はまだ休眠状態ですが……」
「あれ、将軍死んでませんか?」
「またか! 今月に入って二度目だぞ」
「心臓が動いてません」
「ホプキンス、心臓に電気ショックを与えろ」
「もうそのままおねんねさせちゃえばいいのに!」
「自発呼吸、再開したようです」
「またラモンに頼んで血液を入れ替えさせねばな」
「ラモンといえば、彼女があの竜を解剖したがっていますが」
「あの馬鹿の脳を解剖するほうが先だ……」
 会議は大いに踊り、住民たちは日が沈むころにはもはや混乱に飽き、それぞれの家に帰っていった。
 そのあと、軍が火事場泥棒を一掃するといい、何人かが見せしめに処刑された。

       

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