Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
9 都市の人々~呪術師ウォーターズ

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   9 呪術師ウォーターズ

 そのあと住みはじめたのは公社が管理するボロっちい集合住宅で、最上階の部屋だったが屋根の一部が無く、そこから始終汚水が零れ落ちてきていた。床が傾いているので汚水は部屋の隅に流れ、そこにわざわざ開けられた排水のための穴から外へ出ている。冗談みたいな場所だ。
 隣に住んでいた、ウォーターズという男となんとなく仲良くなった。彼は都市の外に出ることの多い冒険者で、ほとんど家にはいなかった。ファーゼンティアの都市群は自治が強い反面、城塞の外に関しては不干渉を貫いていた。目と鼻の先で人が殺されてても衛兵隊はまず動かない。教団の狩人たちも付近の平原に出没する悪魔、吸血鬼、賞金首のはぐれ魔女を狩りに遠征隊を組んだりするが、人間の犯罪者にはなにもしない。なので、冒険者の主要な仕事の一つに、隊商とかの護衛があった。もちろん危険な仕事だ。盗賊団が草むらに隠れて奇襲してきたり、そのなかに魔女や魔導師が混じってたりすると厄介だ。吸血鬼の夜盗組織だって存在している。
 とはいえウォーターズは毎回、大きな怪我を負うこともなく帰って来た。彼は帝国のさらに南、カルムフォルド亜大陸の出身で、腕利きの呪術師(コンジュラー)だった。
 彼が亜大陸出身だというのは、最初に挨拶しに行ったとき、その容貌ですぐ分かった。長身で細身、尖った耳。一説には彼らは、俺達とは違う領域から災厄前に入植してきた種族の末裔で、かつては今より更に耳が鋭かったが、混血で今くらいになったそうだ。寿命も長く、教団の狩人ほどじゃないが老化が遅い。ウォーターズは二十歳くらいに見えたけど、実際は倍近かっただろう。
 俺が通っていた帝都の〈火の学院〉の学長も、カルムフォルド出身の爺さんだった。胸元まで白い髭を伸ばしてて、横着ゆえにスピーチが短いので人気があった。向こうの爺さんってことは百歳を優に超えているはずだ。ウォーターズもその爺さんも、肩の力が抜けてのんびりした雰囲気と、宗教者、哲学者じみた、浮世離れした雰囲気が同居していた。
 ウォーターズは亜大陸北端の街セントダリアの冒険者だったが、北の地を目指して陸路で旅をしていた。切符代を稼ぐために途中下車しては、切った張ったの荒仕事をして、また列車に乗って北へ。危ない目になんども合っていたが、亜大陸の仕事に比べるとだいぶましだって話だ。
「向こうは向こうでねえ、脅威がいっぱい満載されてンのだよね」俺の部屋で酒を飲みながら彼は言った、「樹海にゃまだ未だ竜とか居ルし、あと人狼、だヨね」亜大陸には、二つの月が両方真っ赤に染まるとき狼に変わる人間がいて、人をむさぼるそうだ。「あれはマナの焦点が合うってことなンだよね、なのでだから帝国やここと違うノが出てくる」
 ウォーターズは専門的な話をいろいろしてくれたが、ほとんどよく分からなかった。抽象的すぎる部分も多かった。
 彼は魔法と呪術の違いを話してくれた。魔導師は魔法を完全に武装、道具と考えている。それはいつだって安定して使えものでなくてはいけないのだと。一方呪術師はその土地のマナを活用する。これは例えていうと「地の利」みたいなものらしい。天気や時間帯によって変わってくる、その都度柔軟性が必要な技術だと。俺が魔導師だからかもしれないけど、面倒そうだった。北を目指すのも、冷たいマナを求めての修行だと彼は言っていた。不便だがその拘りこそ楽しみって感じだった。

       

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