Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
25 飛行船の魔女ジャニス

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   25 飛行船の魔女ジャニス

 俺には姉がいた。
 物心ついたころからこの人はどうもおかしいな、と感じることが多くて、それは彼女がなにかを「経由」しなければ行動できないたちの人間だったからだ。
 たとえば家のキッチンから玄関へ向かうのに、必ず寝室を通ってからでなくてはならなかった。どんなに急いでいるときでもそうした。それは厳格なルールらしく、俺や両親がいくら言ったところで彼女は治さなかった。会話にしたってそうで、必ず本題に入る前に、すこしばかりの雑談がなければできなかった。それは天気の話とか、庭の花が咲いたって話だったりして、現実の話題なのに昨晩見た夢のようにふわふわととらえどころが無い。万事がそうで、こちらから質問をしたのに彼女がいきなり別のことを話し始め、なんの話だったか忘れてしまうことがとても多かった。俺は姉と意味のある話をするのを避けるようになって、常時ふわふわした出来事ばかり話していた。
 学校でもああだったのだろう。姉に友人がいた記憶はない。なぜか成績は優秀で、魔法の腕も達者だったが、社会を生きるのに向いているようにも思えず、彼女自身、それを放棄しているふしがあった。
 シャーロットと似通った部分もあるが、彼女は姉と違い常に無表情かつある種超越的なところがあって、話が途切れたり、通じなかったりしても気にする様子はなかった。「まあいいや」という具合に、次の話題を振って来る。
 しかし姉はそうではなかった。確実に精神の損傷が蓄積していることに、俺は気づいてた。姉が十五、六のころからだろうか。会話の間に、俺への謝罪が増えてきた。常になにかを恐れ、ひどくぎこちない笑顔を浮かべながら、急に謝り始めるのだった。俺は内心、これはまずいな、と思いつつ、流れに任せ、いつものように曖昧に答えていた。
 その後、新しい奇癖が増えた。飛行船を見ると、あれには魔女が乗っていて、いつか自分を迎えに来るのだと言い出した。俺はそのたびに、それはどういうこと、と質問していたが、姉は既に飼っている猫の話とかを始めている。

 彼女が決定的に変わり、そして旅立ったのは俺が〈火の学院〉を卒業する直前だった。月が二つとも真っ赤に染まり、夜空が錆色になった日に、黒い飛行船が空を横切った。
 姉だった存在があいつの声と口調で喋りはじめ、入れ替わったのはそのときだ。いいや、入れ替わったわけじゃないとそいつは言った。俺はそうかもしれないと思った。
 知らぬ間に帝都の暗がりから悪魔が取り付いたのか。彼女が言うように、飛行船に乗ってきた何かが乗り移ったのか。あるいは姉の精神が、決定的に壊れてしまったのか。どれかは分からない。
 とにかく〈飛行船の魔女〉ジャニスはその晩誕生し、俺は消えた彼女を追って北へ向かう決意をした。それはなにかを探す旅で、なにも探さない旅だった。

       

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