Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
34 水没区画

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   34 水没区画

 それから〈過客〉の礼拝堂の近くにある酒場で、俺とアニーとジャズはくだをまいていた。アニーが質問してくる、「ヴァーレイン、例の女の子とはねんごろな仲になったころかい? あの蒼い髪の」
「ああ、シャーロット? とても俺の手には負えないな」
 俺は彼女の異様な会話センスについて話した。
 最近ようやく、シャーロットがどういう目的で発言したのかわかるようになってきた。
 この前路上でいきなり知らないおばさんが俺に対して、ご両親に恥ずかしくないのかと言ってきた。最初はわけが分からなかったが、どうやら冒険者であることを言っているようだ。だいぶ偏見的だなと思ったが、まあマーリンばりに俺もなんとなくで行動しているなとおばさんの話もろくに聞かず考えていた。
 すると後ろにいたシャーロットがいきなり、「先輩はお風呂で体をどこから洗いますか?」と質問してきた。これはつまり、空気が悪いから話題を変えましょう、という狙いが恐らくあって、しかし場の空気とか、話題選びとか、そういうのを全部無視して、彼女が定番と考える質問を投げかけてきたのだと思う。「肩かな」俺は答えた。「凝ってるから洗うついでに揉み解すんだよ」今いる集合住宅はもちろん風呂場も汚く、ナメクジが発生することもしばしばで、あまり利用したい場所ではない。
 おばさんは気づいたらいなかった。
 シャーロットは自分について俺や他の知り合いに、もっと知ってほしいようだった。俺がそうするには彼女の情報を聞き出さなくてはならないが、それにはパトリックに協力してもらうか、根気良くむだ話を続ける必要があった。前者の方法を駆使するには、まずパトリックとの仲をさらに深めないといけない。シャーロットの精神と同調するのはけっこうな労働らしいので気乗りしなそうだった。
 だから俺はだらだらと本人と話して、リズムをつかもうとしていた。
「最初はカサンドラと同じく、寄生した悪魔のせいでああなってるのかと思ったけどな」ジャズが言う。
「ああ、彼女はそうなのか」初耳だった。俺の姉とかと同じく、そういう喋り方の人物かと思っていたのだ。
「副作用だよ」アニーはビールにほとんど手をつけず、肴のポテトスープを啜っている。「言語がおかしくなるのはよくあるパターンさ。完全にイカれちまうよりはずっといい。狩人だってそうだ。独り言言うやつ多いだろ? あれはそうだよ」
 アニーが言うには、現在はだいぶマシになったほうで、もっと昔は技術が安定していないせいで、深甚な拒絶反応で再起不能になる例が多かったらしい。三百年前の戦争のときは狩人を多量に補充する必要があり、多くの被験者がひどい死に方をして闇に葬られたという。
 ラモン局長の父親が施術局に入ってから、大きく技術は発展したそうだ。局長の一族は大災厄の前、旧ファーゼンティア王国の時代から存在する技術師の家系が源流だ。この一族は確実に都市群の中に根を下ろしている。ラモン家とは別の分家に、拷問官や処刑人を多数輩出しているベガ家が存在する。現在捜査部隊の尋問官として恐れられているアスラン・ベガ隊長はその子孫で、局長の遠縁にあたる。この都市にいれば、ときたま局長やベガ隊長の評判がほとんど怪談のように飛び込んでくるが、功績も多大だ。
 この一族が長年携ってきた聖霊機構の正体は、〈黄金時代〉に強化兵士を作るのに使われていたものらしく、現在の狩人たちはカスタマイズ可能な形態の一つにすぎないのだという。長年、制御方法を当局が研究し続けているが、明確な解決法はないままだ。

 だんだんビールを飲んでるうちに疲れてきて、歓楽のためにやってたってのに辛いな、と感じていると、シムノン軍曹が入ってきて俺たちを見つけるなり厄介ごとについて話し始めた。〈公社〉の受付ドロシーが、とある冒険者が行方不明だと騒いでいるって話だ。
「カネでも貸してたのかい、ドロシーは?」
「そういうこったな、そのクライヴ・ディグルって野郎は典型的な駄目冒険者でな。借金ばっかしてんだ。浸水した第一階層に、海賊が隠したおたからがあるって眉唾な情報を頼りに向かったようだが、今頃溺死してんじゃねえか。海賊連中はわざわざ都市のなかに隠すはずがねえんだ。ガセだろうぜ」
 軍曹の祖先は黎明海峡の海賊らしいという話を聞いたことがある。もっとも、宝の件は素人にだろうと怪しい情報だってのは明らかだ。
「それで、クライヴが死んだら金をとりっぱぐれるってんで、ドロシーは誰か探しにいっちゃくんねえかと言ってるよ。魔女どもはもちろん聞いてないふりだし、オレも他の仕事あるってんで逃げてきたよ。お前らも公社にゃ近寄らねえのがいいぜ」
 軍曹はビールを買って出て行った。まだ勤務中なのだろう。
「どうすんだい、ヴァーレイン? 行くのかい? たぶん死んでるさ、そのクライヴって野郎は」
「公式にドロシーが依頼するってんなら引き受けてもいいかな。死体から小銭でも回収すれば足しにはなるだろうし……だが第一階層は廃棄されて久しいんだろ。継続的に〈向こう側〉が溢れ出てるって話じゃないか」
「さすがに悪魔が溢れ出たらヤバいから」ジャズが言った。「定期的に教団が手入れはしてるけど、少なからずいるだろうな」
「ジャズ、今回は珍しくヴァーレインを助けるってのはどうだい?」アニーが意外なことを口走る。「いっつも面倒ごとに手を貸してくれてるしさ」
「というかこっちが巻き込んでるんだけどな。アッシュの仕事のほかは今日、何もなかったし、やってみるか? カネはヴァーレインが六、わたしたちが二ずつでいいよ。今度また厄介な仕事に巻き込むかもしれないけど」

       

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