Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
37 水没区画~灰かぶりのキーファー

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   37 水没区画~灰かぶりのキーファー

「おいおい、一匹倒すのでこんだけ大騒ぎじゃ先が思いやられるってもんだよ」
 アニーは太い糸と針で乱雑に傷口を縫っている。どう見ても強引に塞いだからといってどうにかなるサイズじゃないが、そこまで苦痛を感じている様子はない。
「というか、とっとと帰ってドロシーに、クライヴ・ディグルは死にましたって伝えた方がいいんじゃないかな」
 ジャズの片腕が変な方向に捻じ曲がっていたが、彼女は歯を食いしばって自分で無理やり元に戻していた。
「借金は冥土の土産になったな、だが目蓋にコインを乗せる手間は省けたぞ」
「ついでに埋葬の手間もだな、今頃〈向こう側〉に引きずり込まれてるだろうさ」
 俺達が戻ろうとしたとき、水上にかかった鉄くずの橋を誰かが走ってくるのが見えた。
 そいつはごく小柄で、大きなゴーグルと口元の覆いで顔は見えなかったが、どうやらくだんの風雪連合団員らしい。両手に剣を持ったまま走ってくる。
「あのさあ! あんたたち、こんなとこにいたら殺されるよ」すれ違いざま彼はそう言った。俺たちが彼の来た方向を見ると、別の誰かが走ってくる。防塵コートを着た若い男だが、顔は見えない。煤で覆われている。左目の黒化を通り越して、悪魔にほぼ体を乗っ取られかけているのだ。俺達は放浪種の少年に続いて逃げ出した。
 アニーが聞く、「あいつがクライヴかい?」
「なんだ、あんたらもやつを追いかけて来たの? 入り口のノックス氏ったら軽々と通すんだから。僕もドロシーに頼まれて探しに来たんだけど、ありゃだめ、末期だよ。死ぬね。僕らもこのままじゃヤバいよ。やつがクライヴの体に馴染んだらさらに足が速くなる。だけど策はあるんだ」
 少年はいきなり壁面を走り、礼拝堂跡の屋根を伝って跳躍した。
「ヴァーレイン、付いて来れるかい? さもなきゃ死ぬよ!」
 アニーもふわりと上まで跳躍する。ジャズはげんなりした顔で、窓枠に足を引っ掛けて昇っていく。
 怪我で俺を引っ張り上げる余裕がないとはいえ、完全にこっちに任せて来てる。
 俺はこんなときのために会得した技の発動にかかった。

「フッカー、前に酒場でスリを天井にぶつけたの、あれどうやったわけ?」
 ブロンディとクワインがけちな賭けをやってる横で、ほろ酔いの呪術師に俺は質問した。
「アア、簡単、基本的なやつヨ」彼女ははこっちのやつはこんなのも分からないの、といった様子で答える。「偏在する力を使ッたンだわ」
「偏在する力?」
「そう、星のちからヲね」
 星の力――俺はしばらく考えて、重力だと気づいた。
「地のマナの応用。〈フュル=ガラ〉の武装司祭が当たり前に空中ヲ駆けるのハこれよ」
 俺はなんとか今度はフッカーにカネを払うことなく獲得したかったので、賭けで勝ったら変換方法を教えて貰えるという条件で、コイン投げをすることにした。
 三回勝負で一勝二敗、またこの業突く張りに支払うはめになった。
 事前にお互いの魔法触媒はすべてテーブルの上に出していたのだが、俺はなにやら妙な気配を感じていたので、なにかしたんじゃないかとフッカーに聞くと、にやにやしながら手袋を脱いで、手の甲を見せた。
「帝国の若イ術師の間で刺青の触媒を手の甲ニ入レるのが流行ッてるらシいが」赤い傷跡が走っている。そして、皮膚がすこしばかり盛り上がっている。「外より中に入れテおいた方が安心ってもンよ。竜の骨片ね。お小遣いどうも、ヴァーレイン」

 それもまた完全な呪術ではなく、俺自身のエーテルを経由した変則的なものだった。
 〈乱れ火〉の使用に際し、魔法で起こした火が必要なように、まずは俺の足元に〈加重〉を唱える。踏み込んだ足が石畳を砕いて沈み込む。続けてやたら発音の難しいルーンを唱え、地面を蹴ると同時に、羽が生えたように俺は屋根の上へ跳躍した。〈だいぶ疲れる〉クラスに匹敵しかねないしんどい術だ。俺は息切れと頭痛を覚えながら走る。
「おっと、なんとかなったなヴァーレイン。さすがだ兄弟」「死んだかと思ったぞ」
 俺は苦笑いして、
「ああ、だけど、やつが魔女であるあんたを優先的に狙うと見越して、あえて俺から離れたんだろ?」
「かもね。だけどクライヴの気分次第じゃ、あんたを見殺しにしなきゃいけなくなっただろうねえ」
「そうはならなくて良かった、が、あんた」俺は前を跳ぶ冒険者に聞く。「どこへ向かってるんだ? このまま逃げ切ったほうがよくない? やつを倒せる策ってのは?」
「心配しなくてももうすぐだよ、ほらあれさ」
 眼前は開け、湖のようになっている。居住区の一角が陥没したらしい。そして、天蓋の割れ目から光が注いでいる。太陽の光が。
 少年は足を止め、両手の剣を掲げた。
「これで手に入った、武器がね」
 フッカーから以前聞いたことがある。亜大陸で〈フュル=ガラ〉の精鋭が魔を狩るときの技についてだ。太陽のマナを武器に宿し、それですべての不浄を払うのだと。
 二つの刃が白く輝き、少年は屋根から跳んだ。
 下でよたよたと追いかけていた、いまは単なる悪魔憑きと化したクライヴの体を、光る剣が交錯するのが見えた。回転による螺旋の傷を相手の体に刻み、白い炎がやつを包んだかと思うと、あとはもう灰だけが舞い散っていた。
「よくやった、ちっこい少年! あんたの名を聞かせておくれよ」
 アニーが手を振って言う。相手はゴーグルをずらし、空色の目を覗かせた。
「キーファーだ。あと僕は成人してるんだよね、だいぶ前に」

       

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