Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
40 地下巡邏団の仕事~取調べ

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   40 地下巡邏団の仕事~取調べ

 捕縛されたリリィ・ゼロには奇癖があった。マスクを被っている間じゅう、奇怪な帝国語で喋り周囲の人間を混乱させるのだ。素顔に戻れば普通に会話するらしいが、口数が極端に減り、取調べを受ける意志はなくなる。マスクを被せて何とか話させなくてはならないという。デイヴィス司祭が平原での巡礼からまだ帰って来ていないというので、古参のスミサーズが仕切っているが、いろいろと大変そうだ。
 衛兵隊への引渡し交渉が続いているが、化石竜師団には多数、魔女や魔術師もいるため、教団と連携せざるを得ない。帝国軍もリリィを欲しがるだろう――身内ながら反逆した彼女を。
 どうやら目下のところは教団の捜査部隊隊長、件のアスラン・ベガと交渉中らしい。
 一度だけ俺はベガ隊長を支部前で見たことがある。女性のような顔の優男だったが、非常に気色悪く見える瞬間があった。騙し絵のように、人間じゃないものの顔が覗いたりする。さすがに失礼かと思ったが、俺は隊長の顔を直視できなくなっていった。通りの向こうに隊長が去って行ったあと、遊撃隊のマーリンがいたので話しかけると、彼も俺に同意した。
「ベガ隊長はもう人間じゃねえのさ。本人もそれは知っているし、人が自分を気味悪がるのを楽しんでらっしゃる」
「どういうこと?」
「さあ。だがなんとなく分かるってもんだ……あの人が過去にどんだけの数の人間を捌いて来たことか。今日も明日もだ」
「前から思ってたんだけど、教団はこんなにイカれた人がたくさんいるのによくもってるな」
「もってる、のかねえ、俺にゃあ分かんねえな。くわばら、くわばら。だらだらとふらつくしかできねえんだよ、俺らは。薬漬けの人形だかんね」

 数日後、無事巡邏団と教団、衛兵隊の間で話が付いたらしく、八番地区の薄汚い地下牢にリリィ・ゼロは移された。
 さっそく、値千金の情報を得ようとパトリックと、この屍術師が妙な動きをしたときのために相棒のフレデリカも呼ばれた。
 しかし、パトリックは力を使おうとしたとたん昏倒し、二日間目を覚まさなかった。どうやら、精神感応防止の術がかけられていたらしい。思考を読む力を持つのはパトリックだけじゃないし、熟練の魔導師の中にも同じような力の持ち主がいる。
それらへの対抗策のようだ。
 パトリックが言うには本人がもつ精神的偏り――性分、個性、そういうのだ――をさらに増幅させるものらしく、例えて言うなら脳みそをいきなり高速で揺らされたようなものだったと。
 しかたがないので尋問しようということになったが、恐ろしく要領を得ない。ベガ隊長に拷問してもらうか、という話も出たところで、なぜかシャーロットに尋問させようと言う話になった。
「変てこな二人同士そりが合うのではないかということです」女衛兵のブロンディが、公社に呼びに来た。「まあしばしの間、おしゃべりを楽しんでください」
「そんな感じでいいの?」
「エンゼルストンから解呪屋やってる魔導師を派遣してもらうそうで、そうすればパトリックの力を使えるようです。それを待たずしてなにか少しでも聞き出せれば御の字といったところでしょう。どちらにしろ今回はベガ隊長には休んでいてもらいましょう」
 牢屋はドブみたいな臭いがして、汚水が漏れていたり蟲が群れていたりひどい有様だが、俺が住んでいる部屋も同じようなもんだから大して気にはならなかった。鉄格子の前でアニーとスミサーズ、衛兵ふたりと二課の狩人一人が待機していた。衛兵達は酒を飲んでいる。シャーロットの取調べを体のいい肴にしようってことだろう。実に暇そうだ。
 リリィ・ゼロの顔はうかがい知ることができなかったが、錆色の革のマスクは不気味だった。それ以上に、長身の狩人が恐ろしかったのだが。異様な雰囲気の女性だ。背はこれまで出会ったどの人物より高く、一九〇センチほどだろうか。ヴィンスよりこの人に〈巨躯〉の名はふさわしいだろう。俺はなんとなく、ベガ隊長の部下かなにかだろうな、と推察した。どことなく人間離れした感じがよく似ている。
 ブロンディはそそくさと帰ってしまった。衛兵のうち一人はなんどか酒場で見たことがある。シムノン軍曹と他愛ない話をよくしている、初老の酒飲みだ。もう一人は少しばかり年下で、脂ぎった黒髪の陰気な男だった。
 アニーも俺たちが来たのを見計らって、地べたに座って安酒を飲み始めた。「シャーロット、そっちのおっさんは衛兵隊のロザリー・ギャラガー軍曹、あと隣のは……誰だっけあんた?」
 相手はじろりとねめつけて、「カヴァデールだ。忘れっぽいのは老化のせいじゃねえのか、アニーの姉さん」
「これだ。〈減らず口のカヴァデール〉で通ってるのも無理からぬことだな」軍曹が愚痴っぽく言った。「まあ監視役だ。そちらのお嬢さんが下手なことをすると思っとるわけじゃないが、気にせずやっとくれ」
 俺は長身の狩人に会釈したが、先方は反応しちゃくれなかった。
「カーティス副長は極めつきの無愛想だ。悪気はないんだろうが。たぶんな」ギャラガー氏が説明してくれたところによると、ヴィヴィアン・カーティス氏はベガ隊長と付き合いの長い狩人だ。もとは魔女で、隊長みずから追跡し、燃素サーベルで首を刎ねる寸前に投降して狩人に転向したという。基本的に魔女や魔術師は出頭すれば誰でもその措置を受けられ、恩赦が認められるが、通常の埋め込み手術よりもさらに死亡率は高い。この魔女も術後、昏睡状態に陥り、心配が停止した。しかし、遺体安置所で何の前触れもなく起き上がり、それ以来呼吸も食事もせずに活動し続けているのだという。ラモン局長がいくら調べても原因は分からない。腐らない冷たい死肉が動き続けている。傷を負ってもすぐに治る。聖霊機構の稼動と高い同調率が認められたことから、彼女に宿った力が屍となった体を動かし続けているのだという、当たり前の結論以外は不明なまま、ヴィヴィアン・カーティスは自分を捕縛した隊長のもと、捜査部隊として魔女を狩り続けている。
 人間に良く似た人形ほど、人々は恐怖を覚えるのだという。俺が感じた恐れの正体はそれだろうか。

       

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